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タラチネミルク

 それはある日の放課後のことだった。

 僕が店番をしていると、カウンターの奥で、魔王様とソーシャルゲームのイベントクエストを周回していた元春が、なんの気無しにマリィさんを見詰め。


「なんか最近、マリィちゃんのおっぱいが育ってね」


 はい、アウト――、

 と、のっけから元春が「ぶひぃ」と焼豚にされるのは、いつもの光景といえば光景なのだが、ここで同じくゲームに参加していた玲さんがマリィさんの体をじっと見て。


「まったく――と、どういたしましたの。玲」


「うーん、本当に育ってないかって思ってさ。

 虎助はどう思う?」


 なんでそこで僕に振るんです?

 正直、物凄く答えづらい質問なんですけど。

 ただ、元春とはまた別の意味で真剣な玲さんの雰囲気から、なにも答えないわけにはいかないようだ。

 僕はマリィさんの反応を慎重に探りつつも、ここは無難な回答をと――、


「成長期なのでは?」


 マリィさんは僕達と同年代。

 だから、いまだ大きくなっていても別に変なことではないのではないかと、無難な答えを返してみたのだが、それは玲さんが望んだ答えではなかったようだ。

 玲さんが残念そうに首を左右に振る中、「そういうことじゃねーんだよ」と勢いよく起き上がってきた元春が『ビシィ――』と妙なポーズを決めたかと思いきや。


「ちなみに、ホルモンの関係でおっぱいは二十歳くらいまで成長するってよ。

 だもんで、玲っちは残念だけど手遅れだな」


「なっ、でも、わたしはまだ十九だし。

 てゆうか、なんであんたそんなに詳しいの。おかしいじゃない」


 打撃系のレーザーが元春を襲う。

 しかし、レーザーを受けた元春は「ふっ、常識の範囲内さ」とフラつきながらも倒れることなく踏み止まり、たった数ミリの前髪を掻き上げるような仕草をしてみせると、玲さんからの問いかけに応えるでもなく。


「だけど、人によっては十八くらい止まるらしいぜ」


 ウィンク。


「そもその玲っちの場合、身長が――、

 てか、いつ止まったん?」


 その質問を言い終わるが早いか、玲さんの手元に精魔接続の魔法陣が展開され、クロッケとのパスを繋いだミニマムな指先から十数もの光線が放たれる。


 と、そんなレーザーの乱打に、今度こそ元春がボロ雑巾のようになったところで、玲も少しは気が晴れたのだろうか、軽く息を乱しつつもマリィさんの肩を掴み。


「なにかした?」


「なにかしたと言われましても――」


 その真剣な問いかけに、僕や元春がいる手前、少し恥ずかしそうにするマリィさん。

 しかし、玲さんの気迫に押されてか、『なにか心当たりは――』と考え始めたところで、こんな状況でもマイペースにゲームを続けていた魔王様がポツリと一言。


「……タラチネミルク」


「タラチネミルクって例のアレよね」


 これに玲さんがギョロンと奇っ怪な視線を魔王様に向けて、魔王様はプレイしていたゲームを一時停止(ポーズ)


「……大きくなった?」


 自分の胸を見せるように体を少し反らしてそう言うと、それに元春が「マオっち、成長してる?」と涙ながらに僕の肩を叩いて大興奮。

 これに玲さんがぐりんと僕の方へと振り返り。


「虎助ぇ――、タラチネミルクは残ってる?」


「残ってますけど、本当に効果があるんですか?」


「いいから持ってきなさい。お金なら、後でいくらでも払うから」


 魔王様はたまたま大きくなっただけなんじゃ?

 そんな僕の言葉を遮るように、玲さんがいかにもなお嬢様ムーブでタラチネミルクを要求。

 そのあまりの勢いに僕はすぐに工房のエレイン君に連絡して、タラチネミルクが保存されている魔法のミルク缶を持ってきてもらうと、玲さんはかけつけ三杯、ジョッキになみなみと注いだタラチネミルクを飲み干し。


「あんまり飲むとお腹を壊しますよ」


「飲まなきゃ、飲まなきゃ、飲まなきゃ――」


 さすがにこれ以上は飲みすぎだと、控えめにオーダーストップを進める僕だったが、玲さんはホラーじみた様子で『おかわり』を迫ってきて、

 と、そんな玲さんの様子に僕は『これは言っても聞かなそうだな』と説得の方法を変えて、


「だったら、タラチネミルクを使って何か作りましょうか」


 そんな提案してみると、これに元春がまた「おっぱいアイスか」と訳のわからないことを言い出し、マリィさんが「シチューですの」と嬉しそうな顔で手を合わせるのだが、


 ふつうにシチューを作っても状況は変わらないから――、


 僕はマリィさんのコメントにヒントをもらいならがも。


「今日はタラチネミルクを使ったクリームパスタとかどうです」


「それ、早く、作って」


 すると、それに玲さんは言語中枢が怪しくなっているみたいだけど、意識の方はしっかりあるのかな?

 鬼のような形相の玲さんに背中を押されるように僕はキッチンへ。


 ちなみに、今回作ろうとしているクリームパスタは、ついこの間作ったシチューと作り方はそう変わらない。

 ただ、今回は玲さんのリクエストからミルク多めに、とろみの少ないスープに仕上げてと、そんなスープ作りの一方で、ベル君とアクアとオニキスに麺を茹でてもらう。


 麺は先日手に入れたばかりのウィスクムの蔓。

 生のままで残してあったそれを適当な太さに裂き、少し固めに茹てもらう。


 そうして茹で上がった麺を僕が作るスープの中に直接入れて、しばらく味をなじませるようにさっと煮込み。


「出来ましたよ。みなさんはどうします?」


「少々いただけますか」


「……味見」


 現在時刻は午後五時前――、

 マリィさんと魔王様のお二人は、ここであまり食べ過ぎると夕飯に響くからとマグカップに半分くらいの量を用意。


「俺は――、

 もしかしたら別のとこが大きくなるかもだから、いっぱいくれ」


 さすがにそれは無いんじゃないかと思いつつも、ここでごねられても面倒だから、元春の分も少し大きな皿に盛る。


 ちなみに、この元春のセクハラ発言ついては、みんなの注意がクリームパスタに向いていた為、気づかれなかったみたいだ。

 運が良かったね。


 さて、そんなこんなでクリームパスタをいただくのだが。


「どうですか?」


「美味しいですの」


「……ん」


「ふつーにウメーな」


「大した味付けはしてないんだけどね」


 味付けは顆粒コンソメと塩コショウを少々だけで、後は素材そのものの味である。

 しかし、素材そのものの味が良かったのかクリームパスタは好評で、

 特に玲さんが――、

 まあ、これは単にタラチネミルクから栄養をたくさん摂りたいだなのかもしれないけど。


「虎助、おかわり」


「ありますけど、これ以上は食べない方が――」


 すでに牛乳をお腹がタプンタプンになるくらい飲んで、さらにクリームパスタを食べたとなれば体《お腹》を壊しかねないと、僕が玲さんが突き出した皿を困った顔でどうしようか迷っていたところ、ここでナプキンで口を拭いたマリィさんが、なにか決心したような顔で玲さんを見て、


「玲、お話があります」


「なに」


 玲さんの反応は不機嫌というよりも関心が無いといったものだろうか。


「実はタラチネを倒した時にとある権能を手に入れたのです。

 その名も〈豊乳〉。効果は栄養を胸に蓄えることです」


 お腹ポッコリで若干顔色の悪かった玲さんの目が大きく開く。

 そして、先ほどまでの無関心から一転、血走った目で、


「つまり栄養がお胸にいっちゃう体質になるってこと?」


「どうなのでしょう」


 縋り付いてくる玲さんにマリィさんの視線が僕に向けられるが、これは答えられないというのが正解だ。

 しかし、玲さんからしてみたら、たとえそれが曖昧な情報だったとしても、それは天啓ともなりえる情報だったようで。


「虎助、タラチネの――、タラチネのディストピアは作れないの」


 タプタプのお腹を抱え、玲さんが苦しそうに僕に迫ってくるくるとほぼ同時、この男がまた空気を読まずに。


「しっかし、〈豊乳〉とかそんな実績もあるんだな。

 ま、〈もち肌〉だった俺が言うことじゃないかもだけど」


「元春、いまなんと言いました?」


「俺の権能のことっすか、〈もち肌〉っすよ」


 と、この元春の発言にマリィさんは黙り込み。


「元春――、

 貴方、場合によってはトワに殺される可能性もありますわよ」


「い――やいやいやいや、なんでっすか」


「トワはあれで美容にこだわっていますの。そのトワが元春の実績のことを知ったら、考えるだけでも恐ろしい」


 慌てる元春に寒気でも感じたのか、自分を抱きしめるようにするマリィさん。

 僕からしてみると、トワさんは今のままでも十分お綺麗だと思うのだが、それでも女性としては気になることがあるようだ。

 と、そんな元春とマリィさんの会話の一方、顔色の悪い玲さんが僕に掴みかかり。


「で、虎助、タラチネのディストピアはあるの?」


 うん、玲さんもすっかりこちら側の住人だね。

 周りの声など聞こえないとばかりに詰め寄ってくる玲さんに僕は、


「一応は仕上がってますよ」


 普段なら面倒だと、有用なものを除いて後回しにされがちなディストピア作りだが、今回ソニアはそれをすぐにディストピアとして加工してくれていた。

 更にテストプレイも大体完了していて、


「じゃ、すぐに準備して、いまから入るから」


「ご用意するのは構いませんけど、さすがに少し休まれた方がいいんじゃないですか」


 僕がお腹を指差し、明らかに戦えるような状態ではないことを指摘すると。


「なんのこと?」


「あのポッコリお腹が引っ込んでる、だと!?」


 元春、雰囲気を出してくれているところ悪いんだけど、それ、ただお腹を引っ込めただけだから。


「それに玲さん一人じゃキツいと思いますよ」


 相手は巨獣にして神の供物であるタラチネである。

 いまの玲さんじゃ一人で挑んだところで返り討ちに合うだけじゃないか。


「駄目、それじゃ、いい実績が取れないじゃない。

 ここは厳しくいくべきでしょ」


「ですが――」


「勝算はあるから。

 アンタ達、そのタラチネってヤツを槍みたいなのをぶっ刺して倒したんでしょ。

 だったらわたしの〈光杭(シャイニングピアス)〉もよく効くハズじゃない。

 だから、最初からクロッケと合体して全力でいけば、なんとか倒せるんじゃないかって思って」


 成程、場所がこのアヴァロン=エラであること、あの白いレーザーのような乳閃に気をつけて、常に距離を保てば勝てる可能性は僅かながらに有りはするか。

 ただ、相手は一応、巨獣にカテゴライズされてもおかしくない魔法生物である。


「倒すためにも万全の体制を整えませんと」


「……仕方ないわね」


 ここまでいえば落ち着いてくれたかな。

 玲さんはタプンタプンになったお腹を休めるように、机に体をあずけるのだった。



 ◆おまけ


 それは玲さんがタラチネショックから立ち直った後、和室でのまったりとした時間に出た話題だった。


「今さらだけど神の供物ってなんなん?」


「龍種なんかを除いて、倒すのが難しくて希少な食材を入手できる魔獣のことだね」


 だから、世界によっては神の供物と呼ばれない魔獣もある訳で。


「龍種がハブられてんのは?」


 ハブられてるって言い方は気になるけど。


「龍種ってだけで一段上に見られてるから」


 基本的に魔素が多く含まれている食材は美味しい傾向にある。

 だから龍種の場合、無条件で美味しいお肉が取れたりするので、あえて神の供物と呼ばれないことが殆どらしく。


「要はそこそこの強さで美味い魔獣とかそんな感じ」


「いや、そこそこっていうのはどうなのさ」


 実際、タラチネの前に戦ったベヒーモは下手をすると龍種よりも強い相手になるだろう。


「けどよ、タラチネとか微妙じゃなかったか」


「タラチネは搾乳機を使ったし、普通に戦ったらもっと強かったと思うよ」


「ああ、言われてみるとそうかもな」


 元春自身は全くのノーダメージだったが、もしもブラットデアがなければ、もしもアクアの防御がなかったら、元春はやられていたのではないだろうか……いや、【G】の効果でしぶとく生き残るか。


「それにタラチネの場合、食材を確保する難度もあるから」


「たしかに、倒すだけならマリィちゃんの一発で済んでたよな」


 そうなのだ、こちらの戦力を考えると、ただ倒すだけならタラチネはそこまで難しい相手ではなかった。

 ただ、ミルクを美味しい状態で確保するのが難しく。


「特殊なんちゃら食材って感じか」


「微妙に問題発言だけど、まあ、そんな感じだね」

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