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●交渉事は副官へ※

◆丸投げ。

 ◆魔女side


 その日、魔女の工房・北米支部で副官を務めるメリー=ボイドは、数名の同胞を連れてペンシルベニア郊外にあるロッジを訪れていた。


 さて、彼女がどうして、この日、この場所を訪れているのかというと、それはバカンスなどではなく。

 先日、日本であったハイエストの動きに関連して、本国政府関係者から対話を持ちたいとの連絡があり、その対応を彼女が請け負うことになったからだ。


 約束の時間を前に、メリーが護衛とサポートを務める二人の仲間と共に政府関係者を迎える準備を進めていると、室内に浮かぶ仮想ディスプレイの一枚からポンと軽快な音があがる。


「来たようですね」


 そのつぶやきを聞いて、室内に浮かぶ魔法窓(ウィンドウ)の数枚を手元に引き寄せるのは金色の髪とコーヒー色の肌を持つ少女アネットだ。

 アネットはロッジ周辺の軽快に散らばった同胞達から送られてくる情報に目を通し。


「車が三台、前から三人、四人、五人って数になってるみたいです」


「他に伏兵などはありませんか?」


「東側からの侵入はないみたいですねぇ」


 このロッジに至る道は東側からの一本だけ。

 それ以外の方向が、魔女のホームグラウンドである深い森に囲まれているとなれば、そこからの侵入は、たとえアメリカ陸軍のレンジャー部隊だったとしても難しく。


「ジェシー達はやれるって言っていますけど、どうします?」


 これは本気のメッセージというよりも、ただフザケて言ってるだけ。

 メリーはこの同胞からの軽口に、亜麻色の柳眉をわずかに歪めながら。


「相手側は政府そのものです。敵対は得策ではないので、こちらから大人しくしていてくださいと伝えてください」


 アヴァロン=エラにて鍛えられ、新しい武器を手に入れた彼女達の戦力は、すでに陸軍の一団にも匹敵する程のものとなっている。

 ただ、世の中は純粋な力だけで生きていけるかというとそうではなく。

 事実、彼女達は現在敵側の搦手によって、厄介な状況におかれており、この会談の席についたのも、その解決に繋げられればという目論見があってのことなのだ。


 まったく世の中は面倒に出来ていると、メリーが疲れた表情を浮かべる一方、ここで部屋にいる最後の一人、長身の魔女がメリーの反応に苦笑いを浮かべるアネットの手元を覗き込み。


「ん、この男――」


「ヘルヴィ、知ってる人?」


「多分サイコパスのトップだね。

 リッパーサージャンって呼ばれてた男さ」


「ふぅん、けど、リッパーサージャンって、まるでいかにもなヴィラン(悪役)って感じだね」


 ちなみに、このサイコパスというのは、この国における超能力兵団といえばわかりやすいだろうか。

 超常の才能を持つ人間だけで構成された特殊部隊ということは、彼女たち北米支部の魔女の間では有名な話であり。


「しかし、滅多に出てこないサイコパスがここで出てくるとはね」


「政府もそれだけ本気ということなのでしょう」


「いまのところ被害者は私達の同類ばっかですけど、いつ一般国民に向けられるかわからないですからねぇ」


「ハイエストの目的を考えると、その可能性は低いんじゃないか?」


「それでも政治家連中は気になるんじゃないんですか」


「そういうもんかね」


「とにかくです。

 相手が来たのですから、警戒態勢を索敵から防衛に切り替えるように各所に連絡を」


 メリーが脇道に逸れてしまった会話をいったん打ち切り、それに二人が「了解」「はぁい」と返事をしたところで、アネットが、


「しかし、今回ハイエストの連中からのちょっかいが入ると思ったんですけど、それらしき動きがまったくなかったですねぇ」


「日本で大きな痛手を受けたとの報告を考えると、いまはその調整に動いているのではないでしょうか」


「イズナ様を敵に回した時点でヤツ等の運命は決まってたさ」


「……あなたがそこまで言うのは珍しいですね」


 へルビィの言葉にメリーが意外そうな顔をするのも無理はない。

 なにしろ、このヘルヴィは、これまで幾度もハイエストと交戦し、その手強さを身にしみて理解しているのだから。

 そんな彼女がたった一人の人物を敵に回しただけで、その組織の命運が決まると言い切ってしまうのは余程のことであるといえるのだ。


「メリーも暇をもらって日本に行ってみるといいさ。ここんとこずっと働き詰めだろ。イズナ様が相手してくれるかはタイミングがあるけど、コスケ様でも十分化け物だ」


「コスケというと、あのリュドミラを一蹴したという少年ですね。

 なんでも彼と戦ったのをきっかけげに、リュドミラが後進を育て、自分は日本に移住しようと画策しているそうですが」


「えっ、それって本当ですか」


「そういう噂があるという話です」


 驚くアネットに淡々と応えるメリー。

 かたや、へルヴィはリュドミラの行動に共感するところがあるようで、腕を組んで首を何度も縦に振りながら。


「その噂もあながち間違いでもないだろうよ。あの方々はそれ程に隔絶した存在だからね」


「それって本当なんです――」


「と、そろそろ到着するようですよ」


「あ、私、出迎えに行ってきますね」


 二人の会話を聞きながらも、手元に引き寄せていた魔法窓(ウィンドウ)をチェックしていたメリーが、映像に移る車列の位置から交渉相手の到着を知らせる。

 すると、出迎え役のアネットが雑談を切り上げ、部屋を飛び出そうするのだが、

 いざ部屋を出ようとしたタイミングで、メリーがアネットを呼び止めて、


「家に入れる際は気をつけてください。

 いきなり襲われるようなことはないでしょうが、油断は禁物ですよ」


「かしこまりました」


 少し大仰に頭を下げるアネットに、メリーはわずかばかり心配そうに眉根を寄せつつも、その小柄な後姿を見送って、ヘルヴィと協力して複数展開していた魔法窓(ウィンドウ)を、監視カメラの役割があるものを除き、それぞれ手元にある一枚に集約。

 そうして残った魔法窓(ウィンドウ)すべてをプライペートモードに切り替え。


「周りの兵はどうする?」


「放っておきましょう。

 それよりも万が一の場合、こちらが不利にならないように記録を残しておくことが重要です」


「残念」


 ヘルヴィはメリーからの指示に、短く刈り揃えられた真っ白な頭に手をやりながらも、周辺を警戒してくれている魔女達にメッセージを送信。


 そうこうしている間にも敷地内に車列が入ってきたようだ。

 敷地の東側、周囲に高い木もなにもない位置に三台の車が停められ、その内の二台から、まずは数名の屈強な男が降りてきて周囲を警戒。

 その後、交渉官らしきスーツの男性が二人の男にガードされるように下車する様子を確認したところで、メリーとヘルヴィが応接間の入り口まで移動して、待つことしばらく。

 交渉官と二人の護衛がアネットに連れられ応接間にやってきて、


「この度は話し合いの場を設けていただきありがとうございます」


「いえいえ、こちらとしてもメリットがあった話ですから」


 握手を求めるように手を前に出した交渉官の手をメリーが掴んだところで自己紹介。

 そして、アネットとヘルヴィのエスコートで、メリーと交渉官が向かい合った席に座り、その背後にそれぞれの護衛がついたところで、まずは日本における取り引きと、それによって知り得た情報の確認。

 その後、三十分ほどかけて、現在魔女とアメリカ政府、お互いがおかれた状況のすり合わせを行い。


「成程、ハイエストはパワースポットなる場所の確保を狙ってアナタ方を襲っていると、

 しかし、本当にそのようなものが実在するのですか」


「それは間違いなく。

 ただ、おかしいですね。パワースポットの存在はそちらでも承知しているものだと思っておりましたが」


「それはどういうことでしょう」


 あくまで独り言のようなメリーの呟きに訝しげにする交渉官。

 その反応にメリーは鋭く目を細め。


「この国のパワースポットはその多くは自然公園の中にあります。

 あえてそうしているのだと考えていたのですが、違いましたか」


「それは把握しておりませんでした。

 もしかすると別部署では知られていることなのかもしれませんが、少なくとも私共の知るところになかった情報です」


 ぶつけた疑問に交渉官の声に動揺はない。

 この反応は本当に知らされていなかったのか、あえて知らされていないのか、それとも単にとぼけているだけなのか、現状メリーには判別が難しく。


 一方、交渉官側も少しでも多くの情報を手に入れたいのか、身を前に乗り出すようにして、


「それで、そのパワースポットというのはどのようなものなのです?」


 メリーは交渉官からの問いかけにコーヒーを一口。


「我々はその場所を己を鍛える場所として、そして様々な道具(・・)を生み出す場所として利用しております。

 ただ、かの地から得られるのは純粋なエネルギーです。

 なので、その用途は管理をするものの意思によって変わってくるでしょう」


 パワースポットというものは、ただ純粋に自然の魔素が吹き出す地点である。

 故に、使いようによっていかなることにも転用が可能だと、そんなメリーの示唆に交渉官はわずかに言葉をつまらせながら。


「なぜ我々にその情報を?」


 彼がしたその問いかけは何を意図してのだったのだろうか。

 端的な交渉官の言葉からは裏の意図は読み取れなかったが、メリーは特に気にすることもなく。


「単純に手が足りないからですよ」


「手が足りない、ですか?」


「実はハイエストの側に我々の土地を経済的に取り上げようとする動きがあるようで、

 今回、我々がこの場に出てきたのも、その問題に口添えが欲しいという理由があるのです」


 魔女に対するハイエストの襲撃はいまも散発的に続いているが、日本で数名の戦闘要員が捉えられた影響してか、最近は搦手でくることが多くなっていた。

 そして、場所によってはその土地が売却の憂き目に合いそうな工房も出始めており、アメリカの魔女達はこの機に政府側にその相談をしたかったのだ。


 しかし、そんなメリーからのあけすけのない相談に交渉官の回答は――、


「正当な取り引きなら難しいかと」


 ルールを捻じ曲げた優遇はどのような歪を生むかわからないと、そんな建前を全面に押し出し協力への懸念を示すものだった。

 ただ、魔女の側からのお願いはあくまでルールに沿った是正であって、


「勘違いのなきように、我々が求めているのはあくまで正当な力の行使です」


 つまり、メリーが求めているのは正しい権力の行使であり、あえてそれをしないということは、政府としての信頼を失うことに繋がると、そう言っているのだ。


「これは失礼しました。

 そういう事情であれば、こちらとしてもお力になれるやもしれません」


 すると一転、交渉官は少し曖昧ながらも協力の意を示し。

 ここでメリーが取り出したのは、ファンタジーゲームに出てくるウッドステッキ。


 このメリーの突然の行動に、交渉官側の護衛の二人――、

 特にヘルヴィからリッパーサージャンと呼ばれていた傷の男に緊張が走るのだが、


「落ち着いてください」


 メリーが視線を向けると二人は――、

 いや、交渉官も含めて動きを封じられ(・・・・)


「これはエレメンタルマーカー。

 指定された場所に突き刺すことによって魔力が取り出せるといったものです。

 もし、いま私が懸念した問題が解決できたのなら、こちらをお渡しすることもやぶさかではありません」


「そんなことが――」


 この交渉官の反応は疑っているというよりも信じられないといった意味合いが強いだろう。


「しかし、何故それを我々に?」


 メリー達、魔女からの要求はあくまで是正。

 であるならば正当な訴えをすれば報酬の必要もない筈だ。

 しかし、あえてそれを出す理由はなんなのか。

 取り繕うことなく訊ねる交渉官に、メリーは視線に込める力をふっと抜き。


「簡単です。

 我々は今すぐの成果を欲しているのです。

 それに囮は多い方がいいでしょう」


「囮、ですか?」


「ええ、これがあれば貴方達も当事者ですし、なによりやる気も出るといったものでしょう」


 つまり、メリー達の狙いは自分達の願いを早急に実現に移すこと、そのついでにハイエストのターゲットになる場所を増やし、自分達への被害を減らすことであると。


 ただ、それでも交渉官には納得できないことがあった。


「しかし、これを我々に渡したとして、アナタ方が狙われるのは変わらないのでは?」


 それは暗に自分達が同等の立場になるとして、魔女達が狙われやすいのは変わらないだろうといった政府側の傲慢だった。

 だが、メリーはそんな交渉官の言葉に事も無げにもこう応える。


「そうでしょうか、こう見えて私達、それなりに力を持っていると思うのですが」


 そして、ふたたびメリーの瞳に宿る不思議な威圧感。


「それこそ、あなた方が苦戦したとされる者共と戦って勝ち抜くくらいには」


 そう、現在この場における絶対者はメリーだった。

 そして、彼ら政府側の人間は知っている筈である。

 日本おいて一軍が、たった一人の人間に壊滅状態に追い込まれたことを――、


「どちらを相手にするのが得策なのか、ハイエストも理解しているのではありませんか」


 ◆政府side


 場面は変わって、交渉があった帰りの車内――、


「もういいぞ」


 顔に傷ある男の声に大きく息を吐くのは、毎度ふざけた偽名を名乗る交渉官。


「ここまで警戒する必要があったのかい?」


「森は魔女のテリトリーだ。なにより君も感じただろうあの不気味な視線を」


「ああ、あれはなんだったんだい?」


 外交官が思い出すのは交渉の最後、儚げともいえる交渉相手から放たれた得も言われぬ威圧感のことだろう。


「あれはテレパス系の能力者がよく使ってくる手だ。

 力を持たなくとも相手を倒すことができるという意思表示だな」


「常識が壊れそうな話だね」


「それは今更だ。諦めてくれ」


 小さく首を振る傷の男に外交官は肩を竦め。


「で、どう思う?」


「あのステッキのようなもののことか?」


「ああ――」


「さて、そちらの分析についてはジャクリーン。どうなんだ?」


 傷の男が同じく交渉の場に赴いた部下らしき男性に声を向けると、その男性はおよそ見た目屈強な男が出すとは思えないしゃがれた女声でこう応える。


「詳細はわかりかねるが、あの娘が言っておったことにほぼ間違いはないだろう」


「そうか……、

 それをこちらで作ることはできないのか」


「それが出来るのなら、今頃こんなところにおらんよ。儂の知る限りでは既に失われた技術さ」


「ならばどうして、彼女達がそれを持っている?」


「さて、見た限り、そう古くないものではないようだったのでな。

 そうなると、新たな工房が発掘されたか、なにか古書でも見つかったのか。

 想像の域を出んさ」


「あれの安全性は?」


「それこそわからんよ。

 なにせ儂でもそうそうお目にかかれるものではなかったのでな。

 こっちによこしてもらえば調べるが」


「ふむ――」


「まあ、受け取った情報も加えて、最終的に判断するのは上じゃないか」


「そうだな」


 そんな彼等は最後まで気付くことはなかった。

 車内に紛れ込んだ鋼鉄の蚊の存在に。

 ◆こういうお話を書くのは難しいです。

 しっかり書こうとすると登場人物が膨大な数になってしまいますし、人数を減らすとなんていうか大物感が出し難いといいますか。

 一応、今回登場の交渉官は、前回に引き続きあからさまに偽名の彼なんですけど……。


 ◆エレメンタルマーカー……聖剣製造の技術を応用して作られた杖のようなアイテム。

 世界樹の枝を利用して作られており、地脈に突き立てることでその土地の精霊に力を与え、地脈を流れる膨大な魔力の一部を利用することが可能となるが、利用に関してはあくまで精霊側が主導するものとなっている。


 ◆作者の為の備忘録※


 メリー=ボイド……北米で工房長補佐をつとめる亜麻色の髪の魔女。儚げな雰囲気を持ち、精神系の魔法を得意としている。

 アネット……感知に優れる金髪褐色肌の魔女。

 ヘルヴィ……短い白髪の北欧系魔女。背が高い。

 ジェシー……ロッジ周辺の警備を任されていた魔女の一人。好戦的な性格の持ち主?

 ジョージア=フランクリン……北米支部の工房長。赤いくせっ毛を持つ雷魔法の使い手。【雷滅の魔女】の二つ名を持つ。


 交渉官……アメリカの特殊交渉官。交渉の度に名前が変わる。

 リッパーサージャン……アメリカの超能力部隊『サイコパス』のメンバー。

 ジャクリーン……サイコパスの協力者。魔導器などの知識を持つ?

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