魔導列車
ゲートから光の柱が立ち上がり、まるで金属の足場が崩れたかのような大音響が耳をつんざく。
「ちょっと、いまの音なに?」
そう言って、訓練場へと続く扉から店内に駆け込んできたのは、旅行から帰ってきた義父さんと魔法の訓練をしていた義姉さんだ。
「いま確認する」
ポップアップした魔法窓を確認すると、そこに映っていたのは長大な鉄の乗り物で、
「機関車?」
「見た目は普通の蒸気機関車みたいだけど、結界に衝突して止まったって感じかな」
「なんにしても現場に行った方がいいんじゃないのか、これだけの事故だからの乗っていた人が心配だ」
義父さんの声に、僕は、列車の中に人がいたなら個別で結界が展開されている筈ではあるのだがと、ゲート由来の結界の仕様を思い出しつつも、ことがこれだけの事故ともなると、場合によっては最悪の自体もありうると、義父さんに促されるまま店を飛び出す。
すると、僕の後を義父さんと義姉さんは勿論、マリィさんと玲さん、後は珍しく魔王様までもがついてきてくれて、
しかし、まだカリアの調査が間に合わず、現場の状況はまだハッキリとしたことまではわからないようなので、
みんなには下手に列車に近づかないようにして欲しいとお願いしつつも、駆けつけたその現場はまさに大規模事故現場の様相を呈していた。
折り重なる車両に散らばる部品。
それでも列車自体に大きな損傷が見られないのは、ゲートの監視をしてくれているカリアが気を利かせて、結界に柔軟性を持たせてくれたからだろう。
「これは凄まじいな」
「どこに誰かいるとかわかる?」
「それが生き物の気配は無いみたいなんだよ」
「ちょっ、それって――」
玉突き事故のような現場の状況に一層表情を険しくする義父さん。
それに続く義姉さんの問いかけに魔法窓を覗き込んだ僕の言葉。
これに声を詰まらせたのは玲さんだ。
玲さんは生き物の気配がないというその情報に、最悪の想像をしてしまったようだが、実はそうではなく。
「それが誰もいないもみたいなんです」
すでにカリア達が列車内部に侵入して、生存者などの確認をしてくれているのだが、その報告によると列車内部に人の姿はないようなのだ。
「とあらば、これは幽霊列車というものになりますの?」
白く細い指を顎を添えたマリィさんからの確認は、前に漂流してきた幽霊船を思い出してのことだろう。
「それでも魔力反応はある訳ですし」
「衝突した時にやられちゃったんじゃない」
そして、義姉さんが言った可能性も有り得なくはないのだが、それならそれで列車内に何かしらの痕跡があってもおかしくはなく。
「とにかく、まず僕が列車内に入ってみるから、みなさんはスクナの召喚と浄化をすぐに発動できるようにしておいてください」
こうすれば、突然アンデッドが現れたりしても対応できると、僕もアクアとオニキスを呼び出し、フリーの左手に魔力を集中。
衝突時にドアが弾け飛んでしまったと思しき入口から、列車内部を覗き込んでみると、その内情は外の惨状とは裏腹に思ったよりもきれいなもので。
「これってどういうこと?」
「ハッキリとしたことは言えないけど、もともと乗客が乗っていなかったっていうのが正解なんじゃないかな」
「じゃあ、この列車はなんなのよ」
「いくつかの想像は出来るけど、しっかりデータが集まってみないことにはハッキリとしたことはいえないかな」
と、せっかちな義姉さんの詰問をかわしつつも列車内に入ろうとしたところ。
「私も行きますの」
「……ん、行く」
マリィさんと魔王様がついてきたいと言い出して、
義姉さんはもとより当然と僕についてこようとするのだが、
安全面や効率の面を考えると、みんな揃って列車内に入るのはよろしくないので、
「じゃあ、グーパーで列車内部と外から調べるのかを決めましょうか」
じゃんけんによるチーム分けを提案。
その結果、義父さんをリーダーに義姉さんと玲さんには列車外部からの探索に回ってもらうことになって、僕はマリィさんと魔王様という過剰戦力をエスコートして列車内へ。
そうして立ち入った列車内は意外と広かった。
そして、もともと無人だったおかげか、それとも列車そのものを保護する魔法がかかっているのか、ものが散乱しているということは殆どなく。
時折、固定具が外れて障害物となった座席などはあったものの、それもマジックバッグで回収し、外のメンバーと歩調を合わせながらも、前へ前へと進んでいくと、数分とかからず先頭車両に辿り着き。
狭い機関室の中の捜索を始めたところ。
「……虎助、これ」
ここで、機関車でいうところの火室らしきスペースを覗き込んでいた魔王様から、なにかを見つけたと袖を引っ張られ、促されるまま中を覗き込むと、そこには燃え盛る石炭のような赤い宝石が粉々に砕け、散らばっており。
「……火の魔石?」
「つまり機関車そのものが魔法生物化していたんでしょうか」
『そう考えるのが妥当だね』
不意にポップアップしたそのメッセージはソニアのものである。
どうやら転移直後の衝突音を聞き、ソニアもこちらが気になっていたようで、届けられたデータを急ぎで纏めてくれていたみたいだ。
そんなソニアの話によると、この機関車はもともと魔法生物として存在していて、転移直後の衝突のはずみで、その心臓部である魔石が砕けてしまい。
結果、機能停止に陥ってしまったのではないかとのことである。
「なんていうか、それがホントだったら間抜けな話だけど」
『まあ、あくまで状況からそういった想像が出来るって話なんだけど、そんなに間違ってないと思うよ』
まあ、たしかに――、運転手すらも乗せていない列車があって、その機関部に砕けた魔石があるとなれば、ソニアが考えた説が一番らしい答えではあるけど……、
まあ、なんにしてもこの列車に危険がないことは、ソニアが確認してくれたようなので、後はこの列車をどうするかになるのだが、
いざ僕がエレイン君達に解体の指示を出そうとしたところで義父さんが、
「これを解体するのはさすがに勿体なくないか」
ふむ、僕からしてみると、この列車はそんなにレアなもののようには思えないんだけど、冒険家の義父さんが見ると、それは価値あるものなのかもしれない。
「バラすなんてありえない」
「当然だね」
そして、横から割り込んできた声にそちらを見れば、そこには窓から機関室を覗き込むボサボサ頭が二つ。
「アビーさんとサイネリアさん」
二人がこっちに近づいていたことは知っていたけど。
普段あまりトレーラーハウスから出てこない二人が出てきたってことはである。
「ソニアにはすでに話はつけてある。こいつの扱いはボク達に任せてくれないか」
「というよりも、こっちから任せてくれるようにお願いしたんだけど」
警戒のポップアップから、この機関車の情報を得て、興味を抱き、秘密裏(?)にソニアと相談した結果、この機関車の見聞はアビーさんとサイネリアさんの二人が担当することになったみたいだ。
まあ、この機関車が魔法生物であったかもしれないという状況を考えるのなら、二人に任せるのが正解か。
ちなみに数日前、二人に頼んだウィスクムの蔓の量産はどうなったのかというと、そちらのすでに食べても大丈夫なのかという最終確認だけになっているらしく。
「この列車を調べるのなら、俺も仲間に入れてくれないか」
と、ここで手を上げたのは義父さんだ。
「誰だい?」
「僕の義父さんです」
「本業は冒険家だが、考古学やら、いろいろかじっててな。以前、列車も運転したこともあるから役に立つと思うぞ」
「ちょっと父さん」
義姉さんとしては、お正月の後、義父さんと一緒に八百比丘尼さんのことを調べるという予定になっていた為、邪魔をされたくないんだろうけど、「列車の見聞自体は丸一日もあれば終わるから――」と、それを聞いた義姉さんは一安心。
「さて、そうなると、これをどうやって運ぶかだけど」
『それなら大丈夫、モルドレッドを動かすから』
ソニアからのメッセージにみんな納得してくれたようで、
さっそく動き出したモルドレッドに僕達はすぐに現場を離れるのであった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




