エルフという種族5
五話連続の『vsエルフ』の最終話となります。
台風の時には何もなかったのに、その後、文章作成中に何故か起きた停電にもめげずに頑張りました。
フォレストワイバーンを見事(?)打ち倒し、ディストピアからの生還を果たした僕達を出迎えてくれたのはマリィさんだった。
まあ、出迎えてくれたというよりは、ディストピアの依代となるフォレストワイバーンの爪剣に見惚れていたという表現が正しいのだが、それはいつものご病気なので気にしたら負けである。
「ねえ、何やってんの?」
よだれを垂らして蕩け顔を晒すマリィさんにそう声をかけたのは義姉さんだ。
義姉さんの声にハッと気づいたマリィさんは、気恥ずかしさそうに立ち上がりながらも澄ました顔に切り替える。
「おかえりなさい。その様子ですとあのエルフも無事に確保できましたのね」
ええと、マリィさん。全然取り繕えてませんけど……。
しかし、義姉さんも一週間の死に戻り生活で精神的に疲れていたのだろう。マリィさんの変わりようにツッコミの一つも入れず、どかっとその場に座り込む。
と、そんな義姉さんの動きを追いかけるように視線を落としたマリィさんが聞いてくるのは、
「それで――、その方はどうして号泣していますの?」
マリィさんの視線の先にあったのは涙や鼻水でグズグズになっているエルフの生首。
もちろん彼が泣いているのは、魔王様を傷つけたことを悔いているとか、義姉さんにいたぶられたとか、そういうことではなく、単に義姉さんがフォレストワイバーンへの恨みを晴らすのに夢中になっている間、暴れ回るワイバーンの羽ばたきにより流れてきた唐辛子成分を存分に含んだ赤い霧に巻かれたというのが原因だったりする。
しかし、そんな異常状態もディストピアから出てしまえばキャンセルされるのかと思っていたのだが、どうも唐辛子爆弾の効果は脱出後も有効なようで、
空切のような魔法効果ならまだしも、物理的なカプサイシンによる影響が脱出後も続くなんてどういうことなんだろう。
ディロックにコーティングされていた所為で何らかの魔法的な変質が起こったとか、そういう理由があるのだろうか。これは後でソニアにでも調べて貰った方がいいのかな。
汚いエルフの生首を見下ろし、僕がディストピアの細かな仕様を考えを巡らせていたところ、
「しかし、これで虎助も【龍殺し】ですか?私にもその実績があればこの剣を使えるようになりませんかね」
「残念ですけど、この剣は、武器として作られたものではなく、ただの儀礼剣ですから、持てたとしてもマリィさんのご期待には添えないと思いますよ」
まったく困ったものである。こんな時でも自分の趣味を忘れられないマリィさんに僕は心の中でため息をつきながらも話題を変える。
「それよりも魔王様の様子はどなっています?」
「それが、虎助に言われて様子を見に行ったのですが、こたつの穴から出てきてくれませんの。私が無事な姿を見せたことで、とりあえず落ち着いてはくださったようですが、穴から出てきてくれませんの。さすがに隠し扉から逃げるとかはしないのですが……」
先ほどまでとはうって変わっての気遣わしげな視線を、フォレストワイバーン牙から削り出した儀礼剣が刺さる丘の下に建つ万屋へと向けるマリィさん。
「それで、どういたしますの?」
「もちろん彼には謝ってもらいますよ。その為にわざわざ連れ帰ったんですから」
即答する僕にマリィさんは何故かビックリしたような顔をしながらも、すぐに納得するように頷いて、
「そうでしたわね。虎助はそういう人でしたの。ですが、その男が素直に謝罪をするとは思えませんの」
あれだけハーフエルフを小馬鹿にしていた彼のことだ。マリィさんの言わんとすることも分からないではないのだが、
「そこは母さん直伝の交渉術でなんとかしますよ。まあ、そうする為にも、まずは泣き止んでもわらないといけませんけれど、ともかく、彼の異常状態を治す前に体の方をなんとかしましょうか」
と、そんな僕の声に促され視線を移したそこには、所謂、M字開脚と呼ばれる状態で縛られた首なしの体があったりして、
「それで、あの――、この体、何やら破廉恥な縛り方なっているようなのですが……、虎助。貴方、マジックロープにどんなイメージを込めましたの?」
今更ながらに気が付いたとマリィさんが非難めいた口調で問うてくるのだが、僕としてもどうしてこんな縛り方になったのかわからない。
「僕はただ縛ってと命令しただけなんですけど、いつの間にかこういう状態になっていまして――」
頬をかきながらも答える僕。
そう、それはフォレストワイバーンとの戦いに挑もうとする前だったか、捕えた彼が逃げないようにと、キツく縛るように命令を重ねがけしたのだが、気が付けばこんな風に縛り上げられていたのだ。
どうしてこんな事になってしまったのか、誰か説明できる人はいないのか。女性陣から向けられる白い目から逃れるように彷徨わせた視線が、ベル君の頭上にポンと浮かんだフキダシで止まる。
そこに表示されていた内容は――、
『このマジックロープには、松平元春様が持ち込まれた専門書を参考に、脱出が困難な縛り方がされるようなプログラムが施されています』
犯人は元春か。
というか、何の目的があってそんな専門書を持ち込んだんだ元春は?
小一時間ほど問い詰めたいところではあるが、これで僕への誤解は解けたみたいだ。
事実、マリィさんなどは「またあの男ですか」と嘆息して、義姉さんは「私があのヘンテコ世界で苦しんでる間にアイツは何やってんのよ」なんてキョロキョロと元春の姿を探し始める始末だからだ。
これは、後で義姉さんからの盛大なお仕置きがあるんだろうな――、
残念な友人を憐れむも、それは自業自得ということで、
「ともかく、体の方は暴れられても大丈夫なように、このままエレイン君たちをつけてここに放置ということで、いったん万屋に戻りましょうか。魔王様も心配ですし、義姉さんも腰を落ち着けたいでしょ」
「そうね。疲れたってのはあるんだけど、どっちかというと何かお腹に入れたいわね」
ディストピアは半精神世界という仕様上、その内部空間では空腹を感じないようになっている。
だが、一週間もの間、飲まず食わずでいたともなると精神的な飢餓感があるのだろう。
僕は義姉さんのリクエストに答えるべく、魔法窓を開き、ベル君に食事の準備やなんやらの準備をするように指示を出す。
そして、号泣する金髪の生首を鷲掴みにM字開脚する体を駆けつけてくれたエレイン君に任せると、丘を下った先にある万屋へ移動。
義姉さんが万屋の前で待ち構えていたベル君から食事を受け取る傍ら、僕は店の前にある青いベンチに「目がぁぁぁぁ、目がぁぁぁぁ!!」と超有名セリフを口に涙を流すエルフの生首を置き、さてと、一応の為にと改めて魔法窓を開き直し、マリィさんに魔法の準備をしてもらった上で、腰のポーチから取り出したポーションをエルフの生首にふりかける。
と、カプサイシンによる灼熱地獄から舞い戻ってきたエルフの青年は、親の敵か何かを見るような厳しい目つきで睨みつけてきて、こんな文句をぶつけてくるのだ。
「き、貴様等っ!! わ、ぐすっ、私が話せないのをいい事に好き勝手に言ってくれたな」
そんな高圧的な彼の態度に、
「あの……、この方、自分の立場というものがわかっているのでしょうか」
マリィさんが気を抜かれたように肩を竦めるのだが、
「立場?勿論わかっているとも、森の賢人にして、エルブンナイツの一員だが、貴様等こそ私をこんなにした報いを受ける覚悟があるんだろうな」
エルフの青年はさも当然とばかりに薄っぺらな身分をのたまう。
そんな空気の読めないエルフの青年の醜態に、もっちゃもっちゃとベーコンレタスサンドを食べる義姉さんが言うのは、
「あのさぁ。本物のエルフってみんなこんなに馬鹿なの?ゲームとかだとすっごく賢そうな設定になってるけどさ所詮は作り物ってことなの?」
因みにこのサンドイッチに使われれいるレタスは、アヴァロン=エラの魔素が豊富な大地を活かした促成のレタスなので、そこらの薬草並みの回復効果を持っていたりするのだが、それは今どうでもいい話であって、
「凝り固まった概念というものは時に滑稽に見えるものなのですよ。私の世界には尊敬すべきエルフもいるのですが……」
まさか、マリィさんからフォローが入るとは――、
マリィさんも、元王族という立場から、首だけになっても高慢な態度を貫くエルフの青年の態度に何か心当たりのようなものがあるのかもしれない。
「で、どうすんのよコレ。えっと、あの黒ローブの子に謝らせるんでしょ。でも、コレの態度を見る限り、聞かないでしょコレ」
「貴様、コレコレコレコレと私をなんだと思っているのだ!!」
ちょっと失礼ともとれる義姉さんの物言いに癇癪を起こすエルフの青年。
だが、義姉さんはそんな青年の脳天にゴリッと魔法銃の銃口を押し付けて、
「ハァン?負け犬ごときがギャーギャーギャーギャ煩いのよ。いっぺん死んどく?」
「さすがに殺すのはダメだよ義姉さん」
さすがの義姉さんも本気で殺そうとは思っていないだろう。そう思う。思いたい。
「でも、ここまで意固地になられてしまうとちょっとマズイことになるかもしれませんね」
「マズイといいますと?」
雰囲気を変えようと言った僕の言葉に、たぷり腕を組んだマリィさんがその片手を悩ましげに頬へと持っていく。
「いえ、このまま魔王様が落ち込んで掘り炬燵の中にずっと篭ってしまったら、リドラさんが魔王様を迎えに来られるでしょう?」
僕の懸念を聞いたマリィさんの脳裏には、ライトアップされるモルドレッドを背景にズシンズシンと魔王様のお迎えにやってくるリドラさんの雄々しい姿が想像されていることだろう。
「たしかに――そうですわね。あの黒龍さんがこの状況を見たら……考えたくはありませんわね」
そんな僕達の一方で「黒龍?」とハテナマークを頭上に浮かべる義姉さんとエルフの青年。
「貴様等はさっきから魔王だの黒龍だのと何を言っているのだ」
「えと、アナタが侮辱したマオさんですが、とある世界で魔王をしている方なんですよ。アナタの所為で魔王様が引き篭もってしまったら、その臣下である黒龍さんがこちらにやってくるのではと言っているんですよ」
それを聞いたエルフの青年が絶句する。そして、続いての反応は、なんというか、予想外のものだった。
「き、ききき、貴様等は魔王を匿っているというのか。忌み子というだけでも罪深いというのに……、この痴れ者共が!!」
気にすることはそこなんですね。
しかし、この反応は、ある意味で潔癖症のイメージがあるエルフらしいとも言えるだろう。
とはいえ、僕――、というか、この場合、万屋の方針としては、
「別に、魔王だろうが忌み子だろうが魔王様は万屋のお客様であって僕の友人です。おもてなしするのは当然かと思いますけど」
「魔王を友人とするだと、貴様等はその意味がわかっているのか!?」
根底にあるものは、恐怖なのか、それとも、怒りなのか。震えながらも聞いてくるエルフの青年。
しかし、僕としてはこう答えるしか無い。
「分かって言っていますが、なにか?」
「なっ、貴様――、奴は魔王なのだぞ。忌み子なのだぞ」
「……はぁ、これはもう無理やりにでも言うことをきかせるしかないでしょうか」
こういう人のことを老害というのだろうか。あまりに聞き分けのないエルフの青年に、これは本当に母さん直伝の交渉術を使わないといけないなかな。と、強硬手段すらも頭の片隅にちらつき始めた頃だった。カラカラと万屋の扉が開いく。
開いた正面玄関から躊躇いがちに顔を覗かせるのは魔王様だ。
その様子にはまだ多分の怯えが残っていたのだが、僕とマリィさんを見付けると、意を決したように万屋から歩み出て強張ったままの体でこう言う。
「……べ、別に謝って貰わなくてもいい……」
「いいんですか?」
僕の確認にしっかりとした頷きを返す魔王様。
そして、もう一度、勇気を振り絞るように目をぎゅっと瞑ると、澄んだ声でこう続けるのだ。
「謝ってもらわなくてもそれでいい。虎助達のおかげで、この人が、エルフの人達が可愛そうな生き物だってわかったから……」
「なんだと――」
震えそうになる声を御しながらも、きっぱりと言い切った魔王様の想いに、エルフの青年が声を荒らげようとする。
しかし、そんな事はさせないよ。
続こうとした侮蔑の言葉は魔法窓経由で発動した遮音結界によって封じられる。
そして、
「魔王様がそう仰るのでしたら御心のままに――」
冗談交じりにうやうやしく頭を下げた僕はそのまま向き直り、
「このヒトの処分はどうしましょう」
魔王様が望んでいないのならば謝罪はよしとしよう。
しかし、この世界にやってきて色々とやらかしてしてきた彼を無罪放免で解き放つのは、この世界を管理する一人として、それ以前に魔王様の友人として許せることではない。
僕の問い掛けに、魔王様、義姉さん、マリィさんと、三者三様。それぞれの答えが返ってくる。
「……皆に任せる」
「よく分かんないけど、体があんな風になってるんだし尻爆竹とかでいいんじゃない?」
「以前、虎助が言っておりました牢獄に入れるのはどうでしょう」
義姉さんの意見は聞かなかったこととして、
マリィさんが言った牢獄というのは、次元の歪みを通じてこの世界に流れてきた呪われた絵画を利用した軟禁場所なるのだが、
「残念ですが、その監獄は先日ついに一杯になってしまって――」
「なんだかんだで野盗の類もよく来ますからね。この世界には」
異世界の犯罪者は追手から逃れるべく、リスクを承知で魔物の領域に逃げ込む場合が多いらしい。
結果、魔素の濃い領域まで迷い込んでしまった挙句、運良くもこの世界に紛れ込んできたりするケースがあったりする。
それでもそのまま自分達の世界へ大人しく帰ってくれたらいいのだが、
どうも彼ら野盗の類には、店を見かけたら襲わなければ気が済まない習性のようなものがあるらしい。
ほぼ確実に万屋へと強盗目的で入ってくるのだ。
まあ、結局は入り口でのエレイン君の対応から、たかだか作業用ゴーレムだと侮って、捕まってしまってから後悔することになるのだが、
さすがに【人殺し】やら【殺人鬼】やらと物騒な実績を持っている人間を野放しにする訳にもいかないと、已む無くバックヤードに所蔵されていた異世界産の呪いの絵画に閉じ込めているという訳なのだ。
「しかし、そうなりますと本当にどうしますの。縛り首というのは虎助の趣味じゃないでしょうし――」
物騒な意見を添えて語尾を伸ばしたマリィさんが、他にアイデアはないだろうかと顎に手をあてたところで、自分のアイデアが黙殺され口をとがらせていた義姉さんの手が挙がる。
「じゃあ、こういうのはどうよ。頭と体を別々のディストピアに放り込むのよ。これなら絶対に外に出られないだろうし、その監獄?ってヤツの代わりになるんじゃない」
「それは素晴らしいアイデアですわね」
いや、それはそれで酷過ぎるんじゃないかな。
義姉さんのアイデアに両手を合わせ花のような笑顔を浮かべるマリィさんに僕が苦笑していると、どうやったのか、エルフの青年を取り囲んでいた遮音防壁が砕かれて、
「貴様等はなんてことを平然と考えるのだ。それが魔王と友誼を結ぶ者ということか。クソッ、こうなってしまったら貴様等も道連れにしてやる」
二度とあの世界に戻されるのは御免だとばかりに、エルフの青年は三流の悪役が口にしそうセリフを吐き捨る。
そして、かぱっと口を開くと、
「死ねぇぇぇぇええ!!」
その姿は一見すると口から怪光線とかを吐きそうな雰囲気であるが、その舌の上には一粒の小さな種が乗っかっていて、絶叫と共に舌の上に乗せられた小さな種に強大な魔力が注がれる。
どうやら彼は、自分の頭を苗床に例の巨木を呼び出すつもりのようだ。
あまりに突飛なエルフの青年の行動に、僕はプライドが過ぎてトチ狂ってしまったのかなんて思ってしまったのだが、
……幻覚と信じているのならこの選択もアリなのか。
僕はエルフの青年がいまの状況を幻覚の中だと信じていたと思い出す。
しかし、残念ながらここは幻覚世界ではなく現実世界。ディストピアとも違って死んだらそこでお終いなのだ。
別に自爆する相手を助ける義理はないのだが、勘違いされたままで死なれても後味が悪い。
僕は開きっぱなしだった魔法窓を素早く操作、暴走をしようとする青年の周囲に無数の光の盾を呼び出していく。
「これは、聖なる盾――だというのか。しかも無詠唱でか、貴様のような小僧が何故それ程までの魔法を――」
というか、その状態でどうやって喋っているんだろう。
喋りながらも口から植物を吐き出し続けるエルフの青年の姿にそんなツッコミが脳裏を過るけど、
さすがに今はツッコミを入れている状況じゃないか。
思い直して、
「これは僕の魔法じゃありませんよ。この世界に張り巡らされる防衛システムの一つです。因みに監修は魔王様ですよ」
「忌み子が聖なる魔法を使うだとっ!!そんな馬鹿なことがある訳がないだろう」
その絶叫はもはや慟哭だった。
自分がおかれるこの状況を幻覚だと信じているにも関わらず、それでも魔王様が光の魔法を使えるという事実は許せない。
「頭の固い人には実際に見せるしかないでしょうね。魔王様お願いします」
溢れる植物にメキメキと嫌な音を立て始めた光の盾を前に、僕がしたお願いを聞いた魔王様は首肯する。
そして、発動させたその魔法は――、
「〈争いの無い世界〉」
瞬間、魔王様から神々しいまでの光が放たれ、周囲を優しく包み込む。
これは、一定範囲内に存在する害意を、害意が宿る物質を、光に分解するという魔王様オリジナルの光魔法。
捨てられた森で得た友達が傷つかないように――、
襲いくる敵が無用に命を散らさぬように――、
そんな優しい魔王様を心根を元に創られた最上位の光魔法。
本来、この規模の魔法を使うには、膨大な呪文、もしくは巨大な魔法陣が必要な大魔法になるのだろう。
しかし、魔王様はそれを脳内のイメージだけでやってのける。
その領域に達するまでにどれ程の敵を退けてきたのか。
その領域に達するまでにどれ程の敵を救ってきたのか。
光が収まった後に残ったのは、変わらない僕達と、世界樹の種に魔力を吸われてしまったか、すっかり老け込んでしまったエルフの青年だけだった。
「これでわかったでしょう。聖や邪なんても概念は人間が生み出したそれでしかないことを――」
語りかけるように話しかけるも、それに対する返事はない。
エルフの青年は現実が受け入れられないとばかりに、ただ何かを呟くだけだった。
そして、茫然自失に陥ってしまったエルフの青年とはまた別に、マリィさんは同じ魔導師として魔王様が使った魔法がどれだけ高度なものなのか理解できたのだろう。
「す、凄まじい魔法でしたわね」
「そう?ただピカって光っただけなんじゃないの」
かたや魔法初心者である義姉さんには〈争いの無い世界〉の高度さを理解できなかったみたいだ。驚愕するマリィさんの横でもっちゃもっちゃとベーコンレタスサンドを食べていた。
そして、ごっくん。口の中のものを飲み込むと、路傍の石を見下ろすようにして、
「んで、このデュラハンエルフはどうするのよ」
「自業自得だから罰は免れられないんですけど――」
義姉さんの声に応えながらふと思い付く。
「そうですよ。デュラハンですよ」
「デュラハンがどうしたってのよ」
急な大声に驚く義姉さん達に、カクカクシカジカ。まさにいま閃いたばかりのアイデアを伝えると、
「へぇ、それはなかなか面白そうね」
義姉さんがいつもの笑顔を浮かべて、
「どうせなら素晴らしいものを作るべきなのではありませんの」
マリィさんが自分の趣味を全開にする。
『そういうことならいい素材があるんだけど』
そして、さりげなくこちらの様子を気にしてくれていたのか、魔法窓越しにソニアからの通信が入ると、そこからの仕事は早かった。
エルフの青年が我を失っている内にと、ソニアが突貫工事で作ってくれた装備品がベル君の口を経由して送られてきて、それを魔王様やマリィさんに手伝ってもらって加工を施すと準備は完了。
後はエルフの青年を正気に戻して元の世界に送り返すだけだ。
僕達はブツブツと何かを呟く不気味なオブジェと化してしまった生首と、M字開脚縛りで放置プレイ状態にある体を回収するとゲートまで移動。
「起きて下さい。起きて下さい」
「……ん、ああ、私はどうしたんだ?」
ゆらゆらと頭を揺らす僕に、エルフの青年は寝ぼけたようにしながらも現実へと帰ってくる。
「魔王様の魔法で気絶してたんですよ」
そして、『魔王様』という言葉を聞き、思い出したかのように覚醒したエルフの青年が纏う魔力を戦闘態勢に移行させるのだが、
「何度やったってアナタでは勝てませんよ。 と、それよりも、今は自分の心配をするのが先じゃないですか」
「何だと!! …………貴様等、何をしたっ!!」
僕の指摘にようやく自分が置かれた状況に気付いたのか、一瞬の間を挟んで金属質を伴った声で聞いてくる。
僕はそんなエルフの青年の声に答えるべく、魔王様が魔法で出してくれた水鏡の前に立ってみせる。
すると、そこには、自分で弟の名を名乗っておきながら、部下には本名で呼ばせている残念な兄が被っていたようなフルフェイスのヘルメットが映っていて、
「もしや呪いの鉄仮面か」
「別に何の変哲もないヘルメットですよ。ただ、ちょっと首の部分が溶接されていますけどね」
それにどんな意味があるのかわからない。頭上に疑問符を浮かべるエルフの青年を反応を気にせず、僕は彼にすべき説明を続ける。
「さて、ここでネタバラシなんですけど。僕の持つ黒いナイフには物質を分割するという能力が備わっているんですけど、分割された状態からの解除方法は意外と簡単で、切断面をピッタリ合わせて数秒固定するだけで元に戻るんですよ」
これは、別に分割された対象が手足が逆だったり、全く別の場所にくっつけてしまわないようにという配慮があるという訳ではなく、もともとこの空切を機能させる魔法式に組み込まれていた制約のようなものらしい。
作ったソニア自身も計算外の領域なので僕も詳しい説明できないところではあるが、いま、その説明は関係ない。
「貴様、待て、という事はもしや――」
おっと、その反応からして気付いたみたいだね。
「大丈夫ですよ。このヘルメットを破壊すればきちんとくっつくようになっていますから」
あくまでヘルメットを破壊出来ればの話であるが……、
「頑張ってください」
一通りの説明を終えた僕は、当然納得がいかないのだろう。口汚く罵ってくるヘルメットをひょいと持ち上げ、ふわりゲートの中心へと放り投げる。
屑は屑籠に――、マナーの悪いお客様には自分の世界にお帰り願うのだ。
少々乱暴なご退店のお願いになってしまったけれど、一緒にゲートに持って入って自分の世界に帰ってしまうのは面倒だからね。
それに、この鉄仮面はエルフご自慢のミスリルで出来ている上にアダマンタイトコーティングがされていて、内部にはヘルメットに使われるようなクッション材が敷き詰められているみたいだから、多少乱暴に扱ってもなんの問題無いハズだ。
「さて、後はと――、体がなくて困っているでしょうからこちらもさっさと元の世界に帰してあげましょうか」
と、M字開脚縛りを解かれた体をエスコートする僕の後ろ、
「虎助って怒らせると怖いんですのよね」
「そうなのよね。ある意味であの女よりも怖いから、せいぜい怒らせないように気を付けるべきね」
マリィさんと義姉さんがこんなことを言っていたけど、友人を傷つけられて怒るのは当然じゃないだろうか。
どうやら僕の味方は魔王様だけらしい。
エルフの青年の背中を押す僕を見て魔王様が柔らかな微笑みを口元に浮かべていた。
◆
俺の名を言ってみろ→ジ○ギ様!!
◆魔法解説
〈争いの無い世界〉……発せられる光によって攻撃性を持つ運動・魔素・物質を光に分解する魔法。それによって発生したエネルギーは大地に吸収・還元される。
〈水鏡の盾〉……水と光の属性を秘めた合成魔法。魔法によって鏡のような盾を生み出し、下位の魔法現象を弾き返すカウンターマジック。鏡としても使用可能。
◆マジックアイテム解説(魔具との違いはアイテムそのものが魔法式の効果によって動いている点)
〈マジックロープ元春SP〉……元春が持ち込んだ有害図書(?)をエレインが回収。その書物の内容がゴーレムネットワークを通じて工房のエレインに渡り作成されたマジックロープ。
もともと術者が込めたイメージ通りに動くマジックロープに幾つかのデータを加えて作成された作品。
これにより簡単な命令で捕獲から軽い拷問までを熟すスペシャルロープに変貌した。
今回の一件で魔法式に加えられたデータに調整が加えられ、縛り方の名前を唱えるだけでその縛りを再現するロープに生まれ変わった。因みに縛りの種類は48種類ある。




