勇者見参
第二回投稿です。
一旦書き上げたもののチェックで読み返すと、いろいろ至らない部分が多くて結構キます。
余裕が出来たら書き直したいけど、そんな余裕無さそうだなあ。
筆が早い方が羨ましいです。
アヴァロン=エラの入り口であるゲートというものは、幾多の世界で自然発生的に現れる空間の歪みが、不安定なこの世界と繋がってしまった一種のワームホールのようなものである。
それをストーンヘンジのような、魔素という魔法の根源たるエネルギーを存分に含んだ石材で作られた、直径百メートルはある超巨大魔法陣によって一点に収束させる事により、安定したゲートとして機能させている。
以上のような理由から、本来は特殊な魔導器、もしくは、意図的に空間移動を可能とする高レベルの魔術素養を持つ者など、恒久的な移動方法を持たない者は、魔獣・魔人・悪魔等々と、人間にとって厄災と呼ぶにふさわしい危険生物がひしめく魔素濃度の高い空間に偶然発生する次元の歪みに飛び込むしかこの大地へと降り立つ手段はないのだが、どんなものにも例外はあるもので、偶然が重なった自然現象による結果から、魔素の薄い空間でも超天文学的な確率の幸運によって、魔素の薄い空間などでもこの世界へと繋がる次元の歪みが不意に目の前に現れたりすることがあるらしく、その場合は誰にでもこの世界への来訪が可能であり、だから時折こんな人物も訪れたりする。
「オラァ。殺されたくなけりゃこの店の金を全部出しやがれ!」
「こちとら一国の騎士団と一戦交えてきた後だ。なにすっか分かんねえっての」
「オイオイお前等、犯るにしろ、殺るにしろ。すること済ませたらさっさと逃げんぞ。王国軍に追いつかれたら面倒だ」
脅し文句と共に彼等の口から語られる自慢話を聞くに、この明らかに気質でない人相を持つ彼等の正体はおそらく野盗の類だろう。
どこか国の軍隊から逃げている最中に、ラッキーなのかアンラッキーなのか偶然発生した次元の歪みを通ってこのアヴァロン=エラに迷い込んでしまったと、
そして、すぐ目につく建物で逃走資金を調達しようと押し入ってみれば、希少な薬品の数々が並んでいるではないか。何より一際きらびやかな剣を見つけてしまっては野盗としてやることは一つしかない――って感じで押し入ったのかな。
三人組の会話から、ここに至るまでの経緯を予想した僕は、次に彼等の持つ武器に目を向ける。
彼等の得物はブロードソードに棘付き棍棒、そして手斧。
この程度の相手ならベル君に頼めばすぐに制圧できるんだろうけど、下手にちょっかいをかけると店の商品に被害が出かねない。
取り敢えず、単価の高い魔法薬なんかをベル君にこっそり回収してもらうとして、
オーナーには、店内に被害を出さないで、族を無効化できるみたいなシステムを早目に作ってもらうように頼んでおかないと、
僕が現状できる事、そしてこれからの対策を考えていると、
それが無抵抗であると取られてしまったのか、マリィさん共々、武器による恫喝でカウンターの奥に押し込まれてしまう。
そして、男達がまず目を向けたのは、カウンターのすぐ近く、ポリバケツに無造作に突っ込まれたおどろおどろしい武器の数々だった。
「おうおう何だよ。俺等にピッタリな極悪そうな武器がたんまりあんじゃねえかよ」
「それよかコイツだぜ。兄貴、飾ってあるの」
「ああ、金でできてんのか。売ったらいくらくらいになるんだ?」
喜色にまみれた喝采をあげた彼等は、ポリバケツの中の剣を手に手に装備を一新、盗賊としてのメインディッシュにと黄金の剣に手をかけるのだが、それはあまりに無謀というものだ。彼等のような不逞の輩にエクスカリバーが答えてくれる筈がないのだから。
「なんだよこれ。動かねえじゃねえか」
立ち位置や言動から見て、おそらく彼が集団のリーダーなのだろう。
部下二人が早々に不動のエクスカリバーに一蹴された後、満を持して最後に挑んだ髭面の男が、ピクリとも動かないエクスカリバーに苛立ち横腹に蹴りを入れる。
だが、それがいけなかった。
鋭すぎる切れ味ゆえか、それとも剣に宿る意思がそうさせたのか。
剣の腹の部分を選んで、しかも何か獣の皮で出来ているのだろう分厚いブーツを履いた足で蹴りを入れたにも関わらず、髭面男の足の甲から鮮血が吹き出したのだ。
まさしくそれは自業自得なのだが、この手の輩の傲慢かつ自分勝手な態度というのは様式美のようなものなのか、簡単な手当をする傍ら、仲間の一人がカウンターに詰め寄り、がなり立ててくる。
「おいテメエ、あんな危ねえ剣しまっとけよ。兄貴が怪我しちまったじゃねえか。どうしてくれんだよ」
「すいません」
「てか慰謝料だろ。金を出しやがれ。金はどこにしまってある」
意味のない一騒動がなくても同じ台詞を吐いただろうに、男は奪った武器をちらつかせ、金切り声で捲し立てる。
とはいえ、僕も場合によって即座に危険地帯に様変わりするこの万屋で、半年ほど雇われ店長を任される身だ。この手のクレーマー対応などには慣れたもの、
いつものように謝罪から入り、相手の気を落ち着かせて、さて、ここからどうしようかと考えていたところ、割って入ったのは、たまたま居合わせて、巻き添えをくらっていたマリィさんだった。
「文句が言いたのはこっちですの。あなた達の汚い血でエクスカリバーに汚さないででいただけます」
だが、彼女にとって何よりも優先されるのは武器を想うマニア心。
押さえていた我慢を爆発させたマリィさんが男達に詰め寄るが、男達は度を越した武器マニアからの抗議など完全無視。逆にいやらしい視線を自己主張の激しい胸元にむけて言う。
「ただの嬢ちゃんかと思っていたけどよ。よく見たらいい体してやがる。店員か?調度いい。ちょっと相手をしてくれよ。捕まえてた女は全員売っぱらっちまったから溜まっちまってしょうがねえんだわ」
腕を掴み引き寄せようとする盗賊A。
しかし、伸ばした無骨な手はマリィさんによって払い除けられてしまう。
「誰があなた達のような下賤の輩の相手などするものですか」
すると三人組はしょうがないとばかりに肩をすくめて失笑――からの、
「アアン!?俺たちゃ泣く子も黙る黒い山猫団だぜ。嬢ちゃんみたいな商人がさからったらどうなるか分かってんのか?」
翻訳魔具の誤変換のようなものだろうか。可愛らしい組織名が聞こえてくる。
「小兄ィ。勢い余って殺さないでくださいよ。これだけの上玉だ。いい金になる」
「そうだぜ兄弟。こちとら怪我させられた治療費を貰わなきゃなんねえからな」
こんな気品のある商人がどこにいるだろうか。
完全に勘違いしている三人組はふざけ合うようにしながらも、売り物である剣をこれはもう自分の獲物だとばかりにチラつかせ、自分達がいかに悪なのかをひけらかす。
そんな三人組に対してマリィさんは仁王立ち、ぶつぶつと呪いの言葉を紡いでいく。
「やめて下さい。それ以上は危険です!」
その小さな呟きに危険を感じた僕が、平穏無事にこの場を収めるべく両者の間に割って入るのだけど、
「邪魔すんな」
と、危ない!!
不機嫌な声に乗せて髭面男が振り回した黒い大剣にあやうく斬られてしまいそうになってしまうも、ギリギリのところで身を反らして回避。
しかし、黒大剣の効果を恐れてちょっと大袈裟に躱した結果、つい距離感を間違えて後ろにあった商品棚に頭をぶつけてしまう。
「虎助っ!!」
「ハハッ、文句でもあんのか?テメエみたいなモヤシ野郎に何ができるってんだよ」
そんな僕を見て、笑う男達の一方で、マリィさんから心配の声が飛ぶ。
うわっ、今のはちょっと恥ずかしかったかも。
棚に強か打ち付けた頭を抑えながらも立ち上がった僕が、言葉で解決出来なさそうな雰囲気に、仕方が無い。抑えていた強行手段に出ようとしたその時だった。入り口のアルミサッシが勢い良く開く。
そこに立っていたのは真っ赤なスケイルアーマーを身に纏った青年だった。
彼はそれぞれに武器を緩く構える三人組を見るなり腰の銀剣を抜き、男達に向けてこう一喝する。
「止めろ。そこまでだ!!」
その登場はまさに正義の味方。
だが、声を掛けられた三人組の方はといえば、プッと吹き出して、
「なんだぁ。もやしがもう一本増えちまったぜ」
誂いの言葉を口先で転がしもう一度笑い合うと、これが見えないのかと、先ほど奪ったばかりの黒大剣を肩にトンと担ぐようにして威嚇する。
「俺は止めろと言ったんだが」
しかし、青年はそれに怯むことなくフラットな声で警告を繰り返すと、赤茶の長髪をふわりとなびかせ、霞むようなスピードでリーダー格と思しき髭面男の喉元に銀の切っ先をヒタリとあてがう。
「ビビるかよ」
だが、髭面男は降参するどころか、やれるものならやってみろ。そう言わんばかりに、肩に構えていた黒大剣を無造作に振り下ろす。
わざわざ二度の警告を挟んだ青年に剣を振るう度胸が無いと判断したのだろう。
しかし、ただ力任せの攻撃が初動を気づかせない青年の剣技に叶う筈がない。
無骨な斬撃が届くよりも早く青年は剣を引いて軽くバックステップ。髭面男が放った打ち落としを躱す。
だが、そこで青年の動きは止まらない。
攻撃を空かされ、地面を叩いてしまった髭面男の剣を、衝撃で握力が緩む瞬間を狙って、掬うように弾き飛ばすと、その懐に滑り込み、今度は頬を撫でるように一突き。
その際、薄皮一枚を裂いたのか、つうっと一滴、男の髭の上を滑り落ちる。
「さて、武器を失ってしまったがどうする?」
「わかったよ。降参だ――――とで言うと思ったか、武器ならたんまりあんだよ」
相変わらず甘い青年に追い詰められ、今度こそ白旗をあげるかと思った髭面男だったが、手を変え品を変えよくやるものだ。
今度は青年の顔に向かって唾を吐きかけると、直ぐ側のポリバケツに刺さった剣の一本を抜き取り、反撃に転じようとする。
しかし、それは最悪の一手だった。
「ああ。ダメです」
割り込ませた僕の忠告も髭面男は完全無視。新たに手にした鈍色の片手剣をメッタ斬りとばかりに振り回し、店内の商品を巻き込みながらの猛攻を見せる。
かたや受ける側の青年は、狭い店内、荒れ狂う苛烈な連撃を最小限の動きで躱しつつ、攻撃の合間を縫って刺突を入れていく。
と、これも警告という意味でだろう。ホームベースのような顔の片側、自慢の髭を削るように挿し込まれた鋭い突きに、髭面男はたたらを踏んで後退、先の猛攻で棚から落ちて割れたポーションの破片を踏んづけてしまう。
ギャアと野太い悲鳴があがり、
「テメェ等、助けやがれ!」
リーダーからの救援要請に店の隅に追いやられていた二人も参戦する。
しかし、一対三となった戦いも青年の勢いは止まらない。
三倍になったメッタ斬りを怯むこと無く受け流し、「これ以上の、攻撃は、実力を、持って、排除、するが」と隙間隙間に警告の言葉を返していく。
そんな両者の動きに色んな意味でハラハラさせられながら、僕も「あの――」「その――」と男達を止めようとするのだが、対峙する青年と三人組は聞き耳を持ってくれない。
と、一人乗り遅れたマリィさんが怒りが篭った右手を彷徨わせ、呆れ混じりに訊ねかけてくる。
「ねぇ虎助。あの方々は武器に添えられた注意事項が読めないのかしら?」
「いえ、あの人も翻訳魔法の効果範囲内にいますので、文字を理解することはできると思いますよ。ただ、単純に読んでないだけかと」
「ですわね。ところで彼等がいま持っている〈魔剣〉にはどのような効果がありますの?」
「ええとですね――」
僕がマリィさんからの質問に答えようとしたその時だった。
呑気に聞こえる会話が気になったのか、それとも僕達を人質にしようとしたのか。青年から逃げるように走ってきた髭面男が怒声を飛ばす。
「何ごちゃごちゃぬかしてやがんだ!!」
しかし、戦闘の最中に背中を見せるのは愚の骨頂、実力の差を数的優位で埋めていた彼等にとって、それは致命的なミスだった。
青年は髭面男よりも一段格下だろう二人をたったの二撃、剣の柄を利用した打撃で片付けると、商品棚を回り込むように、僕達の方に駆け寄ろうとする髭面男を追い抜き、両手持ちにした銀剣を髭面男の手に握られる鈍色の剣の根本に叩き付ける。と、
「君はここの店員か?武器を一つ壊してしまった。すま、ない?」
セリフから察するに青年は武器破壊でも狙ったのだろう。
だが、自らを誇示するように放った言葉は、その途中で覚束なくなってしまう。
青年の予想に反して髭面男が持つ魔剣は無事だったのだ。
「へっ、カッコつけやがってこの野郎!!」
一転して隙だらけになってしまった青年に、髭面男が反撃に打って出る。
しかし、直前の立合いからも力の差は歴然だった。
揺らぐ精神を瞬時に立て直した青年は、ただ振り回すだけのワンパターンな髭面男の攻撃を軽くいなして、その懐に潜り込むと、
「ならば仕方がない。彼等と同じように少しの間、眠ってもらうとしよう」
前の二人と同じく、剣の柄を胸の中央――水月へと打ち込んで、油断無く男の意識を刈り取り、納刀。
「やあ。君たち。大丈夫だったかい」
ファサ――、ナルシストにも髪を掻き上げ振り返った青年は爽やか笑顔を浮かべ、怒れるマリィさんに手を差し出すのだった。