ホワイトクリスマス
「カップルなんて滅びればいいんだ」
精霊との思わぬエンカウントから始まったお使いクエストから、万屋に帰ってきての一言。
元春は駅前に集まるカップルから、幸せ成分を多く取り込んでしまったようで、すっかりやさぐれてしまっていた。
「なに馬鹿なことをいってるのよ」
「そうです。クリスマスは楽しまないとです」
そして、そんな元春を励ます言葉を投げかけるのは玲さんとひよりちゃんだ。
ただ、そんな慰めの言葉も、今――に限ったことではないのだが――の元春には通じないようで。
「ひよりっちはノリさえいればいいんじゃん」
「ななな何を言っているんです」
「私はいいと思いますわよ。美味しい料理を気の合う仲間と味合う事件というのはいいものですの」
「……ケーキおいしそう」
と、今更のようにひよりちゃんが動揺する一方、のんびりとケーキの品定めをするのはマリィさんと魔王様の二人である。
ふだん和菓子を好んで食べるマリィさんも、クリスマスケーキというのは別格のようで、魔王様と一緒に並べられた幾つかのケーキの中から、どれが美味しそうかと吟味していたのだが、玲さんにどれを食べるのか聞こうとでもしたのだろうか、ふと顔を上げた直後、軽く首を傾げると。
「そういえば、今日は次郎がいないのですね?」
「次郎君はコンサートで忙しくて」
クリスマスは――というよりも年末はほどんどそうであるが――ご贔屓のアイドルのコンサートがあるということで、次郎君とは冬休みに入ってから、まだ一度も会えていなかったりする。
「ホント、次郎は見た目を裏切ってるよね」
まあ、玲さんがそう言いたくなるのもわからないでもないけど、次郎君のマニアっぷりは中学からのことである。
だから、僕達としては年末に次郎君が居ないのにはすっかり慣れっこで、
「そういや、今年は俺ん家もおふくろが好きな歌手のクリスマスディナーショーのチケットが買えたからって、親父と出かけんだよ」
それはご愁傷さまというかなんというか、
ちなみに、ウチの母さんと義父さんも、前に元春に話した通り出かけていて、
「まったく、アンタは相変わらずね」
「げっ、志帆姉?」
「私達もいるよ」
「お邪魔するね」
義姉さん達も来たみたいだ。
三人がこっちに帰ってきてからタイミングが悪く(?)今日まで合う機会がなかった元春が、急な義姉さんの登場に蛙が潰れたような声を出してしまうも、すぐ後ろにいた鈴さんと巡さんに気付き、義姉さんの注目を自分から逸らすようにこう訊ねかける。
「――っと、てゆうか、お二人は予定とかないんすか?」
「残念ながら、ないねぇ」
「鈴さんとかモテそうだけど。
……特に女の子に」
元春がボソッと零した言葉に「聞こえてるよ」と苦笑いの鈴さん。
「こっちの方が面白いしね」
ちなみに、元春がこの二人に他の女子のように絡んでいくようなことはない。
類は友を呼ぶという表現が一番わかり易いだろうか。
ベクトルの違いはあれど、二人も義姉さんの友達であるからして、元春にとって二人はそういった対象を超えた存在になってしまっているのである。
「じゃ、始めようか」
「っすね」
さて、そんなこんなで大体のメンバーが揃ったところでクリスマスパーティの開始となるのだが、その前に撮影の準備をしなければならない。
何故そんなことをしなければならなのかといえば、このクリスマスパーティが、神のいたずらか、世界の調整力か、異世界への転移が海外留学しているということになっている玲さんの設定を守るべく開催することにという経緯があったりするからだ。
詳しくは、年末というこの時期に、ご両親なども含めた知り合いに玲さんの近況報告がしたいと環さんからリクエストがあって、今回それに乗っかる形で本格的なクリスマスパーティを開催する運びとなったのだ。
ちなみに、今回はその設定に合わせて、会場となっているトレーラーハウスにはアメリカンな飾り付けがされており、まわりにいる僕達も外国人を装っていたりしていて、
とりあえず、マリィさんにはいつもの髪型からストレートヘアにしていただき、魔王様にはフードで耳を隠してもらいながらも、しっかりと銀の髪と褐色の肌をアピールしてもらっている。
「しっかし、ドリルじゃないマリィちゃんは新鮮だな」
そして、元春の頭にはパーティで定番の?カラーアフロが乗っかっていて、年中日焼けで浅黒い正則君はこれにつけ髭をつけてラテン系を装っていた。
ただ、残るメンバーに関しては、日本人としては彫りの深い方の鈴さん以外、素の状態で外国人を装うのは難しそうだからと、魔法を使って髪や目の色を軽く変えているだけだったりするのだが、
撮影をする際に、動画そのものに認識を誤認するような効果を付与をしてあるので、後は見る側が周囲の状況に合わせて認識を補完してくれるという寸法となっている。
「では、パーティをはじめましょうか」
と、そんな開始宣言に合わせて元春や巡さんがクラッカーをならし、近所のスーパーで買ってきたシャンパン風のジュースで乾杯。
「マリィさん、もう少しリラックスした方がいいかもしれませんね」
「難しいですのね」
マリィさんの一挙手一投足に元王族として気品が出てしまっている。
まあ、それならそれで構わなくもないのだが、今回は玲さんがしっかりと友人に溶け込めている雰囲気も必要だからと、マリィさんには少し柔らかめな雰囲気を演出してもらい。
丸鶏のローストをメインとして、ピザにハンバーガーにマッケンチーズと、アメリカンでハイカロリーなメニューをみんなで堪能。
合間合間に自動翻訳機能がきっちり反映されているのかを確かめつつも、暫く撮影をして、ある程度の撮れ高が確保できたところで、パーティは次の段階へ。
「そろそろゲームでもしましょうか」
この提案に目を輝かせるのは魔王様。
しかし、これからやるゲームはあくまでパーティの為に用意したものなので、魔王様のご期待に添えるのかは正直微妙だと僕は軽く苦笑いになりながらも。
「なにやるんだ」
「一応それっぽくビアポンの用意をしてみたんだけど」
「「ビアポン?」」
さすがは幼馴染の二人である。
同じような腕組みポーズで頭の上にクエスチョンマークを浮かべる義姉さんと元春に、笑いながら解説を入れてくれるのは鈴さんだ。
「ボーリングのピンみたいに並べたコップの中にピンポン玉を投げ入れて点数を競うゲームなんだけど、海外のドラマで見たことない?」
「言われみっと見たことがあるようなないような。
けど、それのどこが盛り上がるんすか」
まあ、このゲームはただルールを聞いただけだと、どうしてそれで盛り上がるのかがなかなか想像できないよね。
「それなんだけど、このゲームはポイントを取られた側がお酒を飲み干さないといけなくてだね――」
「えっ、酒とか用意してあんの?」
鈴さんの説明の途中、嬉しそうに僕の方に振り返る元春だったが、義姉さん達を除いて、未成年ばかりのパーティでお酒を出すわけにはいかないので、
「今回は正則君提供のジュースになります」
「またそれかよ。
つーか、まだ全部飲んでなかったんか」
「前にディストピアを攻略した時、後輩に声をかけたら集まり過ぎてな」
それは以前、正則君がとあるディストピア攻略に引っかかっていた時のこと、
安価な回復薬を大量に用意するべく、文化祭の時に余らせた変わり種ジュースを集めたことがあったのだ。
今回はその残りに加え、テレビのバラエティなどでおなじみの苦いお茶などを飲んでもらおうと用意してあって、
「それって完全に罰ゲームのあれだろ」
「ちなみに、勝負に勝ったチームには豪華賞品が贈呈されます」
そう言って布を取ったテーブルには、万屋が誇る各種高級食材に衣料品、お菓子の詰め合わせに自作のぬいぐるみなどなど、豪華賞品の名前に恥じない(と思われる)品々が並べられており。
「とりあえず二チームにわかれてやってみましょうか」
と、審判役を担う僕以外のメンバーにグーパーじゃんけんで二組にわかれてもらって、まず向かい合うのは魔王様と元春だ。
ちなみに、いつも大トリをやろうとする元春があえてトップバッターに立ったのは、別チームになった義姉さんとの対戦を避ける為だと思われる。
なんだかんだで義姉さんも元春と同じようなことを考えがちだからね。
「ピンポンと一緒でワンバンさせてから入れてくださいね」
「ちな、投げる方が外した場合どうなるん?」
「その場合も罰ゲームだね」
「うぉい!?」
「いや、こういう時に一気に消費しとかねぇと賞味期限が来ちまうから」
そう、ジュースの賞味期限というのは思ったよりも長くないのである。
ということで、積極的に罰ゲームを受けてもらおうと元春の第一投からゲームスタートとなるのだが、
やはり日頃の行いか、元春が投げたピンポン玉がカップに嫌われて、一方の魔王様のボールはしっかりとカップイン。
元春が「ガッテム」と、偽装の為にショットグラスに入れられたうなぎコーラとセンブリ茶を飲んでジタバタと床を転がったとことで、次は自分の番だと前に出てきたマリィさんが聞いてくるのは以下のような疑問だった。
「あのお茶はそんなに苦いものですの?」
「良薬口に苦しといいますか、健康や美容を目的に飲むお茶ですから」
「トワが興味を持ちそうなお茶ですわね」
ちなみに、センブリ茶の健康効果は整腸作用だという。
まあ、何事も及ばざるは――ということで、そんなセンブリ茶も飲み過ぎると逆に胃に悪いみたいなのだが、今回はショットグラスで飲んでもらう為、量的には特に問題はないだろうと、合間合間にそんな会話を挟みながらも勝負は進み、最後に玲さんと義姉さんの一戦で勝負は一巡となるのだが。
「ちょっと虎助、これ細工してるでしょ。ボールが変な風に曲るわよ」
「あ、うん、そのままだと簡単に入っちゃうから」
僕や義姉さんみたいに母さんに鍛えられた人間が、一メートルくらい先にあるカップにワンバンさせたピンポンを入れるなんてことなんてこと造作もない。
だから、ゲーム性を上げる為、このビアポンに使っているテーブルの表面は、それとわからない程度に角度がつけられていて、
結局、玲さんと義姉さんの勝負は、義姉さんの負けということで、義姉さんも元春と同じお茶を飲むことになって、これまた元春と同じくジタバタと床を転げ回ることとなり。
それに元春が大爆笑。
当然のように復活した義姉さんに元春が鉄拳制裁を受けてと、そんなある意味でいつも通りの光景に、義姉さんとの勝負に勝利した玲さんがぷっと吹き出してと――、
「こんな騒がしいクリスマスははじめて」
「楽しんでいただけたようでなによりです」
本当に喜んでいただけてなによりだ。
「じゃあ、二巡目はじめるよ。元春早く復活して」
「ちょっ、俺の扱い雑じゃね」




