美女と毛皮と悪霊憑き
地下にあった大扉の前での一悶着の後――、
もともとつれてきた安心院刑事の頭の代わり、入り口のところで絡んできた天狗鬼を操る青年の頭を案内役に、僕達は自称・皇宮警察の本拠地となる地下施設を進んでいた。
ちなみに、この施設は神社本庁の地下に当たる部分のようで、地下といっても、かつて連れて行かれたアメリカの軍事施設のような場所ではなく、どちらかといえば地下神殿――、秘密の神社のような作りになっているようだ。
そんな施設内を、鬼に妖怪に悪霊と――、いかにもな式神を使役して襲いかかってくる陰陽師集団との散発的な戦闘をこなしつつ進むことしばらく。
辿り着いたのは厳島の平舞台を連想する大空間。
よくもまあ東京の地下にこんなものを作ったものだと、そんな大空間中央の舞台上には二人の男女が立っており。
そんな男女の片割れ、ゴージャスな毛皮をまとった妙齢の女性が、舞台に上がった僕達に微笑み、手を広げて、なにかを言おうとするのだが、
「ようこ――「お、お気をつけください十文字様、この者共は妙な術を使います」
ここでタイミング悪くも天狗鬼の青年がセリフを差し込んで、
場に微妙な空気が流れる中、母さんが首だけ青年の気を飛ばしてリテイク。
「ようこそ侵入者さん。あなた達のことは十二支が一人、私、十文字凶華が歓迎してあげるわ」
それはノリがいいというよりも締まらない場の空気を嫌ってかな。
隣に立つ前髪で目元を隠した青年が「殺す殺す殺す殺す」と物騒なことを呟く中、彼女は当初予定していたであろう歓迎のセリフを不遜にも言い切って、
「そう、ありがとう。
その十二支っていうのはよくわからないけど、わざわざ役職を名乗るってことは、アナタ、ここの偉い人なのよね」
「ええ――、
十二人いるトップの内の一人だけど」
ということは、この組織に明確なトップはいないことになるのかな。
嘘か本当か、リテイクをまったく感じさせない彼女の言葉に母さんは「ふぅん」と鼻を鳴らしながら。
「まあ、ある程度、権限を持っているなら誰でもいいわ。
ちょっとお話があるんだけど」
「なにを今更言ってるのかしら、アナタ達はここで終わりよ」
と、こちらの要求はあくまで『話し合い?』という母さんの要求は、当然といえば当然なのだが却下され、
不健康なまでも青白い女性の指先が鳴らされた次の瞬間、舞台の各所に立てられた柱の影から、拳銃を構えた黒服達が現れる。
しかし、ここで母さんが軽く手を振ると、彼ら黒服の額に黒い千本が突き刺さり――、
「それで、次は――」
呆れるような母さんの声と『タン、タタタン――』という銃声が重なる。
額を貫かれた筈の黒服の面々がそのまま銃を連射してきたのだ。
思わぬ銃弾の嵐を受け、その場に崩れ落ちる母さん。
その直後、『キャハハハ――』という甲高い声が平舞台の大空間に響き渡り。
「まったく綺麗に引っかかってくれたわね。
それは私が作ったお人形、頭を潰しても倒せないわよ」
目の前の女性が目元を拭うフリをして、
僕と加藤さんになにか言葉をかけようとしたのだろう。
女性の顔が僕と加藤さんに向けられようとしたところで動きが止まる。
理由は単純、彼女の耳に母さんの声が届いたからだ。
「これは屍人形でしょうかね?」
「珍しいのう。儂も何十年ぶりに見るわい」
そう、母さんは銃撃されるフリをして空蝉の術を使い、黒服達の銃撃を躱していたのだ。
そして、リアルな幻影をその場に残すと、僕達のすぐ後ろにいた男性――いや、彼女に言わせれば人形か――を引き摺り倒し、加藤さんと一緒に千本で頭を穿たれても倒れなかった検分を始めていたのである。
ちなみに、母さんがあえて強硬な策に出たのも、相手が普通の人間ではないことがわかっていたからだ。
一方、彼女にとってこの展開はまったく予想していなかったようだ。
お付きらしき前髪の長い青年と言葉を失い。
ここで二人が動かないと判断してか、母さんが、
「虎助、これどうやったら止まると思う?」
「マスターキーを使えば止まるんじゃないかな」
ここまで見てきた陰陽師の術から察するに、おそらくこの屍人形も符術とやらで動いていると思われる。
僕は悪趣味なそれに自前の鑑定魔法を向けながらそう推測すると、この屍人形を開放するといった意味でもと、施設の入り口に続き、本日二度目の登場となる破魔のショットガンを取り出し、その銃口を魔力の流れが集中する額に突き付け、引き金を引く。
「どう?」
「止まった――みたいだね」
すると、魔弾を浴びせられた屍人形が動きを止め。
せっかくなので他の屍人形も開放しようとするのだが、
「ウオオォォォォォォォォォ――」
ここで、これまでブツブツと何かを呟くだけだった前髪の青年が急に荒ぶり瞬発。
これは魔力で作った爪による刺突を狙ったのだろうか。
マスターキーを持つ僕に特攻を掛けてくるのだが、その攻撃は加藤さんに手首を捕まれることで止められて、
「悪霊憑きようじゃな。狗神か?」
「そうですね。
しかし、最近この手の使い手と最近縁があるのかしら」
青年の攻撃に小動もしない加藤さんと母さんが、口々に青年のことをそう表すのは、飛び込んできた彼の姿が明らかに人間の姿ではなかったからだ。
それは狼男ではなく、全身を犬型のオーラで包んだと表現するのが正解か、獣のオーラを纏った状態で、
加藤さんの言葉を信じるのなら――降霊術に近い能力になるのかな?――この青年が使っているのは悪霊憑きという符術(?)のようだ。
「どれ、此奴は儂がやろう」
そして、この悪霊憑き青年の相手は加藤さんが引き受けてくれるみたいだ。
そんな加藤さんの宣言に、悪霊憑き青年は手首を掴まれ、囲まれた自分の状態を不利と判断したのだろう。
ダメージを負うのも構わないと、掴まれた拳を無理やり振り解き、バックステップで僕達から距離を取ろうとするのだが、
加藤さんはそんな青年を木刀片手に追いかけ。
一閃――、
抜刀術のような振り抜きで青年を横殴りにする。
かたや青年はまとう半透明の犬型オーラでその攻撃を防いだか。
しかし、攻撃の勢いまでは止められず、青年は舞台後方の建つ社殿の方まで弾き飛ばされ。
加藤さんもそれを追いかけるように地面スレスレを一足飛び。
二人の戦いは場所を移して続くようだ。
「じゃあ、私の相手はアナタね」
一方、加藤さんが悪霊憑きの青年と戦うなら自分はこちらだと、母さんはとりあえず毛皮の女性にロックオン。
すると、彼女がチッと舌打ち。
「ちょっと、根津さんどうなってるのよ」
突然の大声を張り上げるのだが、その声に応えるものは誰もおらず。
「あの、そのネズさんっていうのは、あちらの方ですか」
僕が舞台の袖で倒れている背の低いおじさんを指差すと、彼女は「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げる。
実はこの平舞台の大空間に入った時、すでにおじさんが隠れていたことには気付いていたのだ。
そして、例の黒服達が現れるのと合わせたように、そのおじさんがなにやらこっそりお札を用意し始めたのを見て、母さんの戦いの邪魔にならないよう、早々に睡眠弾でご退場願っておいたのだ。
しかして、彼女が呼びかけたのは彼に間違いなかったようだ。
女性が静かに後退り。
「これはわざわざ私がやる必要はないのかしら」
「しょうがないわね」
母さんが天狗鬼を仕留めた剣鉈片手にガッカリとした素振りを見せたところ、女性は手を上げ、降参の意思をアピールするのだが、
「なんて言うと思った」
次の瞬間、女性が羽織る毛皮のコートが翻り、その影から鋭い鉤爪を持った長い腕が飛び出してくる。
ただ、その爪撃は鋭さはあるものの、威力そのものはあまり高くはないみたいだ。
僕と母さんがその豪快な爪撃を受け流すと、
「チッ、なにか仕込んでるわね」
彼女にとってそれは予想外の結果だったのだろう。
僕と母さんが攻撃を防げたのは、なんらかの装備によるものだと判断したらしく。
「まあ、いいわ。
それならこっちを使うまでよ」
彼女の声に反応するように女性の毛皮のコートが裏返る。
どうやらこの毛皮のコート自体が屍人形のようなものになっているようだ。
ゲームなどに出てくるような怪物猿と化した毛皮のコートが僕達に襲いかかる。
しかし、それが屍人形と同じようなものなら――、
僕は三度マスターキーを取り出し、この魔法の根幹であろう頭に銃口をあてがうと、ゼロ距離射撃。
破魔の魔弾を食らわすと、毛皮のコートは力を失ったように崩れ落ち。
「ちょっとズルいじゃない」
いや、そんな文句言われても。
僕が女性に向けて|マスターキーの引き金を引くと《・・・・・・・》、今度はその女性のほうがまるで糸が切れた人形のようにパタリと倒れ。
ここで先に処理した筈の毛皮のコートが襲いかかってくるのだが、
その動きを予想しており、僕と母さんは鋭い爪による攻撃をなんなく回避。
と、この一連の流れに彼女も確信を抱いたのだろう。
「お前達、私の秘密に気づいていたな。
いつだ。いつ気づいた」
「部屋に入ってすぐかしら」
きぐるみの中から聞こえてくる、キンキンと頭に響くような彼女の声に、そう答えたのは母さんだ。
「だって貴方の声、別のところから聞こえてくるから、
それでその後、あの黒服が出てきたでしょ」
ここまで出揃えば後は簡単な推理だ。
要は最初に黒服達がやって見せた死んだフリからの不意打ち、彼女はそれを繰り返しただけなのだ。
さて、そんな種明かしが済んだところで、
「じゃあ、本当のアナタを見せてもらえるかしら」
母さんが軽く手をふると、僕達に襲いかかってきた毛皮のコートが紙吹雪のように切り裂かれる。
そして、その中からガリガリに痩せた手長猿のような体型の女性が現れたかと思いきや。
「見ぃ~た~な~」
その女性は古式ゆかしい幽霊のようなセリフを発しながらも、どす黒いオーラを放つお札から何匹かの獣を呼び出し、本人も合わせて獣じみた動きで飛びかかってくる。
ただ、その動きはきぐるみを着ていた時よりも、かなり緩慢なもので、
呼び出された獣達も野生のそれと変わらない動きで、
そんな攻撃が僕や母さんに通じる筈もなく。
「見たけど、それがどうしたの」
「殺す」
なにがどうしてそうなるのかはわからないが、今の母さんの一言が彼女の中の黒い琴線に触れたみたいだ。
さっきまでの戦略も態度もかなぐり捨て、がむしゃらに母さんに向かっていく黒髪の女性。
ただ、いかんせんその動きは悪く。
まるで駄々っ子がするようながむしゃらな攻撃を、一つ、二つ、三つと難なく躱しつつも、母さんは周囲の獣を処理。
もうこれ以上見るべきものは無いだろうと判断したのだろう。
母さんの姿が彼女の目前から消え、手を刀に、身体を捩った恰好でその背後に現れるのだが、
繰り出された手刀が届く前に、空切を抜いた僕が枯れ枝のように頼りない彼女の首を斬り飛ばす。
すると、母さんが不満をありありと乗せた声で、
「ちょっと虎助、今のは私がやるところでしょう」
「いや、母さんだとこの人殺しちゃいそうだったから」
僕が斬り飛ばした彼女の頭を優しくキャッチしながらそう言うと、
「そんなことないわ。多少は痛い思いをしたかもしれないけれど、それだけでしょ」
母さんはなんてことのないように、こう応えてくれるのだが、
母さんの強いる痛みに常人が――、
いや、この場合、この痩せこけた女性が耐えられるかというと、正直不安でしかない。
だから、ここは僕が自分がいかに危険な状態であるかを、彼女にもしっかり理解してもらえるようにと、分断した体の動きに気を配りつつも、その首を目の前に持ってきて、
「ええっと、十文字さんでよろしいでしょうか」
「え、あ?」
「降参してください。
首なら後でしっかりとくっつけますから、
とにかく、ここは降参と言ってください。これはアナタの為なんです。
このままだと、アナタ、死にますよ」
ことは命に関わることだと、真剣にお願いをすると、
人見知りの気があるのだろうか、彼女は恥ずかしそうに目をそらしつつも、しばらくして自分が置かれた状況を理解してくれたのか、躊躇いがちにも頷いてくれて、
さて、こうなると、残るは加藤さんと戦っていた、悪霊憑き青年であるが、
「加藤さんの方も終わってるよね」
「見なくてもわかるでしょうに」
まあ、母さんの言うことはまったくもってその通りだと思うのだが、それでも万が一ということがあるのが実践というやつだ。
と、いま説得した女性の方は、頭さえ抑えておけばおそらく大丈夫だろうと、その小さな頭を小脇に抱え、加藤さん達が戦っていると思われる平舞台の裏側に回り込む。
すると、そこには困ったようにする加藤さんと顔をズタボロにされた青年が転がっていて、
「なにがどうなってこうなったんです?」
「ふむ、悪霊憑きはの。こう気を乗せた衝撃を頭に叩き込んでやれば治ると相場が決まっておってじゃな」
ああ、それで顔だけがこんなに腫れ上がっていると――、
理屈としてはあっているかもしれないけど、青年が抵抗したのか、それともまた加藤さんが力加減を間違ったのか。
「とにかく、治療からだよね」
「そうね。虎助はこの子の介抱を、加藤さんは入り口のところで虎助が倒した小男を連れてきてくださいな」
「ふむ、任せるのじゃ」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




