雪のプレゼント
◆偶然にもクリスマスに投降が重なりました。
十二月二十四日の午前中――、
ちょっとした理由から開催される運びとなった万屋でのクリスマスパーティを前に、僕達は世界樹の袂にやってきていた。
目的は運び込まれた八百比丘尼さんの様子を見る為だ。
もともと彼女の治療はソニアの研究室で行う予定であったのだが、彼女が精霊と融合状態にあることを考慮に入れて、水の大精霊であるディーネさんと木の中位精霊のマールさんが見守る中で治療を行うのがいいんじゃないかと、急遽、世界樹の袂に簡易的な治療施設が設置されたのだが、
そのことを知った元春が見に来たいと言い出したのである。
「これ、服とかどうなってるん?」
「精霊化の影響を受けて半分概念化してるみたい」
まず気になるところはそこなのか。
まあ、急に見学がしたいなんて言い出したもの、どうせそういうことが目的なんだろうけど……。
僕が元春の後ろで半眼になるひよりちゃんに苦笑しながらもその疑問に応えると、それに正則君が首を傾け。
「概念化?」
「物質化の反対みたいなものかな」
これは僕もしっかり理解しているわけではないのだが、八百比丘尼さんのそれは、ゴースト系などの非実態のアンデッドが服を着ているのと同じような原理らしく、長年に渡る精霊との合身による影響で、身につけていた服が体の一部のように変質してしまったというのが、この状態なのだという。
「で、比丘尼っちがどうしてこうなったかはわかったん?」
比丘尼っちって――、
その呼び方がどうかと思うんだけど。
「前にアウストリさんが言ってた転身が原因だと思うんだけど」
「なんだっけか、それ?」
「ええと、精霊が存在そのままに生まれ変わるって感じのことかな?」
長い時を生きる精霊は時に自分を作り変えることがある。
その原因は主に膨大な時間を生きる中で、溜まってしまった記憶をリセットする為だというが、
八百比丘尼さんの場合、何らかの原因で急な転身が起こり、それを防ぐ為に自分を封印したというのが、いま目の前にある状況のようで、
「どんな治療するんです?」
「まずは体そのものを作り変えることだね」
「体を作り変えるんです?」
「転身はともかくとして、もしも他に悪いところがあった場合、触れないとどうにもならないからね」
ソニアにディーネさんにマールさんと、八百比丘尼さんに治療に当たっている三人によると、ただ転身を止めるだけなら、魔法的なアプローチからでも解決は可能かもしれないとのことではあるが、八百比丘尼さんがどうしてこうなったかがわからない中、転身だけを止めた場合、状況が悪化する可能性もあると、治療の前段階として、肉体の再生を行っているのである。
ちなみに、その具体的な内容は、患者である八尾比丘尼産を地脈と密接な関わりがある世界樹と機器をもって接続し、過剰に流れ込んでいた魔素をゆっくりと排出すると同時に、タンパク質などの栄養素をカプセル内に流し込むことで、物質的な再構成を図っていくというものになっており。
「水三十五リットル、炭素二十キロとかってヤツだな」
定番のネタだね。
ただ、これに関してはそこまで細かくはなく。
賢者様の監修のもとで作られた、タンパク質を主成分とした溶液をカプセルの中に循環させているだけだとのことであり。
「回復にはどれっくらいかかるんだ」
「治療期間はちょっとわからないみたい。
なにしろ何百年もずっとこの状態で地脈の中にいたんだから」
とりあえず、八百比丘尼さんの存在が確認されているらしき資料が残っているのが五百年前――、
いつ頃、彼女がこのような状態になったのかはわからないが、着ている服の縫製から、少なくともその頃から地脈の中で眠っていたことは判明しているから、すぐにどうこうできるものではないと、そんな説明を聞いた元春は残念そうに肩を落とし。
「眠り姫とのご対面はまさ先かー」
「まあ、治療以外にも調整しないといけないこともあるし、ハイエストの動きも気になるから、すぐにどうこうってするには難しいと思うよ」
「そういやそんな奴等も居たんだったな。
最近、話とか聞かねーけど、アイツ等どうなったん?」
「とりあえず、魔女さんの関連では、多少盛り返してるって感じかな」
今まではハイエストのゲリラ的な攻撃から、やられっぱなしの魔女のみなさんであったが、
本人達のパワーアップに加え、日本における幹部の捕縛、その後の政府関連の取引などで、状況はかなり持ち直しているらしく。
「ふーん。
しっかし今更だけどよ。なんで魔女が狙われてるん?」
「それなんだけど、最初はハイエストは魔女の不老長寿の原因を探ってたみたい。
ただ、その内にパワースポット関連の情報が出てきたことで、いまはその奪取に動いているっていうのが大凡の流れになるのかな」
「それだけ聞くと行き当たりばったりだな」
たしかに、ただ単純にここまでの流れを羅列しただけだと、ハイエストの動きに一貫性がないようにも思えるも。
「そもそもハイエストって組織ができて数年で、一枚岩じゃないみたいだし、組織内での対立とか、そういうこともあるんじゃない」
「そうなんな」
◆
さて、そんなこんなで八百比丘尼さんの治療の見学をした少し後、僕と元春は地球に戻っていた。
「チッ、雪がちらついてやがる。ホワイトクリスマスかよ」
空を覆いつくす灰色の雪雲を忌々しげに見上げる元春と一緒に向かうのは近所のスーパーだ。
クリスマスパーティの飾り付けの途中、僕と元春がジュースなどの買い出しに来たのだが、いざスーパーのすぐ裏手まで来たところで、どこからか僕達を呼ぶような声が聞こえてきて。
「元春、今の――」
「幻聴じゃねーよな。
だけど、誰もいねーよな」
ただ、それは僕達を呼んでいるようで言葉ではなく。
僕達がそんな声に警戒しながら周りを見回していると、しばらくして目の前に白くふわふわしたなにかが舞い降りてくる。
「なんじゃこりゃ」
「鑑定するから待って」
いま手元に〈金龍の眼〉はないのだが、簡単な鑑定なら使えると、僕が魔法を発動させたところ、どうやらその正体は雪の精霊のようで、
「なんで精霊がこんなとこにいるん?」
「さあ、いまアクアに通訳を頼むから待って」
その小さな精霊はまだ若い精霊なのだろう。
ふわっとした意思は伝わってくるのだが、その詳細まではわからないと、アクアを呼び出し通訳をしてもらったところ、どうもこの精霊は修学旅行の時に雪山で出会った精霊親子の眷属のような存在らしく、きょう僕達のところに来たのは、主に変わってあの時のお礼を届けてくれたみたいで、
「なーる、ロンリークリスマスな俺達に雪女さんからの差し入れかよ。
うれしいじゃねーか」
いや、その受け止めはどうなのさ。
そもそも万屋に戻ればみんないるんだから、ロンリークリスマスってなことはないだろうし、僕は雪女になんて会っていない。
まあ、あのイエティな精霊の娘さんが雪ん子の姿だったことを考えると、元春の想像も間違っていないかもしれないけれど。
「で、なにくれるんだ?」
「元春」
まったく恥ずかしいからあんまりがっつかないで欲しいんだけど。
ちなみに、このお礼はあの件に協力した僕と元春、次郎君と正則君、あと我がクラスの副委員長である中谷さんも貰えるそうで、
その内容はというと――、
「お、分裂したぞ」
「もしかして君がそのお礼とか?」
ふよふよと僕の方に近付いてくる雪の精霊に訊ねると、彼(?)は頷くようにその小さな体を上下させ。
「けどよ。コイツをもらってどうすんだ?」
たしかに、こんな小さな雪の精霊をもらっても溶けてしまうのがオチなんじゃないかと思ったら、僕達の目の前までやってきた雪の精霊の片方が、だらしなくも開いていた元春の口にホールインワン。
「ちょっ、食っちまったんだけど、食っちまったけど――」
雪の精霊の意外な行動に焦る元春。
ただ、ここで肩に乗っていたアクアがクイクイと耳たぶを引っ張り、教えてくれた内容によると、どうやら雪の精霊の行動はこれで正解らしく。
なんでも、この雪の精霊が加護を与える為に必要なことのようだ。
ちなみにであるが、その効果は、寒さに強く、風邪など病気にかかりにくくなるというものだそうで、
「けど、これはちょっと罪悪感があるよね」
ふわふわと真っ白でつぶらな瞳で見上げる精霊を食べてしまうのは、なんというか少し残酷なような気がするが、しかし、せっかくのご厚意なのだからと僕も雪の精霊の献身を受け入れて。
「ノリはいいとして、問題は次郎と委員長だよな」
正則君は今、ひよりちゃんと一緒に万屋に来ているからいいとして、問題は次郎君と中谷さんだ。
次郎君はアイドルコンサート。
中谷さんに至ってはいまどこでなにをしているのかわからないから、
とりあえず、まずは所在がわかっている正則君から雪の精霊に引き合わせようと、素早くスーパーでの買い出し任務を済ませた僕達は、すぐに万屋に戻って、ひよりちゃんと一緒にクリスマスの飾り付けをしていた正則君を捕まえ、お礼の受け渡しとなるのだが、
「かわいいです」
「俺、あんまり役に立ってねぇと思うんだが」
「せっかくのお礼だし」
「虎助がそう言うんなら」
と、羨ましそうにするひよりちゃんを横に正則君が雪の精霊を体内に取り込み。
「次郎君には、また都合がいい時にウチに寄ってもらうとして、中谷さんはどうしよっか」
「勝手にでワリーけど飲み込んでもらうってのはどうよ」
事情を説明してもわかってもらえないだろうから、それしかないと思うんだけど。
「どこにいるのかとか、わからないよね」
新学期が始まれば学校で確実に会うことが出来るのだが、それまでここに雪の精霊にいてもらうのは忍びないと、そんな僕に元春がとぼけた顔で、
「委員長なら、今日は駅の近くの児童館でクリスマス会を手伝ってるだろ」
「えと、なんで知ってるの?」
「俺の地獄イヤーを甘くみるなよ」
元春は自慢げに自分の耳を指さしながらも、すぐにどこか憮然とした表情を浮かべ。
「てか、お前も聞いてたじゃんかよ」
そういえば、いつかの昼休みにそんなことを話していたような。
と、そんな心当たりがあるのは僕だけで――、
「気持ち悪いです」
「てゆうか、あんた、そういう話は聞いてるのね」
「本当に元春は――」
女性陣からはまた盗み聞きでもしたのだろうと勘違いされてしまう元春だったが、そうした誤解(?)に慣れっこな元春は特に気にするでもなく。
「ってことで、さっさと渡してこようぜ」
「あんまり気は進まないけど、他にアイデアもないしね」
なにより、これで病気とかになりにくくなるというなら悪いことではない筈だと、元春をお供に中谷さんがいるという児童館へ出発。
ちなみに、児童館までの移動手段は元春のリクエストで空飛ぶスクーターになった。
そう、元春は艱難辛苦を乗り越えて、ようやく原付き免許を取得したのである。
それで空を飛んでいいのかというと、そうではないと思うのだが……。
「やっぱ空を飛ぶとはえーな」
「まっすぐ目的地に迎えるからね。
でも、それを言うなら元春も空歩をしっかり使えるようになった方がいいと思うんだけど」
「部活で役に立ちそうだし、あった方がいいとは思うんだけどな。
あれって普通にムズいんじゃん」
たしかに、空歩を発動させ続けるのはちょっとコツがいる。
と、そんな雑談をしながらも駅前の方向へ飛んでいると、元春が「ありゃ」と素っ頓狂な声を上げ。
「どうしたの。急に変な声出して」
「宮本先輩だ」
指差す先を見ると、そこには元春となにかと縁がある元風紀委員の宮本先輩の姿があった。
ただ、その様子はいつも元気な宮本先輩とはどこか違っていて、
「ねぇ、先輩なんか様子が変じゃない」
「だな。ちょっと声かけとくか」
駅前にあるドラッグストアの屋上にスクーターを停めた僕達は、なにやらフラフラ歩く宮本先輩の後を追いかけて、大きな交差点の手前で声をかける。
「先輩。危ないっすよ」
「えっ、あっ、松平元春」
「俺っす。
それより、どうしたんすかボーッとして、先輩らしくもないっすよ」
「ああ、ごめんなさい」
おや、いつもならここは「うるさいわね」とかそんな反応がありそうなものなんだけど、これは本格的におかしいな。
ただ、先輩と元春の関係を考えると、先輩から事情を話してくれるとは思えない。
だから、先輩の様子は気になるものの、これ以上、つっこんで話を聞き出すのは難しいと、とりあえず気をつけるように言い含め、念の為に魔法のおまじないをかけてから、先輩と別れて目的の児童館へ。
そして、元春の空歩の練習も兼ねて、児童館の中庭を見下ろすビルの屋上に陣取ったところで、
「委員長は?」
「あそこだね」
それはプレゼント交換会だろうか、
児童館の一番大きな教室でぐるぐると回る子供達を見て、笑顔で手をたたく中谷さんの姿を発見。
「どうするよ」
「簡単だよ」
僕は元春の言葉に応えると、通訳の為、フードの中に隠していたアクアを通じて雪の精霊に一つ、頼み事をすると、しばらくして万屋へ戻っている間にやんでしまった雪がふたたび降り始め。
「後はコレで――」と紙くずを指で弾いて中谷さんがいる教室の窓を鳴らし、しばらく待てば――、
「おお、出てきた出てきた」
雪につられて子供たちが飛び出し、それを追いかけるように中谷さんも建物の外へ出てくる訳で、
「じゃあ、あの人なんだけど大丈夫?」
仕上げに小さな雪の精霊に声をかければ、ぽんとわかれた雪の精霊が、ちらつく雪に混じって中谷さんの方へふわり飛んでいき。
「ちょっ、他の雪に混じって見失ったんだけど、どうなったん?」
「大丈夫、上手くいったみたいだから」
場合によっては吐き出されるかもと思ったけど、特に問題はなかったみたいだ。
雪の精霊の分身はしっかり中谷さんの口の中に入れたようで、
「じゃあ、戻ろうか」
「と、その前にメリークリスマスだぜ委員長」
最後、元春が無駄に格好つけるようにピストルを撃つフリをして、ミッションコンプリートとなるのであった。
◆次回投降は水曜日の予定です。




