正月特別編・閏年
◆正月特別編といいながら、内容はお正月とはほぼ関係ないお話です。
「そういえば今年は千代さんの誕生日があるんじゃない」
「ああ、今年は閏年か」
「閏年とは何ですの?」
それはお正月の一コマ。
新しく出したカレンダーに僕が元春に訊ねると、それにマリィさんが疑問符を浮かべ、聞いてくる。
正直、急に閏年のことを聞かれても、説明に少し困ってしまうのだが、
「えと、僕達の使っている暦が微妙にズレてしまうので、四年に一度、二月が二十九日まであるんです」
それで、元春のお母さんである千代さんの誕生日がその二月二十九日。
四年に一度しかないお誕生日ということで盛大にお祝いしているのだ。
「マリィちゃんトコはそういうのないん?」
「ありませんわね」
「マオっちんトコは?」
「……地球と一緒」
魔王様のところはもともと季節とか精霊のみなさんが教えてくれるということで、暦の必要はなかったのだが、ウチでゲームや漫画を手に入れることで同じく暦を使うようになったというが、
「そんな適当で大丈夫なん?」
「不思議なことに今のところ大丈夫みたいだね。オーナーが言うには時空の調整力が働いてるのかもって話だけど」
ソニアが言うには、世界ごとに時間のズレは多少あれど、世界をつなぐ狭間の部分で何らかの調整力が働いているんじゃないかということだ。
「話は戻すけど、どうするの?」
「前はなに送ったんだっけか」
「たしか瑪瑙のネックレスじゃなかったっけ?
義父さんに聞いて、みんなで海岸まで拾いにいったと思うけど」
「ああ、勾玉のな。
そういや偶に腕に巻いてるのを見るわ」
四年前――、
元春が小遣いがないからって『お手伝い券』を作っているのを見て、千代さんになにかとお世話になってる義姉さんが拳骨を落とし、義父さんに相談。
すると、バスで行ける範囲の海岸で綺麗な瑪瑙が取れることが判明し、みんなで拾いにいった後、近くのワークショップでそれを勾玉に加工。それプレゼントにしたのだ。
「いまならもっと凄いのが作れるけど、それだと千代さんが心配しちゃうよね」
「どこから金が出たのかとか、変に疑われそうだよな」
万屋の技術力を持ってすれば、素材の提供も含めて、本格的なアクセサリも簡単に作れるけど、それで出来の良いアクセサリをプレゼントしてしまったら、また元春がなにかやらかしたと千代さんに余計な心配をかけてしまうだろう。
「なんか他にいい感じのモンはねーのかよ」
「じゃあ、料理を作るとか?」
「悪くねーけど、後で片付けが面倒って言われっかも」
元春も片付けが下手という訳でもないけど、千代さんからしてみると荒が目立つようで、元春が料理をした後、千代さんがもう一度、片付けをすることが度々あるという。
ただ、そうしたことも、今なら浄化の魔法を使えばどうとでもなりそうなんだけど、千代さんに魔法のことを説明するわけにもいかないから。
「美容品を送るというのはどうでしょう」
「おっ――」
「それ、駄目かもしれません」
マリィさんのアイデアに一瞬は喜ぶ元春だったが、途中で僕がそれを遮るようなことを言うと、これに元春がテンポよく「なんでだよ」とツッコミを入れて。
「ほら、ウチの母さんが千代さんに手荒れクリームを渡してるでしょ。
あれを錬金術で作るようになって、その効果が跳ね上がっちゃってるんだよね。
それで、千代さんから母さんにリクエストが入って、他にもいろいろ融通してるんだよ」
「いつの間に?」
元春はまったく気付いていなかったようだけど、すでに万屋製の化粧品は千代さんの手に渡っているのだ。
「だったら、どうすりゃいいんだよ」
「そうだね。他に千代さんが欲しそうなものってなると……」
僕は「ふむ」と腕を組み。
「帽子なんかはどう?
いつも被ってる小さめのバケットハット。
あれをミストさんに作ってもらうのは?」
バケットハットというのは、ツバが広く、斜めに落ちるようなるタイプの帽子である。
「悪くはないかもだな。マオっちイケるか?」
「……そういう帽子ならイズナに貰ったのがある」
「けど、誕生日プレゼントなら、ちょっとスペシャルな感じにした方がいいんじゃない」
「スペシャルって具体的にどんなん?」
「それは――、
うーん、UVカットの帽子にするとか」
「ああ、そういう機能がついた帽子とかありますよね」
特に夏を前にした頃にそういうポップを見ることがある。
「つかさ、今更だけどよ。帽子でUVカットってなんなん。帽子ってもともとそういうのを防ぐ為に被んじゃねーの」
言われてみればそれもそうだ。
太陽の光を遮る為に帽子を被るのに、さらにUVカットをする必要があるのかといえばそうでない気もすると、そんな疑問をインターネットで調べてみたところ。
「色によって紫外線を通しやすいものと通しにくいのもがあるみたい。
UVカットが付いてるのは主に紫外線を通しやすい白とかの明るい色のものらしいよ」
「そうだったんだ」
と、ふとした疑問が解けたところでどういう帽子にするのかを相談し、魔王様を介して夜の森の拠点に注文を送るのだが、アラクネのみなさんにかかれば帽子なんかは割りと簡単に作れるようで、三十分ほどで妖精飛行隊のみなさんの手でその帽子は届けられ。
「さすがはミストさん達だね。注文通りの仕上がりだ」
「意外と似合うっすねマリィさん」
千代さんと頭の大きさが似ているのがマリィさんくらいだということで、実際に被ってもらうと、意外にもそのボリューミーな金髪とマッチしたみたいで。
「マリィの場合、もっとつばが広い白い帽子とかの方が似合うと思うけど」
「いかにもお嬢様って感じのヤツっすね」
そう言って、元春が青空をバックにつば広の帽子を被った白いワンピースの女の子を描いたイラストを魔法窓から開くのに、マリィさんは元春に千代さんへのプレゼントとなる帽子を返しながら「ふむ」と覗き込み。
「帽子とはいろいろな種類があるのですね。勉強になりますの」
「マリィは帽子、あんまり被ったことないの?」
「私、頭に乗せるのはティアラばかりでしたので」
「マリィはお姫様で領主様だもんね」
その立場から、マリィさんは帽子を被るという選択肢が初めからほぼ無かったのだろう。
「しかし、これは悪くはありませんわね。マオのところの織物の防御力はメイド服で折り紙付きですし、ツバの部分に風の魔法を宿らせられれば武器にもなりそうですの」
構造上、打撃に弱いという弱点があるけど、帽子の内側に幾つかの魔法式を施せばその弱点の克服は可能であって、ついでとばかりに付け加えられたアイデアはいかがなものかと思うのだが、
「……頼む?」
「そうですわね。みなさんが似合うと仰ってくれた、この幅広の帽子は試したいですの」
「……玲は?」
「わたし、あんまり帽子が似合わないんだよね」
「いや、あるっしょ。ほら、黄色いロリっ子が似合いそうな――」
果たして、そのからかいは校区がまったく違う玲さんに通じるだろうか――、
と、心配(?)したのだが、どうやらわざわざ元春が帽子を被るフリをしてまでして伝えた意図は、しっかりと玲さんにも伝わったみたいだ。
危うく額をレーザーで焼かれそうになった元春は、千代さんのプレゼントになる帽子の防御力を身をもって体感することになるのだった。




