襲撃騒動と再現レシピ
『御免なさい。思わずやってしまったの』
時刻は午後八時――、
最近、鬼ごっこ系対戦アプリに嵌っている魔王様と、帰宅時間をオーバーして最後の一勝負をしていたところに環さんからの通信が入り、出てみると、なにやら緊急事態のようである。
聞けば、環さんが仕事を終えて、借りている事務所から自宅に帰ろうとしたところ、駐車場で男に襲われ、思わず魔法銃を使ってしまったとのことである。
これはしっかり訓練の成果が出たと喜んでいいものか、それとも母さんがやり過ぎてしまったのか、そんな心配は後でするとして――、
「とりあえず誰にも見られていないなら放置でいいんじゃないでしょうか」
魔法銃をデフォルトの設定で使っているなら、咄嗟の銃撃は相手への影響が少ない睡眠弾になっている筈だ。
撃たれた人物は眠気に襲われゆっくりと倒れるので、周囲に危険がないのならそのまま放置しても一時間ほどで目を覚ますことを考えると、特に問題は無いのではないか。
まあ、十二月も間近というこの時期に、着の身着のままで駐車場に放置されたとなれば、風邪の一つも引くかもしれないが、それは自業自得というものだと、僕は状況を分析、環さんにそう伝えるのだが、環さんの返事は端切れが悪く。
「もしかして監視カメラの映像が心配とか?」
『監視カメラは大丈夫だと思う。位置的に車の影になっている筈だから。
ただ、その、襲ってきた相手が知っている人で――』
ええと、それってどういう状況なんだろう?
もしかして計画的な犯罪だったとか?
最後、追加された情報に、詳しい話を聞こうとしたところ、ここで裏口の扉がバンと開く。
連絡を受けた玲さんが工房に置いてあるトレーラーハウスから駆けつけてくれたみたいだ。
玲さんは店に入ってくるなり、僕の目の前に浮かぶ魔法窓に飛びつくようにして、
「お姉ちゃん平気? 怪我とかしてない」
『ええ、私はどうにもなってないんだけど、川端さんが――』
「川端さんって……、お姉ちゃんが行ってる歯医者さんの?」
玲さんの反応から察するに、その川端さんとやらは友人とかではないのかな?
ただ、ぱっと名前だけ聞いて思い当たることから、ある程度の顔見知りであることは間違いなく。
ここで玲さんへの説明がてら環さんから事情を聞くと、どうもその川端さんとやらは環さんの高校時代の先輩のようで、現在は環さんの事務所の近くで歯科医を開業しているとのことらしい。
しかし、どうしてそんな人が襲いかかってくるのか。
考えられるとしたらストーカーの類であるが、環さんにはその心当たりがないようで、
ただ、明確に環さんを狙って襲ってきたとあらば放置はできないと。
「ここは警察に連絡してみてはどうでしょう」
『警察って、この状況をどう説明すれば――』
「そうよ。お姉ちゃんが逮捕されちゃう」
不安そうな環さんに声を荒らげる玲さん。
状況が状況だけに二人の心配はもっともなのだが、今回のケースではそういう心配はほぼないだろう。
何故そんなことがいえるのかというと。
「環さんが使ったのは魔法銃なので、玩具と言い張れば通じるかと」
そもそも環さんに渡した魔法銃には銃口が存在しない。
だから、たとえ魔法銃を調べられたとしても武器と認識されることはないと思われ。
「けど、撃ったらわかっちゃうんじゃ……」
「ウチの銃は魔法窓からセーフティがかけられますし、マガジンを抜いておけば本当にただのオモチャですから」
実はこれ、万屋から買っていった人でも気付いていない人が多いと思うのだが、万屋の魔法銃には魔力による人物の認証機能が備わっており、それぞれの魔法窓と連動させることで、いろいろとセーフティをかけられるのだ。
だから、設定をしっかり見直して、使用者本人以外使えないようにセーフティをかけさえすれば、魔法銃はよくできたオモチャのようなものでしかなく、そもそも環さんに渡したモデルは、魔法金属製のマガジンが入ってなければ魔法的な回路がつながらないのだ。
そして、抜いたマガジンも、見た目が少し大きいフラッシュメモリのようなものでしかないとなれば、疑われる要素はほぼないということで、環さんには、車に乗り込もうとしたタイミングで襲われ、車に逃げ込もうとしたところ、引き摺り出されそうになり、そこで先日、お土産としてもらって、車に乗せっぱなしだった、モデルガン(魔法銃)が目に止まり、とっさに銃口を向けたところ、相手がそれに驚いてひっくり返り、頭を打って気絶してしまったということにしてしまったらどうかと提案してみると、玲さんと環さんは不安そうにしながらも。
「かなり強引な気もするけど……」
『虎助君の言うようにしっかり調べて、なにもなかったら疑われることもないのかしら』
「最悪、なにかあったら、母さんにも口添えしてもらいますから」
ただ、その一言が決め手になったか、環さんはすぐ警察に通報。
やってきた警察官に僕が言ったように事情を説明すると、多少怪しまれたりはしたものの、実際に環さんが持っていた銃には銃口がなく、デザインもよくよくみると実銃とは全く別物で、引き金を引いても弾の出ないとなれば、警察官も納得せざるを得ない。
というよりも、実は環さんに襲いかかったという川端という男が密かにスタンガンを所持していたらしく、さらに背負っていたリュックから手錠やロープが見つかったとなれば、環さんの証言にも信憑性がつくというものだ。
結局、環さんは簡単な事情聴取のあと、後日、話しを聞くことがあるかもしれないと言われながらも、その日の内に釈放されたようだ。
◆
「そんなことがありましたのね」
「ホント、捕まってよかったわ」
「つか、そいつ環さんを誘拐しようとしてたんだろ、許せねーな」
いつもの放課後、いつもの万屋、いつものようにやってきた元春やマリィさんに、玲さんが送られてきたお礼の品を前に、つい先日、環さんが襲われた事件の顛末を玲さんが話したところ、それに元春が憤慨。
ただ、そんな元春にはマリィさんと玲さんの二人から微妙な視線が注がれており。
「ちょ、その目はなんすか」
「あんたならむしろやる側でしょって思って」
「や、やらないっすよ。俺は紳士なんすから」
紳士といっても頭に変態とつくとは思うんだけど、
まあ、それはそれとして――、
「元春の場合、覗き癖はありますけど、それ以外はわりと、
……かろうじて、まだ一般人の範疇に留まりますから?」
「いや、そこ詰まるトコじゃねーから」
人気者の各種ブロマイド販売は微妙なラインだけど、それも男女共にお客がついてるとなれば、あまり責められないだろうと、フォロー(?)を入れる僕だったが、女性陣からしてみるとそんなことなどどうでもよかったのか、僕と元春のやり取りなど特に気に留めることもなく。
「しかし、可愛らしいおまんじゅうですの」
「でしょ」
それは、今回のお礼として環さんが送ってくれたカエル型のおまんじゅう。
マリィさん達はそれを愛でるように手に取って、
「お店に行くとミルク風呂に入ったのとかあるんだけど、それがまたかわいいんだ」
調べてみると、それはガラスのカップを湯船に見立てられたカエルのおまんじゅうだった。
と、僕がそんな検索画像をみんなにも見せる横で、まだ元春がまだなにやらブツブツ言っているようだが、
「たしかに、これは――」
「可愛いですわね」
「……ん」
と、マリィさん達のあまりのスルーっぷりに、いつまでも文句を引っ張っていても墓穴を掘るだけと思ったのか、ここで元春は気持ちを切り替えるように一息ついて、
「けどよ。これ、ふやけちまわね」
「それは大丈夫。ミルク風呂って言っても牛乳に見えるところはミルクセーキだから」
成程、それなら見た目的にも味的にも想像がつきやすいと、僕が魔法窓の映し出される牛乳風呂に入ったカエルに頷いていると、ここで元春が何気なく。
「そうゆーんなら作れんじゃね。コレ」
「そうなの?」
「ミルクセーキなら前に作ったよな」
「簡単なヤツだけどね」
以前、僕が作ったミルクセーキはバニラエッセンスなんかを使って本格的に作るものではなく、ただ牛乳とバニラアイスをミキサーでかき回しただけのものだだった。
「しかし、せっかくなので作ってみましょうか、ちょうどいいミルクもありますから」
そう、ミルクといえば、ちょうど先日入手したばかりのタラチネのミルクがある。
それを使えばお店のものと近いレベルのものが作れるのではないかと提案してみるのだが、
「そういえば玲さんは牛乳とかが苦手という話でしたけど、どうしましょう?」
「アイスとかそういうのなら大丈夫だから、できればわたしにも頂戴」
たしかに、アイスとか冷たいものなら、しつこくなりがちなミルク感もそう気にならないか。
ということで、ここはいろんな意味で挽回が必要な元春に買い出しに走ってもらってミルクセーキを製作。
玲さん監修の下、噂のカエルのミルク風呂を再現してみると。
「たしかに、これは可愛らしいものですわね」
「……食べるのが勿体ない」
とはいえ、ずっと見ていても溶けるだけなので、しばらくその可愛さを楽しんだところでスプーンを入れ。
「お、意外とうまいな」
「クリームあんみつのような味わいですね」
「てゆうか、これってお店のよりもおいしいんじゃ」
あれだけ簡単に作って大袈裟とも言えなくもないのだが、使っている材料が材料だけにそれはあるのかもしれない。
その後、女性陣を中心におかわりを繰り返し、お土産にもらった分を全部消費してしまったのはいうまでもないだろう。
◆次回投稿は水曜日になる予定です。




