●遺跡の探索
『今日はよろしく』
「うん。よろしくね」
泉のほとりに建てられたログハウスの前――、
パキートと挨拶をするのはフレアの肩に乗る手の平サイズの蜘蛛型ゴーレムだ。
それは異界の魔女であるソニアが操るゴーレムである。
さて、このミニリーヒルとも呼ぶべき蜘蛛型ゴーレムは、本来ならアビーが操作を担当する予定であったのだが、彼女は今、暴食の魔導書を使ったアルケミックポットの設計で難しい部分に差し掛かっているらしく、今回はもともとゲートの研究がメインテーマのソニアが操縦し、遺跡内の様子は録画した映像で確認するようだ。
と、そんな諸事情からこの遺跡調査に参加することになったソニアとパキートの挨拶があったところで、一行はロゼッタ姫に見送られて森の拠点から出発。
多脚戦車のようなフォルムに変身したリーヒルに揺られること約二キロ――、
今回、調査する岩山の中腹にある遺跡に到着する。
「じゃあ、リーヒル。
周辺の守りは任せたよ」
「うむぅ、やはり我もついていった方が良いと思うのでありますが」
「そんなことを言いましてもリーヒル。
アナタが遺跡内部に入ったところで、護衛としてはあまり役に立たないではありませんか」
巨人専用急階段のような岩山を登り、人工的な遺跡の入り口でリーヒルの背中から降りたパキートのお願い。
そんなお願いに不満そうに体を揺らすリーヒルに、辛辣にも聞こえる言葉を投げつけるのはレニである。
ただ、レニのいうことも尤もで、遺跡内部の構造、そしてリーヒルの体の大きさを考えると、彼がついていったとしても護衛の役割を果たすのが難しいのはわかりきったことであり。
だからこそ今回、パキートの護衛にはレニがつき、リーヒルはあくまで移動手段兼荷物運びであると出発の前から決まっていたのだ。
ちなみに、ほぼ同じような理由から、エドガーとキングは拠点に残るロゼッタ姫とニナの守りについており。
リーヒルも『遺跡の入り口を守ることだって重要な役目だよ』というパキートの説得を聞き入れる形でその場に残り、一行は半分崩れた開口部から遺跡に中へ入っていく。
「それでどこから調べのだ」
『それはもう少し奥に言ってみないとわからないけど、基本的に入り口から近くの大部屋から伸びる脇道のどれかだね』
入り口を入ってすぐにかけられたフレアの問いに、ソニアの声に合わせて空中に投影されるのはこの遺跡の簡易地図。
その地図の一部が赤く色分けされたのを見て、パキートが「そうだね」と頷き。
「普段は足を運ぶことのない部屋ですね。ゲートを調べるのでは?」
『そっちはもう散々調べたから、今日は別のところを調べようと思うんだよ』
ソニアにしろパキートにしろ、転移ゲートの調査が第一と、ゲート周りの調査に関してはこれまで散々遠隔操作で調べてきている。
だから、今さらゲート周辺を調べたところで新しい発見を望むのは難しいと、今日はまだ調査の手があまり入っていない、ゲートに向かう道から外れた場所を調べることになっているのだ。
まあ、そこには魔獣の生態を調べたいアビーの要望も入っているらしいのだが――、
と、そんなことを話しながらも、一行は通路を進み、そろそろ一つ目の大広間が見えてくるといったところで、警戒の為、少し前を歩いていたメルとレニの二人から、それぞれ「止まって」「お待ち下さい」と小さくも鋭い警戒の声が飛ぶ。
「魔獣ですか?」
「特にそれらしき姿は見えないですが」
「天井を御覧ください」
レニの指摘に天井の一角を見上げると、そこには黒と黄色という警戒色の毛並みを持ったコウモリがびっしり張り付いており。
「痺れコウモリだな。
数匹程度なら物の数ではないのだが……」
「この数ともなりますと厄介ですね」
「魔法で処理を致しましょうか」
フレア、ポーリに続くレニの確認に、パキートは「うーん」と間延びした声の後、
「ここで暴れられてなにかあっても困るから、少しの間、出ていってもらうだけにしよう」
彼らしい理由を口にして、虚空に魔力で文字を並べて魔法を発動。
すると、その様子を通信越しに見ていたソニアが一言。
『テイム――じゃなくてオーダーかな』
「御名答、あんまり複雑なお願いはできないけど、ちょっとしたお願いならこっちの方が便利なんだよ」
『ふぅん、それなら魔法窓のメモ帳と予測変換を使えばできることが広がるじゃない』
「えっと?」
『ほら、メモリーカードから魔法式を発動させるのと一緒で、よく使うような単純なオーダーを魔法式として幾つかメモ帳に保存しておいて、状況に応じて組み替えて発動できるようにしておけばいいんだよ』
「魔法窓はそんな使い方も出来るんだね。今度試してみるよ」
それは子供向けのプログラミングアプリのようなものだろうか。
ソニアとパキート、二人の研究者がやり取りをするのを聞きながらも、一行は移動を始めた痺れコウモリを頭上に見送り、大広間から続く広い通路から外れるように脇道に入る。
そして、古ぼけた狭く簡素な通路を魔獣などの気配を伺いつつもしばらく歩き、やや開けたスペースに到着すると。
「さて、ここを拠点に調査を始めたいんだけど――」
「私達は警戒ですね」
「任されろ」
レニがパキートの側で護衛を――、
フレア達が警戒の為、このスペースから伸びる各通路に視線を向け。
『ボクは高い場所の調査をするよ』
「大丈夫なのかい?」
『この子にはそういう機能をつけてるからね』
ソニアが操るミニリーヒルがフレアの肩からジャンプ。
蜘蛛のような体で壁に張り付いてみせると、パキートがそれを横から下からと興味深げに観察。
「それは重力魔法を使っているのかな?」
『簡単な土魔法だよ。
科学と魔法を融合した技術で、具体的にはファンデルワールス力と土魔法を組み合わせかな』
「ファンデルワールス力?」
『トカゲが大理石の壁なんかに張り付いていられる理由がそれらしいよ』
簡単な説明をしながら、ソニアが通信の向こう、万屋の研究室からファンデルワールス力のデータを送り。
『でも、この機能、リーヒル君にも搭載しているんだけど』
「そうなのかい。そんなことができるなんて聞いていないけど」
「パキート様、リーヒルが気付いていないだけなのでは?」
思わぬ事実にキョトンとするパキートにレニが耳元でそう囁けば。
『そうなの。付属のインベントリに仕様書を入れておいたんだけど、
まあ、場所が場所だけにこの機能を使う機会がなかったってことかな』
「……今度、その仕様書を読むように言っておきます」
耳聡く、その言葉を聞きつけたソニアが独り言のように呟き、それにレニが目元に剣呑な色を宿す。
と、そんな脱線があったりしながらも調査は始まり。
ソニアとパキートがスキャンなど探査・鑑定系の魔法を併用しながら、枝分かれした通路とその先にあった小部屋を丹念に調べる一方で、その他の面々は周辺に警戒を向けながら、自分なりの方法で周囲を探索をしていく。
すると、三十分ほどして、ソニアが細く伸びた通路の奥まった箇所で、なにか新しい発見。
簡易通信で他のメンバーを集め。
『この通路の横に突き出た部分の天井が、一部、外れるようになってるみたい。
いま開けるから、離れたところで見てて』
レニやフレアなどがさりげなく周囲を警戒。
パキートがワクワクとした様子で見守る中、魔力を込めたゴーレムの足で行き止まりの壁の一部を叩いてみると、共に天井の一部が左右にわかれ。
『じゃあ進むから、みんなはモニターを見てて」
「ありがとう。こんなことならエドガーも連れてくるべきだったかな。
いや、家の方にも人を残さなきゃだし……」
人の手では探索がなかなか難しい天井に開いた入り口に、パキートが何事かを呟く中、ここからはソニア操るミニリーヒルの一人旅。
場所が足場のない天井裏というのも理由の一つなのだが、もしもトラップなどが仕掛けらていたりしていたら危ないと、ミニリーヒルが率先して屋根裏に消える一方、それ以外の面々は通路の一角に集まって、ソニアが開いた魔法窓から、天井裏の様子をモニターすることに。
ちなみに、先ほどまで家族の心配をしていたパキートも、モニター内の映像が動き出せば、こちらの方に齧り付きで、
「行き止まりのすぐ脇に資材置き場のようなものがあったから、特に気にもとめなかったけど、まさか天井にこんなスペースがあるとはね」
「通気孔かなにかでしょうか」
『それにしては入り口も広いし、上がった先のスペースもしっかりしてるから、もともとここに登る手段があったんじゃないかな』
「しかし、どうしてそれがなくなっているんでしょう。
遺跡内部の状態を鑑みるに、階段なりハシゴなりが残っていてもおかしくないと思うのですが」
ポーリの疑問にレニを除く一同が「う~ん」と考える中、ティマが何気なく。
「冒険者が持ち帰ったとか?」
「ハシゴをか?」
「うん。それが珍しい素材で作られてたら持ち帰る人がいるでしょ」
『もしくは、登る為のなにか魔導器が用意してあったとか』
「ふむ、それならありえるか」
例えば、現状この世界では殆ど精錬されていない軽銀などで階段やはしごが作られていたとしたら、もしくは足場だけ浮かぶような魔導器があったのなら、持ち去られることもあるのかもしれないと、ティマとソニアの考えにフレアも納得したように頷き。
『穴のサイズを考えると大きなものだったと思うし、場合によっては見つかるかもね』
「周辺の村々に聞き込みをかけようか」
「ならば俺達が行こう」
通路への昇降手段を探す役目にフレアが立候補。
『銀騎士を使うのは駄目なのかい?』
「あれはいまオールード公爵家にあるから」
『そういえば例の件で向こうに出張ってるんだっけ――、
と、なんかあるね』
と、本当にあるのかわからない昇降手段を誰が探しに行くのかを話している間にも、ソニアが操るミニリーヒルがなにかを見つけたみたいだ。
近付いてみると、それは水車を横倒しにしたような巨大な円盤で、その外周部分からは天井に続く幾筋ものラインが伸びており。
「これは――」「なんでしょう」
『待って、いま調べるから』
通信越しに聞こえたパキート達の声にソニアがそう言うと、モニター内に幾筋もの緑色の光線が奔り。
その円盤の周りを回りつつも解析を進めること数分――、
弾き出された結論は以下のようなものだった。
『ミスリルをメインに使った蓄魔装置のようなものだね。
装置中央部から地面に向かって伸びるのは杭かな?
こっちは地下を流れる魔力に接し、組み上げて各所に分配するような仕組みになってるみたいだけど、これは途中で寸断しているのかな。反応がまったくないね』
「前の遺跡にはなかった施設だね」
ちなみに、万屋のゲートの周りにストーンヘンジのようなものがあるように、パキートが数ヶ月前まで暮らしていた遺跡にはこれとは別の魔力供給装置が複数備わっており。
「どうして違うのかな?」
『立地条件に施設の規模、この遺跡にも別に魔力供給元があることを考えると、いろいろ仮説は立てられるんだけど――』
「元の遺跡がどんな規模だったのがわからないからね」
『とりあえず僕はもうちょっとこの装置を調べてみるから、その間、みんなは他を調べてて』
「わかった」




