回収した人形と組織の名前
夕方――、
自宅に戻った僕が宅配ボックスを開けると、そこには一抱えほどある大きな段ボール箱が入っていた。
一緒に帰ってきた元春がそれを見て。
「なにが届いたんだ?」
「魔女の里からの郵便だから、中身は前に義姉さんが錬金術師の館から回収したものだね」
「なんか本とか探しに行ってたんだっけか」
「うん。現場が鈴さんと巡さんが住んでるマンションの近くで、手伝ってもらってね」
それは先週のこと、静流さんからの報告で魔女のみなさんと敵対するハイエストに絡み、とある錬金術師の館に、いま魔女のみなさんが調査を進めている、八百比丘尼という人物に関係する研究資料があるのではないかという報告を受け、義姉さんに調査を頼んだのだ。
その時に見つけられた資料は魔女のみなさんのところへ送られたのだが、その中の一つ、メイドらしき自動人形の解析は、もともと僕達が興味を持って帰るようにお願いしたものだったということで、魔女のみなさんが確認した後、ウチに届けられる手筈になっていたのだ。
ただ、ものがものだけに、元春に気づかれるのは面倒だからと僕は嘘を付き。
その抱えるほど大きな段ボール箱を持ってアヴァロン=エラへ。
お店に顔を出すとベル君からの報告を片手に、先に来ていたマリィさんや魔王様に荷物が届いたことをアピールしながら、工房の地下にあるソニアの研究室に向かい、待ち構えていたソニアを前にダンボールを開封すると、その中に膝抱きの状態で入っていた人形を取り出し、部屋の中央にある手術台のような台の上に横たえる。
「よく出来た人形だね。素材は魔樹の類かな」
たしかに、抱き上げた感じは金属製のゴーレムなんかと比べるとかなり軽かった。
ただ、その表面には革が貼り付けられているようで、ちょっと触れただけなら人間の皮膚と見分けがつかくなっていた。
「さて、まずは仕組みからだね」
ソニアは研究室のゴーレムを操り人形の服を脱がせ、体の隅々まで丹念に調べていく。
ちなみに、人形は服を着せる前提で作っているのか、体に当たる部分は素体がほぼむき出しの状態になっており、各部カバーを外せば簡単にその内部を確認できるようになっているみたいだ。
と、ソニアが胸の部分を開くと、そこにあったのは複雑な魔法陣が刻まれた基盤のようなもの。
その中央には小指の先ほどの宝石が鎮座していた。
「これは精霊水晶?」
「精霊水晶っていうと、ニュクスさんのところにあったクリスタルみたいなの?」
それは以前、グラムサイトにも使われた精霊の力を浴びた水晶だった筈だ。
ソニアは僕の問いかけに「うん」と答えながらも簡易的な鑑定魔法を発動し、安全を確認したところで作業用ゴーレムを巧みに操り、基盤からその水晶を取り外す。
「ただ、こいつはニュクスのところのヤツとは比べ物にならないくらい弱いものだね。
で、こっちは魔獣の革かな?
細い紐上にした革をより合わせて筋肉に見立て、動かす仕組みになっているみたい」
そして、人形の体にそのアストラルな頭を突っ込むと、基盤の上下にくっつく黒い箱から伸びる紐が繋がる先を丹念に調べていく。
「つまり精霊の力で動いてるってこと?」
「いや、どっちかというとこれはネクロマンシーの一種じゃないかな」
説明を聞いた限りではスクナのような存在のようなイメージだったのだが、ソニアに言わせると、この人形に使われている技術は、キョンシーとかそういった存在を作り出すものに近いもののようで、
「ってことは、そのクリスタルの中に幽霊が入ってる?」
「うん、これは死者の残留思念の転写して、
その記憶を使って人形を動かしてるって感じかな」
死者の残留思念って、なんだかマッドな話になってきたな。
この話題を深く突っ込むといろいろ闇が深そうなので、僕はそれ以上はあまり掘り下げないようにと話題の方向性を少し変え。
「それで、その人形は動かせるの?」
「中身の経年劣化が結構あるけど、動くようにはできるかな」
ただ、完全に元に戻すのにはそれなりに時間がかかるかかりそうだということで、人形の修復はソニアに任せ、僕はお店に戻ることになったのだが、
「おかえり、どうだった?」
「どうっていわれても、義姉さんが見つけてきたのをそのまま渡しただけだから」
「でも、志帆姉が持ってきたもんだろ。ゼッテーなにかあんだろ」
さすがは元春、勘がいいというか、長年の付き合いからというべきか。
まあ、義姉さんは引きが強い人だから、僕もこうして依頼を出しているわけだし、今回の調査でも偶然地下室の入り方を見つけたって実績もある。
「それにこういうの、志帆姉なら自分で直に持ってきそうだけど」
義姉さんは手柄を誇るタイプだからね。
ただ、今回の荷物は鈴さんと巡さんも一緒だった時に見つけたものだったということで、それを自分だけの手柄にするのはと気を使ったのだろうってことと、直接の依頼主が魔女のみなさんということで、まずはそっちに持っていかないとって事情もあったんじゃないかと説明すると、元春は「ああ――」と納得。
「ちな、その報酬ってのは?」
「それなら前に義姉さんがミイラの手を持ってきた時に話さなかったっけ?」
「あん時な。例のデカ蟹を使った鍋だっけか。
けどよ、なんかスゲー発見の成果にしては安くね」
たしかに、カルキノスの肉が希少なものとはいえ、これだけの発見に夕飯だけを用意するだけというのは申し訳ない。
というよりも、そもそもカルキノスを使った鍋はあくまで追加報酬で、本命の報酬は万屋の商品で好きな物を一つだと付け加えると、元春は「それなら――」と頷きつつも。
「けど、それだと今度は逆に高過ぎなまでなくね」
たしかに元春が言うように選ぶ品によっては、報酬がかなり高くなることもある。
ただ、義姉さん以外の三人は義姉さんのみたいに無茶をいうような人達ではないし、義姉さんの報酬は極秘食材といえばわかってもらえるだろうか。
なにより二人がスクナカードを欲しがっていることを教えたところ、元春もスクナカードは実質無料で手に入れただものだけに、これには反論が無いのだろう。「成程な」と腕を組み。
「しっかし、錬金術師なんて本当にいたんだな」
「魔女のみなさんも錬金術とかしてるじゃない」
唸る元春に僕がそう返すと、ここで万屋のデータベースを使って、新しくおぼえる魔法を吟味していた玲さんが顔を上げ。
「そう聞くと、わたし達が知らないだけでいろいろ居そうね」
「ハイエストなんつー秘密結社みたいなのも出てきたっすし、俺等もある意味でそうなんじゃね」
「魔女のみなさんに川西隊長のところの部隊、加藤さんのお弟子さんなんかにいろいろとやってるからね」
「そういや今更だけど、イズナさんとことかまだ組織名とかなかったんだっけか」
ちなみに、元春は川西隊長の部隊を母さんが指揮しているように思っているようだが、あくまで母さんは指導教官でしかなく。
「外事二課に決まったみたい」
その組織がどれくらい大きくなるのかわからないことから、また後で変更があるかもしれないけど、とりあえずはそう呼ぶことに決まったみたいだ。
「おお、なんかかっちょいいな」
「……アニメみたい」
たしかに、その組織名と仕事内容を考えると、まさにアニメの世界の特殊部隊と言っても過言ではないのかな。
「ちな、マリィちゃんとこにはそういうのはないん」
「そうですわね。すぐに思いつくのは白狼騎士団や狼の影――、
最近ですとフェンリルなる組織が立ち上がったようですの」
「そっちもなんかいい感じだな。
けど、なんか狼ばっか被りまくってね」
「それは初代国王が大きな白い狼の魔獣を従えていたという伝説があるからですの」
マリィさん曰く、今はルデロック王国と改名されたガルダシアの初代国王は、その白い狼に跨がり、狂王と呼ばれた時の侵略国家の王を打倒し国を立ち上げたのだという。
故に、王家に関わる組織には狼と関連ある名称が付けられるのが通例だそうで、
「あれ、白い狼ってフェンリルじゃなくて」
「特にそういった言及はありませんの」
「ってことは、最近できたっつー組織は――」
「伯父様の箔付けになりますわね」
これにはマリィさんも思うところがあるのだろう。
得も言われぬ表情を浮かべ。
「マオっちのとこは?」
「……無い」
まあ、魔王様が魔王様ってなっているのも周りから言われていることであるからね。
「自分で考えちまえば」
魔王様は元春の言葉に少し考えるような素振りを見せるも。
「……難しい」
前置きなしにいきなり決めろって言われても困ってしまうのは当然で、
「けど、こういうのって自分から名乗るのってハードルが高いでしょ」
「それな」
いや、それだったら最初から言わなきゃいいっていうのは、かつて青春病の重篤患者だった元春には無理な話だったのかもしれない。




