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●エルフという種族2

 徐々にではありますが読者様が増えているようです。励みになります。


 今回はたぶん最後まで名無しなのではと思われる『エルフの青年』の視点のお話です。

 気がつくと私は知らない建物の中にいた。

 先程までの荒野がまるで夢であったかのような石造りの建物の中だ。

 この急な場面転換に普通なら戸惑うところかもしれないが、

 気高き森の守護者たるエルブンナイツの一員として、この程度の事態にいちいち動揺してなどいられない。

 何より、短時間の間で二度(・・)も同じ体験をすればさすがに慣れるというものだ。


 しかし、これはどういった状況なのだ?


 思い出せるのは赤茶けた荒野で突き立てられた白剣を手に取ったところまで、

 その状況から鑑みるに、転移系のトラップにかかったという可能性が、まず第一候補に上がるのだが、

 部屋の窓から覗く荒れ果てた街並みを見る限り、ここは先程までの荒野とはあからさまに別の場所。

 単なる転移トラップで長距離転移は不可能な筈。

 だとしたら、私はいったい何に巻き込まれたのか、他に考えられるとしたら…………幻覚魔法の類か。

 ふむ、それならありえない話ではないだろう。

 むしろそう考えた方が全てにしっくりくるというものだ。

 そもそも、森の賢人にしてエルブンナイツの一人である私が人族の小僧に圧倒されることなど、本来あってはならないことなのだから。

 騎士団長より賜ったミスリルの細剣(エルブンピアス)が折られてしまうなんて、現実、起こる筈が無いのだから。

 この二点から鑑みても、この数時間に私が味わった体験が、幻覚である可能性が高いといえるだろう。

 なんだ、つまり、私はまんまと嵌められていたという訳か。


 ふふっ――、ふははっ!!


 ……………………………………………………………………………………舐めてくれる。


 ようやく気付かされた事の真相に、私は怒りに震え、その怒りをざらついた壁に叩きつける。

 壁に打ちつけた拳から流れ出した高貴なる血が黄土色の砂岩を赤く染め上げる。

 そして、この屈辱をどう晴らしてやるべきかと考え始めたそんな時、


 ゴガガガガガガガ――ァァァン!!


 不意に身が竦むような轟声が耳を(つんざ)いた。


 何事だ。


 響き渡った大音響に、私は素早く窓辺に駆け寄る。

 身を低く、警戒しながら音の発生源である建物の外を伺うが、そこには所々が蔦で覆われた石組みの家が幾つかあるだけだった。


 今の音はいったい?なにか巨大な生物の鳴き声のようにも聞こえたが……。


 一転、静まり返る景色に視線を巡らせる。

 しかし、いくら周囲を見回しても音の発生源になりそうなものは見当たらない。

 ならば今の音は鳴き声のようなものは何だったのか。

 窓の外の気配を伺いつつ思案を巡らせた私は、とある一つの可能性に思い至る。


 そういえば以前、幻覚魔法には呪文などの音を起点にして強固な幻覚を組み上げていくなんて魔法があるとエルブンナイツの団長より聞いたことがあるな。


 たしかその中には、音を利用し精神にゆらぎを作り、強固な幻覚を作り出すなんて技法もあった筈だ。

 もしかすると、今の轟声がそれなのではないのだろうか。

 それにだ。音を媒介する幻覚魔法なら私が気付かぬ内に幻覚に囚われていた原因も説明が出来る。

 例えば森に住まう獣達の鳴き声の中にそれを紛れ込ませて徐々に幻覚をかけていく――そんな使い方も出来るのではないだろうか。


 だとすると、この幻覚魔法の術者はあの荒野の世界で出会したハーフエルフに違いない。


 何故そう思うのか――、

 それは以前、団長より聞いたこの音を利用した幻覚魔法の使い手が下賤なるハーフエルフだと聞かされていたからだ。

 おそらく彼奴は私が森を騒がすバイコーンを狩りに出たところを運良く(・・・)幻覚の中に捕え、身分違な恨みを晴らそうとしたのだろう。

 しかし、私と直接相対し、その覇気に恐れ慄いた彼奴は、慌てて新たな幻覚を重ねがけをした。

 成程、そう考えると全ての辻褄が合う。


 だが、私がハーフエルフの罠に引っかかってしまったという一点はいただけない。

 こんな恥辱をもし同胞に知られでもしたら確実に笑い者にされてしまうではないか。

 この屈辱は確実に彼奴の命でもって(そそ)がねばなるまいが、いまは幻覚からの脱出を最優先にするべきだ。


「となると、あまりスマートな方法ではないが、この場合、仕方があるまいな」


 私は腰に下げたミスリルの細剣(エルブンピアス)を抜き、自らの指先を傷付ける。

 幻覚から抜け出す手っ取り早い方法。それは痛みによる覚醒だからだ。

 もちろん幻術から抜け出した後、すぐに行動に移れるようにと傷を最低限に抑え、回復魔法を待機状態で用意しているが。


 だが、重ね掛けされた幻覚は相当強力なものになっているのか、指先の痛みにも幻覚が解かれる気配は無かった。

 ならばと、更なる刺激(痛み)を求めて指先を傷つけようとしたするのだが、そんな私の背後からこんな声を掛けてくる者がいた。


「なにやってんのアンタ…………マゾ?」


 無礼な声に振り向くと、そこには人族の小娘が呆れたような顔をして立っていた。

 一つ前の幻覚世界で小生意気にも私に意見したあの小僧と同じ黒い髪をした小娘だ。

 おそらくはこの小娘も幻覚の一部なのだろう。

 何を仕掛けてくるのか。警戒する私に重ねて不快な言葉をかけてくる。


「あの龍だけでも大変なのに変態の相手もしないといけないっていうの。勘弁してよね」


「口の利き方がなっていないようだな小娘」


 森の賢人たるエルフを捕まえて変態と評するとは何事だ。

 目を鋭くする私に小娘は顔をしかめる。


「はぁ?口の利き方がなってないって、自分で自分の指先を切って喜ぶような変態に、何で私が敬語を使わなくちゃなんないのよ」


「悦んでなどいないっ!!」


 なんて口の悪い小娘なんだ。

 もしかすると、この挑発的な小娘の物言いも精神攻撃の一環なのか。

 いいだろう。そちらがその気なら遠慮などいらぬ。

 勘弁ならんと抜き放つのは、団長殿よりいただいたミスリルの細剣(エルブンピアス)

 そんな私に対して小娘は「は?」と困惑の表情を浮かべる。


「折れた剣で何をしようっての?」


 おそらくこの言葉も精神汚染の一種、私の剣が本当に(・・・)折れていると信じ込ませる為の刷り込みなのだろう。


「折れている訳ではない。そうなのだろう。分かっているぞ」


「はぁ?なに言っちゃってんのよアンタ。折れてんじゃない。馬鹿なの?目でも潰れてんの?」


「愚弄するかこの小娘が。森の賢人を捕まえて馬鹿だと……後で謝ったところでもう遅いぞ」


「付き合ってらんないわよ」


 問答無用で繰り出した私の攻撃を、小娘は軽いステップを踏んでその攻撃をやり過ごそうとする。

 剣先が折れた幻覚は剣を振る感覚までに影響をおよぼすのか。

 思いの外、軽いその一閃は私の動きと噛み合わず、簡単に避けられてしまった。

 そして、小娘が私から逃れようと走り出す。


「逃がすかっ!!」


 逃げる小娘を追いかけて部屋を飛び出す私。

 と、そこは瓦礫が散乱する石の廊下だった。

 崩れた巨像に謎の壁画、もしかするとこれらを調べることによって、この空間を構成する術式のヒントが得られるかもしれないが、いまは石の廊下を飛ぶように走り去る小娘を取り押さえることを優先する。


 しかし、あの小娘のすばしっこさはなんなんだ。

 森に暮らし、悪路には慣れている私が追いつけないとは――、

 考えられるとすれば肉体強化の魔法あたりだろうか。

 いいや、小娘が幻覚の産物だとしたら追いつけないのも道理かもしれないな。

 それならば、まさに煙のように姿を消してもいいような気もするが……、

 幻覚に現実も持ち込む為の制約のようなものがあるのかもしれないな。


 追いかける小娘の動きにそんな考察を脳内に巡らせていると開けた大空間に辿り着く。

 奥の大きな開口部から見るに玄関ホールのような場所なのだろう。

 小娘は建物外へと逃れるつもりらしい。

 小娘が私の予想通り幻覚の産物なのだとしたら、ここで見失ったところでさしたる問題は無い筈だ。

 だが、その一方で、あの小娘がハーフエルフの変装、もしくはその関係者という可能性も捨てきれない、か。


 真偽を確かめる為にもこの小娘は確保しておいた方がいいのかもしれないな。


 私は移動力を高める魔法を発動させる。


「共に疾走れ〈風の息吹(ブリーズブレス)〉」


 風の補助を受けて高速の動きで建物からの脱出を図ろうとする小娘の前に回り込む。

 そして、レイピアを突きつけこの一言。


「追いかけっこはお終いだ」


 フッ、決まったな。

 後はこの小娘を〈茨の戒めソーンパニッシュメント〉で縛ってしまえばそれでいい。


「ホンット最悪、なんなのよコイツ。あの女の――は違うか。あの女にこんな耳長の、エルフみたいな知り合いは居ないだろうし、あの女に頼まれた虎助の仕業ってところかしら」


 だが、小娘は立ち塞がる私を生意気にも睨みつけると、支離滅裂なセリフをグチグチと呟き、毒々しい色の木の実を叩き付けてくる。


「何をする!!」


 私は血のように飛び散る果汁を振り払いながらも文句を飛ばす。


「エルフってのはもう少し冷静なヤツだと思ってたけどね。

 ……もしかして虎助かあの女に何かしてこっちに送られてきたとか?まあ、私としてはどっちでもいいわ。使えそうなら使う。それだけよ」


 何を言っているんだこの小娘は?

 理解できない小娘の言動に私は眉を顰める。


「ちょっと後ろを向いてくれるかしら」


「古い手を――、人族の小娘よ。私がそんな手に引っかかると思ったか」


 成程、適当な口八丁で煙に巻いて私を嵌める腹づもりか。

 どうせ後ろを向いた瞬間、逃げるなり攻撃をしてくるのだろう。

 しかし、そんな単純な手に引っかかるものか。

 私は油断なくレイピアを小娘に突きつけながら鼻を鳴らす。


「アンタがそれでいいならいいんだけどね。

 でも、私としてはちょっとでも長生きしてもらった方が有り難いんだけど」


 本当に人族という種族はまともな会話ができないのか。

 小娘の意味不明な言動に息を吐き、取り敢えず身の程をわきまえさせてやろうと一歩前に出ようとしたその直後、猛烈な風切り音が聞こえ、爆風が吹き荒れる。

 そして巨大な何かが舞い降りたのだ。


「何だこれは|?」


 舞い上がる砂埃に私は思わず叫んでしまう。

 だが、次の瞬間、放たれたプレッシャーに二の句を継げなくなってしまう。

 そして、


 まさかこの小娘は嘘や酔狂で後ろを注意しろと言っているのではないのか?


 混乱の極みの中、薄煙の先に見たものは、


「ワイバーン、だと?」


 そう、私の目の前に降り立ったのは深緑の鱗を持つ飛龍。ドラゴンニュートやサラマンダーなどといった下等竜種ではなく、龍の中では小型とはいえ、我々とは比べ物にもならな巨体を持った存在、神獣と双璧を成すと言われる龍種だったのだ。

 だが、そんな衝撃の光景の中、再び私の脳裏に閃きが走る。それは――、


「はっ?そうだ。これも幻覚か」


 幻覚の中に存在する生物もまた幻覚。あまりに強大な存在感から一瞬忘れてしまっていたが、当然の法則である。

 しかし、そんな私の結論に「はぁ!?」っと素っ頓狂な声があがる。


「何を言っちゃってるの?ああ、さすがのエルフ(?)もこんな巨大生物を見せられちゃ仕方無いかもね。私なんか最初見た時、なんにも出来なかったもん」


 鬱陶しくも人族の娘が後退りながら可哀想なものを見るような目をこちらに向けてくる。

 そして、恐ろしくも平然とこんな事を言ってくるのだ。


「因みにアンタにさっきぶつけた血生臭い実さ。なんか、そのドラゴンの好物みたいだから――」


 そこでニタリ卑しい笑みを浮かべた小娘は「じゃあ、気を付けて頑張ってね」と手を振りながら通路へするりと逃げ込んでいく。

 と、そんな小娘の後ろ姿に、不覚にも呆気に取られてしまう私だったが、


 グァガギィィィィィヤァァァァァァァァァァァァ――――アアッ!!


 至近距離で発せられた体すらも揺さぶる大絶叫に我を取り戻す。

 そして――、


 これが本物の龍が放つ暴圧だというのか。

 いや、これは幻覚だ。幻覚以外にありえない。

 しかし、たとえここが幻覚の中だとしてもだ、これ程のプレッシャーを放つ相手はマズ過ぎる。

 幻覚を受けたものの精神がその幻覚が創り出す結果に押し潰されてしまった場合、幻覚の中で起こった事情が現実の体に跳ね返ってくるなんて現象が起こりえる。

 まさかあのハーフエルフがこれ程までの幻覚の使い手だとは、このままでは嬲り殺しにされるだけではないか。

 どうする?どう逃げる?

 その時の私は不覚にも逃げることしか考えられなくなっていた。

 しかし、龍種を相手にどう逃げきれというのだ。

 〈世界樹の嘆きユグドラシルプレッシャー〉を使うか。

 ダメだ。このワイバーンが長い詠唱を許してくれるとは思えない。

 詠唱を破棄した〈茨の戒めソーンパニッシュメント〉で時間稼ぎをするか。

 ダメだ。相手が龍の中ではパワーが無いワイバーンだとしても、素早さを求め強度を落とした魔法で足止めできるとは思えない。

 団長より賜ったミスリルの細剣(エルブンピアス)さえ無事だったのなら、まだ、羽に一太刀でも入れて逃れることもできたかもしれないのに。

 しかし、今はそのミスリルの細剣(エルブンピアス)も幻覚の影響下にあるのだ。

 ここはもう数で足止め、撤退するしか手はないのか。


 私は轟声を放ち襲いかからんとするワイバーンを眼前に、取るべき行動を素早くまとめ、腰にさげた革袋の中の小瓶をを床石に叩きつける。

 ぶち撒けられた液体は霊樹の樹液を触媒に精霊喚起を発動させる希少な触媒。


「顕現せよ〈木漏れ日の精霊(ライトキャップ)〉」


 私の声に応じて、光り輝く樹液の中から、十、二十と光の精霊が召喚される。

 と、私は召喚された小さき者を囮に小娘が逃げ込んだ細い通路に身を滑り込ませる。


「くそ、なんで私がこんな目に――」


 不格好な遁走についそんな悪態が口をついて出てしまう。

 だが、狭い通路にさえ逃げ込んでしまえばこちらのものだ。狭い通路にワイバーンは入ってこれまい。

 ワイバーンの巨体と通路の狭さを比較して、私は心に余裕を取り戻す。

 しかし、そんな安堵も長くは続かなかった。


 ゴリッ――、


 肩越しに聞こえた音に振り返ったその先で、私は信じられない光景を目撃することになったのだ。

 ワイバーンが石で作られた細い通路に強引にその巨体をねじ込み、壁を破壊しながら追いかけて来たのだ。


 なんることだ。ワイバーンが作り出す悪夢の光景に私は慌て、残っている〈風の息吹(ブリーズブレス)〉の効果を全開に、先行する小娘に追いつかんと飛ぶように走り出す。

 だが、そんな私の動きに気付いたか、先を行っていた小娘が逃げながらも上半身を捻り、


「囮の分際で、なに逃げようとしてんのよ!!」


 手に持った魔法銃を撃ってきたのだ。

 しかし、今は貴様に構っている暇はない。

 背後からの龍、前方からの魔弾。どちらが脅威なのかは考えるまでもないからだ。

 私は迫りくる魔弾を「邪魔だ」と払い除け、むしろ小娘こそが贄となるべきだと更に加速すべく、発動中の〈風の息吹(ブリーズブレス)〉に魔力を上乗せしようとするのだが、

 目の前に飛んできた魔弾を払い除けたと思ったその瞬間、小さな魔弾が電撃のように弾け、私の体の自由を奪ったのだ。


 麻痺性の魔弾だとっ!!


 一瞬の内に全身を駆け巡った麻痺の魔法効果によって足元から崩れ落ちる私。

 そんな私を見て、してやったりといわんばかりの口端を歪めた小娘は、私を生贄に悠々と通路の奥へと消えていく。

 そして、とり残された私はといえば――、

 ワイバーンにはすぐに追いつかれ、真っ二つに切り裂さかれ、激痛の中、その(アギト)に噛み砕かれと、散々痛めつけられた挙句、そのままワイバーンに飲み込まれてしまうという最後を迎えるのだった。


 しかし、そんな悪夢も泡沫の夢だったかのようにすぐに消えて――、


 次に私が気がつくと、そこは先程までいた遺跡の内部だった。

 どうやら幻痛による精神の崩壊は免れたようだ。

 だが、その耳には瓦礫が崩れ落ちる破砕音が残っていて、

 いや、これはいま現在、聞こえている音なのか。

 ふと過ぎった嫌な予感に、まさかと通路を覗き込んだそこには数瞬前に見たばかりのワイバーンの姿があって、視線がぶつかったその刹那、ブレスが放たれる。

 目の前が赤に染まり、全身を焦がす熱痛が私の命を奪う。

 だが、悪夢はそこで終わりではなかった。


「また、この場所だと?」


 ブレスによる熱痛から解放された私が見たのは、先程までいた場所とぼほ同じ、石で作られた建物の内部だった。

 そして、二度の死を迎えた私は思い至る。

 もしやこれは、一度の幻覚で魂を殺すのではなく、同じ幻覚を繰り返すことによって、徐々に精神をすり減らしていく類の幻覚魔法なではと――、


 痛みでも解除できない絶妙な強度をもった幻覚で縛り、心が、魂が、じわりじわりと折れ圧し曲がるのをただ淡々と待ち構える。

 いかにも陰湿なハーフエルフが好みそうな魔法である。


 しかし、あれだけ強大な存在力を放つ幻覚を用意して精神的なダメージがこの程度にしかならないといことは……。

 顎に手を添え、今迄の情報を一考した私はおもむろに服を脱ぎ捨てる。

 まず、服を脱ぎ捨てたのは、ワイバーンとの二度目の接触が果実の臭いを辿られたからではないかと考えたからだ。

 そして、これだけの幻覚空間を作り上げるのなら、どこかのこの魔法の核となる何かが存在している可能性が高いのではないかと考え、高い場所からならその核を探せるのではないかと建物を出る。〈茨の戒めソーンパニッシュメント〉を使って外壁を登ろうというのだ。

 外壁から建物を登ることは飛龍であるワイバーンに発見される危険を伴うが、いまさっき建物内部でワイバーンに出会した今ならこちらの方が手っ取り早い。

 私はワイバーンの気配を探りながらも魔法を発動。意図的に棘を無くした茨を伝って石組みの建物を上へ上へと登っていく。

 そして、周囲を俯瞰できるテラスに陣取ると、改めてこの幻想世界の分析に取り掛かる。

 どうやらこの幻覚世界は植物に埋もれた巨大な廃都のようになっているらしい。

 私が何度も復活した建物は全て同じ建物だったのだろう。大きな建物は今いるここだけのようだった。

 私は〈精霊眼〉と検知系の魔法を幾つか発動させて、この世界を形作る魔素の流れを検分する。

 と、やはりこの空間は何らかの魔法によって構築された世界のようだ。

 そして、検分を進めたところ、小さな石組みの建物が立ち並ぶ街の一角、円形広場の中央に魔素が濃い部分があることを発見する。

 遠見筒を取り出してその広場を見ると、そこにはこれ見よがしに巨大な魔法陣が描かれていた。


 所詮はハーフエルフの小娘か。


 どうやらハーフエルフは、この幻覚世界を構築する魔法式を、隠匿できるほど簡略化することができなかったようだ。

 私はハーフエルフの詰めの甘さを鼻で笑うと、廃都を監視するように空を舞うワイバーンに警戒しながら、魔法陣に向けて移動を開始する。

 するとその道中、石の街並みの片隅で、同じく魔法陣を目指す黒髪の小娘の背中を発見する。

 この都合のいいタイミングでの登場に、これも何らかの仕掛けの一つなのかとも疑ったのだが、コソコソと移動する小娘の行動はあからさまに不自然である。

 と、そんな動きに思い出すのは最初に出会した時の小娘の態度だった。

 そういえば、最初に出会した時にも小娘は、忌々しげに『あの女』とか言っていたな。

 もしかするとあの小娘も私と同じくハーフエルフの小娘に捕えられた口なのではないか。


 だとしたなら使えるかもしれないな。


 私は僅かな時間物思いに耽ると、小娘の背中を追いかけながらも周囲に視線を走らせる。

 そして、小娘を追いかけ少し進んだ建物の前、花壇のような場所で目当ての物を発見する。


 まだ青いようだが。この香り、間違いない。


 それはパイナップルのように草の間に実る果実。小娘が私にぶつけてきた血のような臭いを放つ果実だった。

 私は果実の臭いが少しでも漏れないようにと肌着を脱いでその青い果実を包み込み、再び魔法陣を目指す小娘の後ろをピッタリとついていく。


 それから暫く、気配を殺して進むことどれくらいだろう。

 魔法陣が目と鼻の先に見えてきたところで、私はおもむろに肌着にくるんで持ってきた果実を取り出すと、その果実を先行する小娘の背中に投げ当てる。

 突然の不意打ちに小娘が振り返る。

 そして、私の姿を確認するなりこんな風に言ってくるのだ。


「へ、変態」


「誰が変態か」


「上半身裸で女の子の後をつけてきたヤツのことを変態以外にどう言えってのよ」


 ぐっ、なんと失礼な小娘なのだ。

 だが、今は小娘の無礼に張り合っている場合ではない。

 既に果実()は投げられたのだ。一刻も早く行動しなければ、こちらも果実の臭いを嗅ぎつけたワイバーンの餌食になってしまうかもしれない。

 私は小娘の暴言に湧き上がる怒りを抑えると、喚く小娘を無視して魔法陣へと走り出す。

 だが、そんな私の動きに対し小娘からの横槍が入る。

 連射される魔弾。おそらく前回と同じく、その魔弾には麻痺の追加効果が宿っていることだろう。

 私はそれを木漏れ日の妖精(ライトキャップ)で撃墜する。

 希少な触媒を小娘ごときに振る舞うのは勿体無いが、これがワイバーンから逃れることに繋がるのなら、それもまた已む無しだ。

 と、噂をすればヤツが来た。

 私達が戦う上空にワイバーンがその姿を現したのだ。

 これでワイバーンが小娘に襲いかかれば決着だ。

 私は木漏れ日の妖精(ライトキャップ)の残存数を気にしながら魔弾を連射してくる小娘に言ってやる。


「そんな事をしていていいのか。果実の匂いにつられてあのワイバーンが降りてくるぞ」


「はぁん?そんなこと分かってるわよ。だからこうしてアンタを足止めしてんじゃない」


 はっ!?何を言っているのだこの小娘は……、


 いや――、


「き、貴様、相打ち狙いか!!」


「ふふん。一人だけならどうしようもないことも、二人いればどうにかなるなんてこともあるでしょ。だからアンタに先を越される訳にはいかないのよ」


 片方の手で魔法銃のグリップをがっちり固定。もう片方の手を浮かせるようにして人差し指でトリガーを連打。最早、狙いなど関係なしとばかりに魔弾の連続発射してくる小娘。

 その一方で、バッサバッサと頭上から聞こえてくる死の羽音は着実に近付いてきていた。


「くっ、貴様わかっているのか。貴様の協力があればこの幻覚からの脱出が出来るのだぞ。それは貴様も望むところだろう」


「アンタ、まだそんなこと言ってんの?あの魔法陣は単なる脱出地点よ。だからアンタにあそこにいかれると私が困るワケ」


 すれ違うお互いの意見。

 そして飛び交う魔弾と精霊。

 しかし、それも数秒の交差だった。

 そう、ワイバーンが私達を補足したのだ。

 まず殺されたのは小娘だった。狂ったように魔弾を連射しているところを、一気に急降下してきたワイバーンに一飲みにされてしまったのだ。

 小娘が殺られたのを見た私はすぐに魔法陣へと動き出そうとするのだが、

 場所が悪かった。

 先行していた小娘が一飲みにされたことで、ワイバーンが魔法陣への道を塞ぐ格好になってしまったのだ。

 結局、私もあっさりとワイバーンのブレスの餌食となり、気が付けば例の石の建物の中にいた。

 そして、


「貴様の所為だからな。あそこで貴様が協力していたのなら魔法陣をどうにかできたかもしれないというのに」


「アンタが私を出し抜こうとしたのが悪いんじゃない」


「くっ、これだから下賤な人族は嫌なのだ」


 最早、我慢ならんとミスリルの細剣(エルブンピアス)を抜く私。

 しかし、いざ小娘に襲いかからんとしたその時だった。若干困惑の色を帯びた声が割り込んでくる。


「ええと、これはどういう状況です」


 見れば、あの忌々しい黒髪の小僧が立っていた。

◆ちょっとした補足


 ディストピアの中でも会話が成立しているのは、ディストピア本体に翻訳の魔法式が組み込まれているからです。ベルなどにも組み込まれる量産型タイプなので虎助の持つ〈バベル〉には及ばず龍語の翻訳にまでは至っておりません。

 あと、ミスリルの細剣(エルブンピアス)はフルーレ(刺突剣)ではなくてレイピアなので斬ることも可能なのです。(ミスリルの強度を生かした細身の両刃剣といった雰囲気です)

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