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●地味な彼女と襲撃者

◆十七章ラストです。

 フロリダ州、マイアミ――、

 湾岸区画に立ち並ぶ倉庫の一つに数名の魔女が集まっていた。


「これで運び出しは終わりかい」


「はい。なんとか入りました」


 ホコリを払うように手を叩き、周囲に声をかける大柄な黒人女性はジニー。

 そして、そんなジニーの声に応える長い黒髪をひとまとめにした東洋人は――小練燦だ。

 彼女達がここで何をしているのかといえば、政府との交渉材料として用意したパワースポット建設の為、石材の加工をしていた倉庫の引き払い作業である。


 魔女達は北米支部の副工房長の一人であるジニーを中心に、簡易型のマジックバッグを使って倉庫に残った物資を回収、浄化の魔法を連発して引き払い作業を進めていた。


「病み上がりだってのにすまなかったね」


「いえいえ、リハビリもしないといけませんでしたし、

 これがあれば重いものを運ぶ必要もありませんから」


 燦が一度は失った右の手で、肩にかけたマジックバッグを上げてみせると、それにジニーが微苦笑を浮かべる。


「さて、迎えを呼ぼうかね」


 倉庫がある周辺はこの地域の中では比較的治安のいい場所ではあるが、それでも地域そのものの犯罪率は高く、そろそろ日付が変わろうかというこの時間帯、女ばかりで出歩くのはよろしくないと、ジニーが迎えの車を呼ぼうと携帯電話を取り出そうとしたその時だった。


「おや、せっかく来たのにもう帰ってしまうのかい」


「「誰だ?」」


 ふいに響いたその声にジニー達が振り返ると、閉め切った倉庫の入り口付近に三人の男が立っていた。

 そして、そんな魔女達の視線を受けて、三人の真ん中にいた小柄な少年が大仰に頭を下げると。


「はじめまして、僕はハイエスト諜報班の一つ任されているアルコルって言うんだけど――」


「リーダー。なぜ名乗っている?」


「いいじゃねーかバッポ。どうせやっちまえば終わりなんだしよ」


 一見すると紳士風のお辞儀をする少年・アルコルに、バッポと呼ばれた痩せた男、そして、粗野な態度の赤毛の巨漢。

 そんな三人の軽いやり取りから、彼等がどのような目的でもって、この倉庫内に忍び込んだのかは明白であるが、ジニーはあえて聞き返す。


「それでハイエストのクソ野郎共がなんの用だい。またやられに来たのかい」


「あ、なんだって?」


 軽い挑発じみたジニーの問いかけに怒気を顕にしたのは赤毛の男だった。

 しかし、そんな彼もアルコルがすっと横に手を伸ばせば口を閉ざして。


「僕達が君等にやられた憶えはないんだけど」


「そりゃ見解の相違だね。アタシ等にとっちゃあハイエストなんてのはみな同じさ」


 実際、部署やグループの違いなどジニー達にはどうだってよく。

 明らかに敵対的な行動を見せるハイエストのメンバーはすべからく敵であるのだ。


「このまま帰ってくれるのなら、それで構わないんだが――」


「ふふ、君は襲う相手に説得されて、はい、そうですかって帰ると思う」


「だよねぇ」


 ここはお互いに引けないところだと、表面上は和やかにジニーとアルコルがにらみ合う中、まず動いたのはハイエスト側のバッポという男だった。

 彼はジニーとアルコルが繰り広げる軽い舌戦を隠れ蓑に、密かに自分の影を伸ばし、ジニーの背後に控える魔女達に何らかの攻撃を仕掛けようとしていたのだが、気がづけば彼はマウントを取られていた。

 いったい何が起こったのか――、

 それは、距離にして十数メートルは離れていた燦がなにかに引っ張られるかのように倉庫内を滑走し、そのままの勢いで攻撃の気配を滲ませたバッポを引き摺り倒したのである。


 そんな思いがけない魔女側の奇襲にハイエストの二人の動きを止める中、ジニーがとぼけるように言う。


「すまないね。その子は前にそいつと同じような力を持つ超能力者に酷い目にあわされたんだ。

 運が悪かったと思ってくれるかい」


「じゃねーんだよ。クソアマがぁ――」


 ここで叫び声を上げたのは赤毛の男da。

 彼は引き摺りたおされた仲間を助けるべく――、

 いや、ただ怒りにあかせて燦に殴りかかっていくのだが、


「行かせないよ」


 そこにジニーがダンッと足を踏み鳴らせば、燦に向けて拳を大きく振り上げる男の目の前にコンクリートの地面がめくれ上がり、その進路を塞ぐも、しかし、赤毛の男は止まらない。

 「ディクへッ!!」と振りかぶった拳を極太の鉄杭のように変化させた男は、立ち上がった壁を叩き壊し、そのまま燦に殴りかかっていくのだが、

 砕いた壁の向こうには、口の中に突っ込んだ薬瓶を突っ込まれたバッポを足元に、燦が準備万端で待ち構えていて、彼女は綺麗なカウンターで赤毛の男の鳩尾にシャボン玉のようなものを叩き込む。


 すると、そんな二人の戦いを油断なく見ていたジニーは、燦の戦いっぷりから男の相手は彼女に任せても大丈夫だろうと、残るアルコルをしっかりと見据え。


「さて、こっちとしてはそのまま帰ってくれるとありがたいんだけどねえ」


「だ~か~ら~、帰るわけないでしょ」


 アルコルが燦の行ったそれを再現するように、目にも留まらぬスピードでジニーに接近。

 一方、ジニーは咄嗟のバックステップで、目の前に飛び込んできたアルコルが振るった爪を回避すると、先程までジニーが立っていた地面から石の柱が立ち上がり、アルコルを下から突き上げようとする。

 しかし、アルコルはそれを体を反らすことでやり過ごすと、長く鋭く伸びた自身の爪で、その石柱をバラバラに引き裂き。


「まったく魔女らしからぬ立ち回りだね」


「そうかい。自分では割りとまっとうな方だと思っているんだけどね」


「まあ、こっちとしてはやりやすいからいいんだけど」


 追撃をと腰をかがめるアルコルだったが、そこに横殴りの火球が襲いかかる。

 しかし、アルコルはそれを軽く手で振り払って消し去ると、


「まったく無粋な攻撃だ」


 火球を放った魔女の一人に近づき、その凶爪を振るおうとするのだが、


「一対一でやるとはいっていないだろ」


 ここでジニーが土弾をバラ撒きながら助けに入る。

 すると、アルコルはその土弾を嫌がるように距離を取り。


「ホンット面倒、とりあえず周りの鬱陶しいのから片しちゃおうか」


「やらせると思うのかい」


「思うね」


 目標をジニー以外に定めて再びの瞬発。

 ジニーが作った石柱の影に入ろうとする魔女の一人にアルコルが襲いかかるも、ジニーのフォローに入った魔女は彼女一人ではない。

 追いすがるアルコルの向けて、周囲から色とりどりの魔弾が放たれる。


「知ってるよ」


 だが、アルコルはそれすらも察知していたと、その魔弾を置き去りに狙いを定めた魔女に肉薄すると、その鋭い爪を振り下ろす。


「きゃっ――」「マゼンダ!?」


 と、魔女の小さな悲鳴と部下の名前を呼ぶジニーの声が重なり。


 ダンッ!!


 ジニーの踏み込みで二人の間に石柱を割り込むも、その石柱はアルコルの鋭い爪によってバラバラにされてしまう。


「チッ、獣人ってのは本当の厄介だね」


「は、僕をあんな脳筋(ビーフケイク)な連中と一緒にしないでくれないかな」


 ジニーの文句に抗議を入れるアルコル。


「でも、これでボクの実力はわかってもらえたよね。もう諦めてくれないかな」


 そして、爪についた血を舐めながら降伏を勧告するのだが、


「諦める? なにを言っているんだい」


「ここで死ぬよりかはいいと思うんだけど」


「その割にはなにも出来てないじゃないかい」


 ジニーの明確な拒絶の姿勢にアルコルは「まったく」と肩を竦めて手を広げ。


「見なよ。周りを――、

 それにあっちも、君のお仲間はもうやられそうじゃない」


 まずは直ぐ側に倒れる血まみれの魔女。

 そして、全身のいたるところから錆色の杭を生やした男に、燦が壁際に追い詰められているのを大袈裟に示すと腕を組んで何度も頷き。


「不意をついたならまだしも、真っ向からやればこんなものさ」


「アタシ等がこれくらいで諦めると思ったのかい」


「はぁ、魔女って生き物は本当に御しがたい生き物だね」


 額に手を当て、アルコルの姿がその場から掻き消える。


 すると次の瞬間、ジニーの体に電属性の魔法を受けた時のような衝撃が走り、その衝撃にふらついたところに背後から鋭利な爪が添えられ。


「チェックメ――」


 アルコルが最後通牒を突きつけようとするのだが、背後から飛んできた火球がアルコルの後頭部にジャストミート。


「ちょっと有利になったからって気を抜くなってね。相手が相手なら死んでたよ」


 その火球を放ったのはアルコルにやられたかに思えた魔女だった。

 さて、アルコルに体を大きく引き裂かれた彼女がどうして魔法を使えているのか。

 それは、彼女が右手に握る薬瓶にある。

 そう、実はここにいる魔女達には、ハイエストなどの襲撃に備えて魔法の回復薬が配られていたのだ。


 だから、今のように油断をすれば逆にやられてしまう可能性だってあると、そんなジニーの指摘に、

 先程までの余裕はどこへやら、アルコルの顔には明らかに憤怒の色が浮かび上がり。

 ジニーはそんなアルコルの表情に「くくっ」と小さく笑うと、


「それがアンタの本性かい。どこぞのぼっちゃんのような外面より、よっぽどいい面構えじゃないか」


 獣のように飛びかかってくるアルコルに、狙いすましたかのような硬い石の拳によるカウンター。

 その反撃が予想外だったのか、横に転がったアルコルは側頭部から流れ出た血を手で確認して――爆発。


「なんなんだよ。お前ぇ――っ!!」


「なんなんだっていわれても、これでも北米ではナンバー2になるんだけどね。

 やっぱりメリーの方が通りがいいかい?」


 どこか誂っているようにも聞こえるジニーの切り返しに、額の青筋を倍に増やして踊りかかるアルコル。


「さっきまでの余裕はなんだったのかねぇ」


 ただ、ジニーはジニーで口にする軽口とは裏腹に余裕はなかった。

 怒りに我を忘れたアルコルの動きは直線的で、読みやすくはあるのだが、それでも常人のそれとほぼ変わらない肉体強度のジニーでは、その動きに合わせるのがやっとであるからだ。


 しかし、他の魔女達のフォローが間に合わない現状、いまは防戦に回るしかないと、ジニーは力の大半を防御に回し、なんとかアルコルの攻撃を凌いでいく。


 すると、十分――、

 いや、それとももっと短い時間だったか、

 攻防がくっきりとわかれる二人の間に投げ込まれるシャボン玉のような水球。


 アルコルが視界に入ったそれを邪魔だと振り払う。

 すると、その直後、そのシャボン玉が炸裂、撒き散らされた衝撃にアルコルの体が大きく弾かれる。


 そして、これを好機に駆け込んで来たのは燦だった。


「みなさん。お待たせしました。

 ジニーさん、こちらを」


 彼女は全身の各所――、

 特に両の腕に明らかに軽症ではない傷を作ったジニーに、地球では希少な魔法の回復薬(ポーション)を手渡す。

 すると、それを受け取ったジニーは「悪いねぇ」と回復薬を煽り。


「さて、これで仕切り直しだ。

 アンタが沈むのが先か、アタシ等が沈むのが先か、根比べと行こうじゃないか」


 体力と魔力を回復、気合も十分だと拳を打ち鳴らすジニーと、せっせとシャボン玉をバラ撒く燦。

 と、そんなシャボン玉に取り囲まれたアルコルは「チッ」と舌打ち、燦を抑えていた赤髪の男は何をやっているのかと苛立たしげに視線をスライドするのだが、

 倉庫の片隅で毒々しい煙に巻かれ、倒れる部下の姿を見つけると自分の不利を悟ったか。


 ダンと大袈裟な踏み込みから、斜めに伸ばした石柱と共に向かってくるジニー。

 そして、その影に隠れるようにして水の鞭のようなものを伸ばす燦。

 そんな二人に加え、各種魔弾を放とうと、手を前に突き出す魔女達を見つけてはたまらない。


「ああ鬱陶しい」


 アルコルは苛立たしげにそう叫ぶと、地面についた手の平からドカンと爆炎を生み出して、殺到する攻撃を迎撃――しきるのは難しく、幾つかの攻撃をまともに喰らいはしたものの、しかし、その炎が収まったそこには、すでにアルコルの姿はなかった。


   ◆


「燦、どうだい?」


「駄目ですね。見失いました」


 アルコルが消えた倉庫内――、

 燦が探査系の魔法を発動し、周囲から完全にアルコルの反応が消えたことを確認すると、ジニーは「ふぅ」と重い息吐き。


「やっぱり、あのバッポって男の力かい?」


「すぐに目覚めるような薬は飲ませていませんから、伏兵がいたという可能性も捨てきれないかと」


 そう、倉庫内から消えたのはアルコルだけではなかった。

 同時に燦が無効化したバッポもその姿を消していたのだ。

 しかし、燦が飲ませた薬の性能を考えるのなら、あの状況でバッポがなにかできるとは思えない。

 となると、現状どうやってアルコルがこの倉庫内から消えたのかの結論を出すのは難しく。

 後の検証は専門家に任せるのが一番とジニーは戦場になった倉庫内を見回して。


「みんな大丈夫かい」


「なんとか」


「すみません。足引っ張っちゃって」


「気にするんじゃないよ。

 明らかに戦闘に長けた超能力者を相手に、二人を撃退、一人を確保。よくやった方さ」


 この中で一番荒事に慣れているジニーから見ても、あのアルコルという少年はかなり強力な超能力者に思えたのだ。

 ゆえに、申し訳無さそうに集まってくる他の魔女達が戦闘で遅れをとったとしても、それは仕方がないことであると、一緒に戦った魔女達に労いの言葉をかけつつも。


「それであの煙はそのままで大丈夫なのかい」


「あれは逃走用の煙幕ですから――」


 それよりも――と、ジニーが気にするのは、戦いの終盤、燦が倒していた赤毛の男と倒れる彼の周りに充満する赤い煙だった。

 それは、こんな密閉空間で使っていいものかと心配するジニーに対する燦の説明によると、その煙は逃走用の煙幕でしかなく、人体に無害なものだとのことで、

 ただ、それなら燦と戦っていた赤毛の男がどうして倒されているのかであるが、

 それは単純に煙幕を隠れ蓑に燦が得意とする、自作の魔法薬と組み合わせた水の魔法を使った結果であるらしく。


「しかし、警戒を解いた途端にコレっていうのは、けっこう近づかれていたんですかね」


「どうなんだろうねぇ。他の先からここにアタリをつけたってこともあるだろうけど、わからないことはあの男から聞き出せばいいか」


 この辺りの予想は、いま襲われたばかりということもあってわからないというのが正直なところであり。

 ジニーは土の魔法で残された赤髪の男を拘束。


「しかし、アルコルでしたっけ、あの少年の力は何だったんでしょう」


 超能力者というのは基本的に一人が一つ強力な能力を持っているというのが、彼女たち魔女の認識である。

 しかし、逃げたアルコルは、少なくとも肉体の一部を変化させる力とジニーに使った電撃らしき力、そして炎を操る力を持っていた。


「そうだね。燦にはあんまりおもしろくない話かもしれなけど、例の群狼のような特異な力なのかもしれないし、単純に魔法使いだという線もある」


 相手が超能力集団だからといって、そのメンバーに魔法使いがいないとも限らないのだ。


「まあ、みんなが無事でよかったよ。とりあえず、帰りの足とボスへの報告だね」


 ジニーは改めて魔法窓(ウィンドウ)を開き、関係各所へ連絡を取るのだった。

◆登場人物(簡易版)


 ジニー……ジョージア(北米支部の工房長)の副官。

 小練燦……望月静流(極東支部の工房長)の副官である小練杏の姉。群狼の襲撃によって一度手足を失っている。

◆次回投稿は次章プロット作成の為、日曜日の投稿になる予定です。

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