運び込まれた半人魚と万屋の朝食
時刻は午前七時前――、
その日は珍しく朝早くから元春が家にやってきていた。
昨日、義姉さん達と一緒に保護した、八百比丘尼さんらしき女性のその後が気になっていたみたいだ。
「で、あの後、どうなったん?」
ゲートに降り立つなり聞いてくる元春に、僕は各種送られてくる情報を魔法窓で確認しながら。
「工房に運び込んで、いまは安静にしてもらってるよ」
「ありゃ、すぐに治したりとかしねーの?」
「彼女がどんな状態なのかわからないからね」
ことは精霊も絡む複雑な状態ということで万能薬で一発とはいかないそうだ。
なにより、その状態を治療することが本人の意向に沿わないということだってありえると、いまは本人の状態を確認するのが最優先。
「じゃ、すぐに眠り姫とご対面ってわけにはいかねーってわけか」
眠り姫って、またなにか変な期待をしているみたいだね。
と、僕の視線になにか感じ取ったか、ここで元春は咳払い、話題を変えるように。
「そういや志帆姉は?
一緒に戻ってきたんだろ」
「義姉さんならいま、母さんと一緒にディストピアに潜ってるよ」
実は昨日の作戦にも母さんが参加するという予定であったのだが、義姉さんから――というよりも、緊張しいで人見知りな佐藤さんからのお願いで、母さんは不参加となっていたのである。
だからという訳ではなのだが、今日は朝から親子のスキンシップと、二人でまだ未調整のディストピアに挑戦していて、
ちなみに、義姉さんの相方である佐藤さんはというと、昨日は万屋に泊まり、今日は朝から玲さんと一緒に魔法の練習しているみたいだ。
魔法がメインの佐藤さんにとしては、ディストピアに潜るより、魔法をじゃんじゃん使って、魔力そのものを底上げすることが自分の強さに繋がるという――まあ、一種の緊急避難である。
と、そんな話題を元春が食いつきそうな部分を端折って話してあげている間にも万屋に到着。
カラカラとお店正面のスライドドアを開けながら、何気なく聞くのは、
「そういえば朝ご飯は食べてきた?」
「食ってねーな」
時間的に考えてそうだと思った。
まあ、千代さんのことだから、おにぎりの一つでも持たせているかもしれないけれど。
「なんか食べる」
「つかここ、朝から食えるようなもんとかあんの?」
万屋で元春が取る食事といえばガッツリ系が多いから、そういうイメージが有るのは仕方ないが、そもそもこのアヴァロン=エラには少なくない人数の人が暮らしてたりする訳で、
「玲さんのシリアルとかがあるけど」
万屋には大小二台の冷蔵庫に調理台とカウンター奥に小さいながらもキッチンがある。
だから、玲さんも食事はこっちで取ることが多く、冷凍食品や朝食など手軽に食べられるものは、個別にこちらにおいてあったりして、
玲さんのシリアルを勝手に食べて大丈夫かということについては、こういった食べ物には当たり外れがあるからと言えばわかるだろうか。
要するに、パッケージの見た目で美味しそうと選んでみたはいいものの、実際に食べてみるとイマイチなものなどは、食べかけのまま残っていたりするのだ。
「それってどうなん」
いや、元春なら女の子の食べ残しなら喜んで食べるんじゃないかって思ったのが一つと、
「前によく食べてなかったっけ」
「ああ、だけどアレ、なんか食った気になんねーんだよな」
だったらなんで食べてたのかっていうのは、あれも中二病の一貫だったってことなのだろうか。
「じゃあ、卵焼きとか作ろうか?」
「流石にそれはどうなん」
おや、この反応は――、
もしかして元春にも遠慮という概念が存在するのかと思ったりもしたのだが、それは僕の早とちりだったみたいだ。
「男子高校生の手料理とか誰得よ」
誰得って、僕の料理なんてこれまでに散々食べてきた気がするんだけど。
ただ、これもまた元春のこだわりのようなものかと、僕は特に気にすることもなく。
「だったら卵かけご飯とか」
「しゃーねーな。それでいいぜ」
これなら料理でもないんでもないからと、どこかとんちじみた提案したところ、元春はヤレヤレと肩を竦めて妥協?
僕が冷凍庫にあったご飯をレンジで温め、卵と醤油をつけて出してあげると、元春が卵かけご飯を食べ始め。
と、ここで母さんと義姉さんが戻ってきたみたいだ。
裏口から店の中に入ってきて、
「なに食ってんのよって、卵かけご飯か」
「あがっ、志帆姉も食う?」
「いらない」
元春の差し出す茶碗を大袈裟に避ける義姉さん。
そう、義姉さんは生の卵がちょっと苦手なのだ。
元春もそれがわかっているのにどうして聞くんだろう。
僕は割りと定番な二人のやり取りを微笑ましげに見ながらも。
「虎助、なんか食べるもの」
「シリアルがあるけど」
「他には?」
まあ、義姉さんならシリアルを選ばないことはわかっていた。
だからと僕は冷蔵庫の中はさっき調べたから、キッチン背面の収納棚を覗き込み。
「そうだね。
ボルカラッカの缶詰があるから、ツナみたいにご飯に乗せて食べる?」
「それでいいわ」
「ちょ、そんなんがあんなら先に言ってくれっての」
「いや、いま見つけて思いついたから」
元春の文句を受けながら、僕は義姉さんの分のご飯をレンジに入れて。
「母さんはどうする」
「そうね。この後もまだディストピアに入るから、軽めのものがいいわね」
そんな母さんの言葉に「まだやるの」と義姉さんはうんざりした様子だったが、
「勿論よ。どうせだからモト君も一緒に入りましょ」
「それ、いいわね」
そこに元春が加わるとなると話は代わる。
「いいわねって、俺、いまからガッコーなんすけど。
そろそろテストもちけーから、朝から豆テストがあるんすけど」
「アンタ、どうせ勉強なんてしないから一時間くらいいけるでしょ」
どうせ逃げられないなら道連れが必要だとばかりに薄ら笑いを浮かべる義姉さん。
そして、元春が言い訳にするミニテストであるが、僕はミニテスト前に元春が勉強をしているところを見たことがないので、ここは運が悪かったと諦めるしかないんじゃなかろうかと、向けられる助けを求めるような視線をスルー。
「軽めのものでいいなら、さっき義姉さんに言ったシリアルがあるけど」
「そうね。誰も食べないならそれでいいわ」
「わかった」
義姉さんと元春のじゃれ合いを横目に、僕はさっとシリアルを完成させて母さんに出したところ、それを受け取った母さんが一口。
「あら、誰も食べないから期待していなかったけど、けっこう美味しいのね」
「ミルクがいいからね」
「ミルク?」
「前に言ったよね。神の供物と戦ったって、そのミルクを使ったんだよ」
ちなみに、玲さんがこれを残した理由は、単にこのシリアルが玲さんの好みの合わなかったというだけで、どうせタラチネミルクを使うなら、おいしい方のシリアルで食べたかったからである。
「おっぱいがおっきくなるらしいし志帆姉も飲んだら」
と、ここで元春がせめてもの反撃か、あからさまに義姉さんを煽る発言をし。
口は災いの元を地でゆく元春が鉄拳制裁を浴びたところで、義姉さんが「で?」と睨むように訊ねてくるのは、予想通りといえば予想通りの質問で。
「胸が大きくなるってどういうことよ」
「あくまでそういう話があっただけだね。
どっちかっていうと、タラチネの権能に胸に関するものがあって、そっちがメインになると思うんだけど」
どちらにしても義姉さんにとって、それは興味のある話だったみたいだ。
義姉さんはご飯の上に乗せたボルカラッカの油漬けに醤油を垂らしながらも、「ふぅん」と不機嫌そうに鼻を鳴らし。
「……母さん」
「あらあら、志帆ちゃんは仕方ないわね。
じゃあ、早く食べて、そのタラチネをたくさん倒さないと。
元君も急いでね」
「俺、もうタラチネの権能はいっこ持ってるんすけど」
この元春の主張は当然の如く無視され。
結局、登校時間ギリギリまで、元春は義姉さんに突き合わされる形でタラチネのディストピアにチャレンジし続ける羽目になるのであった。




