恐竜来襲?
「きょ、恐竜だ――」
「GYAAAAAAAA――」
週末、ゲートから現れた怪物に興奮含みの叫び声をあげるのは元春だ。
そんな元春に負けじと叫び声をあげるのはTレックスのような姿をした怪物で――、
さて、そんな怪物の正体であるが、見た目からして下位竜種の一種だと思われるも、万屋のデータバンクにも情報はないようで、
とりあえず野次馬根性丸出しでついてきた元春を追い返し、カリアから出動要請があったのだろう。僕達より先にゲートに駆けつけてくれていたエレイン君達とその恐竜に対処していこうと、いつものように氷のディロックを投げ込んでの牽制。
そして、突撃をしかけるエレイン君達を囮に恐竜の背後に回り込み、大太刀サイズの解体包丁でその首を狙っていくのだが、飛び込んだそこに振り返りからの噛み付きが飛んでくる。
僕はその攻撃を武器で受け止めて、大きく弾かれながらも、どうにか地面に降りようとするのだが、その着地を狙って――、
いや、恐竜の狙いとしてはエレイン君達を弾き飛ばすことが本命か。
遠心力がたっぷり乗った尻尾攻撃が飛んでくる。
と、この攻撃を避けるのは難しいか。
僕は着地よりも先に解体包丁を地面に突き刺して、尻尾攻撃を凌ごうとするのだが、
「――っ!!」
着地を待たず打ち込まれた土管のような尻尾の一撃。
その一撃に弾かれた衝撃で、手か、腕の骨にヒビが入ってしまったみたいだ。
解体包丁を握る手に痛みが走る。
僕はその痺れるような痛みを我慢、着地からすぐにマジックバッグから回復薬を取り出すと、経口摂取で回復を試みるのだが、どうやらこの恐竜はかなり好戦的な性格をしているみたいだ。
僕が回復を待たずに、餌をついばむ小鳥のような噛みつき攻撃をしかけてくる。
そんな恐竜の猛攻に、『ここはモルドレッドを動かすか――』と、僕の脳裏にそんな考えがよぎるも一瞬、恐竜の素早さにモルドレッドが攻撃を当てるのは難しいと判断。
とりあえず相手の機動力を絶つべく足を狙うことにする。
しかし、連続して繰り出される噛みつき攻撃を掻い潜り、どうにか懐に入り込むのに成功するも、恐竜の足の皮はまるで大型ダンプのタイヤのように硬く。
ただ、斬って斬れないことはないと、撫で斬りの要領で刃を滑らせ、向こう脛が大きく切り裂くと、
その痛みから恐竜が大絶叫。
その大音響に僕は思わず両耳を塞ぐ。
しかし、せっかく相手が止まっているのだからと、僕は持っていた解体包丁をいったん地面に突き刺して、腰のホルスターから魔法銃を引き抜くと、右肩で耳を抑えながら魔弾を乱射。
状態異常を狙うも、撃ち込んだ魔弾は効果がなく、弱体化が狙えないのならば、こつこつダメージを与えていくしかないと、絶叫が収まったのを見て武器を解体包丁に戻し、その巨体を支える恐竜の足を思いっきり斬りつけてやるのだが、
恐竜はそれを嫌って、大きく足を振り上げてからの踏みつけ攻撃。
その踏みつけ自体はモーションが大きいこともあって簡単に避けられはしたのだが、恐竜の攻撃はそれで終わりではなかった。
踏みつけをした地面から栗のイガのような土の槍が飛び出してきたのだ。
これは土属性の魔法か。
まあ、下位とはいえ竜種らしき相手なら大規模な魔法も使ってくるのは仕方がない。
僕は心の中で状況を整理しながらも、頭上からの踏みつけと地面から飛び出した巨大な土の槍の連撃を回避、回避、回避。
一方、エレイン君達は耐えることを選んだみたいだ。
地面から突き出された土の槍に、上空へと打ち上げられてしまう。
というよりも、これが次なる攻撃の布石でもあったみたいだ。
エレイン君達は土の槍に高く打ち上げられたことを利用して、上空からのダブルスレッジハンマー。
と、そんな曲芸じみた攻撃の一発が上手く恐竜の脳天を捉えたようで、股下からでもわかるくらい千鳥足になった恐竜に、僕はチャンスと素早く股下から抜け出す。
そして、〈一点強化〉を使って大跳躍からの逆ギロチン。
喉を狙ったこれが致命傷になってくれたみたいだ。
その後、喉を斬り裂かれた恐竜は本能のままに暴れまわったものの、その失血の量に耐えられるわけもなく。
喉への一撃から数分、恐竜はアヴァロン=エラの大地に前のめりに倒れることになるのだった。
「結局、この恐竜はなんだったん」
「さあ、データにないからわからないよ」
戦いの後、ゲートの前に横倒しになる巨大恐竜にを見て、腕組みをする元春に、僕は肩を竦めて返す。
そう、さすがのデータベースによる検索も元のデータがなければ意味がなく。
「まだ恐竜時代の世界からやってきたんじゃない」
「魔法とか使ってたけど」
「原始の魔法世界とか」
同じ時間に存在する世界の中で、近未来のような賢者様の世界とゲートでつながれるように、過去にあったような世界とゲートがつながることだってありえることで、
ともかく、ステイタスを見れば多少は情報が拾えるんじゃないかと、とりあえずステイタスカードを使ってみることに。
ちなみに、現在万屋で売ってるステイタスカードは、度重なるアップデートにより、新しく取得した実績や権能にはNEWがつくようになっている。
なので、新しく獲得したものがあればすぐに見つけられると表示されたステイタスを見ていくと。
「【恐竜殺し】っていうのが増えてるね」
「ホントに恐竜?」
まあ、これもバベルの翻訳による表記なので、僕の認識に由来することが多く、別の人だと【竜殺し】などに分類されるかもしれないが、いま僕が獲得した実績にはTレックス(仮)なる名前が刻まれており。
「能力は?」
「咬合力の強化だね」
「こーごーりょく?」
「噛む力のことだよ」
「なんか苦労したわりには微妙じゃね」
たしかに、この権能だと恐竜を倒す労力に見合わないかな。
「けど、人間とかじゃなければ、かなり有用なんじゃない」
例えば、これをリドラさんなんかが獲得したらどうだろう?
いや、リドラさんの場合、すでにこれよりも上位の実績を持っているとは思うんだけど、この咬合力の強化というのは種族によっては凄い恩恵になるんじゃないだろうか。
「ま、なんでもいいからマンガ肉食おうぜ」
えと、なにがどうしてそんな結論に至るのかは不明なんだけど――、
「……ん」
「食べましょ」
みなさんいつの間に?
いや、マリィさんはともかくとして、逃げ腰ナンバーワンの元春が来てる時点で今更か。
いかにもな恐竜の登場に好奇心を掻き立てられたか、ふだんあまり現場に顔を出さない魔王様や環さんが来たことからもお察しで、
みんな元春と同じで恐竜のお肉に興味があるとなれば話は別だ。
しかし、問題はどうやってそのリクエストに応えるかである。
ふつうのステーキを作るのなら特に問題はないのだが、元春が言うように塊のまま焼くとなると、まずは部位の選定が難しく。
「やっぱ腿とか」
「足は太過ぎるね」
ふくらはぎですら僕が手を回してギリギリのサイズなので、もも肉をそのまま中まで火を通すのは無理ってなると――、
「ってことは腕か。
つか、こいつの腕めっちゃちっちゃくね」
たしかに、全体のバランスからいえば、この恐竜の腕は小さく見えるけど、それでも太いところは僕の腰回りよりもあるとなると、元春が言うほど小さな腕でもないんじゃないかな。
それに――、
「恐竜の腕って、もともとこれくらいの大きさじゃなかった」
「マジで、そんなちっせーのでなんの役に立ってんだ」
たしか、立ち上がる時に使ってたり、獲物を抑えたりする時に使うって話を聞いたような。
そんな聞きかじりの知識を披露したところ、これに元春がまた疑問符を浮かべ。
「いや、それでも、もっとデカくてもいいじゃんよ」
たしかに、それはそうかもしれないのだが、
「早く走るのに邪魔だとかじゃない」
と、そんな専門的な考察を僕達がしあっていても結論が出るとは思えないので、元春発端のこの話題は適当なところで切り上げて、とりあえず腕の肉を回収をしてしまおう。
そして、残りの解体はエレイン君に任せると、万屋に戻りながら。
「んで、どうやって焼くんだ。やっぱくるくるってやつ?」
「それだといつまで経っても火が通らなそうだから、サラマンダーの火袋を使って火を通した方がいいんじゃない?」
「えー、でも、くるくる回すのもロマンじゃね」
「わかる」「……ん」
元春だけのわがままならいざ知らず、玲さんや魔王様にまでお願いされては仕方がない。
僕は肉を丸焼きにする器具を工房のエレイン君に注文。
みんなを引き連れ、万屋の裏口から工房に移動して、その頃にはすでに出来上がっていたロティサリーグリルに回収してきた恐竜の腕肉をセットすると、焼き上がりの時間を短縮するべく一つの魔法を発動させる。
「なんだその玉?」
「料理用に作った魔法だよ」
そう、これは赤い薔薇のみなさんの要望に応えて作った料理用の火魔法。
遠赤外線を放つこの魔球で全方位と、あとは極太の串から熱を伝わせ、内部から肉を焼けば、かなりの時間短縮になるんじゃないかというのが僕の計算で、後はセットした肉に油を塗りながら焼いていけばいいだけだが、
「はいはい、回すのがやりたいです」
「俺も」「……ん」
これに名乗りを上げたのが元春と魔王様と玲さん。
しかし、実のところ魔法を使って全方位から熱を当てているので、そんなくるくると回す必要はないのだが、
ただ、張り切る三人にそれを言うのは無粋だろうと、油や調味料を塗りつつ、三人に交代で焼いていってもらう。
さて、そんなこんなで片方の腕を焼いていく算段をつけたところで、もう片方の腕も調理していこう。
とはいっても、こっちは当初の予定通り、肉にしっかり下味をつけて、サラマンダーの火袋で焼いていくだけなのだが、ただ、これだけだと栄養が偏ってしまうので、
僕は元春達が肉を焼いていくのを横目に、もう片方の腕の仕込みをぱぱっと済ませ、キャベツやニンジン、カボチャなどをカット。
バーベキューグリルを用意して、炭に火を入れながら待っていると、
「そろそろいい感じか」
さすがは料理に特化した火の魔法だ。
焼き始めて一時間、辺りに香ばしい匂いが漂い始め。
鉄串と鑑定系の魔法の併用で肉の芯まで火が通っているのを確認したら、後は食べるだけ――となるのだが、
「さて、どうやって食べよっか」
「そりゃ丸齧り一択だろ。串で刺した感じとかやらかかったし」
食べやすくというなら、シュラスコみたいに削り取って食べるのが無難である。
しかし、せっかくこうして大きいまま焼いたとなれば、まずはそのまま齧り付きたくなるというのが人情というものだ。
「ってなわけで、レディーファーストだ。女子からどうぞ」
と、無駄に紳士ぶる元春。
元春がこうした態度を取る時は大抵何かを企んでいる時である。
「じゃあ、僕達はこっちをいただこうか」
ということで、『こんなことがあろうかと』と、僕が取り出すのは、元春達の丸焼きと並行して、サラマンダーの火袋の中で火を通していたマンガ肉。
「ちょ、虎助、これってどういうこと?」
「誰からいく?」
元春がなにを考えていたか知らないが、たぶんこれで悪の野望は潰えたんじゃないかな。
ガックリとうなだれる元春に、これで女性陣も安心とマンガ肉を食べられるとなったと、まずは魔王様がその小さな口を大きく開けて、はむりお肉に食らいつくのだが、マリィさんや環さんは大きな肉にそのまま齧り付くのは少々はしたないと思っているのか、やや消極的なようで、
しかし、魔王様の微かにではあるがしっかりと美味しそうな笑顔を浮かべたのを見てはたまらない。
玲さんが魔王様に続いて、美味しそうにお肉を食べていると、さすがに耐えられなくなったか。
その後、おずおずとマリィさんが、そして環さんも控えめながらも肉に齧り付き。
「じゃあ、元春もどうぞ」
いつまでも女の子が食べているところを見ていては失礼だと、元春が先に食べるように勧めたところ。
目論見が外れた元春は少し投げやりに「ハイハイ」と口を尖らせながらも、ただ、マンガ肉への興味は隠しきれないようだ。
不満そうに目を輝かせるという器用な表情でマンガ肉に食らいつき。
「すっげーなこれ」
思わずといった振り返って、
勧められるまま僕も一口とお肉を食べると――口の中で溢れる肉汁。
「たしかに、これは凄いね」
そして、一通り丸齧りを楽しんだ僕達はそれぞれの方法で焼いた肉を味わおうと、端っこの部分を食べやすいように切り分けて、グリルした野菜と一緒にバーベキューを楽しむのだった。
◆おまけ◆
「およ。玲っち、そのチャーハンの具、なんか変わってね」
「ふふ――、謎肉チャーハンだから」
「ああ、噂のやつな」
「これね」
昼食時――、
来店した元春が玲さんが食べているチャーハンに興味を持って、空になったそのパッケージをしげしげと眺める。
「つかさ、こういう謎肉みてーなのって錬金術で作れそうじゃね」
たしかに、作れそうではあるのだが、
「でもそれ、そんなことしないでも作れるみたいだよ」
「そうなん?」
実は前に作り方を紹介する動画のサムネイルを見たことがあったので、その動画を再生すると当然の流れか、動画を見た後で元春が「俺達も作ってみようぜ」と言い出して。
「元春が率先して料理をするなんて珍しい」
「いや、謎肉作りは虎助に任せるっすよ」
「いいけど買い出しは行ってよ」
「任されろ」
元春が買い出し係に決まったところで、使う材料をメモに書き出していくのだが、
それを後ろから覗き込んでいた玲さんが、
「あれ、お肉は?」
「せっかくですから、恐竜の肉を使おうかと」
「それは面白いかも」
使う肉はひき肉という以外、特にこれといった指定はないようなので、元春に材料を買いに自宅近所のスーパーに走っている間に、僕は工房へ向かい、先日仕留めたばかりの恐竜の肉を回収。
元春が帰ってきたところで作っていこう。
ちなみに、謎肉の作り方はそんなに難しいことはないようだ。
肉やおからパウダー、そして鶏ガラやオイスターソースなどの各種調味料をフードプロセッサ(機能がついた錬金釜に)入れ、軽く食感が残るくらいに粉砕したところで、出来たタネをバットにサランラップを敷いて、一センチ程度の薄さに広げ、しばらく冷凍庫の中へ。
軽く凍ったそれをサイコロ状に切り揃え、油で揚げれば完成となるらしい。
と、魔法や錬金術を駆使して、冷凍の時間を短縮しつつもキューブ状の肉を量産。
それを油で揚げると。
「おお、なんかそれっぽい」
本物は企業秘密の部分があるだろうから、まったく同じにとはいかなかっただろうけど、限りなくそれに近いものが出来上がり、熱々のそれを元春がつまみ食い。
「うまっ、なんじゃこりゃ」
「言うほど――って美味しい」
使ったのは下位とはいえ竜種の肉なのだ。
美味しいのは当然で、
「よっし、こっからチャーハン作んぞ」
「そっちは自分でやるんだ」
「得意料理っすから」
「そうなの?」
「普通に美味しいですよ」
言うなれば元春は『普段料理はしないけど、チャーハンは得意です』といったところだろうか。
ちなみに、元春が作るチャーハンは解いた卵を先にご飯へ混ぜ込む失敗が少ないタイプだ。
それに鶏ガラの素で味付け、ネギと謎肉を入れ、最後に鍋肌に醤油を回し入れれば完成というシンプルなもので、
「へい、お待ち」
無駄にカンカンとフライパンを鳴らして、用意された皿にチャーハンを盛り付ける元春。
そして、そんなチャーハンの目の前には魔王様と玲さんが座っていて、
「えっ、これ、わたしも食べるの?」
「女子の為に腕を磨いたんだからな」
とはいっても、実際にこれを食べたことがあるのは、義姉さんに鈴さん、巡さんにひよりちゃんくらいなものだけど。
「美味しいわね」
「……ん、おいしい」
「でっしょー」
「これ普通に売りに出してもいいんじゃない」
無表情の魔王様に少し不満げな玲さん。
そんな二人のリアクションに鼻高々な元春。
ただ、玲さんが最後に付け加えた『売りに出してもいい』という発言は謎肉に向けたものらしく。
「いろんなお肉で試してみますか」
その後、工房の冷蔵施設で保管している、幾つかの肉で試してみたのだが、やっぱり下位とはいえど竜種のお肉は別格なのか。
結局、恐竜の肉を使った謎肉が一番うまく、残ったお肉すべてが謎肉に加工されるのだった。




