人魚輸送任務
週末、僕がやってきたのは関東の奥座敷にある有名神社。
さて、僕がどうして地元を離れ、こんな場所までやってきているのかというと、それはこの神社の御神木の中(?)で見つかった八百比丘尼さんらしき女性を輸送をする為である。
期末テストが目前のこの時期、本来ならこの仕事は義姉さんと佐藤さんの二人に任せたかったのだが、
義姉さん曰く、作業に使う道具の使い方がよくわからないと、
佐藤さん曰く、失敗が怖いからとのことで、僕も付いていくことになったのだ。
そして金曜日、
授業が終わったその足で母さんに借りた飛空艇に飛び乗り、ここまでやってきた訳なのだが。
『スゲー景色、まさに怪盗って感じだな』
「まあ、この夜景を見たら、そう言いたくなるのも仕方ないかもだけど、
別に僕達は盗みに入るとかじゃないから」
ちなみに、飛空艇からの夜景にそんなわくわくとしたコメントを発信する元春は現場に来ていない。
理由は今がテスト週間中だからではなく、単純に義姉さんが怖いからである。
まあ、今回は目的が目的だけに迂闊なことを言って鉄拳制裁をくらいたくないのだろう。
ただ、御神木の中で眠る(?)八百比丘尼さんの姿はぜひ見てみたいと、今回は通信越しでの参加となったのだけど。
見ているだけなら試験勉強をしていた方がいいんじゃないかな。
僕がそんなツッコミを通信越しの元春に入れていると、ここで飛空艇の窓から何気なく外を見ていた義姉さんが、
「そういえば前に言ってた足ってこれのこと?」
義姉さんが言うそれは、ついこの間、約束した年末に鈴さんと巡さんを地元まで運ぶという約束のことだろう。
しかし、これは間違っていないので、僕が「うん」と頷くと、それに義姉さんは「私も欲しいわね」と呟くのだが、それはちょっと難しく。
「これだけ大きいと飛ぶのにもいろいろ気をつけないといけないし、素材がね」
そもそもこれだけの大きさの物体が空を飛ぶとなると、飛行許可のようなものが必要になってしまう上に、この飛空艇にはボルカラッカという巨大な空魚の骨が使われているのだ。
骨の在庫はまだあるものの、次に手に入るのはいつになるかわからないからと、ソニアから多少の在庫は残しておきたいとの要望があってと、そんな僕の説明に義姉さんは組んだ足の片方――正確にはその足先を覆う万屋製の運動靴――を見せつけるように上げ。
「空歩もそうだけど、佐藤のストールだと結構疲れるのよね」
まあ、そういう魔導器は常に魔力を消費するものだから、長距離を飛ぶとなると疲れてしまうのは当然である。
だから、義姉さんのリクエストには「なにか考えておくから」と曖昧に応えておいて、最悪元春のスクーターをバラすして渡せばいいだろうと、僕は手元の魔法窓をチェック。
ちょうどよく飛空艇が神社上空まで到達したのを見計らい、義姉さんからの相談をここで打ち切るように、
「じゃあ、そろそろ行こうか、準備はいい?」
「誰に向かって言ってんのよ」
「わわ、私も、大丈夫です」
義姉さんと佐藤さんの二人にそう呼びかけると飛空艇側面のドアから飛び降りる。
そして、空歩を使って落下の勢いを殺しながら境内に降り立つと、監視カメラの撮影エリアに入らないように気をつけながら、三本杉の御神木の前まで走り、その太い幹に魔力を流していく。
すると程なく、目の前にゲーミングカラーの穴が現れて。
『思ったよりもファンタジーなギミックだな。これどうなってんだ?』
ちなみに、本来この穴は精霊水晶から作ったグラムサイトを装備していないと見えないのだが、今回は全員がグラムサイトを装着している上に、元春も僕のメガネ越しに映像を見ている為、同じような光景が見えている筈だ。
そして、元春が気になっているこの穴の正体であるが、
「ディストピアと似た原理らしいよ。御神木の下に地脈が通ってるみたいで、その中に入る感じ?」
『よくわかんね』
僕も大雑把な部分は理解できるけど、詳しい原理までは理解できていないので、元春のリアクションも当然のことだと、そんな事を話しながらも僕達はその虹色の穴の中へ。
そして、謎の空間を数百メートルほど進めば、御神木の目の前にある本殿とほぼ同じ建物が見えてきて、警戒しつつもその建物に入ると、何もない部屋の中央、八百比丘尼さんとおぼしき白装束の女性が大きな水球に包まれ浮かんでいて。
「おおっ、超絶ヒロインって感じだな」
たしかに、これは元春の言う通りかな。
ただ、元春に引きずられるように少しでも迂闊なことを言ってしまえば、義姉さんの鉄拳の餌食になるのは必然と、ここは仕事に徹し。
「さっそく運び出しを始めましょう」
「は、はい」「仕切んないでよ」
僕がマジックバッグの中から取り出すのは、よくある木製の棺桶ようなもの。
これは世界樹の枝から作られたもので、その棺桶にドライアドであるマールさんの魔力とスクナカードに使われる魔法式の一部を刻み込むことにより、物理的には触れない状態の八百比丘尼さんを運べるようになっているらしいのだが、
「どうやって、この人を棺桶の中に入れるのよ」
「それは――」
今回の輸送計画については、前もってその詳細を説明したつもりなのだが、義姉さんはおぼえていないみたいだ。
だから論より証拠と、僕は前もって棺桶の中に入れておいた洗面器とポリタンクを取り出し、洗面器の中にポリタンクに入っていた液体を注ぎ。
「じゃあ二人共、これに手を沈めて」
「ちょっと、変な薬とかじゃないでしょうね」
「特別ではあるけど、変ではないかな」
この液体はアヴァロン=エラに暮らす水の大精霊・ディーネさんの井戸から汲み取った精霊水、それを魔力で強化したもので、手を濡らすことで水の精霊との親和性を高め、実体を持たない幽霊や精霊に直接触ることができるようになるものだ。
と、そんな説明を改めて義姉さんにしたところで、精霊水を注いだ洗面器の中に手を沈めてもらい。
「〈潤膜〉」
「なにこれ?」
「水を魔法で手にまとわりつかせたんだよ」
これはアンデッドなどと戦う時、聖水を武器にまとわりつかせるのに使う、かなりニッチな魔法である。
「これで彼女に触れるようになってると思うんだけど」
一応、事前にディーネさんに手伝ってもらい、その水の効果は試してみたのだが、これが眼の前の八百比丘尼さんらしき女性に有効なのかは実際に触ってみないとわからないと、まずは僕が代表して水球の中の八百比丘尼さんに手を伸ばし。
『どうなん』
「触れるね」
『違う違う、そういうんじゃなくって、触った感じがどうかって――』
「ぷよぷよで危なっかしいわね」
『志帆姉ナイス。
ぷよぷよって、ぷよぷよってどんな感じでぷよぷよなん?』
「うるさいわね」
元春から集中を乱すような声がありながありながらも、僕と義姉さんと佐藤さんは協力して彼女の体を水球の外へ。
「重さがまったく無いけど、これってどうなの?」
「えと、佐藤さん、なにかわかります」
「わ、私も、こういう、状態の人は、は、初めて見ますので」
そして、形が崩れないように慎重に棺桶の中に収め。
「このまま運んじゃっていいの?」
触った感じが本当に空中に浮かぶ水のようなもので、かなり頼りなかったことからか、義姉さんも心配なのだろう。
しかし、彼女の状態は事前にある程度は把握していたので、その対策は用意してあって。
「それは大丈夫。この中を水で満たすから」
次に僕が取り出したのは、先ほどよりも一回り大きな五つのポリタンク。
その中身がなにかというと、こちらもさっき八百比丘尼さんを触るのに使ったのと同じ、強化精霊水なのだが、
「なんていうか、こっちはトロっとしてるのね」
「運搬途中に中の人が棺桶にぶつからないように、さっきの水にトロみをつけてるんだよ」
『トロみがついた液体に沈められる美女って、なんかエロくね』
言うと思った。
ただ、ここで反応すると変な誤解をされかねないので、ここは無視の一択で、
義姉さんと佐藤さんに手伝ってもらいながらも、棺の中をとろみのついた液体で満たし、いっぱいになったところで蓋を閉める。
ちなみに、被せる蓋は棺内の状況が確認できるようにと、世界樹の樹脂で作られた透明なものになっており。
『スケスケの巫女さんが箱の中に――、
なんかエロフィギアみたいだな』
まったく今日の元春は飛ばしているな。
やっぱり家からの参加ということで、周りにツッコむ人が不在なだけに軽口が止まらないだろうか。
と、元春のコメントに義姉さんが目を三角にする中、
「じゃあ義姉さん、そっちを持ってくれる。佐藤さんは真ん中でフォローをお願いします」
「仕方ないわね」「すみません」
僕が頭側、義姉さんが足の方、そして佐藤さんが真ん中を支える恰好で運び出しを始めるのだが、
「重いわね」
「棺の中が水で満たされてるからね」
『オーエス、オーエス』
「元春、アンタ、さっきからうるさいわよ」
これはさすがに怒られたね。
そんな元春の鬱陶しい応援と水の入った棺の重さに苦戦しながらも、謎の空間を進み、入り口まで戻ってきたところで、
「佐藤さん、先に外の様子を見てくてくれますか」
「わ、わかりました」
人が居ない時間帯を狙っっているとはいえ、見回りが来ないとも限らない。
運び出しているところを見られては不味いと、佐藤さんを見張り役に御神木の中から八百比丘尼さんが入った運び出し、監視カメラの死角になる位置まで移動させたところで、空に待機させていた母さんの飛空艇をリモート操作で地上に降ろし、飛空艇に棺桶の積み込めば、もうここに用はない。
「これで仕事は終わりね」
「一応、家に帰るまでは気は抜けないんだけど
「そっちはアンタに任せるわ」
こうして、僕達はなんとか無事に八百比丘尼さんとおぼしき女性の運び出しに成功するのだった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




