●移動の足とかわいい相棒
それは日も沈もうかという時間帯、
ポツポツと電灯が灯り始めた川沿いに伸びる遊歩道を、志帆、鈴、巡の三人が歩いていた。
「車、置いてきたけど本当によかったの?」
「平気平気、送り迎えは虎助がしてくれるから」
「虎助君が?」
「そ、この前の約束があったでしょ。そのついでに頼んだの」
志帆が言う約束とは、つい数週間前のこと、錬金術師の館を調査した帰り、人形を回収した時にしたもので、
「でも、どうやって迎えに来るの?」
「でっかい魚の骨を使った飛空艇を出してくれるのよ」
一介の高校生でしかない虎助が、どうやって地元から百キロ以上も離れた自分達の迎えに来れるのか。
そんな疑問に対する志帆の答えに「そんなのもあるんだ」と巡がのほほんとリアクション。
すると、鈴が「飛行許可とかは出てるの?」と心配を口にするも、これにまた志帆が「そこは向こうが上手くやってくれるんじゃない」と適当な返事をし。
「これでやっと精霊ちゃんと友達になれるよ」
「なにか考えてたりするの?」
「やっぱり妖精ちゃんかな。フェア子ちゃんみたいな元気な子がいいなあ」
幸せそうに手を合わせた巡が、夕焼け空を見上げ語るのは、錬金術の館の調査の報酬であるスクナカードでどんな精霊と契約するかである。
志帆はそんな巡の蕩け笑顔に呆れるような視線を横にスライド。
「鈴はどうなの?」
「私は特に考えてないかな。
強いて言うなら私に足りないところを助けてくれるような優しい子が来てくれると嬉しいんだけど」
と、鈴の希望に志帆が『ふぅん』と鼻を鳴らしたその横をステーションワゴンが通り過ぎ。
少し進んだ先で停車。
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを貼り付けた男達が降りてきて、
「ねぇねぇそこの女の子、僕達とちょっと遊ばない」
軽薄そうなキツネ顔の男がそう声をかけてくる。
しかし、三人はこれをスルー。
まるで何事もなかったかのように彼等の横を通り過ぎようとすると、これにまた別の男二人が「ちょっちょっちょっちょ――」と進路を塞ぐように回り込み。
「何?」
進路を塞がれた志帆がそう一言、極寒の視線を向けたところ、そのあまりに冷えた視線に進路を塞いだ二人がフリーズ。
「私もまだまだだわ、虎助ならいまので終わってたでしょ」
「毎日万屋に行ってる虎助君と比べるのはどうかと思うけど」
「そうだよね~」
三人は軽口を叩きながら、二人の間を通り過ぎようとするのだが、
それに気付いた大柄の男が、
「だから待ってって――」
と、志帆の肩を掴もうとして、
「待てって言われても、何って聞いて答えなかったのはそっちじゃない。
それで待てって馬鹿なの?」
「はぁ、ふざっけんな?」
「ちょっ、大志君、まだ早いって」
志帆のあからさまな挑発に、短気を起こした男が宙を舞う。
「「「「はっ?」」」」
思わぬ反撃に呆気にとられる男達。
一方、志帆はそんな男達をつまらなそうに見つめ、「正当防衛でしょ」と手をひらひらと歩き出そうとするのだが、これに別のナンパ男が慌てたように、
「だから、待ってって言ってるよね」
ただ、それは好みの問題なのか、それとも本能的な選択か、やや口調が荒くなった男が志帆を避けるように巡を引き留めようとしたところ。
「よいしょ~」
リプレイのような投げ技一本。
ただ、それは彼にとっても、彼らにとっても、完全に想定外の結果だったみたいだ。
今度こそ声も出ないと驚く男達に、巡がまたのんびりとした口調で、
「なんでいつも私に来るかな」
「そりゃ、巡が一番弱そうだからじゃない」
「え~、志帆ちゃんならともかく、鈴ちゃんとはそんなに変わらないと思うけど」
「それは否定しないかな」
実際のところ、巡と鈴ではそのスタイルに大幅な違いがあって、一概にその実力を比べることは難しいのだが、組手での勝敗はほぼイーブンの状態で、
「それでアンタ達、結局なにがしたいのよ」
手を腰に、唖然とする男達に声をかける志帆。
すると、最初に志帆に投げ飛ばされた男が立ち上がり。
「オメー等、なにボサッとしてんだよ。こうなったらもう拉致んぞ」
と、その一言がすべてを決めた。
いや、志帆としては最初からこうなることを狙っていたのかもしれない。
そもそも、こんなナンパを断られたらすぐ手が出るような連中を志帆が見逃す筈がないのである。
最早なりふり構わず襲いかかって来る男達に、志帆はとても楽しそうに手の平で拳を打ち鳴らし、乱闘が始まる。
それから約三十分――、
乱闘があった遊歩道近くの河川敷に魚の頭のような形の飛空艇が降り立った。
そして、そんな飛空艇の中から出てきた虎助は、停められた車のすぐ横に転がされる男達を見て、すべてを察したように、犯人であろう義姉にじっとりとした視線を向けてこう訊ねる。
「どうしたの。その車と男の人達?」
「ここに来る途中でやっつけたナンパ男共」
「そうなんだ。
それで、その人達をどうするとか決めてたりするの?」
「それなら大丈夫。加藤さんに連絡しといたから、
ポーションもぶっかけておいたから平気でしょ」
一応、アフターフォローはしたようだ。
虎助もそういうことならと納得はあまりしていないが、志帆の中で処理がついているのなら、これ以上なにを言っても無駄だろうと、せめてこの後、志帆ではなく、鈴と巡が変なことに巻き込まれないようにと、男達やその車に浄化の魔法を丹念にかけ。
「その魔法って、そういう使い方もあるのね」
「悪用しないでよ」
「そんなことしないから」
「じゃあ、乗って下さい」
しっかり証拠隠滅が終わったところで、騒がしくも飛行船に乗り込んで現場を立ち去るのだった。
そして、しばらくの空の旅があって、
四人が転移したアヴァロン=エラにはかわいいが溢れていた。
「かわいいよ」
巡が頬ずりするのは、金魚の尾びれのような青く透き通った翅を持つ妖精型のスクナである。
そして、そんな巡の背後で苦笑を送る鈴の手の平には童話などで定番の中性的な妖精型のスクナの姿があり。
「精魔接続の魔法式もインストールしておきましょうか」
「精魔接続?」
「精霊と魔力を同期する魔法といったところでしょうか」
虎助が簡単にではあるが精魔接続の効果を説明。
それを一人、真剣に聞いた鈴は腕組みをして。
「一長一短という訳だね」
「ただ精魔接続はまだ使わない方がいいかもです」
「どうしてだい?」
「精魔接続には精霊との親和性が必要なので、まず仲良くなることから始めないと、しっかりとした恩恵がもらえないんですよ」
「そうなんだ」
ちなみに、玲が早い段階で精魔接続をしっかり使えていたのは、彼女が暇さえあればそのスクナであるクロッケを顕現させていたからである。
それを考えると、巡などは意外とすぐに使えるようになるのではないかというのが虎助の予想であり。
「あと、召喚する時は近くの神社なんかに行ってやると回復も出来て便利かもです」
鈴も巡もアヴァロン=エラの環境で魔力の総量を上げ、その回復力を高めてはいるが、それでも地球では思うように魔力の回復が出来ないというのが現状だ。
その解決にと虎助が示したアドバイスが、パワースポットの上に建設することが多い寺社仏閣へ行ってみることであって、
「どこの神社でもいいのかい?」
「大抵の神社はパワースポットの上に作られていますから大丈夫だと思うんですけど、自分のスクナに確認してみるといいかもですね」
自然に存在する魔素の濃度をハッキリ感じ取るのは熟練の魔法使いでも難しいことであるが、魔素そのものとの親和性が高いスクナ聞けばわかることで。
「とにかく、まずは一緒にいろいろやって仲良くなることなんですけど――」
「巡の場合、こっちが言わなくてもそれはできそうだね」
と、虎助と鈴が見る先では、志帆が呼び出したフェア子と戯れる自分の相棒を携帯電話で激写する巡の姿があった。
◆スクナ紹介※
イブキ(鈴のスクナ・妖精型)……〈ウィンドチャイム〉〈エアリアル〉
雫(巡のスクナ・妖精型)……〈空中遊泳〉〈波紋〉
◆次回投稿は水曜日を予定しております。




