ドッペルゲンガー?
いつもの放課後、いつもの万屋、これもいつものことって言ってしまってもいいのだろうか。
すっかり聞き慣れてしまったアラームが店内に響き、僕の手元に魔法窓がポップアップ。
それに目を通した僕の反応がいつもとは違ったことに気づいたのか、元春がとぼけた顔して聞いてくる。
「どしたん?」
「いま迷い込んできたのが面倒な相手で、どうしようかって思って」
「もしや龍種などですの」
ダンとこたつの天板を叩き、立ち上がるのはマリィさんだ。
しかし、その期待は空振りで、
「残念ですが、ドッペルゲンガーですね」
「ドッペルゲンガー?
ドッペルゲンガーとは、どのような魔獣でしたの?」
「ありゃ、マリィちゃん知らねーの」
聞きようによっては煽っているようにも聞こえなくはない元春のセリフに、「心当たりはありませんの」と素直に頷くマリィさん。
僕はそんなマリィさんの反応に、胸元にあった魔法窓を脇に避け。
「正確には魔獣ではなく魔法生物になりますね。変身能力を持った相手です」
能力さえ聞けばなにか思い当たるものがあったか、「ああ――」と納得したような声をあげるマリィさん。
「ちな、変身した相手の力は?」
さすがは元春、わかっているね。
そう、漫画やゲームなんかだと変身モンスターは相手の力をそのまま引き継ぐのが定番である。
しかし、今回アヴァロン=エラに迷い込んできたドッペルゲンガーは、たぶん元春が想定している状態とは違っていて。
「それがわからないんだよね」
「わかんねーってどゆこと?」
「もう変身してる状態でこっちに来たみたいだから」
そもそもドッペルゲンガー自体が不定形の魔法生物だというが、今回のドッペルゲンガーはしっかり人の形をとっており。
「どのような姿に変身していますの」
と、ここでマリィさんが問題のドッペルゲンガーが映る魔法窓を覗き込もうとするのだが、
「マリィさんは見ない方がいいですよ」
「何故かと聞いても?」
「それが変身したドッペルゲンガーが裸でして」
そう、現れたドッペルゲンガーは裸の状態だったのだ。
すると、それを聞いたマリィさんが眉を顰める一方、元春が「マジかよ」と僕を押しのけるように魔法窓を覗き込み。
「ぶべっ、男じゃねーかよ」
「マリィさんに見せない時点で気付いて欲しかったんだけど」
そもそも、相手が女性なら慌てて止めはしなかったと僕は言うのだが、元春としてはこう思っていたようだ。
「そこは虎助が火弾食らうかもって焦ったとかじゃねーのかよ」
「相手は魔法生物だよ」
実際、アクアの時なんかも特に気にしていなかったし、それが女性の裸でも相手が相手なら、マリィさんも特に咎めたりするようなことはないと思うのだが、
ただ、マリィさんも男の裸なんて見ていて気持ちのいいものではないからと、この対応になった訳であって、
「つか、なんで裸――、
はっ!? もしかしてドッペルゲンガーって服までは再現しねーとか」
「違うからね」
天才的な思いつきとばかりに喜ぶ元春には悪いのだけれど――、
いや、悪くはないのか。
ドッペルゲンガーは普通、対象が身に付けている装備も合わせて、相手に変身するというデータがあって。
「だったら、なんでコイツは裸なんだよ」
「それは変身した時にこの人が裸だったからじゃない」
それ以外にないんじゃないかと伝えると、
「どんなシチュよ」
ここで会話に入ってきたのは、訓練場で魔法の練習をしていた玲さんだ。
そして、その文句もわからないではないんだけど。
「転移前の場所がどこかの実験場とか?」
「そりゃ、どういうこったよ」
「確証はないんだけど、ドッペルゲンガーってホムンクルスの失敗作だっていう説もあるみたいだから」
これはあくまでそういう噂があるという程度の情報なのだが、人間の形にならず、廃棄処分されたものの成れの果てがドッペルゲンガーの正体だという話もあって、
もしかするとこのドッペルゲンガーは大量にホムンクルスが作られるような施設で生まれて、その姿を真似たものがここに転移してきたという可能性もあると僕が言うと、
「成程なあ。
でも、よく見るとなんかどっかで見た顔じゃね」
「そうなの?」
ここで改めてドッペルゲンガーを見た元春が、げんなりとした顔でそう言ってくるのだが、
僕も玲さんと同じで特にこれといった心当たりはなく。
「強いて言うなら――、
マリオさんに少し似てるかな」
「誰だっけ、それ」
「たまにカレー粉とか買いに来てくれるお客さんだよ」
元春にしては珍しく男の人の顔をおぼえていたかと思ったが、別に具体的な名前が上がる程ではないようだ。
「ってことは、このドッペルはアムクラブからのヤツってことか?」
「それはないと思うよ」
そもそも、このドッペルゲンガーがマリオさんに似ているといっても、それは目元の辺りがなんとなく似ているといったくらいなもので、髪の色や体つきは全然違うのである。
「それでどうするの?」
「今はエレインが引き止めているようですが、いつまでもそのままという訳にもいきませんわよね」
たしかに、手元の魔法窓に映し出される現場の状況からして、このドッペルゲンガーにゲート前で留まられてしまうと面倒そうだ。
「追い返すのも危険そうですし、倒した方がよさそうですね」
「けど、これって大丈夫なん」
そう言って、元春が覗き込む魔法窓の画面には自分が王子だのなんだのと喚くドッペルゲンガーの姿があって。
「こいつリアル裸の王様じゃんよ」
うん、これはホムンクルスに化けたとかではなく、いかにもなお偉方に化けての転移だったみたいだ。
ただ、相手はあくまでそのドッペルゲンガーなので、
「とにかく、なんとかしてくるよ」
「「いってら――(しゃい)」」
「私も手伝いましょうか」
誰も裸の男の相手なんてしたくないと、元春と玲さんが軽い感じで僕を見送る一方で、マリィさんが手伝いを申し出てくれるのだが、
「いえ、今回は相手が相手ですから」
「マリィちゃんに変身し直されたりしたら――って、これチャンスじゃね」
さすがにマリィさんを裸の男性とは戦わせられない。
そんな僕の想いとは関係なく、あえてフォローといった方がいいだろうか、元春の尊い犠牲によってマリィさんが万屋に留まることが決まったところで、店を飛び出した僕は素早くモルドレッドの足元まで移動。
そして、相手の能力が変身ということで、僕自身に化けられる可能性を考慮に入れて、暗殺を狙うのが無難だと、するりモルドレッドの肩口まで駆け上がっての〈一転強化〉。
ナイフを取り出し、ターゲットに狙いを定めてスローイング。
すると、特殊加工されたミスリルナイフが空を滑り、標的の額に吸い込まれたかと思いきや、当たる寸前で弾かれてしまった。
どうやら、裸の王様(仮)にはなにか特殊な防御魔法が付与されているみたいだ。
「曲者か、であえ。エクス・マキナ」
と、地面に落ちるナイフに一瞬間を開けて、ドッペルゲンガーの口から時代劇でしか聞かないようなセリフが飛び出して、全身金ピカの鎧が二領、ロングソードを持ってその場に現れる。
すると、出現した鎧はすぐ目の前にいたエレイン君を敵と判断されたのか、
鎧はゆっくりとした動きでロングソードを横に振り、エレイン君を薙ぎ払おうとするのだが、
エレイン君はその攻撃を小さな体を生かして、その攻撃を掻い潜ってのロケットダイブ。
強烈な頭突きを腹にもらった鎧が七転八倒――十数メートルは弾き飛ばされるも、やはりその中身は空なのか、何事もなく直ぐに起き上がり。
「何をやっているエクス・マキナ。さっさと曲者共を排除しないか」
ドッペルゲンガーの命令に二領の鎧がまたエレイン君に襲いかかっていく。
一方、僕はそんな状況を俯瞰しつつもモルドレッドから駆け下りて、マジックバッグからジョットガン型の魔法銃〈マスターキー〉を取り出し、エレイン君に気を取られる鎧を背後から銃撃。
鎧の中身が空ならこれで機能停止に追い込めるかと思いきや――、
効果がない?
と、そんな心の声とほぼ同時、
「交わしたと思ったんだけど」
やはり鎧の中は空なのか。
ぐりんと百八十度、真後ろを向いた兜の部分から放たれた一条の光によって、左腕の肘から先がドサッと地面に落とされる。
『『『『虎助っ!!』』』』
通信越しに聞こえてくるのは万屋からこちらをモニターしていたみんなの声だ。
しかし、この程度(?)の傷ならエリクサーですぐ治る。
ただ、今のビームをエレイン君が食らったら危ないかもしれないので、まずはエレイン君の安全をするようにと、周囲のエレイン君に指示を出しつつも、僕は斜めに切られた左腕を回収。
そして、腕と傷口にエリクサーを振りかけ接着し、後はエリクサーの効果に回復を任せるとして、
空切を腰のホルダーに戻し、その手でマスターキーを拾い上げると、ここからどう反撃に移るかなんだけど――、
なんて悠長に考える暇はないようだ。
最初にエレイン君にぶっ飛ばされた鎧が戦列に復帰してきたこともあるのだが、どうもマリィさんがお店を飛び出してしまったようである。
なので、さっさと勝負を決めなければならないと、僕は深く息を吸い込み、左手の回復具合を確認。
まだ多少の違和感が残る左手で空切を抜くと、エレイン君から反転、僕を仕留めようと剣を振るってくる鎧の片方に、右手に持ったマスターキーを向けて発射。
そう、なにもマスターキーにできることはなにも魔法解除だけではないのである。
放たれた純粋な魔法の散弾により、上半身が大きく仰け反らせる鎧。
それと同時に、僕は銃撃の反動を利用するようにくるっとその場で一回転。
ただ逆手に握っただけの空切で危険な兜を分断、残った鎧の横腹を強化した足で蹴り飛ばし、その操り手であるドッペルゲンガーに斬りかかるも、ここで復帰してきた鎧が僕とドッペルゲンガーの間にわって入る。
と、僕はそんな鎧に「邪魔」と魔法の散弾をぶちかまし。
その衝撃でよろけた隙を狙ってエレイン君が再びのロケットダイブ。
これで僕とドッペルゲンガーの間に遮るものはないと、更に一発、魔法の散弾を発射。
すると、ドッペルゲンガーを守る障壁のようなものがガラスのように割れ。
それを確認したところで僕はマスターキーを放り出し、ちょうどそこに落ちていたミスリルのナイフを拾い上げると、その首筋を撫で斬るのだが――、
生物じゃないから血は出ないのか。
目の前の光景にどこか冷めた思考を脳裏に走らせながらも、ドッペルゲンガーの横を駆け抜け。
手の中でナイフをくるっと順手に持ち替えると、その刃をドッペルゲンガーの華奢な背中に突き立てる。
すると、主人を守ろうとしてか、ここで先に弾き飛ばした鎧兜がまた例のレーザーを放つのだが、
その攻撃は、おそらくソニアが遠隔で展開してくれた結界に阻まれて不発に終わり。
それが最後の悪あがきだったか、ドッペルゲンガーはドロリと溶け落ちるように形を失い、二体の鎧も光となって消え失せる。
僕はミスリルナイフに突き刺さる大きな魔石を回収すると、周囲を見回し警戒を解除。
「油断したつもりはなかったんですけど、思ったよりも強敵でしたね」
遅れて到着したマリィさんににこやかに話しかければ、マリィさんは焦ったように僕の腕をガシッと掴み。
「虎助、腕は!?」
「大丈夫です。
エリクサーを使いましたから」
ゲームだったら使用を躊躇うその薬も、実際に命がかかっている現場であれば使うことに躊躇いはない。
千切れていた時間も数十秒程だったから、血も殆ど失われていないし、レーザーのような攻撃で綺麗に切られたおかげで神経系にも問題ないようだ。
まあ、エリクサーならなにもないところから、腕の一本や二本、生やすくらいはできると思うが、とりあえずマリィさんの安心の為にも、しっかり動きますよと腕をぐるぐると回してアピール。
「しかし、いまのアレはなんだったんですの?」
「消えてしまいましたし、調べることは出来ませんが、あの鎧の性能を考えますと、特殊契約をした魔法生物じゃないでしょうか」
「召喚魔法に近いものですの?」
『それにしては触媒の類がなかったけど』
ナチュラルに会話に入ってくるのはソニアである。
『契約系の召喚魔法か、精霊魔法か、分析を勧めないと』
そして、ここまで興味を持ってくれたのなら、後は放っておいてもソニアが勝手にいろいろと調べてくれるだろうと、鎧に関する考察は早々に切り上げ。
「とにかく、この魔石を調べればなんらかのことがわかると思いますので、ソニアのところへ持っていきますよ」
「そうですわね」
僕はドッペルゲンガーの魔石を片手にマリィさんと万屋に戻るのであった。




