宝石の行方
「今日はお呼び立てしてすみません」
「珍しい組み合わせだけど、どうしたの」
それは十二月としては珍しく、しっかりとした雨が降り続いていた日の午後――、
カウンターの前で玲さんはひよりちゃんと顔を見合わせ、低い位置にあるその頭上にはてなマークを浮かばせていた。
「実は以前、アヴィンジットから掘り出した宝石の調査が終わったので、ちょっとご相談をと思いまして」
「あれ? それって万屋で買い取ってくれるんじゃなかった」
そう、それら宝石はもともとはウチで買い取る予定だったのだが、調べてみると玲さんが掘り出した原石の一つが、一粒五百万くらいになるかもしれないことが判明したので、どうせならしっかりとした加工をして、然るべき場所に出した方がいいんじゃないかと、今回声をかけさせてもらった次第であり。
玲さんはその金額を聞いて、当然ではあるがとてもビックリした様子で、
「……ご、五百万!?」
「一つ、大きなダイヤの原石がありましたよね」
「これっくらいのヤツね」
人差し指と親指の間を五センチほど開ける玲さんに僕は頷き。
「その原石を調べましたら、上手く削れば3カラットあるダイヤを二つほど取り出せることが判明しまして」
「3カラットって、えっと――?」
「これくらいですね」
困惑気味の玲さんに僕が見本として取り出すのは、直径にして一センチ程の大きさの宝石だった。
玲さんは恐る恐るその宝石を指差して。
「これって触っていいものなの?」
「大丈夫ですよ。これは水晶で作ったイミテーションなので」
この見本は、玲さん達がダイヤの原石などを発見した、巨大な陸亀型魔獣・アヴィンジットから大量に採れたクリスタルを、ダイヤモンドのようにカットしただけのもので、一粒数百円と価値としてはそれほど高くないのである。
「それと、ひよりちゃんにも見てもらってもいい?」
「えっと、どういうことです?」
「ほら、例のローズクォーツ。
ペンダントトップにするって言ってたよね。
今日はその形を決めてもらおうと思って」
ひよりちゃんからのリクエストは売るのではなく、おそろいでペンダントトップを作るというものだった。
玲さんのダイヤモンドと同じように、取れる大きさも決まったということで、どう加工するのかを決めて欲しいのだと、サンプルを出しながら、今日来てもらった理由を話したところ、ひよりちゃんは「成程です」と納得してくれたようで、僕が用意したいくつかの見本を選び始め。
僕は玲さんに視線を戻し。
「それでどうします?」
「どうするって言ったって、どうしたらいいと思う」
「と、言われましても――、
換金するなり、加工してそのまま持っておくなり、玲さんの考え次第でして、他にしっかりとした指輪を作るって手もありますけど」
指輪部分のお金が必要になるが、そちらは他にあった鉱石やクズダイヤを当てれば、なにかの時に特別なアクセサリとして、いざという時には売却することも出来ると僕が言えば、玲さんは自前の魔法窓を開き。
「待って、お姉ちゃんと相談してみるから」
念話通信を使ってお姉さんの環さんと連絡を取り始たので、僕は真剣な目でクリスタルのイミテーションを吟味するひよりちゃんに視線を戻し。
「それでひよりちゃん。なにかいい形はあった?」
「私はこのハートの形が気になるです」
そう言って、ひよりちゃんが見せてくれたのは、可愛らしいハートの形に削ったクリスタル。
「ですけどこれ、マー君には似合わないですよね」
たしかに、そのハート型のクリスタルは正則君には似合いそうにないが、それも工夫次第でどうとでもなって、
「じゃあ、こういうのはどう?」
と、僕が見せたのはやや荒削りながらもハート型にはみえなくもないクリスタル。
実はこれ、特殊な魔法を付与して矢じりとして使うものなのだが、これならパッと見、ハート型には見えないし、本来の目的で興味を引けば、正則君も問題なく受け入れてくれるのではと、そんな僕のプレゼンに、ひよりちゃんも「いいかもです」と乗り気なご様子なので、普段アクセサリーの類をまったくつけない正則君が使うことを考えて、キーホルダーとしても使えるようにとシンプルなものにしようと、見た目を調整しつつ、そのついでとばかりに確認するのは――、
「付与する魔法はどうする」
「付与ですか?」
これは先に触れた、魔法の矢じりに関連することだが、アヴィンジットの血が混じった水晶だけに、ちょっとした魔法を付与できるのだ。
「例えばどういうものがあるんです?」
「そうだね。誘引系の魔法を使って幸運を引き寄せるお守りを作るとか」
「そういうこともできるんですね」
「まあ、そういう魔法の場合は継続的に発動するものになるから、効果は気休め程度になっちゃうんだけどね」
もともと瞬発的な効果をかけるそれに、半永久的な効果を付与するなら、効果が薄くなるのは当然のことであり。
「まーくんに悪い虫が寄ってくるのを邪魔するみたいなお守りとか、そういうのは出来ないんです?」
「出来なくはないと思うけど、それだと指定が難しいかな」
悪意に反応してなにかするという魔法も無いわけでもないんだけど、ひよりちゃんが言う悪い虫っていうのは、いわゆる恋敵とかそういう存在になるだろうから、それを防ぐとなると、例えば元春が持つ実績【G】の効果にある自分の評価を過剰に下げるような? 効果をつけるということになってしまい。
結果として正則君の評判を落とすことにも繋がるかもしれないのだと、そんな僕の説明に、ひよりちゃんも「そういうことなら仕方が無いですね」と納得してくれたようだ。
さっそく正則君にも確認を――と、ひよりちゃんに連絡を取ってもらったところで、注文を工房のエレイン君に送り。
少しした頃、玲さんの方の通信が終わったみたいだ。
「わたしとお姉ちゃんに一つづつダイヤモンドを作って」
「カットはどうします?」
「できればお揃いで、無駄にならないならできるだけいいヤツをお願い」
この辺はエレイン君に丸投げだな。
いろいろ調べて、原石をスキャンしてもらえば適切なカットを選んでくれることだろうと、玲さん姉妹の注文もこれで決定と、エレイン君に指示書を送り、玲さんが、
「そういえば他の人はどうしたの?」
「基本的にはアクセサリ関係ですね」
マリィさんが多く見つけたのはベリルである。
その中でも多かった鉄由来のアクアマリンを使ったブローチをメイドさんの為に作ることになっており。
ちなみに、これは身分証のようなものになるらしく。
最近、ポッケ村などで増えてきた他領の旅人とのトラブルを避けるべく作るもだそうだ。
「へぇ、こういうシンプルなのもいいかも」
「マオは?」
「……ビーズ」
これは以前やったブレスレット作りに加われなかった拠点暮らしの皆さんの要望で、使う糸こそミストさん達が作ったものになるが、拠点にいるみなさんも同じようなものが欲しいとの要望から出たのである。
「ちなみに、余った欠片でこんなものも作りましたよ」
それは水晶やベリルなどを使ったアワーグラス。
本体も錬金術で形成したクリスタルで出来たもので、
「おおっ、お金持ちの家にあるヤツだ」
お金持ちっていうのであれば、玲さんのお家にもありそうなことになるのだが、
まあ、それはそれとして、
「実はこれにはいろいろと仕掛けがあってですね」
上部に刻まれた魔法式にごく少量の魔力を流すと、本体そのものが淡い光を放ち、キラキラと舞い散るその中身がぶつかると、まるでハンドベルのような優しい響きが聞こえてきて、
「無駄に凝ってるじゃない」
「せっかく宝石を使って作るんですから、いろいろとこだわったほうがいいかと思いまして」
普通に作るだけじゃつまらないと、お手軽につけられる機能をこれでもかと搭載したみたのだ。
ただ、その成果はあったようだ。
「いいなあコレ」
「……綺麗」
そう呟き、うっとりと落ちるクリスタルの欠片を眺める玲さんと魔王様。
「もしよろしければ作りましょうか」
「いいの」
「ダイヤモンドの削り出しには破片が出ますし、小さい、水晶を使っても、その辺りはご注文いただければ他の宝石を混ぜても綺麗かと」
この辺の好みはそれぞれで、欠片の配合を変えてやれば、簡単に対応できる。
「お姉ちゃんに聞いてみてよかったらお願い」
「……ん、作る」
「了解です」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




