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タラチネリザルト

「うう、こんなになっちまって――」


 地面に膝を付き、中身のなくなった肌色の柔皮を撫で、そう嘆くのは元春だ。

 元春はタラチネがすっかり萎んでしまったことが殊更(ことさら)ショックだったようである。

 しかし、そこは愛すべきお馬鹿さんだ。

 転んでもただで起きないという言葉を地でいくというかなんというか。


「けど――、けどよ。

 この手触り、この分厚さ、このままでも色々と使えるよな」


「手付きがいやらしいですの」


 と、そんな元春に汚物を見るような目線を向けるのは黄金の鎧(楯無)を身にまとったマリィさん。

 ただ、タラチネの素材そのものには興味があるらしく。


「しかし、尺ではありますが、この皮は確かに独特の肌触りですわね。

 スライムの一種という話ですが、そのスライムがどのようにして神の供物へと成ったのでしょう」


 それにはもともとそういうものだとか、食料供給の為の品種改良だとか、何らかの目的をもって調整されたのだとか、説はいろいろとあるようだが、ハッキリこれといった答えは万屋のデータベースからも見つからなかった。


 ただ、このタラチネが多くの世界で目撃されているということは、その存在は偶然ではなく、意図してあるものであることは間違いなく。

 それでなくとも、タラチネは神の供物なんて呼ばれるような存在なのだ。

 個人的には、ルナさんみたいな神獣よろしく、超然的な存在によって生み出されたという可能性がもっとも高いのではと考えている。


 と、その辺り、次に彼女(ルナさん)が来店した時に聞いてみようと心に留めつつも、僕達はタラチネの素材を余すこと無く拾い集め。


「マリィさんはこの皮、なにかに使います?」


「使うとするなら防具ですの。

 しかし、皮そのものの厚さを考えますと――」


「微妙な感じですか」


 まあ、相当な勢いがあったとはいえ、乳搾り機の針(大槍?)が刺さったのだ。

 刺突に対する耐久力はお察しで、

 その刺さった部分が、元春が称賛する柔肌の力ですぐに埋まってしまったのは大したものだとは思うのだが、防御力という意味ではそれほど高くはなく。

 そもそも、ちょっとしたブロック肉くらいありそうな皮の厚さを考えると、これを防具として使うなら、違和感が無いくらいまでの薄さにまで加工する必要がありそうだ。

 それを考えると、どんなに頑張ったところで、同じ革素材で作った漆黒の鎧・月数の下位互換にしかならないというのが正直なところで、

 ただ、神の供物として、主に打撃や特定の属性への耐性が非常に高そうなことを加味するなら、例えばマントとか、素材の質感を生かした小物などなら利用価値はあるのではないかと、そんなアイデアを出しながらも、皮の厚さに苦戦しながらもみんなでタラチネの皮を折りたたみ。

 次に視線を向けるのはミルクが入った巨大タンクだ。


 とはいえ、こちらをどう使うのかは考えるまでもなく。


「まずは試しに飲んでみます?」


「モチのロンだぜ」


 僕はマリィさんに声をかけたつもりなんだけど、真っ先に応えたのは元春だった。

 ちなみに、ふつう搾りたての牛乳などを飲むにあたり、本来、細菌の問題が発生するのだが、このミルクに関してはそれを気にしなくても大丈夫だ。


 何故なら、ソニアが気を利かせてくれたようで、ミルクを採取するにあたり、針の部分になる大槍には浄化の魔法式が刻み込まれていて、タンクの方にも同じく浄化と冷温保存の魔法が付与されているらしく、タンクに入ったミルクはそのままの状態で飲めるようになっているみたいなのだ。


 ということで僕はコップを用意。

 タンク下部に取り付けられた蛇口を捻り、採取したミルクをそのコップに注いたところで、


「では、僕が毒味を兼ねて飲みますね」


「しゃーねーな。ファーストおっぱいは虎助に譲るぜ」


 いや、厳密に言うとタラチネのミルクはおっぱいとは関係ないわけで、

 しかし、逆に考えると、このミルクはスライムの体液とかそういう扱いになるのかな。

 とはいえ、スライムらしきものに関しては既に食べたことのあるからと、

 僕は脳裏をよぎった変な想像を首を振って追い出して、まずは一口とコップを傾け。


 すると、口いっぱいに広がる濃厚なミルクの味わい。

 この味なら毒の心配はなさそうなんだけど……、


「これはかなり濃いですね」


「マジで、お前が驚くくらい濃いんかよ」


「飲んでみる?」


「モチのロンだぜ」


(わたくし)にもいただけますの」


 ということで、ここで念の為、ベル君のスキャンで問題が無いことを確認。

 二人分のミルクを用意。それをそれぞれに飲んでもらったところ。


「うは、こりゃすげーな」


「たしかに、これは通常のミルクと比べ物になりませんね」


 やっぱりそういう感想になってしまうか。

 ただ、そうなるとだ。


「脂肪分を少し分離させますか、

 やり方によってはついでに生クリームやバターも作れるでしょうし」


 普通の生乳ならこのような加工は出来ないそうだが、そこは神の供物と呼ばれる食材だ。

 ここまで濃さなら、その脂肪分などから他の加工品を作っても、問題なくおいしいミルクとして飲めるのではないかと、生クリームやバター、チーズなどの作り方を検索。

 すると、ここで元春がコップに残っていたタラチネミルクを一気に煽り。


「けど、マジで大量にゲットしたな。これ使いきれんのか」


 ふつうの牛乳の消費期限を考えるのなら、元春の懸念は当然だろう。

 しかし、タラチネから採取したミルクに限っては、さすがに神の供物と呼ばれる食材だけあって、かなり保存が効くもののようで、


「タンクそのものにも浄化がかかってるから、かなり期間保存できると思うよ」


 ただ、光や酸化による劣化を完全に防ぐのは難しい。

 しかし、それもアイスにしてしまえば期限の心配はほぼなくなるからと。

 いや、最近の銭湯の稼働状況を考えると、意外と早く消費しきれてしまうのかもしれないな。

 だったら、そうなる前に僕達もしっかりと恩恵に預かっておいた方がいいんじゃないかと。


「とりあえず何か作りましょうか。これってものがあればこれから作りますけど」


 いますぐに、なにか作れるものであれば、作りましょうかと二人に訊ねてみると、


「お、それなら、おっぱいプリ――」


「やはり、ここはシチューですの」


「寒くなってきましたしね」


 まず元春が迂闊な発言をして火弾を浴びて綺麗に横回転で宙を舞ったところで、マリィさんがシチューを提案。

 それに応えて今から軽くシチューを作ることになったのだが、


「しっかし、シチューのCMってのはなんで、あんな時期はずれにやるんだろうな」


「さあ」


 今回作るシチューはミルクがいいものなので、ルーを使わないものにした。

 とはいっても、手作りのシチューもそんなに難しい料理じゃないみたいだ。

 熱した鍋の中に、近所のスーパーで買ってきた、鶏肉、玉ねぎ、じゃがいも、ニンジンを適当な大きさに切手入れ、具材に火を通し。

 いったん火を止めたところに、ふるいを使って小麦粉を振り入れ再点火。

 小麦粉がダマにならないように混ぜながら、弱火でじっくりと炒めて、

 いい感じに炒まったところに先ほどゲットしたミルクをそのまま(・・・・)投入。

 とろみが付くまで煮込めば完成だ。


 と、思っていたよりも簡単だったシチューを小さな皿と一緒に和室に運び込み。


「ささ、マオも玲も一緒に食べますの」


「……いいの」


「勿論ですの」


 マリィさんの勧めで魔王様と玲さんが加わり、さっそく試食会になるのかと思いきや。


「玲さん、どうしたんです?」


「そのシチューに使った牛乳かなり濃いんでしょ。

 わたし、ミルクミルクしたヤツとか苦手だから」


「そうですか」


 どうやら玲さんは牛乳自体は苦手ではないものの、ミルク感が強いものはあまり得意ではないみたいだ。

 と、さすがに苦手なものを無理強いするのもどうかということで、玲さんにはみんなが食べているのを見て、気が向いたら食べてもらうことにして、彼女を除く四人で試食をすることに。


「しっかし、このシチュー普通にうめーな。

 これでルー使ってねーんだろ」


「素材がいいからね」


 バターはおろか、コンソメ(・・・・)すらも入れていないのに、まさに濃いシチューといった感じの仕上がりになった。


「ふむ、これは是非このミルクを持って帰らねばなりませんね」


 聞けば、冬が寒いマリィさんのお国ではシチューは定番の料理のようだ。


「では、タンクを作ってもらいましょうか」


 牛乳といえばステンレス製のミルクタンク。

 そして、ミルクが欲しいのは魔王様も同じようで、どうせ沢山あるんだからと、魔王様にも一缶お譲り渡すことになって、


 これは思ったよりもすぐに無くなりそうだな。


 僕はそんなことを思いつつも、工房のエレイン君に追加でミルクタンクの注文を送るのだった。

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