エルフという種族4
さて、色々あった末にようやく下手人の身柄を確保した僕だったが、いざ、アヴァロン=エラに帰ろうとしたところで義姉さんから待ったがかかる。
「で、コイツを捕まえたアンタはどうするのかしら?もしかして私を置いてけぼりにして帰るとか言わないわよね」
「義姉さんがタダで逃してくれる訳がないでしょ」
足元で騒ぐエルフの青年を軽く足蹴に聞いてくる義姉さんに僕が肩を竦めて答えると、義姉さんは「わかってるじゃない」と言わんばかりの笑顔を浮かべてくるのだが、そこで一つ問題があがる。
「このディストピアから出るのはいいんですけど、脱出するだけでいいのか。それとも、フォレストワイバーンを倒して脱出した方がいいのか。どっちかにもよりますよね。因みに母さんはなんて言ってたの」
現在、義姉さんは修行と称してこのディストピアに閉じ込められている。それを決めた母さんの思惑を外してしまえば、今度は僕まで修行を食らう羽目になってしまいかねない。
その辺りを詳しくと義姉さんに聞いてみると。
「あの女は別に何にも言わなかったわね。ただ見本を見せるとか言って、ワイバーン?でいいのよね。あのドラゴンを瞬殺して、外に出てからまた放り込まれたから、そうしろってことなんじゃないの。無茶振りにもほどがあるわよね」
たしかにそれは無茶ぶり過ぎる。無茶振り過ぎるのだが、母さんならやりかねないと母さんをよく知る僕なんかは簡単に納得してしまうのだが、この場には、そんな母さんの行動を聞き逃せない人物が一人いた。生首状態になってしまったエルフの青年だ。
「待て、貴様――、ワイバーンを屠る人族だと、そんな人族が存在する筈ないだろう」
それがいるんですよね――と、母さんを知っている人なら普通に受け入れてしまう話なのだが、いくらそれを語ったところで、実際に母さんという規格外の存在を知らない彼を納得させるのは出来ないのだろう。そう思った僕は足元からの訴えを無視して義姉さんとの会話を進めることにする。
「因みに義姉さんはどうしようと思ってたんです?」
すると、当然のように足元からは「無視をするな」だの「話を聞けだの」と鬱陶しい金切り声が聞こえてくるけど、義姉さんも口煩い彼の声に耳を傾ける気は無いらしく、ゲシッと頭を踏みつけて強制的に口を閉じさせると、
「そりゃ普通に逃げるの一択じゃないの――」
と、そこまで言ったところでふと気付いたのだろう。
「ちょ、ちょっと待って、虎助、アンタ、もしかして、あのワイバーンを倒せるとか言わないわよね?」
一転して驚いたような表情を浮かべる義姉さん。その反応を見るだけで、この世界の主であるフォレストワイバーンが義姉さんにとってどれだけ絶望的な存在であったのかということが見て取れるのだが、
「勝率はかなり低いけど、ここなら死に戻りができるから、何十回か挑戦すれば倒せると思うよ」
ディストピアは、死ぬと|この世界にやってきた状態で復活する仕様になっている。
その仕様を上手に利用したのなら、たとえ相手が龍種とはいえど勝って勝てない相手ではないのだ。
そして、勝てる可能性があるとなれば現金になるのが義姉さんという御人である。
「それで、ここのワイバーンをぶっ殺して取れる実績にはどんな効果があるのかしら」
まだ、勝ったという訳でもないというのに気が早い。僕は義姉さんの変わり身の早さに苦笑しながらも、ここで答えなかったら後が怖いと、思い付くままに義姉さんの質問に答えていく。
「たしかフォレストワイバーンを倒して貰える権能は、風属性への適合率が高くなるっていう〈風精親和〉に、全体的な移動能力が向上する〈立体機動〉、耐久力や生命力が上がる〈タフネス〉に、危機的状況になると全能力がアップする〈火事場〉。後は【龍殺し】共通の〈ドラゴンソウル〉や〈逆鱗〉とかいう権能があるって話だけど、こっちはレアで取得条件が厳しくなるからディストピアじゃほぼ絶望的かな」
というよりも、本物の龍殺しにならなければたぶん不可能だ。
簡単にではあるが説明を終えたところで、またタイミング悪くもこの人が割り込んでくる。
「貴様等ごときが龍に勝つだと――、本気で言っているのか。冗談も休み休みに言うのだな。龍種というのは我々エルブンナイツの手を持ってしても、大集団であたらなければ狩れない相手なのだぞ」
そのエルブンナイツとやらがどんな集団なのかは知らないけれど、彼の言う通り、ドラゴンという生物は通常――大人数のパーティを組んで倒すのが常識である。
そしてそれは龍種の中でも格段に耐久力の低いワイバーン種であっても変わらないという。
しかしながらディストピアにおいてはその戦法は使えないのだ。
いや、正確には使えないのではなく、使ってしまうと実績が得られる可能性が限りなく低くなってしまうのだ。
何しろディストピアで戦える生物は実態ではなくアストラル体、いわゆる残留思念とか幽霊とかそういう存在なのだから、討伐系の実績を得る為に不可欠な存在値のようなものが足りなくなってしまうのだ。
そして、何度でも蘇り、死亡のリスクが無いディストピア内での仕様上、多人数で攻略した場合、復活というアドバンテージにより功績が低く見積もられ、誰一人として実績を獲得できない場合がありえるのがこのディストピアという場所なのだ。
(逆に何度死んでも解放されないなんていうリスクも存在するのだが、それはそれとして)
だから、このディストピアで実績を得る為には、通常、ドラゴン退治では行われない少人数での討伐などといった縛りプレイのようなファクターが必要になってくるのだ。
地形を把握し、相手の情報を集め、作戦を立て、それに応じたアイテムを揃え、何度も挑むことによって相手を倒すといったそんな戦い方が求められるのだ。
「まあ、それでも勝つ確率は低くて、ほぼ運頼みになりますが、やってやれないことはないと思いますよ」
「勝てるのならなんでもいいわ。やられっぱなしってのは私の趣味じゃないし、私も【龍殺し】の実績ってヤツには興味があるからね」
本当に言ってることは凄く適当なのにとにかくすごい自信だよ。
いかにも義姉さんらしい物言いに、僕が「ははは――」と苦笑する。
「それで、どうするの?」
「えと、取り敢えずは僕が頑張って死んでからが本当の戦いになるのかな」
そして、早く――とばかりに言ってくる義姉さんに、僕が前置きとしてこれからの動き伝えるとだ。頼んでもいないのにエルフの青年が毎度の調子で割り込んでくる。
「フハハ、あまりの恐怖に気が狂ってしまっているようだな。いや、幻術の戯言だったか」
えと、さっきからこの人はなんなんだろう。無視されているって分かってるだろうにわざわざ会話に混ざろうとしてくるのは、もしかして構って欲しいのかな?
僕は、義姉さんに踏みつけられながらも高笑いを続ける金色の頭頂部に憐れみの視線を送りながらも、
まあ、いきなり死んでからなんて言い出したら、そう言われるのも仕方が無いか思いながらも、改めて、
「義姉さんも気付いていると思うんだけど、この世界で死ぬと持っていたアイテムが全部復活するんだよね。だから、自分が死ぬのを前提としてアイテムを惜しみなく使って弱らせてから、改めて全力攻撃をすればそれだけで優位に立てるんだけど、まあ、あんまりやり過ぎると実績が取れなくなっちゃうし、全員が敵をロストすると、その間に回復されちゃったりするんだけどね」
と、ちょっと長くなってしまった説明に頷いた義姉さんは、「成程――」と意味ありげに顎に手を添えたかと思いきや、顔を上げ。
「細かい作戦はアンタに任せるわ。とにかく、私はどうしたらいいのよ」
うん。これは僕の話を全く理解していない時の顔だね。
しかし、もう一週間以上もこのディストピアに閉じ込められているから、死に戻りのルールなんかには気付いていると思っていたけれど、普段から大雑把な義姉さんにそれを求めるのは酷というものか。
毎度の如く全て丸投げしてくる義姉さんに説明を諦めた僕は息を吐き。
「そういう訳だから、義姉さんはこのエルフの――、えと、なんでしたっけ?」
指示を出そうとしたその時、ふと、そういえばこの人の名前を聞いていなかったなと思い出すけど――、
「私の名を聞くか人族の小僧よ。しかし、幻覚に名乗るななど私は持っていないのだが、いや、もし、貴様がどうしてもと言うのなら――」
長くなりそうなので「あ、いいです」と断って、
「とにかく、義姉さんはこの首の人をお願いしますね」
「私を無視するな!!」
「黙りなさい」
叫ぶエルフの青年に義姉さんが魔弾を叩き込む。
使ったのはペインバレットだろうか。部屋の中央、無様な姿で転がされていた首無しの体がドッタンバッタンと大暴れする。
そんな様子を横目に僕は『義姉さんも十分容赦がないと思うんですけど』なんて思いながらも。
「じゃあ、この部屋から見える――そうだね。あの開けた場所にフォレストワイバーンを呼び寄せて戦うから、僕がやられたり、ワイバーンが弱ってきたなと思ったら、義姉さんもその首を持って参戦してくれるかな」
「オッケー、要はいい感じのところで『横殴り』しろってことでしょ」
僕は窓から見えるちょっとした広場を指差しながら、義姉さんにも理解できるようにと簡潔に纏めた作戦を告げると、義姉さんがネトゲ用語で切り返し、グッと親指を立ててくれたので、僕は一つ頷くと、窓に足をかけ、建物の外へと踊り出る。
そして、素早く広場に移動。相手が居なくては始まらないと、まだまだ大量にある魔獣の血液をその辺にぶち撒けフォレストワイバーンを呼び寄せることにする。
と、魔獣の血を撒いて一分と待たず、深緑の飛龍が広場上空に現れる。
僕はそんな龍の巨影を見上げて、
「開けた場所で空を飛ぶ敵と戦うなら、まずは翼を斬り落とすのが先決だよね――っと、危ないっ!!」
キラン。開口一番放たれたブレスを〈一点強化〉による横っ飛びで大きく回避。
ブレスの結果を待たずに襲い掛かってくるフォレストワイバーンの翼を切り裂こうとするのだが、生前の知性の大部分を失っているとはいえそこは龍種というべきだろう。こちらの攻撃の危険性を読み取り、強烈な羽ばたきでクイックターン。上空へと逃がれようとする。
だけど、ここで逃しては次に降りてくるのが何時になるのか分からない。
僕はアイテムを求めて腰のポーチに手を伸ばしながら、再びの〈一点強化〉で脚力を強化して大跳躍。とりあえず、翼の一部でも切り取れればとするのだが、
そんな僕の動きに対してフォレストワイバーンはサマーソルト。猛毒を持つ尻尾で跳ね上げようとしてくる。
だけど安易な物理攻撃は物質を空間ごと分割する空切の格好の餌食でしかない。
受け止めるように構える空切に鞭のようにしなる尻尾が打ちつけられる。
次瞬、水面を切り裂くかのようにフォレストワイバーンの尻尾が分割、遥か彼方へと跳ね飛んでいく。
だが、当の本人は自分の尻尾が分割されたことに気付いていないみたいだ。
単純に空間を分断するだけで僅かな痛みすらも与えない空切にありがちな反応だ。
どちらかといえば、どうして僕が跳ね飛ばされないのかに疑問を持ったみたいである。
感情の読み取れない金色の瞳で見つめてくるフォレストワイバーン。
しかし、それも僅かな時間だった。
フォレストワイバーンがカパッと大きな口を開いてブレスを放つ体制に入る。
対して僕はジャンプの途中ということもあって急な方向転換は難しい。
〈誘引〉の力を利用すれば、多少なりともジャンプの軌道を変えることができるが、首振り一つで角度調節できるブレスには多少の角度調節などあまり意味は無い。
ならばどうすればいい。
僕が腰のポーチから取り出したのは、中央に赤、その周りをエメラルドのような結晶体でコーティングしたような手のひらサイズの水晶玉。
これは風のディロックを外殻に、唐辛子の抽出物を内部に閉じ込めた新開発のディロックである。
僕はそのディロックに魔力を過剰供給することによって発動までの時間を短縮――投擲する。
と、およそ一秒――、
両手を目の前でクロス。防御態勢を取る僕の前方でディロックが炸裂する。
その効果により風の魔法が発動。ディロック内部に閉じ込められていた唐辛子成分が周囲に拡散する。
瞬間、鼓膜が破れんばかりの悲鳴が響き渡る。
そんなワイバーンの一方で僕は、ディロックの炸裂によって発生した赤い風に乗って一足先に地面に降り立つ。
直後、ズドン!!と爆裂魔法じみた落下音を立てて空に帰ろうとしていた巨体が墜落する。
苦しそうな叫び声をあげるワイバーンが目や鼻に付着した唐辛子成分を拭い取ろうと、両翼、そして、短い足をやたらめったら振り回す。
そんなフォレストワイバーンの有様に『もしかして、このまま倒せちゃうんじゃあ……』なんて思っていると、
「なんか凄いことになってるけど、アンタ――何したのよ?」
声に振り返ると、そこには、金髪を持ち手に生首を携えるバーバリアン――ではなく、義姉さんがいた。
どうも、フォレストワイバーンが落とされるのを見て自分の出番じゃないかとやって来たようだ。
「ちょっと計算違いがあって、牽制にって唐辛子爆弾を使ったらこんな風になっちゃって――」
そして、フォレストワイバーンがこうなってしまった経緯を知った義姉さんはニタリと悪魔じみた笑顔を浮かべてこんなことを聞いてくる。
「ねぇ虎助――、その唐辛子爆弾ってヤツまだ残ってる?」
「残ってるけど……」
「全部出しなさい」
嫌な予感しかしないなぁ――と思いながらも義姉さんに命令されては拒否できない。
ほどほどにしてあげてくださいよ。と、ポーチから幾つか唐辛子爆弾を差し出すと、後はご察しの通りだ。
フォレストワイバーンは義姉さんの手によって深緑のボディが真っ赤に染まるまで唐辛子玉を投げつけられ、たぶん今まで味わった事が無いだろう灼熱地獄を味わわされた後、涙も鼻水も出し尽くし、息も絶え絶え何の抵抗もできなくなったところで、炎のナイフを装備した義姉さんに首を刎ねられるという無残な最期を遂げることとなってしまった。
そんな地上最強の生物の情けない姿を見てしまった僕は『カプサイシンの量をもう少し減らした方がいいかもなあ――』と、光と消える緑飛龍の巨体に手を合わせながらも考えていた。
本当はあっさりとディストピアからの脱出を完了する予定だったのですが、虎助がディストピアの開発に関わっていることに加えて志保(義姉)の性格を考えたところ、こんな結末となりました。
正直、ガチでワイバーンと戦うと虎助といえど、かなり苦戦するハズです。
が、今回、虎助が普段から開発する非殺傷兵器を登場させようとしたらこんな結末になってしまいました。
思念体ではないワイバーンは知能も力も上なので同じ方法では倒せないと思います。




