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異世界旅事情

「やっぱカメラは持っていった方がいいよな。ケータイとメモカがあるにしても」


「元春はなにをしていますの?」


 それはある日の放課後、万屋の和室でのこと、

 掘り炬燵に入り、難しい顔で魔法窓(ウィンドウ)とにらめっこをする元春に、マリィさんが珍しいものを見たという顔をして聞いてくる。


「修学旅行に持っていくもの考えているみたいです」


「ああ、明後日からでしたか」


 そう、明後日――日曜日からいよいよ修学旅行なのである。

 このことは三日ほどお店を留守にするということで、常連の皆さんには既にアナウンス済みで、お店の方も玲さんにお手伝いをお願いしていて、

 と、ここでそんな僕とマリィさんの声に反応してか、元春が顔を上げ。


「そういえば、マリィちゃんは旅行とか行ったりするん?」


「子供の頃は王都近郊の保養地などに出かけることがありましたが、いまは領主の仕事がありますから――」


 まったく元春にはもう少し、空気を読んで欲しいものである。

 マリィさんはここ数年、軟禁状態に置かれていたのだ。

 いまでこそ自由の身になってはいるが、それでも周囲の政治状況などから、領地から出ることが難しく。


「そもそも長距離の移動には危険がつきものですから」


「ファンタジー世界だもんなあ」


 マリィさんが暮らす周辺国ではしっかりと街道を進めばそういう心配はまずないそうなのだが、時として魔獣だったり野盗だったりが出没するのがその世界の常識である。


「けど、前に馬車とかも改造したとか言ってなかったっけか、あれってどっか行くから作ったんじゃないん」


「あれはお客様を招く為のものですわね。

 (わたくし)達の領地は自治領になりますので、変な工作もあるでしょうから、それを警戒してこちらから乗り物を用意しようと思ったのです」


 それはガルダシア領ができた当初のこと、領唯一の村であるコッペ村で作っていたミスリル製品の関連で、外からの視察申請が多数寄せられ、万屋(ウチ)でガルダシア領に来た客人を安全に輸送する為の馬車を作ったことがあったのだ。

 ただそれも、例の街道封鎖からトンネル建設とカイロス伯爵領との友誼、そして直接的な妨害の解決からのルデロック王の介入と、一連の騒動によってその存在価値はほぼ無くなってしまい。


「なにより(わたくし)達には飛空艇や魔法の箒もありますのよ」


「ああ――、

 魔法の箒はわかるけど、飛空艇ってのは?」


「ほら、この前、僕と義姉さん達が八百比丘尼さんの回収に行った時に乗ってた飛空艇の大きいの」


 それは、いつかゲートから迷い込んできた二匹の巨大空魚ボルカラッカの骨を使った飛行船だ。

 その飛空艇を使えば、雪の大地も険しい山もひとっ飛び。魔獣だったり野盗に襲われる心配もなく。

 まあ、その飛行中、例えばワイバーンなどに襲われたりでもすればまた別かもしれないが、それとて今のマリィさんやメイドさん達の実力なら、危なげなく対処することが可能であって、


「そもそも観光に行くといいましても目的がありませんもの」


「保養だっけか、そういうのは?」


「なくはないことですが、基本的には視察など、なにかしらの理由でもなければ近場で済ませることが殆どだと思いますの」


「偉い人の移動は周囲の負担が大きいですからね」


 特に警備体制などはかなり大掛かりな計画が必要になる訳で、

 そうした準備などのことを考えると、かつてルデロック王自らがのガルダシアに攻めてきたっていうのは、本当に異例中の異例のことだったことがわかる。

 いや、そもそも例のルデロック王の行動は、その場に催眠状態のユリス様を連れていたことからして、全王の娘であるマリィさんを貶めることによって新王の権威を高め、その場に自分がいることが後の治政に繋がるという計算があり、本人が最前線まで出張ってきたっていう理由があるのだろうけど。


「なにより、ガルダシア城よりも快適な場所など世界のどこにもありませんの」


「たしかに、マリィちゃんの城はどこぞのスパリゾートって感じになってるっすからね」


「そうなんだ」


 そう、現在ガルダシア白は各種くつろぎの小上がりからちょっとした銭湯まで、やすらぎの施設が多数設置されていて、今もユリス様やトワさんにスノーリズさんと各人のオーダーで、岩盤浴だったり、エステ部屋だったりと増え続けているのだから、その充実っぷりが伺えるというものである。


「なので今回、お母様も虎助達が行く旅行を楽しみにしていましたのよ」


 だとするなら、これは前に文化祭でそうしたようにしっかりと映像に残しておかないといけないな。

 と、僕が考える一方で、


「でも、高校生が修学旅行で行くホテルなんてたかが知れてるでしょ」


「ところがどっこい、ウチの高校はホテルに気合を入れるタイプなんすよね」


 これは同じ高校の先輩である義姉さん達から聞いたことであるが、どうもウチの高校は泊まるホテルにこだわっているみたいである。


「海外とか行く費用を考えたら、そういう贅沢もありかもね」


「ちょ、それって、玲っちの修学旅行は海外だったってこと?」


「フランスだったけど」


「おおお、おフランス!?」


 うん、驚きたくなる気持ちはわからないでもないけど、さすがにそれは大袈裟なんじゃ。

 と、玲さんもそのあまりのリアクションに僕と同じように思ったのだろう、呆れた顔をしているが、元春の勢いは止まらない。アワアワと玲さんを指差すようにして、


「く、悔しくないんだからね。日本の方が美味いもんとか沢山あるし」


「フランスだって美味しいものがあるんじゃない」


「どっちの味方だよ」


 どっちって言われたって、別に間違ったことは言っていないと思ったんだけど。


「まあ、ホテルの料理は微妙だったけどね」


 へぇ、これはちょっと意外な話である。

 フランスというと美食とかそういうイメージがあったのだけれど、これも意外とイメージ先行なところがあるのかもしれない。

 あと、海外の味付けがその人と合わないってこともあるだろう。


「あんた達もなにか食べれるものを持っていった方がいいんじゃない」


「いや、俺らが行くのは日本だし」


 確かに元春が言うように僕達が行くのはあくまで国内なので、玲さんが言うような懸念はほぼ無いのではないか。


「だけど、持ってく菓子はちゃんと厳選しねーとな」


「もしかしておやつは三百円までってヤツ?」


「さすがにそれはないっしょ。今どき三百円じゃあロクなお菓子なんて買えないっすから」


 今どき、三百円という金額では、駄菓子ならまだしも、普通のお菓子なら大きい袋の二つ買えるくらいである。

 しかし、お菓子をたくさん持っていったところで、そこまでは食べないだろうし、荷物にもなるからと僕が言うと、これに元春は「いやいや」を手を左右に振り。


「夜とかめっちゃ食べるだろ。

 てか、マジックバッグで持っていけばいいんだよな」


「夜にお菓子って太るわよ」


 あと、元春の場合、なにかやらかして一晩説教部屋ってパターンもあるんじゃなかろうか。


「だけど、備えあれば憂いなしとかイズナさんもよく言ってるだろ」


 それはそうなんだけど、あえてそれをお菓子で補う必要はないし。


「修学旅行でスキーに行くのに、そこまでの準備は必要ないでしょ」


「雪山なめんなよ」


「舐めてないけど」


 母さんのブートキャンプで雪山の怖さはしっかり体に叩き込まれている。

 だから、そこがたとえスキー場だったとしても、油断するなんてことなど先ずありえない。


「それに俺等がいくんだぜ、ゼッテーなんか起きるって」


 そう言われると否定しきれないところがあるかな。


「元春には前科があるしね」


「覗きをしようとして道に迷ったんだっけ?」


 その日の内にホテルに帰ったということもあって、届けが出されることもなかったみたいだけど、一歩間違えば夜トップニュースを飾るような状況だったのだ。


「あれは仕方がなかったや」


「仕方なかったって、自業自得でしょ」


「男にはやらなきゃならない時があんすよ」


 この分だと、またやらかしそうなので、事前に先生に言い含めておいた方が良さそうだ。


「まあ、それはそれとして、変なのに出くわすってパターンもあんだろ」


「岐阜の奥の方だっけ、なんかそういう伝承とかあったかな」


 山奥というと天狗とか?

 特に心当たりがないからインターネットで調べてみると。


「両面宿儺とか(サトリ)の名前が出てくるね」


「ほら、大物が出てきたんじゃん」


 たしかに、これは予想以上にビックネームが出てきたものである。


「けど、スキーに行って、そういう人達(?)に出くわすなんてことはないんじゃない」


「いや、虎助はそういうの引き寄せたりすんだろ、八百比丘尼がいたんだから」


 元春の癖になかなか説得力のあることを言うじゃないか。

 それに、そういうことを言うのなら――、


「僕っていうよりも元春じゃない」


 旅行先ではなにかとトラブルを起こす(・・・)のは主に元春だし、なにか珍しい何かを見つけたりするのは僕じゃなく、基本的に義姉さんとか義父さんとかである。


「なんにしても、準備していって損はねーだろ」


 まあ、元春の言うことも一理あるから、僕も多少は準備をしておいた方がいいかもしれないな。

 これがフラグになるとも限らないのだから。

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