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異世界料理を作ってみよう

「今日のご飯はどうしよう?」


 マリィさんが帰った万屋でそんな言葉を零すのは、掘り炬燵に入って魔王様とゲームをしていた玲さんだ。


「僕が作りましょうか」


「いいの?」


「期待してたくせに――」


 不意打ちをされたような玲さんのワントーン高い声に、からかうようなセリフを吐くのはスクールバッグを背中に靴を履こうとしていた元春だ。

 そして、元春に半眼を向ける玲さんになにが食べたいのかと聞くと。


「なにがいいかな。

 ってゆうか、なにが作れるとかあるの」


「冷凍ですがご飯もありますし、ウィスクムの蔓もありますから、大抵のものは作れますよ」


 肉が中心ではあるが基本的な食材は工房に行けば一通り揃う。

 調味料や料理の素なんかも、主にアムクラブからのお客様に売る用にいろいろと取り揃えているから、後は僕のレパートリー内でなら大体の料理が作れると応えると、玲さんはゲームキャラの武器を素早く持ち替えながら。


「せっかくだから冷凍食品じゃ食べられないようなのがいいんだけど、あんまり難しいのだと虎助が困るよね」


「そうですね」


「じゃあ、逆にこっちじゃ食べられない料理とかしたらどっすか。

 異世界で料理無双とかよく聞くけど、逆のパターンでなんかありそうじゃね」


 いや、僕のレパートリーにはそういう料理はないんだけど……、

 というか、なんで君が提案してるのさ。


 しかし、異世界の料理というなら――、


「クアリアなんてそうなるのかな」


「ああ――」


 ちなみに、クアリアというのは賢者様たちが暮らす世界に存在する、結界魔法を利用した缶詰のような食品だ。

 ドロップの技術を応用して作った物理的な結界に火の魔法や水の魔法を閉じ込めることで、普通なら難しい加工食品がお手軽に携帯できるといった技術であり。

 そんなクアリアなら、お店に出している中から選んでもらえばすぐに出せるのだが。


「でもよ。師匠の世界ってどっちかっつーと近未来って感じじゃんか、なんつーかもっとファンタジーならではの料理とかの方がそれっぽくね」


 また、君は無茶を言う。

 ただ、これに玲さんもそれに興味をそそられたのか「たしかに――」と納得したような声を上げたとなると無視する訳にもいかないだろう。

 ということで僕は万屋のデータベースにアクセス。

 仕事というか目的柄、異世界のグルメに詳しい赤い薔薇のみなさんから、以前、大量に提供していただいたデータの中から、いまこの場でぱっと作れそうなものをピックアップ。


「この中で簡単に作れそうなのは、サラマンダーとかの火袋を使った灼熱焼きかな」


「灼熱って、なんかヤバそうな料理だな」


 たしかにこの料理は名前こそ物騒であるのだが、


「耐熱性と保温性に優れてるサラマンダーのブレス器官である火袋に、火の魔法を入れて、蒸し焼きにするオーブン調理みたいな感じだよ」


「おお、なんかそれっぽい」


 いかにも冒険者って感じの料理である。


「けど、その火袋ってのはあるの」


「それは大丈夫です。サラマンダーなら前に何十匹単位で殲滅しましたので」


「えっと、それってツッコミ待ち?」


 残念ながら事実です。

 ということで準備しよう。


 とはいっても、肉は工房に行けばたくさんあるし、火袋だって大量にあると、エレイン君にその実物を持ってきてもらって、キッチン――だとちょっと狭いからとカウンターの上に広げられた火袋をを見た元春が、


「思ったよりもでっかいな」


「サラマンダーが巨大ワニみたいなものだったじゃない」


 例えば、サラマンダーと似た姿のコモドドラゴンの大きさは二メートルから三メートルくらいになるそうだ。

 この火袋はそんなコモドドラゴンより、一回りも二回りも大きな魔獣のお腹にコンパクトに収められているものなので、空気を入れて膨らませると、そのサイズは一般的なバランスボールくらいになるのである。


 僕はそんな火袋を具材を入れやすいようにと蛇腹に折りたたみながらも。


「それで元春は帰るんじゃなかったの」


 さっきまでいかにも帰りますって感じだったのにすっかりくつろぎモードの元春に聞くと、


「いや、気になるじゃんかよ」


 まあ、美味しそうな料理の話しだけ聞いて帰るっていうのはつらいものがあるか。

 ただ、それならそれで、


「千代さんに遅くなるって連絡した方がいいんじゃない」


 時間的にすでに手遅れな感はあるんだけど、夕食を作って待ってくれているだろう千代さんに、無断でご飯を食べて帰ったとなれば後で怒られるのは元春だ。


 と、僕の指摘に慌てて携帯を取り出す元春。

 僕はそんな元春を横目に料理の準備に取り掛かる。


 ちなみに、今回使う肉は今日の料理が元春発の提案ということで、少し残っていたアステリオスの赤身肉にしてみた。

 そして、元々のレシピが塩のみという豪快なレシピなだけに、下手にこだわるより、シンプルにハーブ系の塩を使うのが無難だと調味料はこれのみでと、僕はベル君に手伝ってもらって、一抱えほどある塊肉にミックスソルトを塗り込み。

 肉にしっかり味を染み込んだというタイミングで、用意していたサラマンダーの火袋で(くる)んでいく。


 と、後は袋の中に〈|灯火〈トーチ〉〉などの持続性のある火の魔法を落とすだけ。


 ちなみに、ふつう袋の中に火を入れたとして、密閉してしまえば、袋内の酸素がなくなり、中の火が消えてしまうものであるが、そこは下位とはいえ竜種の火袋だ。

 火炎ブレスを溜めておける火袋にはなにか魔法的な力が働いているらしく、たとえそれが天然ものの火であっても酸素不足で消えることがないとのことである。

 もしかすると、逆にこうして袋の内部が真空状態になるのことで味が染み込みやすくなっていたりするのかもしれない。


 と、僕が塊肉を入れた火袋に小さな種火を落とし、その口を縛っていると、やっぱり叱られたか、ここで元春がげんなりと電話を切って。


「いま入れた火、めっちゃちっちゃかったけど、そんなんで火とおんの?」


「熱効率がものすごく高いからこれくらいでいいみたい。

 むしろ、じっくり火を入れることで、肉が柔らかく仕上がるんじゃない」


 いわゆる低温調理とかそういうものになるのだと思われる。


「しっかし、今更だけど、これってふつう装備とかに使うヤツなんじゃねーの。

 料理に使ってもったいなくね」


「まあ、普通なら耐火性能が高いこの革は、盾とか鎧の内張りに使ったりするみたいなんだけど、万屋(ウチ)の場合、他にも素材があるから、正直つかいどころがなかったんだよね」


 そう、希少な火血ならまだしも、他の下位竜種にもあるこの袋が残ってる時点で察して欲しい。

 ドラゴンに連なる魔獣の素材だけに丈夫ではあるものの、そこはやはり内蔵の一つ、外皮などと比べると耐久度などが一段も二段も劣り、純粋に防具として使うには少し難がある素材で。


「ってことは、他のドラゴン袋も余ってんのか」


「いや、水とか風とか氷とか、そういう属性を持ってる素材はマジックバッグとかに使うから、

 ほら、保存とかに向いてるし」


「ああ――」


 そういった素材はビッグマウスの頬袋などの空間系素材とうまく縫い合わせることで、数年間は新鮮さを保つことが出来る保存性に優れたマジックバッグを作ることも出来るのだ。


「でも最近、料理で液体窒素とか、そういう料理があるから、料理に使うのも悪くないかも」


 分子料理だったかな。知育菓子を発展させたような料理だ。


「じゃあ土の袋はどうなるん。あんま需要とかなさそうだけど」


 おっと、これはまたタイムリーな質問である。

 土系のブレスを吐く下位竜種のブレス器官というと、破裂したものになるが、この間、賢者様が巨大ワームのものを大量に持ちこんでくれたのだが、


「場合によっては発酵食品なんかを作るのに使えるかもだけど、

 こっちは基本、さっき言ったみたいな防具に使うしかないってのが正直なところだね」


「な~る」


 と、魔法窓(ウィンドウ)片手にドラゴンの属性袋とブレスの話をしていると、周囲に肉の焼ける香り漂い始め。


「……いい匂い」


「ホント、これは絶対おいしいヤツだよ」


 ただ、レシピによると焼き上がりまでにはもう少しかかるようなので、キッチンの片隅に置いていた肉入り火袋を抱え、移動の準備を始めるたところ。


「えっと虎助、なにしてるん?」


「ああこれ、袋を開ける時に火が吹き出すらしいから、外に持っていこうと思って」


「火が吹き出すって、中の肉とか大丈夫なん」


 その心配もわかるけど、赤い薔薇のみなさんのレシピを見る限り、あまり危険はなさそうなので、僕は三人を連れてお店の裏口から工房へ。

 元春設計のトレーラーハウスの前に用意した長机の上に運んできた火袋を置き、焼き上がりまでの時間潰しに世界的有名ゲームをキャラクターを使ったMOBAを一戦。

 火袋の口を開いたところ、水素の燃焼実験と時に出るような小さな火柱がポンと上がって、中の火は消えてしまったみたいだ。


「想像してたよりもしょぼかったな」


「もともと入れた魔法が明かり代わりに使う魔法だしね」


 と、そんなこんなで袋の中から取り出した肉の塊は、しっとり焼き上がっているようで、

 大皿に移した、エアーズロックのような肉の塊に元春達が目を輝かせ。


「おお、いい感じじゃねーか」


「……美味しそう」


「魔王様はこの後夕飯ですよね。どうしましょう」


 魔王様もこの後、夕食の筈である。

 食べるにしても加減が必要じゃないかと聞いてみると、


「……難しい」


「でしたら、いま食べるのは薄く切ったものを一枚だけで、美味しかったらお持ち帰りするというのはどうでしょう」


「……お願い」


 ということで、魔王様は一切れだけ味見を――、

 後の二人は買い込んであったパンと一緒に食べるとのことなので、オーダー通りに肉を切り分け、それぞれのタイミングで食べてもらうと。


「うっまっ」


「ホント、美味しい」


 魔王様はチマチマと無言で食べているが、なくなってしまうのを惜しむように食べているので、どうやらお口にあったみたいだ。

 魔王様が持って帰る分の肉を分厚く切り分け、クアリアの技術を使い真空パックに。


「てか、これってふつうにローストビーフだよな」


「なんとなく見た感じからそうだとは思うんだけど、

 僕、ローストビーフってあんまり食べたことがないんだよね」


 スーパーやコンビニなんかでも売っているのを見たりするけど、積極的に買うようなものでもないから、その味のイメージはぼんやりとしかないのである。


「玲っち、そこんとこどうなん?」


「こっちのが美味しいんじゃない。わたしもあんまり食べたことがないから知らないけど」


 玲さんは実家がお金持ちらしいけど、食べるものは庶民派だからね。


「手間とかを考えると、火袋さえあればいつでも作れるから思ったよりも簡単な料理なんだけど」


 防具に使われるくらいに頑丈な。洗って干してやればかなりの回数使い回すことができるのだ。


「それって普通に売り物になんじゃね」


 言われてみるとそうなのかも――、

 持ち運びできるようなれば、料理の手間も省けるだろうし、ちょっとエレイン君と相談して、なにか考えようか。

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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