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フィンガーレスホイッスル

 二首の野犬、レッサーオルトロスの群れが僕達に襲いかかる。


 さて、この状況がなんなのかといえば、いつもと変わらない魔獣の来襲だ。

 ただ、今日の戦いには、玲さんに元春、マリィさんもそのフォローに入っていて、

 今回どうして最初からみんなが戦いに加わっているのかというと、相手がそこまで強い魔獣でないことと、三人それぞれの理由から戦いたいとの強い要望があったからだ。

 ちなみに、三人それぞれの戦いたい理由がなにかというと『単に戦いたい』『なんかデロンってベロとか出てるし〈舌技〉とか手に入るんじゃね』『今度はわたしがお姉ちゃんを守らないと』と以上のようなものだった。


 ただし、そんな中でもやらかすのがこのお馬鹿な友人である。

 戦いも中盤に差し掛かり、場が乱戦の様相を呈し始めたタイミングで、鎧の上からレッサーオルトロスの二つの首に噛みつかれた元春が、それに驚き、慌てて腕を振り回したことで、勢い余ってそのレッサーオルトロスを玲さんが戦っている方へと投げ飛ばしてしまったのだ。


 その結果、玲さんは二匹四頭の大型犬に前後を塞がれるというピンチに陥ってしまい。

 ここで僕がエレイン君のフォローが入るまでの時間稼ぎと、口内に魔力を集中、玲さんに迫るレッサーオルトロスに向けて、けたたましい笛の音を飛ばす。

 すると、放たれたその音が、玲さんに躍りかかる恰好になったレッサーオルトロスの耳を直撃。

 レッサーオルトロスはキャインと悲鳴じみた鳴き声をあげて身を縮め、その隙にエレイン君のフォローが間に合ったみたいだ。

 飛んできたレッサーオルトロスを受け止めるエレイン君。

 すると、その小さな背中越しに玲さんが〈光杭(シャイニングピアス)〉を連射。

 元春のミスで自分の方へと飛ばされてきたレッサーオルトロスを仕留めると、ここで残る一匹もマリィさんが最近制作した鮮やかな赤い刀身を持つ細剣で一突き――からの追加の魔法効果で溺殺。

 これで数の優位が僕達の側に傾いた。


 その後はあぶなげなく残る敵を殲滅して、エレイン君が解体に入る中、みんな集まり、反省会となるのだが、


「お疲れ様でした」


「本当にお疲れ様だよ」


「途中で玲っちが二匹に狙われた時はちょっちヤバって思ったもんな」


「一匹はあんたが飛ばしたんでしょうに、あれってわざとなの」


「いや~、いきなり噛みつかれたから焦っちまって――」


 と、玲さんに注意された元春がまったく反省した素振りも見せずに「さーせん」と頭を下げる中、マリィさんが水に濡れた細剣をお手入れクロスで拭きながら。


「虎助、あの口笛はいったい?

 なにか特別なもののようでしたが」


「あれはフィンガーレスホイッスルに魔力を乗せて飛ばしたんですよ」


 エレイン君のフォローが間に合わないかもと、少し前に母さんから、獣人相手に使えるからと教えてくれたのを思い出し、使ってみたのだが思いの外うまくいった。


 すると、それを聞いた玲さんが、また何かセクハラ発言でもしたのかな?

 いつの間にやら赤土の大地とキスをしていた元春の頭を踏みつけながら首を傾げ。


「フィンガーレスホイッスル?」


「名前そのまま指なし指笛ですね」


「えっ、あれって指を使わなくても出来るの?」


 言葉としてはおかしくはあるのだが、仕組みとしては指を使わず同じことができるのだ。


「ど、どうやってやるの?」


「いくつか方法があるんですけど、僕が使っているのは、前歯の後ろに舌を押し付けて、丸めたところに息を吹きかけることで音を鳴らす方法ですね。

 後は口笛を吹く感じでこうやって」


 と、実際に鳴らしてみると、ホイッスルのような大きな音が辺りに響き渡る。

 ちなみに、他にも舌先を下顎側の歯茎に押し付けて、山なりの形にしてという方法もあるのだが、そちらは僕がやるとどうしてもふつうの口笛と混ざってしまいがちで、音を大きく鳴らすだけならこっちと使い分けているのだ。


 と、そんな各種方法を魔法窓(ウィンドウ)のお絵かきアプリで図解したところ、玲さんはそれに興味を持ったのか、その図を見ながら口をモゴモゴさせて、


「れんれん、れきないんだけど」


「口は普通の口笛のような感じで、後は舌の位置を調整しながら、後は慣れですね」


 その後、マリィさんも加わり、いろいろと試しているみたいだが、音が出ることは一向になく。

 苦戦する二人の姿に元春が「全然じゃないですか」と含み笑い。

 すると、玲さんが「やってみなさいよ」と不貞腐れるように言い放ち。

 それに元春がピュウイっと口笛を鳴らすと、


「なんで出来てんのよ」


「イズナさんに教えてもらったんすよ。山で遭難した時とかに使えるからって」


 山に行くなら笛を持っていけというのはよく聞く話で、

 自前で同じことが出来るなら、おぼえておいて損はないと、この手の技術は母さん主催のブートキャンプの登竜門となっているのだ。


 と、思わぬ元春の反撃(?)が悔しかったのか、玲さんは顔が真っ赤になるほど頑張って、音を出そうとするのだが、やはり上手くいかないようで、

 そんな様子を見かねてか、ここで元春が軽く肩を竦めながら。


「もう、そういう魔法とか作った方が早いんじゃね」


「いや、それは本末転倒じゃない?」


 こういう技術は母さんが言うように、自分の身一つで出来るからこそであって、それを魔法という力で解決してしまっては意味がない――、

 とまでは言わないものの、それだともともとの趣旨から外れてしまうんじゃないかと指摘する僕に、元春はいかにも真面目に考えていますといった感じで腕を組み。


「じゃあさ、魔法を使っておぼえさせるとかできねーの?」


「どうやって?」


「そりゃー、ほれ、魔法でベロを動かしてやってみせるとか」


 この言い淀む感じ、また良からぬことを考えていたりするのかな。

 ただ、アイデア自体は悪くないと、僕は皆を連れて万屋へ。

 データベースを調べてみるのだが、やはりというかなんというか、体の一部でも人を操るような魔法はかなり難しい魔法のようで、


「やっぱ、そう上手くはいかねーか」


「操られる本人との同意があれば難易度が下がるみたいなんだけどね」


 それでも僕達が使うには、そういった魔法はかなり高度なものだ。

 しかし、その代わりといってはなんだけど。


「感覚共有の魔法はどうかな」


「感覚共有って感覚を共有するってヤツだよな。夢のあれじゃんかよ」


 うん、言ってることそのままだから。

 僕が元春の意味不明な発言に呆れる一方で、マリィさんには元春がどうして興奮しているのかわからなかったようだ。

 無駄に興奮する元春の姿をポカンとした様子で見つめながらも。


「どういうことです」


「いや~、感覚共有ができたらっすね。女の子の快感んほぉ――」


 最近いろいろあったせいか、こうやって元春がマリィさんの火弾の餌食になるのも久しぶりなような気がする。

 錐揉み状態で跳ね飛ばされた元春がお店の商品棚――正確には商品棚に被害が及ばぬようにと瞬時に展開された結界――に、びたんと叩きつけられるのを横目に、僕は自分にも発動できそうな感覚共有の魔法式を自前のインベントリにダウンロード。

 マリィさんと玲さんの許可をとった上で、魔法窓(ウィンドウ)を介してその魔法を発動してみると。


「特にこれといって感じるものはないけど」


「一緒に吹いてみましょうか」


 今回、僕が選んだ魔法は本当に簡単な感覚共有の魔法であり、伝えられるのはちょっとした違和感くらいなものである。

 だから、三人が同じ行動をしないとあまり意味がないのではと、タイミングを合わせて指なし指笛フィンガーレスホイッスルを吹いてもらったところ。


「あら、これは――」


「たしかに、これなら感覚が掴めるかも」


 僕は感覚を発信してる側なのでわからないけど、どうやら二人にはその違いが伝わったみたいだ。


「じゃあ、もう一度、合わせて吹きますよ」


 と、しばらく練習を続けていると、二人はすぐに小さくはあるものの音が出るようになって、

 そこからまた少し時間がかかってしまったが、最終的には二人もある程度はフィンガーレスホイッスルを使えるようになったみたいだ。


「二人共、上手になりましたね」


「虎助のおかげですの」


「感覚が伝わるってのは便利よね」


 喜ぶ二人の一方で元春がわざとらしく指を咥え。


「いいないいな。俺も玲っち達と繋がりてー」


 うん、元春が言うとまた別の意味に聞こえるんだけど。


「だったら、わたしと感覚を共有してみる?」


「マジっすか」


 あからさまに怪しい玲さんからの提案に無防備に飛びつく元春。

 そのことに純粋なマリィさんが心配する中、玲さんがなにを思って元春と感覚共有をしようと思ったのかというと、それは――、


「実は前から気になってたんだ。このラーメン」


「許して」


「許すもなにも、わたしはただラーメンを食べてるだけだし」


 そう言って、楽しそうに玲さんがすするのは、先週末に環さんが持ってきてくれた冷凍の激辛ラーメン。

 地元の有名店と食品メーカーがコラボしたものである。


「しかし、刺激とかは伝わりやすいんですかね」


「かもね」


 僕の問いかけにとぼける玲さん。

 ただ、涙とよだれをたらして床に転がる元春を見るに、おそらくこの予想は当たっているのだと思われ。


「しかし、このラーメン。

 一見するとスープは透き通っていて、とても辛そうには見えませんの」


「まだいっぱいあるし、二人も食べてみたら」


「マリィさん。どうします?」


「食べてみたい気持ちがあるのですが――」


 元春のリアクションを見ると、なかなか勇気が出ないといったところかな。


「だったら、僕と――、

 あと、魔王様も少し食べますか?」


「……ん、食べる」


「でしたら、三人で分けるというのはどうでしょう」


「そうですわね。それでお願いしますの」


 ということで、一杯のラーメンを三人でわけて食べることになった僕達だったのだが、


「これは――」


「……辛い」


「無理でしたら残して構いませんよ。

 僕が――」


「俺が処理するぜ」


 その後、二人が残したラーメンは、スタッフが美味しくいただいたということは明記しておこう。

 動機がなんであれ、あんなに苦しんでいたものを、ああも美味しそうに食べるのは、ある意味ですごいことだと僕は思う。

◆ストックがカツカツで感想にお返しできていませんが読ませてはいただいております。

 いつもありがとうございます。

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