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●緊急対応

「こっちこっち」


 国立競技場の前、

 大型バスから降りてきた警察の特殊部隊を呼び寄せるのは黒装束を身に纏ったイズナである。


「教官、今日はどのようなことを?」


「お馬鹿さん達がやらかしちゃったから、訓練がてらその始末を手伝ってもらおうと思って」


「随分な物言いだな」


 自分達が呼び寄せられた理由を訊ねる川西とイズナの会話に割り込みをかけたのは、背中に大きな刀を担いだ女学生を筆頭に、数人の側仕えを連れた老人だった。

 ただ、イズナからしてみると、いま話した内容は間違っているものではなく。


「あら、なにか間違っていましたか?」


 そう言われてしまえば老人としても黙るしかない。

 なにしろ、いまや彼等の側がイズナに助けを求める立場なのだから。

 老人はしばらく恨みがましい視線を続けるも、イズナの眼力に負けたのか、苦々しげな表情を隠すことなく、側仕えと共に「お頼み申す」と頭を下げる。

 と、そんな老人の対応に満足したのか、イズナは気を取り直すように手を叩き、「行くわよ」と川西達を連れて歩き出す。


 そうして、老人たちから離れたところで、川西が身をかがめて訊ねるのは、老人達のその素性――


「教官、あの方々は?」


「今回の依頼人。

 一応は皇宮警察のトップってことになるのかしら」


「皇宮警察ですか」


 皇宮警察といえば警察の中でも特殊な立場である。

 そんな組織の人間がどうして新設されたばかりの自分達に依頼を出してくるのかと、戸惑いをおぼえる川西にイズナは軽く微笑み。


「心配しないで、あの人達のそれはあくまで語りだから」


「語り、というと?」


「そのままの意味よ。自分達の身の程もわきまえず、皇室の名を借りる残念な人達なの」


「いまの発言は聞き捨てならないな。我々のどこが残念なのだ」


 と、イズナが川西達と話していたところに、割り込みをかけてきたのは、数名の共を連れたスーツ姿の馬面男だった。

 それにイズナが、白けるような、冷たいような、横目を向けながら。


「組織の一隊が壊滅した状況でも、そんな風にしていられるところかしら」


「いま精鋭を集めている。おまえ達はそこで現実を知ることになる。それまで大人しく待っていろ」


「十二人のトップの内、一人が死に、二人がが大怪我、更に二人が現場で動けない。そんな組織の精鋭を集めてどんな現実をみせてくれるのかしら」


 イズナに言い返され、こめかみに青筋を浮かべる馬面男。

 しかし、現実的な数字をあげられてしまえば、その反論も薄っぺらいものにしか聞こえない。

 結局、男はそれ以上なにも言い返すことが出来ずに、その場を去ろうとするのだが、振り返った先には巌のような肉体を持つ老人、加藤の姿があって――、


「おっと、危ないぞ」


「邪魔だ」


 文句を言いつつも、逆に道を譲る格好になってしまったのは、馬面男と加藤、互いの体格差が影響したからだろう。


「なにかあったかの」


「さて、本当に何がしたかったんでしょう」


「敵情視察というものではないか」


 去りゆく後ろ姿を見送る加藤。

 そんな加藤の言葉にイズナは頭を振って。


「それより加藤さん。現場の様子はどうでした」


「やってやれないこともなさそうじゃ。

 ただ、相手は神と名がつくものだからの。甘くみん方がええじゃろ」


「やはり虎助の案が無難ですか」


「そうじゃの」


 二人は川西達を引き連れ、観客席に登る階段下で待っていた加藤の弟子たちと合流。

 そのまま観客席へ向かうのだが、


「教官、そろそろ今回の任務の説明を――」


「そうね。どこから話したらいいのかしら」


 川西からの要請に悩むような仕草を見せるイズナ。

 それに加藤は目を眇め。


彼奴(あやつ)らがちょっかいをかけてきていることは先に話してあるのじゃろ。ならば今の状況だけ話せばよかろうて」


「そうですね」


 とはいっても、その構図はそれほど難しいものではない。

 単に最近のイズナが鍛える川西たち特殊部隊が成果を出し始めるのに、危機感をおぼえた彼等――皇宮警察の一部が暴走し、イズナに不躾な態度で接触をはかったことでお仕置きを食らい(わからせられ)、今後こういうことがないようにと結んだ魔法的な契約を破った結果が今回のことで、


「つまり我々は彼等が反故にした契約の結果現れた怪物を相手にすると」


「そうね」


「しかし、その契約というものは簡単に破れるものなのですか?」


「破る分なら簡単に破れるんでしょ。こうして私達が呼ばれるようなことが起きてるんだから」


 到着した観客席からグラウンドを見下ろすと、ちょうど向かいの壁際に、結界で守られた男女数人を睨みつける般若のような顔をした巨女の姿があり。


「あれが、その――」


「そ、鬼子母神」


「うわぁ、おっきいですね」


「前に戦った鬼より二回りはデカいんじゃないか」


「あんなのとまともにやりあえるのか」


 二階席まで届きそうな相手のサイズ感もあってか、驚きを隠せない隊員達。

 イズナはそんな隊員達の声を横に、川西の補佐をと止める大鈴から無線を受け取り。


「それは大丈夫よ。近接班には直接刃を合わせてもらうけど、牽制重視で倒そうとする必要はないし、他は銃を使って注意を引いてくれるだけでいいから」


「ということは、我々がその鬼子母神を気を引いている間に、教官達があそこの方々を救出ですか」


「いえ、今回はこれを使って契約をし直すの。

 そうじゃないとどこまでも追いかけられちゃうみたいだから」


 イズナが開いて見せるのは忍者などを題材にした作品でよく見かける巻物だった。

 それが、どんなものなのかは魔法をかじったばかりの川西達には理解することが出来ないが、イズナが自信を持って見せてくるものなのだから、それが今回のキーアイテムには間違いないだろうとそれぞれに納得。


「ということで、各員準備をはじめて」


 そして、いざ号令がかかればそこからは早かった。

 なにしろ、今しがた皇宮警察を名乗る一部の者達から、介入してくると予告されたばかりなのだ。

 たとえ、それがハッタリだったとしても、作戦の途中で邪魔が入れば上手くいくものもいかないと、まずは川西が銃撃部隊を編成、客席に各所に派遣。

 副隊長の大鈴が後方支援の手立てをまとめ、

 その一方で、イズナと加藤がそれぞれに八尾達に己の弟子と随伴を引き連れ、鬼子母神の背中を望む通路に移動し、無線を使って各班の配置を確認すると。


「じゃあ行くわよ。加藤さんが戦闘に入ったら、各自、自分の安全優先で援護を――」


『了解』


 時間を合わせて加藤を先頭にグラウンドに突入。

 と、それに気づいた鬼子母神が振り返り、そこに打ち込まれるのは加藤の飛剣。

 その斬撃が鬼子母神の胸を切り裂くも、さすがは神と呼ばれる存在か、鬼子母神はすぐにそのダメージを回復。

 返す(かいな)で先頭の加藤を叩き潰そうとするのだが、


「思ったよりも軽い攻撃じゃな」


 加藤は巨大ロボットサイズというのは言い過ぎか、自分の背丈と同じくらいある手の平をなんなく受け止め、これを好機と加藤の弟子と八尾達と加藤の弟子が一斉に鬼子母神へと襲いかかり、脛や脹脛を削り取る。

 すると、これに鬼子母神が反撃をしようと腰を捻るのだが、そこに撃ち込まれる銃弾の嵐。

 観客席の川西達だ。


 二階席とほぼ同じ位置にある頭に撃ち込まれた数十発の銃撃に鬼子母神の意識が上を向く。

 と、ここでイズナが鬼子母神の脇をすり抜け、その背後に展開される結界に迫ろうとするのだが、


「――」


 鬼子母神はそんなイズナに気づき一度上げかけた腕をそのまま下に、

 しかし、イズナには大盾を構えた特殊部隊員の梅田がついていた。

 そんな梅田がイズナを捕まえようとする鬼子母神の手をなんとかガード。

 そこに八尾と加藤の身内の一人、(たくむ)が斬り込んでいくのだが、


「ぐっ、引っかかっちまった」


 ここで八尾の刀が鬼子母神の硬いゴムのような皮膚に引っかかったしまったようだ。

 ポジショニングの不味さから八尾に行く手を塞がれたイズナの足が一瞬淀む。

 と、そこに鬼子母神が振り払った手が襲いかかるも、これに加藤が強引に体を割り込ませ、イズナに八尾、梅田と、三人を狙った鬼子母神の右腕を切断。

 ただ、このダメージもまたVTRの逆再生を見るように元通りになり。


「あれだけやってそく回復とか」


「ほれほれ、小僧ども止まっている暇はないぞ」


 そのままイズナを捕まえようとする鬼子母神。

 だが、その頃にはイズナが結界壊しの最終兵器であるマスターキーを使い結界に穴を開けており、己を捕まえんと迫る巨大な手の平を置き去りに結界内への侵入。


 そうして結界内に入ったイズナは顔見知りの小男を見つけると、すぐに用意してきた巻物を開いて、その契約書に血判を求めるのだが、件の小男は既に事切れているらしく。

 ここで小男の遺体を守ろうとしてか、

 いや、それよりも生きているもう一人の大男を守ろうとしてか。

 結界内の皇宮警察が結界内に侵入してきたイズナに戦闘態勢を取るのだが、イズナから「動くな」と圧をかけられれば反抗の余地はない。

 彼等が恐怖に身をすくめている間にイズナは小男の手を取り、素早く血判を押す。

 すると、いまのいままで結界越しにガンガンと聞こえていた打撃音が静まり。


「上手くいったみたいね」


 振り返ってみれば、そこには契約書を覗き込む鬼子母神の姿があって、

 鬼子母神はその感情の読み取れない双眸で新たに締結された契約内容を確認する為か。

 まずはイズナ、そして背後に控える皇宮警察のメンバーとじっくりと視線を這わせると、最後にもう一度、契約書に目を向け、すっと瞼を閉じて、空気に溶けるようにその姿を隠す。


 そうして周囲から鬼子母神のプレッシャーが消えたのを確認したイズナは半壊した結界をノック。


「もう安全だと思うからコレ解いちゃってくれない」


「……」


 その解除を頼むも誰からの反応もなく。

 ならばと今度は声に魔力を乗せ。


「ねぇ、聞いてる?」


「ひっ、なんでしょう」


「これ、邪魔だから解いてくれる」


 こうなってしまっては、逆らえるものは誰もいない。

 結界内の数名が半分意識が飛んでいる男の体を揺らし声をかけると、しばらくして結界は光となって消えて、イズナがそのお返しとばかりに、意識を失った大男に腰のポーチから取り出した魔法薬を投げつける。

 すると、そこに鬼子母神と戦っていた加藤達が近づいてきて、


「思ったよりもあっさりした終わりじゃったの」


「ソニアちゃんが用意してくれたものですから」


 唯一の心配事は術者の死亡により、契約の更新が無事に行われるかいなかであったが、用意された契約書が一級品だったからか、滞りなく契約の更新ができたみたいだ。

 新しくなった契約書の内容を確認したイズナはそれを巻き取り。


「さて、面倒な輩が来る前に撤収しましょうか」


 スタジアムに入ったところで受けた忠告から、すぐに撤収に移ろうとするのだが、

 ここでタイミング悪く――、

 いや、もともと介入のタイミングを見計らっていたのだろう。

 根拠のない大言を吐いていた馬面男が部下らしき数人の男を連れて戻ってきたようだ。

 通用口から見えるグラウンドの様子から、事態が既に収拾したことを悟ったか、不機嫌さを隠すことなく、部下らしき男達を背後にズカズカとグラウンドに乗り込んでくると、


「勝手なことを」


 不用意にもイズナに絡んでいくのだが、


「私は頼まれた仕事をしただけよ」


「それをどうするつもりだ」


「依頼主に渡すに決まってるじゃない」


 イズナからしてみるとこの馬面男に特に思うところはないようだ。


「あと、変な気は起こさない方がいいわよ」


 今回のことに懲りている様子がない彼等に親切にも注意を入れるイズナに、男はなにを勘違いしたのか、


「貴様、なにを知っている」


 いかにもなにか企んでいますと自白しているような言葉を添えつつ、イズナを睨みつけ。


「何も知らないわよ。

 けど、その様子だとまた何かしでかしそうね」


「帰すわけにはいかなくなった」


 部下に目配せ、イズナ達を包囲ししようとするのだが、


「ふむ、これがお主等のやり方なのじゃな」


 そんな皇宮警察側の動きに、加藤がこんなこともあろうかと用意していた特殊な小手を装備。

 その弟子達が武器に手をかけると、先に動いたのは馬面男の部下だった。

 トランプのカードケースと銃が合体したような武器を抜いた次の瞬間、その中の一人の姿が忽然と消え去り。


「なっ」


 いったい何が起きたのか。

 驚いた馬面男が加藤を見ると、無骨な小手を装着したその手には、まるで象牙から切り出したようなクリーム色の刀身を持つ刀が握られており。


「安心しなさい。死んでないから」


 驚愕の一同に微笑みを浮かるイズナ。

 そして語られるのは、いま起きた現象の解説。


「加藤さんが持つ武器にはさっき私達が戦った鬼子母神とまではいかないまでも、それなりに強い()が封じられているらしいのね。

 それで、この剣で斬られた人間は幻影の中でその竜と戦うことになるんだけど」


「じゃが、心配せずともよい、あちらには死の概念がないからの。

勝てば出られる、ただそれだけじゃ」


 さて、この説明をどれだけの人間が理解できただろうか。

 相手側のみならず、八尾や工といった身内すらも動きを止める中、


「それで、他の者達も同様の意見じゃったな」


「ま――」


 馬面の男が口にしようとしたことは、言い訳か、交渉か――、

 しかし、そのたった一言を声に出す間にも彼の仲間は一人残らず消えてしまい。

 その恐怖に負けたか、慌てて逃げに転じようとする馬面男。

 しかし、イズナからは逃げられない。

 ひぃ――と悲鳴を上げて、走り出そうとしたその手はイズナにガッチリ掴まれてしまい。

 反射的に振り払おうとするも、


「本気で逃げようとするなら、自分の手を捨ててでも逃げるべきね」


 参考にならないアドバイスと共に視界がぐるんと回る。

 そして、空中に投げ出され、飛ばされた先で待ち構えていた加藤によって悪夢の世界にご案内。

 そんな光景に、加藤の弟子や八尾達、特殊部隊の人間がついていけないでいる一方、イズナは一仕事終えたとばかりに腰に手を当てて、


「じゃあ、これの扱い方を教えたいので、

 加藤さん。お願いします」


 貴賓席を見上げ、加藤から篭手と刀を受け取ると、目にも留まらぬ動きでダッシュ。

 貴賓室の少し豪華な椅子に『お手並拝見』とばかりに座っていた鋭い目つきの男の背後に回り込むと、その首を後ろから掴み、こうお願い(・・・)する。


「自分達の組織がこんなになってるのに暇なのかしらね。

 さっきから(・・・・・)ずっと私達を見ていたアナタ、七宝っていうあのお爺さんのところへ案内してくれるかしら、いろいろと報告したいことがあるから」

◆加藤の弟子はここではじめてディストピアの真実を知ります。

 それはそれはドン引きだったことでしょう。

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