グラムサイト
◆GWという名前の平日……。
それは師走の気配を感じ始めたある朝のこと、
自宅を出て、学校に向かって歩いていると、後ろから「おーい」と坊主頭が寒々しい元春が走ってきて、
「どしたん今日は、眼鏡なんかして、ソニアっち絡みの実験か?」
「うん、グラムサイトの効果を確かめてるんだ」
「グラムサイトって――いわゆる妖精眼だよな。
ちょい貸してみ」
さすがは元中二病――、
元春なら、名前だけで通じるんじゃないかと説明を省いてみたんだけど、それだけでこの食いつきよう、おそるべしである。
まあ、詳しいことはよく分かっていないんだろうけど、僕の顔からシンプルなオーバル型のメガネをひったくった元春は、それをすぐに装着。
仄かに紫がかったグラス越しに周囲の景色を見回して、
「おお、なんか見える。見えるぞ。
なんなんこの光、魔力とかそういうのん?」
「魔素なんかも捉えてるんだろうけど、基本的には原始精霊だね」
原始精霊なら、星祭りの時なんかに肉眼で見たことがあったと思うんだけど、元春なら忘れてるよね。
「これがそうなんか。
思ったよりもってか、アホみてーにいっぱいいんだな」
「グラムサイトは性能がいいから」
そもそもこのグラムサイトのレンズは、魔王様の拠点にある地底湖の――、
さらに言うなら、ニュクス様のご住まいにあったクリスタルから作られているもので、精霊との親和性がとても高いのだ。
だから、普通なら見えないようなものまで拾って見ることが出来るようになっていて、今日はその度合を確かめようと、地球側での実験をしているのである。
「けど、こんなもん作ってどうすんだ?」
「それなんだけど、ハイエストが調べてたっていう八百比丘尼さんっていたでしょ。
ソニアといろいろ実験するうちに、もしかするとどっかで生きてるかもって話になってね。
その予想が当たってたなら、彼女を探すには専用の道具が必要になるでしょ。
それで作ったのが、このグラムサイトってわけ」
それは、精魔接続と名を改めた精霊合身を実験した際の何気ない閃きがきっかけだった。
八百比丘尼が不老不死になったのは人魚の肉を食べたのが原因だということは、いろいろな昔話として残っている。
しかし、ふつうの人魚――もしくはそれに類する魔獣の――肉を食べたとして、そう簡単に不老不死になれるのだろうか。
いや、そうはならないんじゃないか。
もし、なれるとしたら、それは龍種など、膨大な魔素を持つ存在のシンボルを取り込んだ場合か。
もしくは存在そのものが不滅である、精霊と何らかの形で契約がなされた場合ではないかと、
もっというなら、精霊合身のような状態に成っていたのではないかと、
それが原因で見えない状態になっているだけじゃないのかと、
そんな可能性が浮上して、
だとするなら、その状態の八百比丘尼を見つけられるように、その捜索にあたってくれている義姉さんなどに、精霊が見えるようなアイテムを渡しておいた方がいいかもと、今回このグラムサイトを作るに至ったのだ。
「じゃあ、こいつは八百比丘尼を見つける為のアイテムなん?」
「一応はそうなんだけど、それ以外にも魔力の流れなんかを見ることができるみたいだから、他のことにも転用は出来ると思うよ」
「マジで、ちょっとやってみ」
「いや、さすがにここじゃ魔法は使えないでしょ」
今はまだそんなでもないが、タイミングによっては人通りの多くなる通学路で、イキナリ魔法をぶっ放すなんてのは目立つなんて騒ぎじゃない。
ただ、プライベートモードの魔法窓なら問題ないのかと、僕が手元に不可視の魔法窓を呼び出したところ、元春の反応は劇的だった。
「おおっ、なんかいろんなとこに線が繋がってたんだな」
「そうじゃないと動かないしね」
供給源があって、通信先があって、情報を引き出している対象が存在する。
魔法窓はそれら対象と魔力線で繋がっていて、その効果を発揮しているのだ。
グラムサイトを使えば、その流れを原始精霊などを介して間接的に見ることが出来るようで、
「しっかし、これならなんかおもしれーモンが見つかるかもな」
さすがにそれはどうなんだろう。
グラムサイトの性能を考えたのなら、元春の期待もあながち間違ってはいないとも思うのだが、こんな何の変哲もない通学路だと、いろんな原始精霊を見つけるのがせいぜいで、元春が想像するような大きな発見はさすがに無理なんじゃないかと、僕なんかはそう考えていたのだが、
住宅街の道を進み、小さな交差点に辿り着いたところで、元春が「おっ」とワントーン高い声を上げ。
「なあなあ虎助、あのなんて言うんだっけか、交差点の真ん中でピカピカ光るヤツ。
あれになんか光が集まってんだけど」
「交差点のピカピカって、道路鋲のことかな?
だったら多分、そにあが仕掛けたトラップだよ」
僕や元春など、万屋関係者の自宅周辺には、ハイエスト絡みでちょっとした結界や探知などを含めた魔法が設置されている。
元春が見つけたのはそうした魔導器の一つなんじゃないかと、僕は言いながらも、しかし、グラムサイトでそんなことができるのか。
もしできるとするなら、ソニアに報告しておいた方がいいかもしれないと、似合わないメガネをかけて、キョロキョロと挙動不審な元春を横に、ちょうど手元にあった魔法窓から、今しがた元春が気付いた情報をソニアに報告。
そうしている間に、また元春がなにか見つけたみたいだ。
「てか、よく見りゃ、空にもなんかぴゅんぴゅん飛んでんのがあんな」
「空っていうと、通信網が視覚化されてるんじゃないかな」
僕の家を中心に、魔女のみなさんの拠点やら加藤さんのお家、川西隊長率いる特殊部隊のみなさんの出入り先と、地球でもいろいろな場所で魔法窓が使われている。
その発信地は当然そにあが居る僕の家であり、そこから発信されている通信派がグラムサイトでは見えているのではないかと、元春に伝え。
その後は何事もなく学校に到着するのかと思っていたのだが、今日の元春はなにかもっているのか、ここで三度、元春のとぼけた声があがり。
「ありゃ、あの子の周りだけめっちゃ精霊がたかってんぞ」
「そうなの?」
「見てみ」
元春に押し付けられるように返されたグラムサイトを掛けて――少しは遠慮して欲しいのだけれど――ビシリと元春が指差す先にいた、同じ高校の後輩らしき女の子を見てみると、たしかに、その女の子の周囲には色とりどりの光の粒が舞っていた。
「けど、あれ、誰なんだろう?」
「おいおい虎助、馬添麻珠ちゃんを知らねーのか」
と、無駄に自慢げな元春が言うことを信じるのなら、
その馬添麻珠さんなるその後輩は、先々月の半ばにこの街に引っ越して来たばかりのようで、転校からすぐに一年生でトップ3に数えられる美少女と評判になった子なのだそうだ。
たしかに、どことなくハーフっぽい顔立ちで人気が出そうな女の子である。
「で、そのスリーサイズであるが驚きの――」
と、そういう情報はいらないから――、
興奮から声が大きくなり始めた元春を物理的に落ち着かせたところ、周囲の視線とおばさま方のヒソヒソ声から、さしもの元春も空気を読んでくれたのかな。
「ハイエスト関連とか?」
まあ、このタイミングでの転校ということで、元春が気にするのもわからないでもないのだが、
ただ、無駄に細かい元春の情報を信じるのなら、彼女が転校してきたのは、義姉さんが魔女の廃工房でハイエストからの襲撃を受けるよりも前のことで、
そんなタイミングを考えると、彼女がハイエストの回し者であることは考えづらく。
「それに、漫画とかじゃないんだから、
わざわざ監視要員を転校生として送り込んでくるメリットなんてほぼないでしょ」
「そう言われっとそうだよな」
そう、たかが監視、たかが偵察ならば、わざわざ目立つ転校生として学校に乗り込んでくる必要などないのだ。
いや、むしろそうじゃない方がやりやすいだろう。
それに、彼女の転校からしばらくして、別の監視の目があったのだ。
そんな事実を考えると、彼女がハイエストの関係者である可能性はかなり低く。
「だったら、麻珠ちゃんは何者なん?」
「さあ、ただの無自覚な精霊使いとか?」
「って、そういうのもあんの?」
「いや、元春だってステイタスカードを使わなきゃ知らなかったことがあるでしょ」
素っ頓狂な声で聞いてくる元春だったが、元春の【G】なんてまさにそれである。
実際、僕も自分の家が忍者関係者だったなんて、実績に加えて母さんの証言がなかったら、たぶん本気で信じることもなかっただろうし、それ以外にも義姉さんに正則君、次郎君とこちらで取った変な実績は数多くあるのだ。
それが、正規の――といったら語弊があるか、無自覚に魔法に通じるなにかを持っていたとしても不思議ではないのではないのか。
「となると逆に気にならね。
こっそりステイタスとか見ちまうとか」
たしかに、元春の気持ちもわからないでもない。
わからないでもないのだが――、
「さすがにそれはどうなのさ」
「う~ん、次郎みたいに特殊性癖がバレっと可哀想か」
それは元春が言えた義理じゃないと思うんだけど。
ただ、彼女にも知られたくない情報があるかもしれないし、そういう情報を本人の承諾無しに見てしまうのには抵抗感がある。
なにより、僕達が行ってイキナリ精霊がどうのこうのとか話しかけることは、とても勇気が居ることで、
「とりあえず、彼女のことは気にかけておくくらいでいいんじゃない」
「そだな」
彼女が何者かは知らないが、必要以上に関わらなければそれでよし。
ただ、さっきの元春のテンションを考えると、いずれなんらかの形でかかわることがありそうで、
それまではただ見守るだけと結論んしながらも、
彼女のことをいやらしい視線で追いかける元春を見て、その時は意外とすぐに来るかもしれないなと、そう苦笑するしかない僕であった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




