漂流物と在庫品
それは、ある日の放課後――、
ゲートのところでバッティングしたのか、部活帰りの元春とマリィさんが一緒に店内へと入ってきて、いつものように声をかける僕にそれぞれがカウンターの上に視線を落とし。
「なんだこの本?」
「ゲートに流れてきた魔法の本だね」
「魔導書ですの?」
「どちらかといえばマジックアイテムの類かと」
「呪いの本とか?」
「ベル君のスキャンで安全は確認されてるから平気だよ」
アヴァロン=エラに流れてきたものということで、またとんでもない代物なんじゃないかと、そんな元春の心配もわからないでもないのだが、ここにある本はすでにベル君によって安全が確認されたものである。
「ふ~ん、じゃあ、中身はどんなんなん?」
「それは見た方が早いかな」
そう言って僕が本を開くと、開いた本の上に玉座に座る王と対峙する騎士を描いたワンシーンが浮かび上がり、それを見た二人が「おお」と驚きの声を上げ。
「これってリアルに飛び出す絵本とかそーいうの?」
「面白い仕掛けですわね」
「……興味深い」
と、これには魔王様も興味があったのだろうか、和室の奥でゲームをしていた魔王様が、いつの間にかすぐ側までやってきて、
ちなみに、本の内容はというと、ライラリッヒという国の王位争奪を描いた物語だとのことで、大筋はリア王とマクベスを足して二で割ったようなものだった。
その内容からして、絵本は絵本でも、どちらかといえば大人向けの本として作られたもののようであるのだが、
「しっかし、こういうのを見ると、普通に開いたら魔法が飛び出してくるような本とかありそうだな」
「あら、そのような魔導書は存在しますのよ」
「ウチにも悪魔を封印した本とかありますしね」
「冗談で言ったのにマジであんのかよ。
てゆーか、悪魔を封印した本とかそんなん置いといて平気なん?」
元春の懸念は当然といえば当然であるが、そういったアイテムにはしっかり封印処理をしてあるから特に問題はなく。
「その内、中の悪魔だけ倒してディストピアにしようとかオーナーと話してたんだけど、なかなか手が回らなくてね」
ちなみに、その本が流れ着いたのは僕がこのアヴァロン=エラを訪れる前のことで、悪魔を倒すのは僕の実力が十分についてからということで放置してあったのだが、店の開店からいろいろなことがあってすっかり後回しになっていたのである。
と、それを聞いたマリィさんが「その折には、ぜひ私もお誘いくださいな」と食いついてくるのはお約束なのだが、お客様の安全を考えるとすぐに「はい」と言える筈もなく。
「そうですね。オーナーの許可が取れましたらお願いします」
玉虫色の答えでお茶を濁し。
「そういう本があるなら、ここの倉庫を探せば、まだなんかすっげーアイテムがあるんじゃね。例えば伝説の剣とか」
ああ、うん。
元春の言わんとすることもわからなくもないんだけど……、
元春はマリィさんが毎日のようにおしゃべりしている相手やら、お店の中を振り返るべきだよね。
と、そんな指摘は僕がするまでもなく。
『元春よ。誰かの存在を忘れておらんか』
「そうですの、不敬ですわよ。
伝説の剣というのなら、エクスカリバー様がそうではありませんの」
エクスカリバーさん本人とそれに重なるマリィさんからの指摘があって、元春が「あっ」といま気付いたとばかりの声をもらす。
そもそもバックヤードには僕がこの世界に足を踏み入れる前から、毎日のように漂流物が押し寄せてきているのだ。
その積み重ねにより、エクスカリバーさんには届かないまでも、強力な武器なら既にいくつも流れ着いているのだ。
それに伝説の剣というのなら――、
「魔剣とかもその部類に入るんだけど」
「いや、それって全然売れてねーヤツだろ、ずっと同じの置きっぱじゃねーか」
というよりも、万屋で売りに出している本格的な武器は、もともと積極的に売るという目的にないラインナップになっているのだが、
「魔剣も整備が必要だから、定期的に入れ替えたりはしてるんだけど」
「へっ、そうなん?」
「貴方、気付きませんでしたの?」
「……」
マリィさんは当然の如く、魔王様も自分が持ち込んだ魔剣が店頭に並んでいることで気付いており、なにか言いたげな視線を送っていて、
元春がそれに気まずげに目を泳がせたところで、助け舟というわけではないのだが、
「あと、地味にだけど美術品目的で売れたりもしてるからね」
「それって別の目的に使われてんじゃね」
「それはないと思うよ」
「そりゃ、どういうこったよ?」
「美術品として売りに出してる魔剣は、スケルトンアデプトをアップデートしようとして失敗した魔剣が中心だから、武器としての価値は低くなっちゃってるんだよ」
原理のほどはよくわかからないのだが、スケルトンアデプトのディストピアには、魂が宿る魔剣などを捧げることで、そこに宿る達人を増やせるようになっているらしい。
ただ、そのアップデートはソニアの腕を持ってしても百パーセント成功するものではないそうで、アップデートに失敗した魔剣は格を大幅に落としてしまうそうなのだ。
結果として、元ある呪いの効果も凶悪なものから中途半端なものに落ち着くらしく。
「ついでに魔素なんかも抜けちゃうから、魔法金属としても微妙なものになっちゃうみたいなんだよ」
「要はクソ雑魚魔剣になるってことか」
言い方はあんまりではあるが、実情としてはあまり間違ってはいない。
「ただ見た目だけはいいから、見切り品というか、美術品としてなら売れるんじゃないかって、注意書きをした上で売りに出してるんだよ」
残留思念が残るほど使い込んだ武器というのは、もともとは高ランクのものだったものが殆どだ。
そのままなら強力な武器であるのだが、格を大幅に落とし、しかも残念な呪いが追加で付与されているとなれば、誰が好き好んで使うだろうか。
「ちな、マリィちゃんはそういうんに興味はないん?」
「私も話を聞いて、何本か拝見させていただきましたが、手元に置きたいと思わされたものはありませんでしたわね」
マリィさんの場合、もっと凄い武具を持っているから、今さら見た目だけ豪華な武器なんて興味の対象外なんだろう。
「何かそれにまつわるエピソードでもあれば違うのですが」
たしかに、ものが呪われた魔剣であれば、先の絵本の物語のような、壮大なバックストーリーがありそうなものだが、異世界からの漂流物にそれを求めるのは少々酷というものである。
「背景もなにもなく、ただ美しいだけの装備を私が欲しがると思いますの」
「ですよね」
「しっかし、そんな剣でも売れるヤツには売れるんだな」
「見た目だけの魔剣でも貴族とか偉い人に需要があるみたい」
「箔付けや威圧の為でしょう。
飾り物は見栄えを尊ぶものですもの」
いかにも強そうな武器や防具がお屋敷の入り口なんかにドンと飾ってあれば、それそのものが威圧になるとか、そういうことである。
「前にアムクラブの探索者さんが、安くて強そうな武器を買ってきてくれって無理難題をふっかけられたみたいで、その時にこういうのはどうですって売り渡したら、好評だったらしいんだよ。
それからちょくちょく注文依頼が入るようになって」
「つか、それ、なんか詐欺クセーな」
「依頼者が無茶を言ってるんだからいいんじゃない」
「ですわね」
適当にも聞こえる僕の返事に腕を組んでマリィさんが同意する。
武具マニアのマリィとしては、優れた武具がそういった用途で使われるのはあまり良しとしないのだろう。
「それに呪いはともかく粗悪品を売りつけているわけでもないから」
加工の失敗によってポンコツに成ってしまったとはいえ、その魔剣はもともと業物なのだ。
付与された能力が失われ、ほぼ使えない武器に成り下がってしまいはしたものの、その剣がまとう歴戦の風合いはまだ残っているのだ。
「なんにしても敬々しく扱われるなら、魔剣もありがたいんじゃないかな」
「うーん、そうなのか?」




