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ウィスクム

 キャ――と、女の子のような悲鳴をあげて逆さ吊りになるのは元春だ。


「元春、大丈夫?」


「ああ――、

 でも、なんでここにマリィちゃんとかトワさんがいねーんだよ」


「いや、逆さまの状態でそんなことを言われても」


「こんな状況だからこそだろ」


「はいはい、とりあえず下ろすから、着地は自分でね」


 さて、この唐突な展開がなんなのかといえば、

 放課後、学校に帰ってきた僕達がアヴァロン=エラに転移した直後に魔獣とバッティング。

 元春がその餌食になってしまったというのがここまでの流れである。


 ちなみに、その相手というのが毛玉というか蔓の集合体のような魔獣。

 僕はそんな魔獣の魔の手から解体用ナイフを使って元春を救出。

 ゲートの警備をしてくれていたエレイン君のフォローもあって、少し不格好になってしまったものの、元春が怪我なく着地を決めたところで、


「逃げてもいいけど、戦うならブラットデアに着替えてね」


りょ(了解)


 元春ならてっきり逃げるものだと思っていたのだけれど、どうやら今回は参戦するみたいだ。

 僕とエレイン君が変幻自在に迫りくる蔓の攻撃を時に避け、時に受け止めてと囮になる中、元春がブラットデアに換装し、如意棒片手に戦い始めるのだが、

 どうやら、ウィスクムというらしいこの魔獣は、蔓や根っこを使って対象を絡め取り、体力などを奪うことに特化した魔獣のようで、その特性ゆえか、かつて戦ったエルフの守護神・ディタナンと同じような再生力を持っているようで、


「こっちの攻撃が全然効かないね」


「如意棒とか殆ど役に立ってねーんだけど」


 如意棒は打撃がメインの武器である。

 だから、今回のような相手には相性が悪いと元春も遅ればせながらに気付いたみたいだ。

 すぐに如意棒をしまい、羽を使えばいいのに気づいていないのかな。

 ブラットデアのパワーアシストの力で絡みついてくる蔓を引き千切る対応にシフト。

 ただ、そうして引き千切った蔓もすぐに再生してしまっているらしく。


 こうなると、まずは再生の供給源を断つところから始めないといけないか――、


 僕は手元にあった魔法窓(ウィンドウ)から、ゲート由来の結界を敵の足元に展開。

 ウィスクムが逃げられないようにとその周囲を取り囲んでみるのだが、


「ちょ虎助、なんか俺まで閉じ込められてんだけど」


「ゴメン。とりあえず相手を回復させないようにってやったら、そうなっちゃって」


「そういうのはやる前に言ってくれよ」


 これはこっちの落ち度だね。

 僕が素直に謝ると元春は「しゃーねーな」とまとわりついてくる蔓を引き裂きながらも、


「ところで相談なんだけどよ。

 この蔓、なんか鎧の隙間から入ってきて、あっ」


 気持ち悪い声を出し始めたので、僕はすっかり使い慣れた〈氷筍(アイスゲイザー)〉を結界内で発動。

 ウィスクムを串刺しにして、少しおとなしくなってもらおうとするのだが。


「えっぐ」


「植物系は生命力が強いから、油断は禁物だよ」


 ウィスクムは体を縦に貫かれながらも、そこまでのダメージにはなっていないようだ。

 なおも元春に絡みついていく極太の蔓に、僕は『これは氷筍が蔓の間を通り抜けているだけか』と、ゲート上空で監視任務に当たるドローン型ゴーレムのカリアに、ウィスクムの本体(?)があの蔓の塊のどこにあるのかを探すように指示を出しつつも、結界の一部を開放。

 元春に絡みついていた蔓を解体用のナイフで切り裂きながら、空いている方の手で元春の体を強引に結界内から引きずり出し、結界を再構築。

 今度こそウィスクムを隔離したところで、


「火で焼いちまった方がはえーんじゃね」


「ですわね」


「うをっ――と、マリィちゃんも来たのか」


 ごく自然に会話に加わってきたマリィさんに驚く元春。

 どうやら元春はマリィさんが応援に駆けつけて来てくれたことに、まったく気づいていなかったようである。


「それで、やってしまっても構いませんの」


「止めておきましょう。この魔獣の蔓が美味しい麺になるみたいですから」


「へっ、これって食えんの?」


「みたいだね」


 万屋のデータベースの情報によると、いま元春が手にするその蔓は美味しく食べられるらしく。

 できれば蔓を回収したいので、火による攻撃は控えてもらえるとありがたいと――、

 いや、そもそもからして、お客様であるマリィさんの手をわずらわせるのは良くないと――、

 マリィさんに手加減をお願いすると、マリィさんは百椀百手の格納庫から細剣を取り出し。


「では、そのように致しますの」


「お願いします」


「あーあ、俺もなんかいい感じの武器があったらな」


「じゃあ、元春はこれでマリィさんのフォローをお願い」


 これは完全にブラットデアの羽の存在を忘れているかな。

 というよりも、最初に使った時の失敗が後に引いているのかもしれないが、

 まあ、ここで下手に周りに被害を出されても困るということで、

 僕は愚痴る元春に巨獣用の解体包丁を渡したところで、結界の一部を再開放。

 檻のようになった結界の隙間から飛び出してきた蔓を三人それぞれに刈り取っていくのだが。


「なあアイツ、なんか隙間から出ようとしてね」


「そうだね」


 蔓を切られ、足元を結界に覆われたことで再生能力もそろそろ打ち止めか。

 僕は体が一回り小さくなったウィスクムが結界の隙間を通り抜けようと体をねじ込ませるのを目に、


「元春、倒せるなら倒しちゃっていいよ」


 実績の獲得の関係から、ここは元春に止めを指してもらうのがいいんじゃないかと、そう提案してみると、元春は少し戸惑いながらも。


「俺がやっちゃっていいんか、

 てか、どうすりゃいいん?」


「カリアの分析によると蔓の中心に本体があるみたいだから、真ん中を狙って一刀両断するつもりで振り切れば、たぶん倒せるから」


「どうしてもというのなら(わたくし)が代わりますの」


 ドローンゴーレムのカリアによる観測により、この蔓にまみれたウィスクムの本体がどこにあるのかのアタリは既に付けている。

 だから、後はその指示通りにとどめを刺してもらうだけだと、ここでマリィさんが察しよく元春のお尻を叩いてくれて、

 元春も覚悟が決まったか、大振りな解体包丁を正眼に構えると、


「ヤバかったら助けてくれよ」


「任せて」


 たとえ元春がウィスクムの蔓に絡め取られたとしても、ブラットデアの防御力なら、巻き込むつもりでディロックを投げ込めばいい。

 僕は武器を持っていない手に魔力をためるマリィさんを横目に結界の操作をする魔法窓(ウィンドウ)に手を伸ばし。


「じゃあ、3・2・1で結界を全部解くから」


「応っ」


 ゼロの声と同時に歯抜け状態だった結界を解除。

 すると最後の抵抗か、結界の檻から抜け出そうとしていたウィスクムが伸ばしていた蔓を振り回す。

 それに元春が今日一番の集中力で反応。

 解体包丁を無茶苦茶に振り回しながらも、ウィスクムに突撃をかけ、一気に本体に刃が届くという距離まで近づいたところで力任せの回転斬り。

 そして、ジャイアントスイングをするように、二回転、三回転、四回転とウィスクムに向けて大太刀のような解体包丁を叩き込むと、不意にガリッとクルミのような硬い何かが砕けたような音がして。


「やったか」


 いかにもフラグになりそうなセリフを口にしてしまう元春だったが、ウィスクムが復活するようなことはないようだ。

 伸びた蔓が力を失ったように地面に落ち、これで決着かな。


 僕が若干の警戒を残す中、元春は「倒した――」と諸手を挙げて地面に倒れ込み。


「で、コイツはなんだったん?

 なんか麺とか言ってたけど」


「ウィスクムって名前の魔獣で、マンドレイクの変種みたいなんだけど、蔓を好みの太さに割いて茹でるといろいろな食感の麺が楽しめみたいなんだよ」


「ファンタジー生物かよ」


 たしかにね。

 ただ、世界樹農園にいるマンドレイクの種類の多さを考えると、そういう植物があってもおかしくはなく。


「とりあえず食べてみよっか」


「だな」


「楽しみですの」


 わけのわからない食材にも即答とか――、

 マリィさんもそうだけど、元春もすっかり魔獣食に慣れてしまったか。

 いや、前からかな。


 僕は母さんのブートキャンプでの食事事情を思い出しながら二人を連れて万屋に戻り。

 確保してきた蔓でなにを作るかなんだけど、先ずはこの蔓がどんな食感なのかを確認しなければ始まらないと、回収してきた蔓をよく洗い、茹でてみることに。


 ちなみに、この蔓の調理方法はさけるチーズのように適当な太さに割いて茹でるだけでいいようで、とりあえず火の通りをよくするべく、適当に細く割いたところで沸かしておいたお湯に投入。

 一分ごとにその食感を確かめていくと、最初はシャキシャキとした食感だったものが五分ほどで柔らかくなり。


「スパゲッティに近い?」


「そうめん南瓜だっけか、俺はてっきりああいうもんだって想像してたんだけど、なんつったらいいのか、リアルアルデンテ?」


 たしかに、外側がもちっとしてるけど、中心にはしっかりと芯があるのは、まさにアルデンテ状態のスパゲッティだ。

 ただ、ここまでスパゲッティに似た食感となると、なにを作るのかは簡単だ。


「ナポリタンとかがいいのかな」


「……虎助のナポリタン。食べたい」


「ちょっと早いけど、夕飯代わりにはいいかな」


 ここで魔王様と玲さんが参戦。

 二人からのリクエストで手早く作ったナポリタンを小皿に取り分け、いざ実食。


「普通にうめーな」


「虎助のナポリタンはよく食べますが、今日のものは格別ですね」


 ちなみに、マリィさんが言うよく(・・)というのは、休みの日に簡単なものをと作るメニューにナポリタンがあるからで、


「残った蔓は工房で預かりたいと思いますが、何本かはそのまま持って帰ります?」


「そうですわね。シチューですので、それに合わせるのもいいのかもしれません」


 どうやら、今日のガルダシア城の夕食はタラチネミルクを使ったシチューのようだ。

 一方、魔王様のお宅は今晩カレーだとのことなので、スパゲッティサラダにしてはどうかと万屋印の瓶詰めマヨネーズを渡し。

 残りはデータベースの情報を頼りに、いろいろな方法で保存してみようということになったのだが。


「乾麺にもできんのかよ」


「みたいだね」


 適当な太さに割いてから干すと、麺が縮れてまた違った食感になるみたいだ。


「ラーメンみたいになんのかな」


 どうなんだろう。

 たしかに縮れ麺といいえばラーメンだけど、似たようなものはパスタにもないわけでもないんだけど。


「とりあえず、ラーメンスープも買っておいた方がいいかな」


「鶏ガラペーストで十分じゃね。自分で味変も出来るし」


「それもそっか」

 ◆補足説明


 ウィスクムの蔓……でんぷん質を多分に含んだ蔓。

 引き裂き、茹でることで麺として食すことが可能で、太さや調理方法などによって様々な食感を楽しむことが出来る。


 万屋印のマヨネーズ……マオの暮らす夜の森でメガブロイラーの放し飼いが行われるようになったことで作られるようになった新商品。

 保存性を高めるべく酢に薬草(ハーブ)が錬成されており、継続の解毒効果を持つ。

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