お好み焼きとホットワイン
それはテスト週間最終日の帰り道のことだった。
僕、元春、次郎君、正則君とひよりちゃんの五人がいつもの商店街を歩いていると。
「テストも終わったし、後は修学旅行だな。そういえばお前等スキーとスノボのどっちにした?」
「俺はスノボ」
「右に同じく」
「僕はスキー」
「私もみんなと一緒に行きたかったです」
元春からのなんの気無しな質問に、正則君に次郎君、僕と応え、最後に一人落ち込むひよりちゃんをみんなで慰めていると、
「虎助はなんでスキーなん?」
「中谷さんからスキーのメンバーが少ないから入ってくれるかって頼まれてね」
ここでまた元春が空気を読まず僕がスキーを選んだ理由を聞いてきたので、僕が正直にその理由を話したところ。
「ちょちょちょ、聞き捨てならねーんだけど、委員長から頼まれただと。
お前いつの間に――、俺も混ぜろって」
「そんなこと言われても、もう選択は締め切っちゃってるだろうし」
僕が中谷さんから頼まれたのは文化祭よりも前のことである。
今さらスキーに変えると言っても用具レンタルの関係から、このタイミングでの変更は無茶な話で、
「それに人数が少ないって言うなら、スノーボードの方にも女子がいっぱいいるんじゃない」
「それもそっか」
実際どうなのかはわからないけど、多分そうじゃないかと僕が言うと、元春はホッとした表情を浮かべるのだが、君は忘れていないだろうか、たとえスノーボードを選んだとしても、そうそう思い通りにならないことを――、
しかし、元春はそんな僕の指摘にどこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべ。
「舐めんなよ。
伊達におっちゃんインストラクターに丸一日しごかれてねーっての。
いまの俺なら女子の手取り足取り滑り方を教えるくらいなんてことも出来るんだぜ」
成程、それが自信の根拠になってるんだね。
だけど、そのインストラクターの方に滑りを教えてもらったのって一年前だったよね。
それからまったくスノーボードに触れていない元春に、人に教えられるほどのテクニックがあるというのは虫がいい話ではないのかと、僕がそう言ってみると、これに元春は「そんなん余裕だっつーの。すぐに勘取り戻してやるっつーの」と応えつつも、やっぱり本当に滑れるのか不安になったのだろう。
「虎助、アヴァロン=エラで練習とかできねーの。魔法で雪を降らせたりとかしてよ」
「はいはい、ちょっと時間がかかるかもだけど、ベル君に用意してもらうから」
「マジで、言ってみるもんだな」
まったく、いまのは完全に期待してただろうに――、
とはいえ、ちょっとしたスキー場もどきなら、前にフレアさん達とカンジキ代わりになる魔法を試した時に使った雪のディロックを利用すれば、割りと簡単に作れるんじゃないかと万屋に連絡。
エレイン君に相談をしてみたところ、たしかに作れはするだろうが、その準備に少々時間がかかるとのことであり。
「じゃあ、その時間潰しにばあちゃんとこよってこうぜ、腹も減ったしよ」
あと、一時間もすればお昼ごはんなんだけど、どうせ万屋に行ってからなにか作るんだし、まあいいか。
と、元春の先導で僕達が立ち寄るのは万屋と同じ雰囲気を持つ古き良き駄菓子屋だった。
「おっす、ばっちゃんいる」
「でかい声出さなくても聞こえてるよ」
ガラガラとドアを開けて入っていく元春の声に負けない声を返すのは、この店の店主である頑固そうなおばあさん。
「そりゃ、悪うござんした」
元春はそんなおばあさんに慇懃な態度で頭を下げて。
「で、鉄板あいてる?」
「先客いるからちょっと待ってな」
「先客?」
「ウチのひ孫と――、
まあ、その友達さ」
元春がニヤニヤとするおばあさんの視線を追いかけ、店の奥を覗き込もうとした瞬間、その背後に小さな影が回り込み。
「カンチョ――」
「効かん」
「いって――」
「修行が足りんな」
お尻に力を入れ背後からの一撃にカウンター。
無駄に自慢げな元春に「うぐぐ」と悔しそうな男の子。
まったく幼稚園くらいの子を相手に大人げない。
「それよりもいいのか? 焦げっちまうぞ」
「だいじょうぶ。あたしがみてるから」
元春の軽い心配に応えたのは両手のヘラが勇ましい女の子。
どうやら元春の心配は余計なお世話だったみたいだ。
ただ、このお馬鹿な友人はそんな女の子の存在に大きな衝撃を受けてしまったようである。
「ちょっと待て、駄菓子屋デートだと、ガキンチョの癖に」
「は、はぁ、ちがうし、いえがとなりなだけだし」
中学の頃の名残りか、左手を目の前に添えた元春が絞り出した声を男の子が真っ赤な顔で否定。
しかし、女の子の方は満更でもない様子で、
「まってて、しょうえいくん。いまおいしいのつくるから」
そんな女の子の声にひよりちゃんが「うんうん」と頷く手前、
まったく何をやっているんだか、元春が膝から崩れ落ち。
「世話焼き幼馴染。なんで俺にはいないんだ」
「世話焼き幼馴染ならいるじゃない」
「そうですね。幼馴染といえば志帆さんです」
「ひよりもそうだろ」
「私はマー君の幼馴染ですよ」
ある意味でこの残酷な真実が止めになってしまったのかもしれない。
「世話焼き?
世話焼き女子って、志帆姉はぜんぜん違うじゃん」
叫ぶ元春だったが、あんまり不用意な発言は注意した方がいいと思うよ。
もし、ここに本人がいたら、今ごろ大変なことになっていただろうし、ひよりちゃんが後で義姉さんに報告するってパターンもあるのだから。
ただ、義姉さんがなにかするまでもなく、元春の慟哭がいらぬ悲劇を生み出してしまったようだ。
ちょうどお好み焼きをひっくり返そうとしていた女の子が、元春の不意打ち的な絶叫に驚き、手元が狂ったか、お好み焼きを落としてしまったのだ。
鉄板の上、べちょりと折り曲がったお好み焼きに涙目になる女の子。
そして、カランと落ちたヘラの音で元春が女の子の様子に気付くも時既に遅し。
元春がなにか言い訳をするよりも早く、女の子がわーと泣き出してしまい、駄菓子屋のおばあさんが元春の坊主頭をベシンと引っ叩き。
「まったくアンタは、そんなだからいつまでたっても女に逃げられるのさ」
止めのお言葉が入ったところで、おばあさんが泣いている女の子の手を取り。
「ほら、アンタも泣くんじゃないよ。
ここをこうして、こうすれば――」
折れ曲がってしまったお好み焼きをヘラで平らに、はみ出した部分を無理やり押し込み、形を整え。
「ほら、出来たよ」
少し不格好になってしまったが、しっかりとひっくり返されたお好み焼きに女の子は泣き止み、涙目のまま上目遣いに元春に浣腸しようとした男の子の方を見て、
「しょうえいくん。たべてくえゆ?」
「お、おう」
そんな光景にさすがに空気を読んだか、元春も下手に騒ぐのは止めたみたいだが、仲睦まじい二人にじっとりとした視線を送るのまでは止められなかったようだ。
あの後、僕達はしっかりとお好み焼きを食べて、僕達はそにあの口からアヴァロン=エラに転移した。
「まったく酷い目にあったぜ」
「自業自得でしょうに」
これは次郎君の言う通りである。
そんな毎度のやり取りをしながら万屋に入ると、そこには既にマリィさんに魔王様、そして玲さんといつもの面々が揃っていて。
「おいっす――って、マリィちゃん早くね」
「今日はお昼に帰ってくると聞いておりましたので、お母様と変わっていただきましたの。
それで外のアレはなんなんです?」
ここでマリィさんが話題に出すのは、当然ながらというべきか、万屋や工房から少し離れた場所にある小高い丘に作られた雪山のことだった。
「スノーボードの練習場っすよ」
「スノーボード、ですの」
「元春が修学旅行の前にしておきたいと言い出しまして」
「また、あんたは豪快なワガママを言ったもんね」
ですよね。
と、玲さんの常識的な発言に、元春はなぜか照れるように頭を掻き。
「マリィちゃん興味があるん」
「以前、ルクス達が遊んでいるところを見たことがありますの」
それは去年のこと、元春が旅行に行く前に自慢していたのにルクスちゃん達が興味を持ったようで、ボードを作ったり滑り方を簡単に教えてあげたことがあったのだが、
その後、ガルダシアの方でも楽しんでいたみたいだ。
マリィさんも体を動かすのは好きな方なので、その様子を羨ましく見ていたのかもしれない。
「では、さっそく準備をしましょうか、マリィさんと魔王様、あと玲さんも一緒にどうです?」
ということで、マリィさん達も一緒にとお誘いをしてみると。
「お願いしますの」
「……ん」
「わたしもやるの!?」
ええと、三人とも参加ってことでいいのかな?
ボードの方は既に工房のエレイン君に注文してあるので、僕達はそれが届くまでに着替えることに、
ちなみに、ウェアは万屋で売っているウィンドブレーカーなどに空調系の魔法を付与したものを用意してみた。
そして、ひよりちゃんによる監視の目が光る中、平和的に着替えを済ませ、件の即席雪山の前まで行くと、そこにはいくつかのフローティングボードが等間隔に並べられており。
「なんだこりゃ」
「リフトの代わりだよ。それに乗ると上まで連れてってくれるから、ボードを付けて近づいてみて」
そう、これはリフトの代わりの板である。
リフトの乗り降りの練習も兼ねているということから、近づくとクルッと回ってお尻の方から近づいてくる仕様になっていたりする。
と、基本的な滑り方や止まり方、そして転び方などを初心者の三人に教えたところで、リフトを使って小さな雪山の頂上に登り、本格的に滑ってみようということになるのだが、
「なんで二人とも滑れてんすか」
「滑れるといっても本当にただ滑っているだけで、虎助や正則のようにはいきませんの」
「……ひよりも凄い」
「あの三人は別格っすよ」
「ですね」
そんな呆れられるみたいに言われても、別に特別な技とかは使ってないんだけど。
ちなみに、マリィさんは常日頃やっているという剣の稽古で、魔王様はシュトラやフルフルさん達と弾幕ゲームなどで体幹がかなり鍛えられていることもあって、基本の滑りをあっという間に習得。
後は練習次第でいろんな技ができるようになるんじゃないかなといったレベルで、
なにかにつけて文句ばかりの元春も、さすがにどこかのインストラクターさんに一日みっちり教えられたというだけあって、普通に滑れているようであるのだが、
ただ、全員が全員順調に滑れているというわけでもないみたいだ。
「しっかし、玲っちがこういうの苦手ってのは意外っつーか、そのままっつーか」
「うっさい。こういうのは苦手なの」
玲さんはこういったスポーツがちょっと苦手なご様子だ。
まあ、本人としてはもう少し滑れるつもりだったそうなのだが、こうなってしまうと、誰かがついて見てあげた方が早く上達するのではないかと、ここは修学旅行での目論見を応援するのではないのだが、先のことも考えて、元春から滑り方を教えてもらうというのはどうかと、そう玲さん提案してみたのだが、
これに玲さんから文字通りの『意義』が入り、元春がそんな玲さんの『意義』に『意義』を被せて――と、そんな一悶着がありながらも、最終的にはなぜか僕が面倒を見ることになって、
すると、これにマリィさんや魔王様からもいろいろなテクニックのやり方を教えて欲しいという声が上がり、それに元春からまた文句が出たりしてと、
そんなこんなでワイワイ、一時間ほどスノーボードを楽しんでいると、さすがに体が冷えてきたかな。
この辺でなにか温かいものでも用意しましょうかと、僕がみんなになにかリクエストはあるかと聞いてみたところ。
「お汁粉などがよろしいのではありませんの」
「いやいや、こういう時はホットワインとかおしゃれなヤツじゃね」
「ホットワインってどんな味だ」
「えっと、わからないです」
ホットワインっていうのは話で聞いたりはするけど、実際に飲んだことはないかな。
「マリィちゃんとか知らないん?」
「聞いたことがありませんの」
どうやらマリィさんの地元にはホットワインに類似するものがないようだ。
ただ、この中で唯一、次郎君が飲んだことがあるようで、どんなものなのか詳しく聞き出したところ、どうもそれはワインにハチミツなどの甘みとシナモンみたいなスパイスを入れて、軽く温めたもののようで。
「もともとのワインの味がよくわかんねーから、イメージできねーな」
「ただ、そのまま飲むとアルコールがかなり強くなってしまいますので、僕達が飲むのならノンアルコールのものを使うのがいいでしょう」
と、そんな次郎君のアドバイスもあって、僕が工房のエレイン君に材料を持ってきてもらおうとしていると、ここで元春が、
「てか、ここってノンアルコールのワインとかあんの?」
「料理に使ってるワインがあるから、そのアルコールをエレイン君に抜いてもらうよ」
お肉の下味なんかに使うようにと安いワインは買ってある。
だから、今回はそのワインのアルコールを錬金術で抜けばいいんじゃないかと、そんな注文通りに材料が届いたところで、魔法を使ってクッキング。
とはいっても、することといえば単に材料を混ぜ合わせ温めるだけなので、本当に簡単に作ることができ。
さっと温めたそれをみんなに飲んでもらうと。
「ふつうにイケるな」
「美味しいです」
「……あったかい」
「悪くありませんわね。トワが好きそうな味ですの」
「そうなんすか、これはワンチャンあるかもな」
若干一名変なことを考えているようだが、体が温まったところで練習再開。
この頃になると、元春もすっかり勘を取り戻したか、普通に滑れるようになっており。
「別にそれくらい滑れれば大丈夫なんじゃない」
「いや、もっとズバッて感じで出来た方がかっちょいいだろ」
このくらい滑れていればレジャーとして楽しむ分には問題ないと思うのだが、元春としてはどうせ滑るなら格好良く、女子達の視線を集めたいと思い描いているようだ。
「だったら魔法を併用してみるのはどうでしょう」
「ナイスアイデアだぜ次郎。
ってことで虎助――」
まったく、そういうことはふつう自分で調べるものなんじゃないのかと言いたいところだが、ここで僕が文句を言ったところで、元春が面倒に絡んでくるのがオチである。
だからと僕はため息をつきながらも。
「一番簡単なのが風の魔法で、後は重力とか誘引になるかな」
「虎助、お前、まさか――」
「使ってないよ」
僕の場合、わざわざ魔法を使うまでもないというのが正直なところで、元春も運動神経自体は悪くないし、頑丈な体をしているんだから、多少無茶をしてコツさえ掴めば派手な技とかできると思うんだけど。
「とりあえず〈追風〉を使っていろいろ試したら」
そうすれば方向転換なんかも簡単に出来るようになるし、もしもの時の安全にも繋がると、そうアドバイスしたところ、元春は「それで頼むぜ」と餌をねだるように手を差し出して、
僕は自分のインベントリに入っている〈追風〉の魔法式を魔法窓に表示して、元春の手元に固定。
魔力を流して方向を指定すれば発動するようにしてあげると、元春はそれを使ってまた滑り始め。
「お、おおっ、これなら簡単に転ばねーか?」
「後は魔法式なしでも使えるようになれば、もっと複雑なことができるようになると思うから」
「よっしゃ、これで俺もヒーローだ」
はてさて、これでヒーローというのはどうなのか。
正直【G】の実績を持つ元春のことを考えると、滑るのがちょっと上手くなったところで、反応はあまり変わらないような気もするけど、せっかく元春がやる気を出しているのだから、あえて水を差す必要はないだろう。
その後、僕は玲さんを中心に滑り方を教えつつも、自分もしっかりスノーボードを楽しむのだった。




