二学期最後の休み時間
それはそろそろ二学期も終わりというある日の昼休み。
友人一同とお弁当を食べていると、お昼休みまでにお弁当を食べてしまった元春が、購買で買ってきたパンを齧りながら、窓の外のどんよりとした曇り空を見上げて呟く。
「今年は補修もないし冬休みが楽しみだな」
「……なんで補修に入ってねーんだよ」
無駄に雰囲気を出す元春に文句を言うのは水野君。
「そりゃ勉強したからに決まってんじゃねーか。
てか、お前らも次郎の予想聞いたんだろ、それでなんで赤点取ってんのよ」
「くっ、まさか元春にそんな言葉をかけられるなんて」
たしかにね。
いつもなら元春も水野君達に混じってぶつくさ文句を言っていた側だから、二人がそう言いたくなるのもわからなくもなく。
「俺は青春を謳歌させてもらうぜ」
「はん。どうせ『何の成果も得られませんでした――』っていつものパターンだろ」
「うっせ、後で吠え面かくなよ――ってか、お前も行くんじゃん」
元春のノリツッコミに「まあな」と笑う水野君。
「修学旅行の後だけど、今年も行くの」
「部活の方の仕込みがあっから多少趣向を変えてだけど、また本田先輩に車を出してもらってな」
ちなみに、いま名前の上がった本田先輩というのは義姉さんの同級生で、長い休みになると元春達をいろいろなところに連れていってくれる気のいいお兄さんだ。
「今年は遭難しないようにね」
「委員長じゃねーんだから、それはねーって」
「うるさいわね。私は遭難はしてないわよ」
と、ここで近くの席から苦い顔で割り込みをかけてくるのは、我がクラスの副委員長である中谷さん。
元春が委員長と呼んでいるのは、彼女が委員長よりも委員長らしい仕切りをしてくれるからである。
「そっすね。遭難したのは虎助っすから」
そして、修学旅行でのちょっとした事故を蒸し返す元春の空気を読まない発言に、周囲の女子から冷たい視線が飛ぶものの、元春がそんな空気を読める筈もなく。
「しっかし、委員長の残念差し入れも今日で終わりってなると寂しいもんだな」
「なにが残念よ」
ちなみに、元春が言う『差し入れ』というのは、僕達のテーブルの真ん中に鎮座する唐揚げの山である。
これは以前、修学旅行で僕を遭難に巻き込んだ? 中谷さんの罪滅ぼしのようなものであって、
「なにがって、言っちゃう。それ言っちゃってもいいん」
「ぐっ……」
中谷さんが作った唐揚げも普通に美味しいと思うんだけど。
「でも意外な特技よね。
そのお弁当、ぜんぶ間宮君が作ってるんでしょ」
「ウチは母さんが料理が苦手だから」
「イズナさんの料理はなあ」
「ああ――」「マジでな」
「ちょっと、アンタ達、なによその目は――」
一斉に死んだような目で外の景色を眺める友人三人に、怪訝そうな顔をするのは中谷さんと一緒にお弁当を食べる佐々木さんだ。
「ほら、マンガとかで見たことないか、食べるとぶっ倒れたりするアレ」
「イズナさんの料理はまさにアレだもんな」
「そんなになの?」
母さんの場合、料理が下手とかそういうことじゃなくて、毒物を調味料として使うのである。
ただ、その料理はマンガとかに出てくる毒料理とは違って、見た目は悪くなく、食べてみると意外と美味しかったりするのだが、食べた後がそれはもうヒドイのだ。
と、そんな話の流れからではないのだが、
「そういえば今年は教室の方で寒稽古やるみたいだから、みんなもよかったら顔を出してよ」
「おっ、イズナさん復帰?」
「本格的にじゃないけどね。いま鍛えてる人達が形になってきたから、月イチくらいで顔を出す予定みたい」
「へぇ、じゃあ、本田先輩の稼ぎは安泰ってことか」
どうなんのかな。
本田先輩もお家のことがあるだろうし、また母さんから話があると思うんだけど。
「なんの話?」
「ウチの母さんが前に市の総合体育館でカルチャースクールをやってたんだけど、それがまた本格始動するって話――、
護身術なんかも教えてるから興味があったら調べてみて」
ここで営業という訳ではないのだが、せっかくだからと中谷さん達にも、母さんの護身術講座を勧めてみると、元春達が慌てたように。
「虎助よ。いたいけな女子達を修羅の道に引きずり込むでない」
「被害が来るのは俺達かもしんねぇんだぞ」
そうならないようにちゃんとすればいいのに――っていうのは無駄か。
そんな元春達のリアクションに中谷さんは、
「アンタ達がそんな反応するなんて、ちょっと興味が出てくるわね」
「よすんだ委員長、死ぬぞ」
「そんな――、
さすがに母さんもカルチャースクールでは無茶しないから」
「お前は甘く見過ぎ。ひよりちゃんだって最初は同じノリだったじゃんよ」
「それがいまや修羅の者だ」
修羅とかって、ひよりちゃんはいたって常識的な技術しか持ってないと思うけど。
まあ、最近は万屋に来るようになって魔法をおぼえて、そっち方面に才能があったのか、メキメキと実力を伸ばしていたりもするのだが。
「そのひよりちゃんって、榊原君とよく一緒にいるちっちゃい娘のことよね?」
「ああ、嫁だな」
「嫁って――」
「実際そうなんだって」
「しかも正則はまったく気付いてないとかな」
「ラブコメの主人公かよ」
こればっかりは僕も否定の言葉が無いかな。
「ともかく、そのひよりちゃんが……修羅っていうのはどういうこと」
『修羅』という言葉に照れがあるのか、一部小声になってしまった中谷さんの疑問符に、同じ外の部活をしている佐々木さんが口元に指を添え。
「そういえば、その子、夏休みの部活中、お馬鹿な連中に襲われそうになって、返り討ちにしたって噂を聞いたけど」
「ブラックライトニング壊滅のアレな」
「「「「ブラックライトニング?」」」」
首を傾げるのは中谷さんを始めとした女子のグループだ。
「半グレ集団みたいなヤツ等だな」
「えっ、そんな危ない人が?」
身近にそんな連中がいたなんて――と、驚いたようにするのは佐々木さんの隣で、みんなの話を静かに聞いていた鈴木さんだ。
大人しく気弱な鈴木さんとしては、半グレなんて呼ばれる危険人物と繋がりがある人物がこの学校に通っていることがショックだったみたいだ。
「実際に潰したのは志帆姉――虎助の姉貴だけどな」
ちなみに、その潰したっていうのも、いつもみたいに義姉さんがはっちゃけたという訳でもなく。
鈴さんと巡さんと遊んだ帰りに、たまたま(?)襲われたのを返り討ちにしたっていう経緯を簡単に説明したところ、これを聞いていたそれぞれが別の意味で呆れたような表情を浮かべ。
「馬鹿だよなあ」
「ひよりちゃんに手ぇ出して、志帆さんに喧嘩売るなんて自殺行為でしかないよなあ」
「なんかいろいろとツッコミどころ満載なんだけど」
「師匠と関わるってことはそういうことってな」
「ちょっと松平、食べ過ぎよ」
話の終わりに元春がひょいぱくと中谷さんが差し入れてくれた唐揚げを二つ、口に放り込むと、中谷さんから一人で食べ過ぎだと注意が入るのだが、
「育ち盛り――つーか、虎助も食わねーし」
元春が悪びれずにそう言って、当然のように空気が悪くなってしまったので、
「そういえばこんなもの作ってきたんだけど」
ここは甘いもので怒りを収めてと、こんな事もあろうかと――というよりも、単なる偶然であるのだが――通学鞄の中のマジックバッグからフルーツサンドを取り出し、みんなに勧めてみたところ。
「おお、なんかうまそうなもんが出てきたけど」
「ほら、もうすぐクリスマスでしょ。その時にお客さんに出そうと思って作ったのをね」
実際には、きのう仕入れる筈だった駄菓子を買い忘れてしまったと、魔王様やユリス様、玲さんのおやつ用にちょっと作ってみたものであるのだが、
「クリスマスにお客さんにって、お前――」
「これが女子力の差か」
と、水野君と関口君が軽く女子を煽りながらも、デザート代わりにと串に刺されたロール状のフルーツサンドに手を伸ばし。
「なんだ。これうめー」
「ホント、見た目は普通なのに――」
「材料がいいからね」
「材料が良いって、もしかしてこのパン、駅前の小夜鳴のヤツとか?」
「違うくて、パンの部分は普通にスーパーとかで売ってるやつだよ。ただ、ちょっと前にいいミルクを手に入れてね」
そう、このフルーツサンドに使われているクリームの原料はタラチネミルク。
「あのおっぱいな。あれはいいもんだ」
「なんだ元春、知ってんのか」
「ふっ、俺が激闘の末に手に入れたミルクだ。ありがたく食べるんだな」
激闘って、元春は自主的にやられっぱなしになってただけだと思うんだけど。
と、僕が元春にじっとりした視線を向ける一方で、友人達は常識的な想像をしてくれたみたいだ。
「どっか牧場に行ったって感じか」
「まな」
さすがに巨大おっぱいと戦ったとは言えないから、元春もその辺は曖昧にしてくれたようだ。
「しかし、虎助はクリスマスもバイトか」
「稼ぎ時だからね」
とはいっても、万屋の場合、年末とかそういうイベントごとは――、
いや、福袋を出すから、それを狙ってやってくるアムクラブのお客様のことを考えると、あながち嘘でもないのかな。
「俺もなんかバイトすっかな」
「なんだ。カズ、裏切りか?」
「違う違う。単純に金がねぇんだよ。
くぅ、現国の赤点さえ回避してりゃあな」
お小遣いでも減らされたのだろうか。
「ってことは遠征は不参加か」
「うんにゃ、そっちは問題なし。ただ服とか買う金がなあ」
そう言って水野君は遠い目をすると。
「なんか、いいバイト先とかないか?」
「年賀状配りでもしたら」
「おっ、委員長も金欠?」
「バッカ、委員長はタッニとデートする為だろ」
「ち、違うわよ。そんなことしないから――、
来年は受験だし、年末は児童館の手伝いがあるし」
「真面目か」
真面目だね。
そして、元春が「なあ、その辺、タッニはどう思うよ」と、近くの席からさりげなくこちらの会話を伺ってきた谷君をからかう中、水野君が聞いてくる。
「虎助のとこは募集してねぇの。儲かんだろ」
「人手は足りてるかな」
二人なら万屋に連れて行っても大丈夫だと思うんだけど、いまは落ち着いてるとはいえハイエストのこともあるし、年末年始は母さんが休みってなると強制的に修行ってなことにもなりかねない。
そうなると、いまはちょっとタイミングが悪いから――、
「知り合いの運送屋さんが人を探してたけど」
「いつの間にそんな知り合いが、もしかしてイズナさん絡みか」
ここで耳聡く僕の言葉を聞きつけて戻ってきた元春が警戒心を滲ませながら聞いてくるのだが、
「静流さんのところだよ」
「静流さんのトコってリアル魔女宅?」
「リアル魔女宅?」
その発言はいろいろな意味でアウトだとアイコンタクト。
すると、元春は自分の携帯電話を取り出して――、
「ああ、その人ら美魔女なんよ。なんせ四十代でこれだからな」
みんなに見せた携帯画面に表示されていたのは静流さんではなく、佐藤さんの画像。
すると、これに飛びついたのは女子達だ。
さり気なくフルーツサンドに伸ばしていた手を止め、殺到する。
「ちょっと、この人、これで四十代?」
「大学生くらいに見えるけど」
「全然いける」
「ねぇ、間宮君、そのバイトっていうのは」
「駅前から少し行ったところにある猫のマークのお店なんだけど」
ちなみに、ここでところの猫というのは、有名なあの黒猫ではなく、鉄製の看板にリアルな猫と箒がものであって、
「あそこって配送センターだったんだ」
「おしゃれなカフェだって思ってた」
「あ、うん、カフェも含めていろいろやってるんだよ。
その中に商品発送があって――」
これは前にも少し触れたことだが、魔女のみなさんは表向き手広く商売をやっていて、その中に魔法を使った自社商品の配送するサービスがあり。
その梱包作業なんかに人手が足りないと言っていたのを前に聞いたことがあったのだ。
「間宮君、それって私でもできる」
「大丈夫だと思うよ」
仕事内容はあくまで商品の梱包だから一般の人でも問題は無いはずである。
なので、佐々木さんにやる気があるなら紹介もやぶさかではないと、僕が応えようとしたところ、ここで水野君達が「ちょいちょい」と割り込んできて、
「そのバイト、俺が紹介を頼んだんすけど」
「でも、アンタ補修でしょ」
うん、これは水野君も佐々木さんも両方の意見が正論でもあるけれど。
「とりあえず、募集人数とか期間とか聞いてみるから、話はそれからだね」
「そうね」
「頼むぜ。虎助」




