●名も無き特殊部隊の秘密訓練1
◆新章開始からいきなりの主人公以外の視点です。
今回、ちょっと中途半端に終ってしまったので頑張って明日までにもう一話仕上げたいと思います。(予定は未定)
私の名前は春日井聡子。この度、新設される名称不明の特殊部隊に配属になった警察官だ。
名称不明の特殊部隊って何なんだ――って、この話を聞いた人はそう思うかもしれないけど、これは冗談でもなんでもなく本当のことなのだ。
なんでも、上の命令で急遽作られることになった部隊らしく、名称などの細かな部分はまだ決まってないとのこと。
普通そういうことは、名称から役柄、拠点となる部局にまできちんと決めてから招集されるのだけれど。
噂によると、世間的に大っぴらにできない事件を解決する為に急遽招集された部隊だとか、近く来日するとある特殊な要人を警護する為に集められたのだとか、正直、どうして私がそんな部隊に配属になるのかという思いはあるものの、ある意味でこれはチャンスでもある。
何故なら、特殊部隊というのはその仕事内容から、キャリアや昇進試験の結果ではなく、純粋な能力によって集められる部署からだ。
階級という面では多少不利になるかもしれないが、実績という面では大きなプラスになるのだ。
上手くいけば、これをきっかけにSATやSPのような有名部署への配属も夢じゃないかもしれない。
まあ、SATは女性が隊員になれないんだけど。
しかし、そんな私の希望も、招集の翌日にやって来た、特別教官を名乗る小柄な女性にいきなり打ち砕かれてしまう。
彼女は集まった私達を一目見るなりこう言ったのだ。
「う~ん。さすがの加藤さんでも本物を連れてくるのは難しいか。適性があるだけって感じね。という訳で君達、実力不足みたいだからだから本格的な訓練に入る前にちょちょっと研修を受けてもらうわね」
この人は何を言っているのだろう。
能力があるからこそ集められた特殊部隊員に、能力が低いから研修をしてこいだなんて――、
教官の発言には私ならずとも反発がある訳で、
「ア゛ン? じゃあ、俺等はなんで集められたんだよ。つか、俺で実力不足なら他の誰かを連れてこいってんだよ」
チンピラのように怒鳴りつけたのは私と同じ部署から配属になった八尾さんだ。
若き格闘術の達人で、特に逮捕術では並ぶ者はいないといわれている先輩である。
八尾さんとしてはようやく実力が認められたと意気揚々と出向したのに、いきなりどこの誰ともわからない女の人に実力不足だと出鼻をくじかれて怒り心頭になるのも仕方のないことなのかもしれない。
だが、教官はそんな八尾さんの怒りを軽くいなして、
「そんなこと私に言われても知らないわ。さっき言った通り、単に適性を見て集められたんじゃないの」
「ハァン?適性?なに言ってんだ。初対面のアンタが俺の何が分かるってんだよ」
教官の言い方も良くなかったかもしれないが、ただ突っかかっていくだけの八尾さんも八尾さんだ。
あの喧嘩っ早い性格さえなかったらいい警察官になれるのに。
「じゃあ、実力を見せてみなさい。私を倒せたら君は研修を受けなくてもいいわ。だけど、もし、君が私に負けた場合、連帯責任で全員の訓練が倍になるから覚悟してよね」
教官の提案に複雑な反応をする一同。
おそらくではなく、ほぼ確実に、厳しいものになるだろう特殊部隊の訓練が倍になるのは嬉しいことではない。
しかし、挑戦するのが本庁きっての武闘派である八尾さんならば強く止められないのもまた然りで、
「そりゃ面白ぇ」
「待ってください教官。それは――」
教官からの挑発に乗る八尾さん。
そこにこの部隊の隊長を務めることになった川西さんが見かねて待ったをかける。
だがしかし、
「私、面倒な事が嫌いなの」
教官の一睨み、ただそれだけで川西隊長は黙らされてしまう。
いや、隊長だけではない。私達全員がまさに蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまったのだ。
これは何?
教官から放たれる得も言われぬ圧力が私達をその場に縫い止める。
一方の八尾さんはまるで気付いていないみたいだけど、教官はいったい何をしたんだろうか。
大きな体に似合わないスピードで教官に襲いかかる八尾さん。
対する教官は動かない。
このままでは八尾さんの攻撃に教官が圧殺されるだけではないか。
しかし、現実の結果は私達が想像したものとは逆の結果になった。
さすがの八尾さんも打撃系の技は忌避したのか、掴みかかろうとしたその瞬間、教官は掌底一発。それだけで八尾さんが天井にめり込ませてしまう。
ただ柔らかく押し上げただけ、そんな風に見えた掌底によって作り出されたギャグ漫画のような光景に、私達は口を開くことしかできない。
かたや、教官はあらあらと呑気な声で天井を見上げて、「もうここには当分来ないつもりだから大丈夫よね」と、無責任な事を呟くのだ。
そして、上手くリアクションできないでいる私達を見て、
「さて、他に文句がある人は名乗り出てくれるかしら。今なら相手してあげられるわよ。だけど、負けた分だけ皆の訓練が厳しくなるから。そこのところだけはきちんと考えて行動してね」
今ここにいる者の中で、一番の武闘派と目される八尾さんが一発でのされてしまったのだ。
名乗り出るものなどいようものか。
挑むものがいない事を確認した教官は、あらかじめ部屋のすみに用意してあったダンボールの中から、目隠しとヘッドホンを取り出し、こんなことを言い出す。
「じゃあ、納得してもらったところでこれをつけてくれるかしら。移動するから」
「あの、これをつけての移動ですか?」
「そうよ。これから行く場所は秘密の特訓場だから内緒にしないとダメなのよ」
秘密の特訓場……。
八尾さんを軽くあしらってしまう教官がわざわざ目隠しまでして連れて行く特訓場とはどんなところだろう。
得体の知れぬ不安を抱えたまま、私達はお笑いタレントの真似事をさせられ、車に押し込められる。
そして、車?ヘリ?車?歩き。フリーフォール?と感覚から予想したことではあるが、なんだかよく分からない移動手段を用いて移動すること数時間。目隠しを外す許可をもらった私達の目の前に現れたのは赤茶けた荒野だった。
ただただ広がる赤い大地に周囲を取り囲むストーンヘンジのような巨石群。何より目を引くのはアニメ映画に出てきそうな鋼鉄の巨人。その股の間から見える商店の看板を見る限りは日本のようにも思えるのだが、最終的に思い浮かんだのは「ここはどこ?」と頭を強打したような人が言いそうな言葉だった。
まるで夢の中で見るようなアンバランスな風景に私達は混乱する。
そして、その混乱を助長するように、周りの景色と同化するような赤銅色をした小さな土人形のようなナニカが現れる。
そのどこか愛嬌のある人形はこちらに気付くと、ポテポテと可愛らしく駆け寄ってくる。
未知の接近に警戒する私達。
しかし、その赤銅色の人形は私達の前に立つと、漫画のフキダシのようなものを頭上に浮かべ。
『いらっしゃいませイズナ様。今日はどういった御用でしょうか?』
「うん。ご丁寧にどうもね。ちょっと虎助を呼んできてくれるかしら。あと、水もあったらお願いね。まだ気絶している情けない子がいるから、目を覚まさせないといけないのよ」
何だかよくわからない人形(?)とさも当然のように会話をする教官。
本当になんなんですかコレは?
私達が目の前の光景に戸惑っている間にも、教官はその人形と幾つかやり取りを交わし、最終的に『かしこまりました』というフキダシを浮かべた人形がペコリと一礼して去っていく。
と、そんな小さな背中を見送って暫く、責任感からか、逸早く混乱から脱した隊長が手を挙げる。
「きょ、教官。今のロボット(?)はなんでありますか」
混乱がまだ抜けきっていないのか言葉遣いが変な隊長。
「ん? ああ、エレイン君のことね。ゴーレムっていう魔法のロボットらしいわ。でも、ごめんなさい。私もそれ以上は詳しく知らないのよ」
ゴーレムというとあのゲームとかに出てくる魔法で動く人形のことか。
教官の説明におそらくここにいる全員がだろう。「え?」と呆けたように一言、疑問符を乱舞させている間にも、件のゴーレムが頭の上にバケツを抱え戻って来て、倒れている八尾さんにバケツの水を浴びせ掛ける。
しかし、八尾さんは目を覚まさない。
やり過ぎちゃったかしら。他人事のような教官の一言が虚しく響く。
そして暫く――、
八尾さんはもう二度と目覚めることが無いのかもしれない。そんな雰囲気すら漂い始めた頃になって、ようやく八尾さんがムクリと起き上がる。
「お目覚めかしら」
優しくかけられた教官の声に半眼状態の八尾さんが気怠そうに顔を振る。
しかし、教官の顔を目にして気を失う前の出来事を思い出したのだろう。
「てめぇ。よくもやってくれたなぁ」
「おい八尾――」
瞬間沸騰した八尾さんがビショビショのままで教官に掴みかかる。
それを慌てて止めようとする隊長。
しかし全てが遅かった。
「ヒギッ!?」
隊長が割って入ろうとしたその直前、胸ぐらを掴まれたいたハズの教官が八尾さんの指を一本へし折ったのだ。
そして、折れ曲がった指の痛みに右手を抱え込もうとする八尾さんを突き飛ばすと、馬乗りになり、八尾さんの太い首筋に手刀を這わせて楽しそうに嗤うのだ。
「あらあら。臨時とはいえ上官ってことになってる私の胸ぐらを掴むだなんて死にたいのかしら?あんまりはしゃぐようだと処分するから覚悟してね」
教官の宣告に周囲の温度が一気に下がる。
処分とは、つまり殺すということだと、私達はその言葉の意味を強制的に理解させられたのだ。
信じられない話ではあるが、教官の言葉からは否応なしにそれを行うという確信が感じ取れたのだ。
初めて感じるだろう絶対的な死の恐怖に八尾さんの頬を引きつらせる。
いや、恐怖を感じているのは八尾さんだけではない。周りにいるだけの私達でさえ脂汗が吹き出すほどの恐怖を感じているのだ。
しかし、私達が動くことはできない。
そう、教官が放つ圧倒的な恐怖に囚われてしまった私達は、まるで金縛りにでもあったかのように指一本すらも動かすことができなくなってしまったのだ。
そして、私達はここにきてようやく教官の言っていた実力不足という言葉の意味を身をもって理解する。
私達が何を目的として集められた集団なのかは未だ分からない。分からないが、仲間が殺されよとしているのに、気圧され、動けない私達を実力不足と言わずしてなんと言おう。
それが誰かを守る為に編成される部隊であっても、何かを倒す部隊であっても、恐怖で動けないのなら役に立たないのだ。
と、そんな私達の背後から、その呑気な声は聞こえてきた。
「えと、母さん。なにを物騒な気を放っているんです?連れてきた皆さんも怖がっちゃってるみたいじゃないですか」
声の主はどこにでもいるような少年だった。
短く整えられた黒髪に平均より少し高いくらいの背丈、Tシャツから伸びるしまった腕を見る限り、かなり鍛えていることが伺える。
少年は情けなくも動けないでいる私達の間をすり抜けて、八尾さんに近付きその手元をじっと見つめると、
「折れてはいませんね。ここでなら戻しておくだけで自然回復するレベルの怪我です」
そう言って、変な角度に曲がった八尾さんの指を無理やり元の位置へと戻す。
「グ、ガァ!!」
苦鳴をあげる八尾さん。
しかし、少年はそんな八尾さんの悲鳴を完全に無視して教官に声をかける。
「それで母さん、このどこの誰なの?見たところ地球からのお客様のようだけど」
「今度、私が受け持つことになった生徒よ。警察関係者で、国が(?)抱える要人警護の部隊になるみたいよ。ほら、私、この間、魔法を覚えたでしょ。だから加藤さんに私もできるようになったのよって見せびらかせにいったら、鍛えてやってくれって頼まれちゃったのよ」
痛みに悶える八尾さん悲鳴をBGMに平然と会話を続ける二人。
会話から察するに、どうやらこの少年は教官の息子さんのようだ。
「成程ね。でも、こんなところに連れてきて大丈夫なの?別に秘密にするつもりはないけれど、ここがバレたらいろいろと面倒になるんじゃない」
「それなら大丈夫よ。加藤さんにもソニアちゃんがアメリカでしでかしたことをきちんと報告しておいたから、それにこの子達は目隠しにヘッドフォンをつけて連行してきたのよ」
教官の視線を追いかけて、私達の首元に引っかかるアイマスクやヘッドホンを見付けた息子さん。
なんだか複雑そうな表情を浮かべている。
もしかしなくても彼にとって教官の凶行はいつものことなのだろうか。悶え苦しむ八尾さんを普通に受け止めている事自体がその証拠なのかもしれない。
「いざとなったら私がどうにかするわ。ソニアちゃんの力を借りれば楽勝でしょ」
「母さんとソニアを相手にする人が可哀想になるね」
場合によっては破壊活動防止法に引っかかるのではないかと、そんな案件を平然と口にする教官に、息子さんの方もその相手となる人の事を心配する始末。
そして、
「まあ、そういう訳だからこの子達の事、よろしく頼むわね」
「う~ん。それはかまわないんだけど、これだけの大人数ともなると毎回毎回連れてくるのは大変なんじゃない」
「そっちは問題ないわ。加藤さんが自衛隊に頼んで宿営地を作る資材を提供してくれるらしいから。その間は志保ちゃんに使ってたディストピアを使ったらどうかしら。エレインちゃん達に頼めば設営なんかもしてくれるでしょ」
宿営地?自衛隊?最後に意味不明な単語も飛び出したけど、どうやら私達はこの場所で暫くサバイバル研修のようなものを受けなければならないらしい。
「でも、いきなりディストピアに放り込むのは流石に無茶だと思うけど」
「練習とかテストの必要がかしら?」
「それもあるんだけど、義姉さんの前例もあるから、初心者にいきなり空を飛ぶ相手をぶつけても厳しいんじゃないんじゃないかなと思って」
そして、二人の話題が訓練内容に及ぼうとしていたそんな時だった。
「クソッ、オイ、テメェ等!!俺をこんなにしておいて、なに勝手に話を進めてんだコラァ!!」
さっきまで痛みに悶え苦しんでいた八尾さんが声を荒らげる。
「あら、八尾君?いま私が話してるんだけど何か文句があるのかしら。勝手に突っかかってやられたのに、ああ、もしかして、負け犬の遠吠えがしたいのかしら。だったら心の中でしてくれるかしら。うるさいから」
教官は首に這わせていた指先を頸動脈に押し付けて毒を吐く。
たじろぎそうになる八尾さん。
だが、ここで引き下がる訳にはいかないと気合を入れ直すように教官を睨み返し、吠える。
「決まってんだろ。こんなガキに素人呼ばわりされるなんざ我慢ならねえってんだよ」
しかし、教官は変わらず柔らかな笑みを浮かべたままで、
「文句があるなら虎助と戦ってみればいいじゃない。そうすれば虎助が言ってる意味がわかると思うから」
「なんで俺がこんなガキなんかと――」
教官の提案に文句しようとする八尾さん。
けれど、教官はそんな八尾さんの言葉を遮るようにあからさまな挑発を重ねていく。
「それで、どうなの。やるの?やらないの?もしかして怖いとか言わないわよね」
「……上等だ。小僧の後はテメェだぞ。覚えてろよ」
教官を跳ね除けるように立ち上がる八尾さん。
だが、八尾さんは指を折られているのだ。あんな状態で教官に挑むのは自殺行為としか思えない。
おそらく教官もそのことがわかっていて、息子さんにこの場を任せたのだろう。
そんな教官と八尾さんのやり取りの横で、教官の息子さんはマイペースにもこう言うのだ。
「ええと、これ、僕は関係ないと思うんですけど」
たしかに息子さん主張は正しい。
「あら、虎助は戦ってくれないのかしら?」
正しいのだが、教官に脅されてしまっては反論もできないようでもある。
息子さんはハァと疲れた様子でため息を一つ。まるで笑っていない笑顔を浮かべる教官に訊ねる。
「それで、戦うっていってもどうするの。まさかいつもの実践訓練じゃないよね」
いつもの実践訓練?もしや、それがこれから私達が受ける訓練の内容なのだろうか。
「なに言ってるのよ虎助。そのまさかよ。相手はこんなところにまで訓練に来る輩なのよ。何でもありの実践訓練に決まってるじゃない」
そう言いながら教官は、いつの間に運び込んだのか、地面に山積みにされていた私達の装備の中から一丁の拳銃を手に取ってそれを八尾さんに投げ渡す。
と、そんな教官の行動にさすがの隊長も黙っていられなかったのだろう。
「教官。それは困ります」
高校生を相手に銃器の仕様を認めるなんて、いや、そもそも私達の暮らす日本では特定の場所で特定の権利を持つ者以外に銃の仕様は厳禁なのだ。それがたとえ訓練用の弾だとしても変わらない。
しかし教官は平然と、
「大丈夫よ。ウチの虎助は強いから。むしろ心配なのはやりすぎないかってことね。中途半端に強いと手加減が難しいから」
さすがにこれは親バカ発言なんじゃなかろうか。
高校生くらいの少年が普段から厳しい訓練をこなす私達よりも強いだなんて、とても信じられない。
「いや、さすがに銃を使った戦闘は厳しいんですけど」
息子さん自分でこう言っているのだ。
「別に魔法使っていいわよ。それなら手加減もしようもあるんじゃない。なんなら、あの魔法窓だっけ?あれも使っていいから」
しかし教官がこう付け加えると息子さんも「ああ、それなら――」と安心したような表情を浮かべて納得する。
だが、そんな態度に反発する人がいた。八尾さんだ。
「舐めてんじゃねえよっ!!」
そう叫んだ八尾さんが息子さんに銃をつきつける。
八尾さんとしては銃で脅して直接教官を引っ張り出そうとでも考えたのだろう。
しかし、次の瞬間、思いもよらないことが起きる。
教官の息子さんが腰に挿していたと思われる黒いナイフで、銃を構える八尾さんの右手を斬り飛ばしたのだ。
「なっ――」
突然の凶行に八尾さんを含めた一同が絶句する。
当然だろう目の前で突然人の手が切り飛ばされたのだ。警察官という職業柄、危険な現場に立ち入る私達でもそれは変わらない。
そして、八尾さんの手を斬り飛ばした当の本人も慌てたように、
「す、すいません。急に殺意を向けられたものだから反射的にやってしまいました」
軽く手をばたつかせながらも切り飛ばした八尾さんの手を拾い上げ、優しく拳銃を取り上げると、そのまま切り離したその部分にくっつける。
普通なら何の意味もないその行為、
だが、次の瞬間、思いもよらない現象に見舞われる。
斬り飛ばされたと思われた八尾さんの右手がしっかりとくっついたのだ。
「きょ、教官、これは――?」
「大丈夫だと思うわよ。ねぇ虎助。これって魔法でいいのよね」
「どちらかといえば呪いの類なんだけどね」
戸惑つつも聞いてくる隊長に教官は手をひらひらと応えながらも息子さんに確認を取る。
そして、当の被害者である八尾さんはというと、
「くっついた、のか……?」
何が起きたのか思考が追いついていないみたいだ。
くっつけられた手がしっかり動くかを確認して、ただただホッとしているご様子だ。
「さて、これで理解したかしら?自分達の身の程を」
あんな力を見せられて誰が彼と戦おうというのだろうか。
私、いや、たぶん私達はそう思っていたのだが、
「だけど、一人だけ実験台になるのは不公平よね。うん。全員虎助と戦うべきよ」
何を言い出すんだこの人は――、
「教官、その、大丈夫なのですか?」
隊長が戸惑いながらも訊ねかける。
「虎助の事かしら?それとも、虎助がしでかしたことかしら?」
「両方です」
こちらが教官の素の笑顔なのだろう。いたずらっぽく口角を上げて、
「遠慮はいらないわ。やわな鍛え方はしていないから。でも、ただ戦えってだけじゃ面白くないわよね。だから、もし君達の誰かが虎助に勝てたのなら訓練のノルマを軽くしてあげるわ。それでどうかしら」
既に八尾さんの暴走で私達の訓練内容は四倍に跳ね上がっている。
教官の提案は魅力的ではあるのだが、目の当たりにした魔法(?)という力、それに対抗できるかと聞かれれば自信はない。
だけど、
「残念だけど敵前逃亡は許されないわ。虎助と戦わない人は私と手合わせすることになるけど、それでもいいならそのままいてね」
こう言われて虎助君と戦わない選択をする人はいないだろう。
私達はこの半日という間に嫌というほど彼女の恐怖を刻み込まれたのだ。
私達に撤退の二文字は許されないらしい。
◆八尾隊員の指の怪我は実は骨折ではなく脱臼です。(それもアヴァロン=エラに展開されている自動回復魔法によって徐々に直されていますけど)
因みにですが警察組織の役職等々、細かなツッコミは生暖かい目で見守ってやってください。
いろいろと調べはしてみたものの、ストーリーに盛り込むと説明が長くなりそうでしたので割愛させていただきました。
たぶん刑事ドラマなんかもこんな感じで、実際の役職なんかも妙なことになっているんでしょうね。
ドラマなんかの有名刑事の役職が意外と低くてビックリです。




