鉱山亀アヴィンジット
日曜日――、
ザックザックと鈍い音がいくつも響くアヴァロン=エラの大地に降り立ったのは元春だ。
「おーっす――って来たけど、なにやってるん。
てか、ホントなにやってるん?」
「メッセージで送ったでしょ。採掘だよ」
「採掘って、それデッケー亀じゃん」
「鉱山亀って呼ばれてる巨獣なんだよ」
そう、現在僕達はゲート周りのストーンヘンジにギリギリ収まるくらいの巨大な亀、アヴィンジットの甲羅に乗って採掘を行っていた。
このアヴィンジットからは珍しい鉱石や宝石が取れるということで、どうせだからとすぐに駆けつけられそうな友人に連絡をしたのだが、ここまでにやって来てくれたのは正則君とセットのひよりちゃんだけで、そんな二人に遅れること二時間半、ようやく元春も来てくれたというのが現状である。
ちなみに、次郎君からはいつもの遠征で来られないというメッセージが届いていて、なんにしてもこうして駆けつけてくれたのだ。
うん、大声で叫ぶのが面倒臭いので、元春には早く登ってきてもらいたいのだが、どうも元春はこのアヴィンジットの巨体に圧倒されているようで、
「元春も登ってきなよ」
「登れっつったって、これ踏み潰されたりしねー?」
「大丈夫、いまは餌に夢中になってるみたいだし、アヴィンジットは人間と共生関係にあったりするから」
そう、現在アヴィンジットには、そのままゲートに居着かれては邪魔だと、世界樹の葉を餌に、ゲート近くの荒野に移動してもらっているのだ。
「共生ってなんだっけか?」
「ワニの口の中を掃除する鳥とか、そういうのあるじゃない」
「ああ、それな――」
ちなみに、万屋のデータベースにあった情報によると、アヴィンジットの背中の鉱脈は、自身の身を守る甲羅であると同時に老廃物の側面もあるようで、定期的に削り落とす必要があるらしいのだが、本獣の体が大きくなれば大きくなるほど、自分でその作業を行うことが困難となり、人間など他の生物の力を借りる必要があるらしく、こうしてされるがままになっているわけだ。
ただ、そうして削られるのはアヴィンジットの体の一部だ。
あまりに削りすぎると、体の大きさからして虫に刺されたような感覚か、追い払うように体を揺さぶられてしまうので、削り過ぎには注意する必要があったりするのだという。
ちなみに、今回僕達が採掘を行っているアヴィンジットは、甲羅がかなり重くなっていることもあるのだが、餌として用意した世界樹の葉がよかったのか、すごく大人しくしてくれている。
植物系の素材として最上級にあって、エリクサーなどの材料にも使えるそれは、草食――正確にいうと甲羅の成長に必要な鉱物なども食べるのだが――獣である亀にとっては垂涎の餌のようだ。
さて、ここまで説明すれば元春もこのアヴィンジットに危険が無いことを理解してくれたかな。
元春はエレイン君の手を借りて、岩山のような体を登り始め。
途中で採掘を進めている正則君達にサイネリアさん達と、いくつかのグループに挨拶をしながらも、僕が居る甲羅の八合目まで到達すると、そこから見える景色に「ふぁ~」と感嘆の吐息を洩らし。
「リアルにこんなご都合主義的生きモンがいんだな」
「う~ん、それに関しては、アヴィンジット自体が品種改良された魔獣だって説もあるみたいだけど」
「そうなん?」
「私が知る限りでは、そのような話は聞いたことがありませんの」
僕と元春の会話に片手サイズのピッケルを振るう手を止めて、話しかけてくれるのはマリィさんだ。
マリィさんのお国ではそういう技術が発展していなかったようだが、僕の持っているデータでは、世界によってそういう説もあるらしい。
ただ、実際は品種改良といってもあまり大袈裟なものではなく、単に育成地とでもいうべきか、アヴィンジットの場合、留め置かれる場所によって取れる鉱石の質が変わってくるとか、そういった方向で手を加えられているというのが正解のようで、
そんな細かい話はそれとして、
「で、コイツからはなにが取れるん?」
「いまのところ、金属関係は銅や鉄、アルミがメインで、たまに金や銀が取れるくらいだからイマイチだね。
ただ、宝石が取れるみたいで――」
「宝石って、見つけたら一攫千金じゃん」
「まあ、殆ど水晶なんだけどね」
「……触媒に使える」
ここで会話に加わるのは魔王様だ。
今日は数名の妖精さんと採掘物の運搬係を務めるクロマルを連れていて、もちろん頭の上にはシュトラが乗っている。
と、元春はそんな魔王様の声を聞きながら「それでも取れんには取れんだろ」とエレイン君が持ってきてくれたピッケルの中から、手頃な大きさのものを受け取って、
「しっかし、マオっち達はともかく、マリィちゃんがこういうのに参加すんのって珍しくね。
宝石とかあんま興味ないタイプっしょ」
「そうですわね。
ただ、いまマオが言ったように上質なクリスタルは魔導器などの触媒に使えますのよ。
参加しない手はありませんの」
マリィさんとしては、ここで良質な魔法触媒を掘り当て、魔法剣などを作る時の素材としてストックしておきたいという目論見があるのだろう。
「じゃ、マリィちゃんはダイヤとかには興味がないって感じか?」
「私個人としましては、そういった宝石類に興味はありませんわね。
しかし、偶然にも見つけたその時は、お母様やメイドの土産に持って帰るのもいいのかもしれませんの」
「メイドの土産とかてーとなんか物騒っすね。
けど、見つけた宝石はユリス様やメイドのみんなにか――、
それってトワさんにもあげるんすか」
「いいえ、トワはそういうものに興味はないようですから、
渡すのならスノーリズかミラジューン、ハイディ辺りになりますの」
と、それを聞いた元春は「ふむ」と顎に手を添え。
「だったら、ちょっち気合を入れねーとな」
「えと、なんていうか、そこで気合い入れるの?」
ここで張り切るのは恋をする者として正しい選択なのだろうか。
そう訊ねる僕に、元春は不敵な笑みを浮かべ。
「将をなんたらはなんたらってヤツよ」
全然言えてないけど、それは『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ――』だね。
どうも元春の考えでは、スノーリズさんを懐柔することで、トワさんとの繋ぎが作れるとか、そういうことになっているらしい。
正直、そんな作戦がうまくいくとは思えないけど、それを指摘したところで、どうせ元春は聞く耳を持ってくれないだろうと僕は賢く余計な一言を心の中だけに留め。
その後、場所を変えつつ採掘を進めること三時間――、
すると、ここで「BUOooooooooOO――」と船の汽笛のような嘶き放たれ。
背中がスッキリしたのか、アヴィンジットがゲートへ向かって動き出したので、僕達は大慌てでいま手元にある採掘物を背負子に放り込み、文字通り山のようなアヴィンジットの背中から撤収。
「なんつーか、あのデカ亀、礼を言ってるみてーだな」
「あれだけの大物になると知能も高くなるから、こっちの状況も把握してたんじゃないかな」
そろり、ゲート周りのストーンヘンジを壊さないようにゲートに戻っていく、大きすぎるお客様を送り出したところで採掘物の鑑定をしていこう。
ゲート近くに設置された、仮設の引き取り窓口に持ち帰られたそれぞれのグループの採掘物が、エレイン君達の手によって洗浄、選別され、スキャンがかけられていく。
ちなみに、今回の採掘にはアムクラブから来たお客様も加わっていりもしたのだが、彼らは元春が来る前、程々のところで切り上げて帰っていった。
本当はもっと採掘を続けたかったようだが、彼等も依頼を受けてこちらにきていることもあって、あまり長居は出来ないと泣く泣く途中で切り上げたみたいだ。
昨日すでに一泊していたからね。
そして、帰ったといえばもう一組、サイネリアさんのグループもアヴィンジットが居なくなると、すぐに引き上げていった。
こちらはそもそも目的がアヴィンジットの生態調査が主だった為、アヴィンジットがいなくなってしまえば残る理由もなかったのだ。
今頃はトレーラーハウスに戻り、採集した甲羅や血液、皮膚などをウキウキと調べようとしているんじゃないかな。
さて、そんな二グループと同じように、僕達の採掘結果も出たようだ。
僕としては、ただ結果のみを渡してもいいのだが、
ここでいつものようにというべきか、どうせ元春がまたこんなことを言い出すんだろうなと先手を打って、
「とりあえず元春は最後なんでしょ「うぉい――」誰の結果から知らせましょうか」
「だったら私達からお願い、お姉ちゃんの帰りの時間もあるし」
途中、元春から入ったツッコミはスルー。
リクエストに応えて、トップバッターは玲さん環さん姉妹ということで、エレイン君に鑑定されたものを運び込んでもらおう。
「一気に減ったわね」
玲さんがそう呟くのは、種類ごとに金属トレーに乗せられ運ばれてきた宝石や鉱石の量が思ったよりも少なかったからだろう。
しかし、これにはちゃんとした理由があって、
「他のところは、ただの岩やアヴィンジットの角質などのようでしたから、それを取り除くとこれくらいになるそうです」
「それでも減り過ぎじゃね」
ちなみに、そういった箇所も一応は素材になるそうなのだが、それらは微量に含まれるレアアースも含めて、あえて慎重に選り分けてまで確保するような素材でもないと、すっぱり処分したというのがエレイン君達からの報告である。
さて、そんなこんなで、エレイン君達に買い取る価値があると判定されたものの内訳であるが、
「やっぱり、鉄鉱石に銅鉱石、ボーキサイトに水晶がほとんどですね」
「そう――」
「ただ、微量ながら金や銀も取れている上に、こちらはダイヤの原石のようでして――」
と、僕が小さなトレーに乗せられた氷砂糖のような石の中から、ひときわ大きな一粒、小指サイズのそれを手に取り、そう言ったところ、
「え、これがダイヤ。大きくない?」
姉妹揃って――というよりも、主に地球の面々が驚いているようだが、
「たしかに、他のに比べると段違いの大きさですね。
ただ、この原石、品質としては二級品のようで、扱いが難しいみたいなんです」
なんでも、このダイヤモンドの原石はメイカブルと呼ばれているものようで、宝石として加工するのに多少難があるようなのだ。
ちなみに、これ以外の、本当に小粒のダイヤに関しては、それよりも更に品質が劣るもののようで、一つにつき、メレダイヤ一つが取れるくらいのもののようで、
「それじゃあ、全部合わせても微妙な感じってわけ?」
「いえ、この一番大きな原石なら、宝石として取ることが出来る粒の大きさやデザインに制限はかかるそうですが、しっかりと計算してやれば、価値の高いダイヤが取り出せるみたいです」
問題はこれらをどうするかであるが、
玲さんが姉である環さんは特に悩む素振りも見せず。
「こちらで引き取ってもらえる?」
「そうですね。換金するにしても、加工するにしても、場所が問題になりますから」
そもそも素人が宝石店などにいきなりダイヤの原石を持ち込んで、これを加工してくださいなんて頼むことも難しいだろうからと、結局、二人が採掘したダイヤの原石は、その扱いをどうするかも含めて、こちらで一旦預かることになり、玲さんと環さんはそのままお店の方へ。
続いて、正則君チームの査定に移るのだが、
正則君のチームも鉱石や水晶など、基本的には玲さんチームと変わらずに、銅に鉄にアルミに水晶、多少、金やいくつかの宝石が見つかったものの、そのすべてが小粒なものであり。
ただ、その中で二つほど、少し変わったものが取れたらしく。
「これはローズクォーツって種類の宝石みたいだね」
「ルビーじゃないんです?」
それはひよりちゃんが採掘したものだったのか。
上目遣いに聞いてくるひよりちゃんに、僕はその赤みを帯びた水晶を手に取り。
「残念だけどルビーじゃないね。
だけど、その価値はルビー以上にあるかも」
「そうなのか?」
「これが普通のローズクォーツにはそこまで価値はないんだけど、ひよりちゃんが見つけたこのローズクォーツは、アヴィンジットの血でそうなっているみたいだから」
本来、ローズクォーツという水晶は、水晶内に鉄やチタン、マンガンなどの成分が入り込むことによって、赤く染まるらしいのだが、今回、ひよりちゃんが掘り出したローズクォーツは、アヴィンジットの血が混ざったことにより生み出された色のようなのだ。
そして、魔法金属と同じで、魔素の多い魔獣などの血が混ざった水晶というのは、それだけで魔法の触媒として素養が高くなり、その分、価値も上がるということで、
「ちなみに、魔王様やマリィさんが採掘した中にも同じものが混ざってましたよ」
「ですわね」「……ん」
やっぱり知っていたか。
というよりも、採れた量を見るにこれを狙って掘っていたんじゃないかな。
と、そんな流れでマリィさんの魔王様の採掘物の鑑定結果を発表。
その内訳は水晶をメインに、鉄や銅などのベースメタルにチタンやクロムなどのレアメタルも加え、透明度はあまり高くないものの、エメラルドを始めとした各種様々の色のベリルを見つけたようで、ひよりちゃんもとい、正則君グループ程ではないのだが、なかなかの査定額を叩き出した。
そして、最後に元春が採掘したものの結果であるが、
「コイツを頼むわ」
ここで元春が歩み出て、自信満々に僕の手に乗せてきたのは、手の平サイズの青い結晶だった。
成程、これがあったから元春はあれだけ余裕だったのか。
「サファイヤだよな。それ」
ただ、期待していた元春には悪いんだけど。
「御免、これサファイアじゃないんだよ」
「ってことは、ブルーダイヤ?」
「それも違うから」
うん、どうして君はそこまで自信満々なのかな。
「じゃあ、そいつはなんなんだよ」
「青水晶――、ブルークォーツだね」
「青、水晶だと、
それって、なんなん?
ひよっちが見つけたローズクォーツと同じとか」
「いや、この色の出どころはインディゴライトとかクロシドライトだから――」
ローズクォーツが血を含めた鉄分などがその色の根源である一方で、ブルークォーツの発色には上記の成分が要因となる。
「ってことは?」
「普通の水晶とあまり変わらないかな」
むしろ色の入り方によっては安いまである。
「ただ、マジックアイテムの部品としてはそれなりに優秀だから――」
なにかマジックアイテムを作るならそれなりに有用な石だと、
一応フォローを入れはしたのだが、元春が膝から崩れ落ちてしまったのはいうまでもないだろう。




