タラチネ
その日、学校を終えてアヴァロン=エラに赴くと、ゲート上空におっぱいが浮かんでいた。
なにを言っているのかわからないだろうが、実際そうなのだから仕方がない。
「えと、なにあれ?」
「んなの空飛ぶ巨乳に決まってんじゃねーかよ」
思わず零れた疑問に欲望まみれの顔で応えるのは、もちろん元春だ。
さて、そんな元春の戯言はいつものこととして、とりあえず答え合わせしなければと、僕はゲートに降り立つと同時にポップアップした魔法窓をチェック。
すると、どうもその空飛ぶ巨大なおっぱいらしきものの正体は――、
「タラチネっていう神の供物みたいだね」
「神の供物?
それってなんだったっけか」
「ベヒーモと同じで、神様のお供え物なんかに使われるような部位を持つ魔獣のことかな」
まあ、これには世界によって様々な解釈があるものの、要約すると神に捧げるにふさわしい食材が取れる魔獣や巨獣、魔法生物のことなんかをそう呼ぶらしい。
ちなみに、このタラチネは魔法生物で、神の供物となる素材は見た目からも想像できる通り、ミルクである。
と、そこまで聞いた元春は「ふーん」と鼻を鳴らし、上空からこちらの動きを伺っている(?)タラチネを見上げると、「よっしゃ」と拳を手の平に打ち付けて、
「そういうことなら、とりあえず足だけ変身。からの――とうっ!!」
いつになく素早い動きで、マジックバッグの中から取り出したブラットデアの下半身パーツのみを装着。
パワーアシストを受けた脚力でもって、目算にしておよそ十メートル程になるだろうか、上空に浮かぶ巨人サイズのおっぱい目掛けて大きくジャンプする。
さて、元春がなにを思って、そんな行動に出たのかというと、これに関しては言うまでもないと思うのだが――、
「すっげーやらけーぜ。サイコー」
そう、元春はただただ空中に浮かぶ巨大なおっぱいを触りたかっただけだったのだ。
まさに全身で思う存分その感触を味わわんと、キレイなボディプレスを決めた元春は僕のところに戻ってくると、
「ちょ、もう一回、逝ってくりゅぜ」
なにがしたいのかな君は――、
そんなツッコミを思いっきり入れたいところではあるのだが、
「逃げないと危ないよ」
当然といえば当然であるが、いまのボディプレスが攻撃とみなされたようだ。
見上げると、タラチネが僕達のことを押し潰さんと自由落下を始めているところで、
「虎助、行ってくれ。
ヤツはここで俺が食い止める」
バッと手を広げ、シリアスな雰囲気を出す元春。
というか、君――、ただ押し潰されたいだけだよね。
しかし、元春が一度こうなってしまったら説得は難しい。
「わかった。死にそうになったらこれ使って」
だからと僕はため息を噛み殺し、手持ちのエリクサーを三本、投げ渡すと、無駄にいい笑顔でグッと親指を立てる元春を無視して後方に避難。
タラチネの圧殺範囲内から逃れたところで、マリィさんが現場にご到着したようだ。
「虎助、状況はどうなっていますの?」
「今しがた元春が交戦(?)を始めたといったところですか」
「それにしては元春の姿が見えませんが?」
「残念ながら、元春はあの下で――」
「まさかやられてしまいましたの!?」
ええと、心配しておられるところ誠に申し訳ないのですが、
「元春は自分からあれの下敷きになっていまして」
「んん、それはどういうことですの?」
マリィさんの疑問は至極もっともなことである。
ただそれもこれも、あのタラチネという魔法生物がどのような存在であるのか、そして、元春の性格を思い出せば理解していただけるだろうと、僕が手元の資料をスライド。
すると、マリィさんはその資料を一読して、さっきまでの不安そうな表情から、すんと無表情に――、
自分の認識から元春という存在を除外でもしたのだろうか。
「それで、虎助はこれからどう対処していこうと考えていますの」
「倒すのは難しくないんですけど、相手は神の供物なので、できるだけ素材は綺麗に確保したいですよね」
あくまで当然と自分も戦いの場に加わろうとするマリィさんに、僕は困った顔をしながらも、元春のこともあり、今回はあえてその事を追求せず、工房のエレイン君達にタラチネ専用の乳搾り機を注文。
バックヤードに貯まるアイテムなどを利用して、乳搾り機を突貫工事で作ってもらう算段を取り付けて、
「そういうことでしたら、私も手伝わせていただきますの」
「でしたら、マリィさんには時間稼ぎをお願いできますか」
「時間稼ぎですの。それならば既に元春がしているのではありませんの?」
「あの攻撃だけならそうなんですけど――、
と、アクア」
ボヨヨンボヨヨンと何度もプレスされる元春を横目に、『とにかくマリィさんを安全な位置に――』とポジションなどの打ち合わせをしていると、タラチネが急に上空で動きを停止。
これはなにかあるとアクアを召喚。
僕とマリィさん――、そしてより感触を楽しむ為だろう、大の字になって地面に横たわる元春を分厚い水の膜が覆ったところに放たれる乳白色の一閃。
それはアクアの水膜を難なく貫き、そのままならば元春へ直撃するかに思われたが、光が屈折するようにアクアの水膜を通り抜ける一瞬でねじ曲がり、元春の脇へと着弾。
「今のは?」
「ライカの乳液噴射のようなものでしょうか、
突起からしか撃てないようですが、危険な攻撃のようなので、マリィさんも盾無の準備をお願いします」
「わかりましたの」
相手は神の供物と呼ばれるまでの育った魔法生物である。
さすがにのし掛かり以外に攻撃手段があると思っていたけど、まさかこんな隠し玉があるとはね。
安全の為、マリィさんが久しぶりに登場の黄金の鎧を装備してもらっている間に、僕は元春を助けようと、タラチネの下に回り込むのだが、
「た、助かったぜ虎助」
僕が元春を助けようと動いたことで、タラチネは新しい獲物が真下に来たことで好機と見たか、ふたたび自由落下を始め。
「くっ、こりゃ間に合わねーな。俺はいいから先に行け」
元春がまたド定番のセリフを口にして空を見上げる。
正直、僕としては言われた通り見捨ててもかまわないんだけれど、また超高圧の乳液噴射が放たれた場合、元春を守るのが面倒だ。
なにより元春の自由を許してしまうと、タラチネにどんどんミルクが使われてしまうかもしれない。
だからと僕は、元春の片腕を素早くひっ掴み、元春を掴む腕を一点強化。
ジャイアントスイングの要領で元春をタラチネの攻撃範囲外へと投げ捨て、それを追いかけるように横っ飛びのスライディング――というよりも、超低空の飛び蹴りでタラチネの柔肌圧殺攻撃から逃れ。
「ちょ、今のはヒデーんじゃね」
「守るのが面倒だから」
「向こうから来てくれるってシチュエーションが萌えるんだが」
本当になにを言ってるんだか。
「まあ、今日のところはおっぱいの感触に免じて許してやんよ」
「はいはい」
と、僕のなおざりな態度に空気を読んでか、ようやく元春も正気に戻ってくれたかな。
「んで、こっからどうすんの?」
不承不承と聞いてくる元春に、
「それなら、いま工房でミルクを抜き取る魔動機を突貫工事で作ってもらってるから、元春も時間稼ぎをお願い」
「つまり、それまでにおっぱいを堪能しろってことだな」
いや、まったく違うんだけど。
しかし、時間稼ぎという意味では、ある程度、元春の自由を認めても平気かな。
ということで、『できるだけミルクを使わせないように気をつけて』と忠告を入れつつも、再びタラチネに突撃していく元春を見送り。
さて、僕もフォローに入ろうかとしたとするのだが、
ここでしっかりと黄金の鎧を着込んだマリィさんが、
「専用の打撃武器を作るべきでしょうか」
「どうでしょう。楯無そのものが打撃武器と言っても過言ではありませんし」
マリィさんとしては、突撃しては何度も跳ね返される元春の姿になにか思うところでもあったのか、そんなことを聞いてくるのだが、
マリィさんが装備する楯無は、元春が装備するブラットデアの上位互換だ。
その元春があれだけしっかり戦えているのだから特に必要は無いのではないか。
僕なりの考えを返したところ、マリィさんは自分の右手――正確には楯無越しに百腕百手の格納庫を見ているのだろう――に視線を落とし。
「しかし、敵がこれだけ大物で、しかも非殺傷を制限された状態での戦いとなりますと、やはりそれ専用の兵装を用意した方が良いと思いますの」
とはいえ、多少リーチが長い武器を手に入れたとして、相手がタラチネの場合、のしかかりを受けた時点でアウトである。
まあ、元春の場合、【G】などの影響もあってか、あまり効いていなかったようだが……、
「ともかく、そういうお話は戦いが終わった後で、まずは目の前の敵です」
「そうですわね」
と、ここで会話を打ち切って、しばらく時間稼ぎに終始していると――、
少しして、数体のエレイン君が待ちに待った機械を運び込んできてくれる。
ただ、それは僕が想像していた普通の乳搾り機とは違って、どちらかというと攻城兵器とか、それに近いものであり。
「ちょ、なんか凶悪なのが来たんだけど。
乳搾り機を頼んだんじゃなかったっけか?」
「いや、普通の乳搾り機をそのまま巨大化させただけだと、吸口が乳閃でふっとばされちゃうから」
「少し考えればわかるでしょうに」
ちなみに、乳閃というのは、ウォーターカッターのような乳液噴射が、そのまま乳液噴射だと自分から受けに行きそうになってしまうからと、
冗談なのかそうでないのか、元春が戦闘中に付けた名前である。
「とりあえず、アレを使うから、元春もタラチネが動かないようにフォローして」
牽制をお願いしたところでベル君に指示を送ると、破城槌のような機械から、大槍サイズの針が射出され、微かな放物線を描きながらもタラチネの横っ腹に着弾。
「ぶっ刺さったぁ!?」
「そういう機械だから」
「お前、なんちゅうことを、なんちゅうことを――」
そんなこと言われても、タラチネからミルクを採取するのには、現状これが一番ベストな方法なのではないだろうか。
そして、元春が「くそっ」となんとも悔しそうにする中、タラチネ専用特大乳搾り機が唸りを上げて動き出し、タラチネの内部にたっぷり貯められたミルクが急速に吸い取られていくのだが、
当然タラチネの方はこれにやられまいと抵抗するわけで、
「ほら元春、逃げないように抑えて」
「そうですの。戦場にいるのならしっかり働きなさい」
「くぅ、せめて最後の感触を楽しめってか」
僕とマリィさんからそう言われ、元春も渋々フォローに入り。
打撃攻撃や衝撃の魔弾を使い、三人がかりでタラチネを抑えていると、
さすがの吸引力か、気球サイズのおっぱいはあっという間に萎んでいき。
最終的にしおしおになって地面に落下。
と、元春がそんなタラチネを見下ろして、
「……止めは俺に任せてくれねーか」
「いいけど、念のため気をつけてね」
さすがに、こうなってしまうと反撃などはまず無いだろう。
ただ、警戒だけは解かないようにと、ペラペラになって地面に落ちたタラチネの上に乗った僕達は、出来るだけ素材を駄目にしないように、魔法生物の核となるシンボルアイテムを捜索。
すると、ペラペラになった皮の中心部で不自然な盛り上がりを発見。
と、ここからは自分の役目だという元春にナイフを渡し。
それは魔石だろうか、元春がその盛り上がっている部分から、乳白色の結晶を取り上げたところで、その結晶を潰すまでもなくタラチネは動きを止め、戦いは決着と相成ったのであった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




