結果ままならず
それは修学旅行から帰って数日たったある日のこと――、
修学旅行の関連で新聞部との打ち合わせがあると、連日部活に顔を出していた元春が久しぶりに来店し。
「あぁ、もう、なんでなの」
「おう、玲っち、どうしたん?」
「それが、たまたまこっちに来てた佐藤さんと協力してタラチネを倒すことが出来たんだけど――」
「まさかチクビームが出せるようになったとか!?」
「なってないっ!!」
元春のそれは悪質な冗談のようなものだったが、タラチネには乳閃があるから、その懸念もあながち間違いとまでは言えないかもしれないものであり。
「だったら、どんな実績をゲットしたん?」
「〈赤ちゃん肌〉」
「〈赤ちゃん肌〉?
俺の〈もち肌〉と違いがわかんねーんだけど」
「詳しいことまではわからないけど、元春の〈もち肌〉はそのまま感触のことで、〈赤ちゃん肌〉は再生力とか、そういった方向で補正が働くんじゃないかな」
たしかに、ぱっと聞くだけだとほぼ同じような意味に聞こえるけど、これまでの傾向と対策から、以上のようなものではないかというのが僕の解釈で、
元春はそんな僕の考察に、どうしてそれがいつもできないのだろう。ニコリと無駄に爽やかな笑みを浮かべ。
「玲さんも仲間っすね」
「なんの仲間よ」
「トワさんに狙われる」
たしかに〈赤ちゃん肌〉なんて、トワさんが欲しがりそうな権能だけど、それで直接本人を狙うだなんて、それはあくまでマリィさんの冗談なんじゃないだろうか。
「そういやトワさんはタラチネに来てるん?」
「それなんだけど、マリィさんがまだ言ってないみたいで――」
「なんでだよ」
元春がお笑い芸人ばりの派手なアクションつきで声を荒らげるのは、トワさんが万屋に来る頻度が上がることを期待してのことなんだろうけど。
「トワさんにもメイドの仕事があるからね」
いずれ気付くけど、それまではというのがマリィさんの考えなんじゃないだろうか。
それ以外にも、最近トワさんが忙しくしていたというのも理由の一つかな。
ただ、その忙しさの主な原因であるトンネル事業もトワさんの手を離れつつあって、
しかし、トワさんはマリィさん付きのメイド長なのだ。
彼女の性格を考えると、仕事を休んでなんてことは先ずありえないので、空いた時間の大部分をつぎ込むなんてことにもなりかねない。
そうなるとトワさんの体調が心配だと、
「場合によってはタラチネのディストピアをガルダシアに貸し出すってことも考えないといけないかも」
「えっ、ちょっと待ってよ。まだわたしが戦ってるし」
トワさんの状況次第ではタラチネのディスとポアの貸し出しもあり得ると、そんな僕の発言に、待ったをかける玲さん。
だがしかし、それならそれで、玲さんがこちらでトワさん達と一緒に潜れば効率がいいのではないかと、そんなアドバイスをするのだが。
「それだと次の権能がいつになるかわからないんじゃ」
権能の獲得は本人の成長に関係ある傾向にある。
圧倒的に強い人と組むことで、新しい権能の獲得は難しくなると、玲さんは心配しているようだが、そもそも玲さんはタラチネから実績を獲得していて、そこから新規の権能を手に入れるには数をこなさなければならなくて、
だとするなら、いろいろな人と連携をしながら工夫して戦った方が成長に繋がるのではないだろうか。
「それにこれまで集めたデータから、複数のメンバーで倒した場合、権能がそれぞれ別になることが多いんですよね」
これはあくまで一つの可能性であるが、
例えば〈巨獣殺し〉などの複数の権能を持つ相手の場合、
それを倒した時に得られる権能は、まるで分割贈与するみたいに、みんなバラバラの権能を手に入れるって場合が殆どで、
それも相手の格や討伐時の人数によって、同じ権能ばっかりといった場合もあるのだが。
「つまり〈豊乳〉をゲットした人と一緒に潜れた確率が上がるってこと?」
「物欲センサーっていうのもありますし、一概にそうとは言えませんけどね」
この場合だと願望センサーかな。
狙えば狙うほど出ないというパターンは現実でも往々にあることで、
そういった場合に有用なのが物量作戦だ。
とにかく極小の確率だとしても数をこなせばいずれは手に入れられる日がやってくるのである。
「一点狙いを考えるとそれが一番確実な方法だと思いますよ」
ただ、これに玲さんは机に突っ伏すように脱力。
「けどなぁ、メイドさんって近づきがたい雰囲気があるんだよね」
まあ、トワさんのあの凛とした佇まいとか、慣れないととっつきにくいところがあるのかもしれない。
「だったら、ルクスちゃんに協力してもらうってのはどうです」
「ルクスちゃんって、あのちっちゃい子でしょ。さすがにあんな子供をディストピアに連れてくのはないんじゃあ」
顎に指を当て、思い出すようにそう呟く玲さん。
「あれ、玲っち知らねーの。
ルクスっちって、メイドの中だとトワさんの次ぐらいに強いらしーぜ」
「そうなの?」
実際、魔法を使うスノーリズさんやミラジェーンさんなら、ルクスちゃんにも普通に勝てるのだが、ここはあえて細かいことは言わずに「はい」と応え。
「てか、ちっちゃい子って、玲っちがそれ言っ――」
悪は滅びた――、
玲さんのコンプレックスを揶揄した元春は一条の光によってダウン。
「あと、ルクスちゃんやフォルカスちゃんなら、それなりに時間に自由も効くと思いますし」
その世界の文化水準として、マリィさんの世界では子供の働き手として捉えられがちだが、主に万屋発の情報により、ガルダシア領では子供をのびのび育てるお達しが出ている為、ガルダシア城のメイドの中でも年少のメンバーはお休みが多く取られているのだ。
と、それを聞いた玲さんは「うーん」と悩ましげな声を出し。
「でもなあ。わたしよりも先に二人が〈豊乳〉取ったら情けなくない?」
「いやいや、玲っちの場合、今更じゃん。
たぶん二人より、玲っちのがちっぱ――」
と、またこのお馬鹿な友人は言ってはならないことを言ってしまったか……。
かくして元春が再び店内を舞うことになり。
「相性的には悪くないと思いますよ」
ルクスちゃんもフォルカスちゃんも前衛タイプだ。
そこにフォローが出来る玲さんが入れば、戦いの幅が広がるのではないか。
「それに連携を学ぶのに、その成長が権能の獲得に繋がるってこともありますし」
これが止めとなったか、玲さんは机をたたき。
「じゃあ、マリィに相談してみるか」
「そうですね。そうした方がいいですよ」
◆
後日、メイドの控室でこんな話があったとか――
「はぁ~」
「どうしましたミラ。ため息なんか吐いて」
「実は昨日、ウルさん達と一緒に新しいディストピアに行ってきたのですが、手に入れた実績が狙っていたものと違ってですね」
「へぇ、どんな権能をもらったんです」
「〈美乳〉です」
「ちょ、ミラジェーンさん、いいじゃないですか〈美乳〉。私なんて〈軟体〉ですよ。そこはせめて〈もち肌〉とかにして欲しかったです」
「けど、私はこの身に流れる血の呪縛を破るべく、どうしても〈豊乳〉が欲しかったんです。それが〈美乳〉なんて、まさか、もう〈豊乳〉は取れないなんて言いませんよね」
「それは――」
「てゆうか、ミラさんエルフの血もがっ」
「まあまあ、そういうのは運なところがあるから」
「ぶ、物欲センサーだっけ?」
「この場合、物欲とはまた少し違うんじゃないかと思いますが」
「そういえば、マリィ様以外に〈豊乳〉を手に入れた人っているの」
「ええと、トワ様にリズ様、それにリシアがそうでしたか」
「……ねぇ、もしかして、〈豊乳〉っておっぱいの大きい人の方が出やすい?」
「い――やいやいやいや、そんな理不尽ないでしょう。ないですよね」
「そうですねぇ。私〈もち肌〉と〈赤ちゃん肌〉でしたし」
「ほう、それは自分の胸が大きいと」
「少なくとも、いまここにいるみなさんよりかはありますけど」
「くっ、言い返せない」
「だけど、二つの権能をいっぺんにってのは凄いよね」
「たしかに、始めて聞いたような気がします」
「あの、実は私もこの前――」
「え、フォルカスもそうなの!?」
「はい。玲さんと一緒に戦ったタラチネで」
「これは相手も関係あるのかな」
「さて、どうなのでしょう」
「それで、得られた権能なんだったんだい? あ、無理に言わなくてもいいけど」
「い、いえ、私から言い出したことですから」
「わかった、じゃあ、フォルカスが得た二つの権能を教えてくれるかな」
「はい。〈姿勢制御〉と、その――、〈生乳〉です」
「〈姿勢制御〉っていうのは虎助様が獲得したっていうあれよね」
「うん、でも〈生乳〉っていうのは初めて聞いたね」
「ってゆうか、〈生乳〉ってなに?」
「えっと、それなんですけど――」
「おっぱい出るようになったんだよね。
美味しいんだよ」
「ちょっとルクスちゃん」
「おっぱい出るって、フォルカスが?
それって大丈夫なの」
「あ、はい。
出るといってもほんのちょっぴりですから、それに魔力を使って出すみたいで、いまは自分で決められるようになりましたから」
「なんなのその力」
「明らかに異質な権能だね」
「やっぱり神の供物ってのは特別なのかな」
「それよりも、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「ルクスはどこでフォルカスのおっぱいを飲んだの?」
「「「「あっ」」」」




