修学旅行04
修学旅行二日目――、
この日は一日、スキーとスノーボードの体験会となっていた。
まずはインストラクターのみなさんから、基本的な滑り方や転び方などを教えてもらい。
ある程度、滑れるようになった時点で、インストラクターの方々や先生が見守ってくれている範囲なら自由に滑っていいとなるみたいだ。
そんなこんなで午前中――、
初心者を筆頭にみっちりと基本練習に時間をあて、昼食を挟んで午後となり、ほとんどの生徒がインストラクターの先生から一応の合格点をいただいたところで、思い思いにグループを作って滑り始めたところで、当初の予定通り、元春達が(モテる為の)計画を行動に移そうとしたのだが、現実とはかくも非情なものである。
「「「「「青山くーん」」」」」
「「「「「くっ、なんでアイツばっかり」」」」」
叫ぶようにそう言って、元春達が新雪の地面をバフっと叩くのだが、どう考えたって日頃の行いが原因である。
あと、これは元春に限定してだけど【G】の効果もあるのではなかろうか。
そもそも元春の目論見には、他にスキー・スノボが得意な人が居ないという前提であって、誰か一人でもしっかり滑れる人間が居れば破綻してしまうというような計画であったのだ。
なんで気付かなかったのかな。
そして、その相手というのが人気がある人物であるのなら、元春が目立つ隙がなくなるのは当然であり。
遠く、華麗なシュプールを描き、ゴーグルを上げる青山という男子生徒に黄色い声援が集まる中、元春を始めとした一同はギリギリと歯を鳴らし。
「もうジャンプしかねー」
「よっしゃ、やっちまえ」
ここで周囲からあがるヤンヤヤンヤの喝采に、
「危ないよ」
「止めてくれるな虎助、男にやらなきゃなんねー時があんだよ」
「まあ、どうしてもっていうなら止めないけど」
と、僕が一旦は止めるフリをしつつもすぐに諦めると、これに元春はいかにも必死そうな顔のまま。
「マジでやるぞ、止めるなら今のうちだぞ」
「いや、どっちなのさ――」
思わずツッコミが飛び出してしまったのは仕方のないことだろう。
すると、これに元春は一瞬怯んだようにしながらも、
「わかった。
虎助、見本を見せてくれ」
「見本をみせてくれって、それやったら先生に怒られるから」
「大丈夫だって、ほれほれ――」
絡みつくような肩組みから、グンと背中を押してくる元春。
そうして強制的に坂を滑らされた先にあるのは雪を軽く盛っただけの小さなジャンプ台。
とはいえ、このスピードなら余裕でジャンプ台を避けられると思うのだが、このタイミングで避けるとなると周りを滑る人にちょっと迷惑か。
と、僕はジャンプ台周辺の状況からそう判断。
そのままジャンプ台に突入すると、特に派手な技とかをするでもなく、ふわりとしたジャンプからの着地と安全重視の滑りに留めてみたのだが、それだけでもそれなりに人目を引いてしまったようである。
周囲から「あれ、誰?」とかいう声がチラホラ聞こえてきて、多分この後までが計算だったのだろう。
元春が「おっしゃ」と勢いをつけて僕を追いかけてきて、同じジャンプ台を使って半回転ジャンプ。
華麗に着地を決めたところで男子達から「おお」と野太い歓声が上がるも、残念ながらというべきか、女子からの歓声は得られず。
その代わりにといってはなんであるが、
「松平――、
危ないことはするな!!」
「なんで俺だけ、虎助もやったじゃないっすか」
最悪だ。
先生からのお叱りの声に僕を指差す元春。
ただ、注意したのが元春がよくお世話になっている生徒指導の先生となれば話は別だ。
「どうせお前が我儘を言ったんだろう」
「差別っす。差別っすよ」
うんうんと頷く僕の一方で、必死に言い訳の言葉を並び立てる元春。
しかし、その異議が先生に通ることはなく。
「とにかく、無茶なことはするなよ」
とりあえず怪我もないし、今回は軽く注意だけだと言い残した先生が滑り去ると、元春がフリーの足で雪面を蹴って、僕の方にやってくると、
「ズリーぞ」
恨みがましい視線を向けてくるのだが、あれは完全なる自業自得。
僕がその文句を受け流していると、このタイミングで定番の――というよりも古典文学の類といった方が正しいのか、「どいてどいてどいて」と必死な声と共に一人の女子がこっちに突っ込んでくるところで、
そんなラブコメ漫画のようなハプニングに、「よっしゃ任せろ」と大きく手を開いて張り切るのは、もちろん元春以下、友人一同だ。
しかし、それは拒絶の意思を前面に押し出したものだったのか、突っ込んできた女子は細い両手を諸手突きのように突き出して、
「オブッ!?」
くの字に曲がった元春が勢いよく吹っ飛んだところで、「大丈夫?」と僕が手を差し伸べるのは、数メートル先でお腹を抑えて痙攣する元春もそれに巻き込まれ吹っ飛んだ友人でもなく、綺麗な突きを繰り出し勢い余ってその場に倒れた女子だった。
「えっと、ありがとう間宮君」
「って、俺に言うべきじゃね。俺の方が重症なんですけど」
いや、元春の場合、すぐに復活してくるだろうからいいかなって――、
ちなみに、聞こえてきた声でなんとなくわかっていたのだが、スキー場でのお約束(?)をしたのは我がクラスの副委員長であらせられる中谷さんだった。
そして、少し遅れてやってきた女性インストラクターさんや中谷さんと同じグループの女子が、少し離れた場所で倒れる元春達を心配していないのも、また【G】の影響なのだろう。
と、そんな、いつも通りの扱いを受ける元春とその巻き添えをくらう友人二人の傍ら、中谷さんはグループの女子達に囲まれて、怪我などがないかを確認された後、その間に復活した元春達を引き起こすこちらにどこか辿々しい滑りで近付いてきて、
「改めて、ごめんなさい」
「うむ、良きに計らえ」
素直に頭を下げる中谷さんに無駄に偉そうにする元春。
そういうところが駄目なんだと思うんだけど。
「しっかし、委員長はスキー下手なんな」
「うるさいわね。本当は滑れるんだからいいでしょ。
いまはちょっと失敗しちゃっただけで……」
いや、さっきのあれはちょっとってレベルの失敗じゃなかったと思うんだけど。
中谷さんの名誉を考えて、あえて指摘すまい。
「教えてあげましょうかお嬢さん」
と、ここで賢者様のマネでもしているのか、元春がスノーボードを付けたまま紳士的なお辞儀でそう提案。
すると、関口君や水野君もそんな元春に習うように同じようなポーズを取るも、
ただ、これに中谷さんは視線を下げて。
「別にいいわよ。さっきも言ったけど基本はできてるし。
それにあんた達、みんなスノーボードでしょ。どうやって教えるってのよ」
そう、中谷さんが言うように、元春達はスノーボードを、中谷さんはスキーをしているのだ。
これでどうやって教えるというのかという指摘はもっともなもので、
それに元春は上半身のひねりでボードをズシャッと半回転。
「よし虎助、交換だ。
お前スノボ、俺スキー。OK?」
「いいわけないでしょ」
と、ここで雪玉を使った中谷さんのツッコミが入る。
「そもそも靴が合わないでしょ」
そして、会話に入ってくるのは後から追いついてきた佐々木さんだ。
「「「「「そうなん?(マジで?)」」」」」
そんな佐々木さんの発言に首をかしげる元春達だったが、
スキーとスノーボード、そのブーツは似ているが、接続部分はもちろん、それ以外にも取り回しの違いから、足首の可動範囲なんかも違ってくるので、同じように使うことはできないのだ。
「まあ、基本の繰り返しだし、そんなに難しいことじゃないですし」
「だけど委員長はそれも出来ないんだぜ」
「五月蝿いわね。
さっきも言ったけど、落ち着いてやれば出来るから、
今はちょっと失敗しただけなんだから」
と、また雪玉が飛んできて、
「横からアドバイスとかならいいんじゃないかな」
「「ええ――」」
両者別々の理由から不満そうな声があがるけど、さっきの失敗を見る限り、中谷さんが心配なのは間違いなく。
同じグループの鈴木さんはハラハラしっぱなしのご様子なので、ここはみんなでしっかり楽しむ為にも多少の妥協は必要だと、そんな口添えしてみたところ、中谷さんを始めとした他のメンバーも元春の保護者として認定される僕が一緒ならと渋々ながらに了承。
みんなで滑り始めるのだが――、
「委員長、ビビリ過ぎだって、なあ――」
「たしかにね。
もうちょっとスピードを出した方が安定すると思うんだけど」
「スピードを出すって言っても、どうやれば」
「スキーの板をまっすぐにすりゃいいんだって」
元春がこう言うが、運動音痴らしき委員長にいきなり直滑降は厳しいだろうから。
「最初はハの字を少し緩める感じで」
「いやいや、ここは思いきりが重要だろ」
ここで元春と水野君と関口君の意見がぶつかり、僕がまあまあと僕が仲裁に入るのだが、
その直後、佐々木さんと玲さんが慌てたように、
『「ちょっと男子達(あんた達)、委員長(あの子)さき行っちゃってるわよ」』
と、そんな声に視線を戻すと、いつの間に――本当にいつの間に――やら中谷さんが僕達の遥か先を滑っていて、
しかも、その先に待ち構えるのは大きなカーブがとなれと一大事。
僕達は一斉にスキーとスノーボードを飛ばして中谷さんに追いつき。
「委員長、手を――」
「こっちもだぜ」
中谷さんを助けようと手を伸ばすのだが、残念ながら中谷さんにそれに応える余裕はないようだ。
勢いよくコースサイドのネットに衝突し、その勢いで中谷さんの体が半回転。
コース外に飛び出してしまったので、僕は咄嗟にスキー板を外してジャンプ。
彼女の体を抱きかかえるように確保することには成功したのだが、衝突の勢いは完全に止められず。
ネットに引っかかっていた中谷さんの片一方のスキー板が外れたことで、コース脇の急な斜面を数メートル、滑り落ちることになってしまった。
「虎助、大丈夫か!?」
「平気」
雪が深くて助かった。
僕は自分と中谷さんに怪我が無いことを確認すると、坂の上から聞こえる元春の声に軽く手を振り応え。
問題はここからどうするかなんだけど……。
この急な斜面、僕一人なら登るのに問題ないが、中谷さんを連れてとなると少々厳しいか。
そんな僕の心の声を読みとったのか、ここで残る片一方のスキーの板を外していた中谷さんが申し訳無さそうに目尻を下げ。
「ごめんなさい」
「気にしないで、僕もまさか気付かない内にこんなことになるなんて」
さっきのあれは事故みたいなものだ。
なにがどうしてあんなことになったのかはわからないが、それ程までに中谷さんスキーは異常な動きをしていたわけで、
そんなことよりも、まずはこの状況をどうにかすることが先である。
とはいっても、上が駄目なら下に降りるしかないのだが、このまま下に降りると、そこからスキー場に戻るには結構な回り道が必要になってしまいそうなので、ここは無理せず助けを呼ぶのが無難かと、僕は斜面の上を見上げ。
「元春――、
悪いけど誰か助けを呼んできてくれる」
「それなら、カズとゼキが行ってくれたぜ」
さすが、こういった対応の速さは母さんの指導の賜物だ。
僕が言うまでもなく水野君と関口君が助けを呼びに走ってくれたみたいだ。
それなら、やはりここは素直に待つのが一番と、
その後、元春や佐々木さん達に、どこからか話を聞きつけてやってきてくれた委員長の谷君とやり取りをしながらも、いまいる斜面に留まることになったのだが、
助けを呼んでから数分、急に空が暗くなり、ちらついていた雪が吹雪の様相を呈し始めた頃――、
「あ、来た?」
僕達の方に誰かが近づいてくるような足音が聞こえてくる。
「待って、おかしい」
しかし、救助があるなら上からくる筈なのに近づいてくる足音は真横から――、
スキー場と斜面の位置関係から、そちら側から救助にくることば考えられないんじゃないかと、警音のする方にじっと目を凝らしてみたところ、木々をなぎ倒さんという勢いで、猛然とこっちに向かってくる真っ白な塊が目に飛び込んできて。
『「なに、あれ?」』
「どした?」「中谷さん。どうしたの」
中谷さんの困惑の声に元春と谷君の心配の声が重なる。
「なんか変な動物がこっちに近づいてきてるんだ」
しかも、なによりこの速度――、
「元春、ちょっとヤバいかもしれないから、もしもの時は中谷さんをお願い」
これは悠長に迷っている暇はないと、元春の返事を待たず、僕は突っ込んできた毛むくじゃらの生物にタックルを仕掛け。
「中谷さんはそこで待ってて、すぐに助けが来るから」
「間宮君」
中谷さんにそんなメッセージを残しつつも急な斜面を転がり落ちていくのであった。




