東都遠征
◆話の切りどころが見つからず、長くなってしまいました。
学校から帰ると駐車場に黒塗りの車が止まっていた。
加藤さんの車だ。
群狼を始めとしたハイエストの戦闘員をアメリカに引き渡したことで発生したお金の使い道の相談にやってきたのだ。
ちなみに、たかがというには大き過ぎる額だが、お金の使い道の相談だけの為に、ついてきたお弟子さんの数が多いのは、ことのついでにお弟子さん達にディストピアに放り込もうという加藤さんの企みがあるからだ。
加藤さんが言うには、あれから厳しく修行をつけ、それなりに体力がついてきたということで、次は実践訓練をしなければとのことである。
いつもながらにスパルタなことで――、
いや、加藤さんから聞くに、内弟子である彼等に関しては、それぞれの親族からの横槍で、それほど厳しく鍛えられたのではないという話なので、彼等のとってはいつもの修行ではないのかもしれないが……。
とまあ、そんな加藤家の事情はともかくとして、
この後、彼等には、僕や母さんがふだん瞑想などの精神修行で使っている板張りの小さな部屋に集まってもらって、特注のヘッドギアを装着、最新のVRゲームで修業をするという体で、ディストピア初心者でも比較的とっつきやすい、スケルトンアデプトのディストピアに入ってもらうことになっている。
ちなみに、このVRゲーム云々という設定については、まだ魔法やら異世界やらという事情を知らない彼等の為に、元春や玲さんが考えてくれたものである。
正直、僕としては、この設定自体がかなりぶっ飛んだ内容だと思うんだけど、二人が言うにはディストピアのクオリティ(?)なら、大抵の誤魔化しは効くから大丈夫だとのことである。
と、僕はチラホラと怯えの色が見える加藤さんのお弟子さんに見送られながらも自宅の中へ。
そのまま『加藤さんにご挨拶を――』とリビングに向かうのだが、
ここで母さんが待ち構えていたように切り出してくるのは、
「黒幕は皇宮警察だったみたいね」
「皇宮警察?」
さて、母さんの言う黒幕というのがなにかというと、今朝、自宅に押しかけてきた刑事さんをけしかけた人達のことのようだ。
イキナリの話でちょっと面食らったよ。
ちなみに、そういった名前の警察組織があるなんて僕は知らなかったんだけど、母さんが言うには、それは本来、皇室の守護を任されている組織であるらしく、テレビなんかで偶に映る、天皇陛下やそのご家族を守る黒服さんがそれにあたるらしい。
ただ今回、僕達にちょっかいをかけてきた人達は、実はそれとはまた別の組織のようで、
「虎助、心配せんでいい。彼奴等はその名前を借りているというだけなのでの」
「名前を借りているだけ、ですか?」
それはどういうことだろうと疑問符を浮かべる僕に、加藤さんは「うむ」と続けて、
「本来の皇宮警察はかつての近衛師団を引き継いだ組織なのじゃが、
今回、お主らに手を出してきた連中は帝都の守護を担う者たちでの。
本来ならその名を名乗る資格はないのじゃが」
それってつまり――、
「語りってことになりますか?」
「名前だけならの。
ただ、彼奴等も仕事をしておらぬわけではなくての」
なんでも、その皇宮警察を自称する人達は、かつて江戸城――つまりは現在の皇居――が建てられた当時に作られた、東京の結界を守護する人達のようで、
それによって日本各地に起こる怪異などの発生を防いでいるらしい。
「ということで、今夜、敵の本拠地に乗り込みます」
まあ、母さんが黒装束に着替えていたことから、こういう展開になることはわかってたんだけど。
「理由とか聞いてもいい」
いきなり乗り込むなんていっても、相手はいちおう警察を名乗る組織だ。
ちゃんとした乗り込む理由でもなければ――、
いや、正当な理由があったとしても、最悪こちらが犯罪者に仕立て上げられない。
と、そんな僕の心配に、母さんが言うのは、
「なんかよくわからないんだけど、敵の一部がどうも川西君達のことを勝手にライバル視してるみたいえね。
このままだと、また面倒になりそうだから、その辺のことをしっかり相手にもわかってもらえるように、ちょっと話し合いをしたいって思ってるのよ」
「身内同士で争うのは不毛じゃからの」
たしかに、情報のすり合わせは大事だよね。
つまり、今朝のことは身内同士の手柄の取り合いの一環で、
母さんとしてはそんなことは不毛だからと相手側に忠告をする為に向かうってこと?
ただ、母さんの場合、やられたことは倍返し。
それにアポなし銃器片手に殴り込みをかけてきた相手に、話し合いだけで済ますなんていうのは信じられない。
なによりナチュラルに敵認定していることを考えると、話し合いっていうのはあくまで名目上のことで、最低限、お仕置きなりなんなりをするのは間違いないだろう。
「ということで、虎助にもついてきてもらうから、今日の仕事を片付けてきてくれる?」
「えと、僕、明日も学校なんだけど――」
ただ、本日は平日である。
行く先がどこかは知らないが、これからどこかに乗り込むとなると、場合によっては朝帰りコースになるのではないか、
あと、どう見てもやる気満々な加藤さんの様子を見るに、僕が行く必要はないんじゃないかと聞いたところ。
「大丈夫。こんなこともあろうかとソニアちゃんにいいものを作ってもらってるから」
母さんはそう言って庭に出ると、自前のマジックバッグから小型車サイズの飛行船を取り出す。
ずんぐりむっくりとしたシルエットのそれは、バックヤードに残っていたボルカラッカ(亜種)の骨格を使って作ったもののようだ。
「とりあえず、こっちはこっちで準備をしておくから、虎助は万屋に行ってきて」
正直、今回の件に関しては、相手がいちおう警察組織ということで、僕としてはあまり関わりたくないのだが、この流れは最早、僕の意見が通るような状況ではないようだ。
と、僕は諦め、とりあえず着替えを――とリビングを出ようとするのだが、
ここで母さんが思い出したように僕を呼び止め。
「あっ、部屋に戻る前に、彼の首を空切で斬っておいてくれる。道案内にしようと思ってるから」
可哀想にもご指名を受けたのは、リビングの片隅で猿轡を噛まされて、不揃いに並べられた木刀の上に正座をさせられていた安心院刑事。
今朝、家に押しかけてきた中で一番偉そうにしていた刑事さんである。
母さんによると、今朝の一件の現場監督はこの人だったらしく。
そのお仕置きも兼ねて、彼には敵陣への突撃のご同行を願おうとのことである。
しかし、すでにこの状況がお仕置きになっている上に、
「手とか怪我してるけど、治療はしなくてもいいの」
「自業自得でしょ」
ちなみに、他の刑事さん達がどうしたのかというと、彼以外は上の命令で動いていたということで、しっかりお説教をした上で通常の業務に戻ってもらう――だけでなく、彼等の上司なりなんなりに話を通し、いずれ母さんの指導を受けることになったのだそうだ。
ご愁傷様である。
さて、そんなこんなで、僕はイヤイヤと涙目で首を振る安心院刑事に空切の安全性を語り、しっかりと理解は――まあ、してもらえなかったけれど、『実害はないから構わないよね』とその首を分断。
くぐもった悲鳴をあげる安心院刑事の頭を母さんに渡したところで、バイトの後、すぐに出かけられるように、前々から用意してあった黒のコンバットスーツに着替えて万屋へ。
その道中、リビングにもそにあがいたし、あらためて報告の必要はなかったとは思うのだが、いちおう念話通信を使ってソニアにここまでの経緯を報告。
店に到着すると、マリィさんと魔王様が来店していたので、ソニアと同じく、これまた出かけることを話しつつも、棚卸しや売上のチェックなど、雇われ店長として最低限するべき仕事を熟して帰宅。
ここで加藤さんのお弟子さんをディストピアに送り込み。
後の監視は自律行動モードのそにあにお任せすると、母さんが用意した魔導船に乗り込み、いざ出発となるのだが、
「そういえばどこに向かってるの?
行き先とか聞いてなかったけど」
離陸から数分して、進む方向からなんとなく目的地は予想できるんだけど、細かなところまではわからない。
訊ねる僕に母さんが言うのは、
「東京の神社本庁よ」
「警視庁とかじゃなくて?」
「今回、相手は陰陽師だからね」
「そういう所属の違いもさっき言っておった勘違いに繋がるのじゃがの」
「成程――」
その後、二人から相手側に対する少しつっこんだ話を聞きながらも、一時間ちょっとで東京上空に到達。
ここでいったん休憩と加藤家が所有するビルの屋上に着陸。
夕飯と仮眠をとって、潜入に適切な頃合いを見計らって再び都心の空へ。
ちなみに、都心に限らず市街地上空の飛行には、許可とかそういうのが必要であると思うのだが、加藤さんによると、然るべきところには連絡を取っているので問題ないそうだ。
これは詳しく聞いたら駄目なヤツかな。
と、そこからは特に質問もなく都心上空を進み、代々木の森が見えてきたところで、
「ついたわね」
「そのまま乗り込むの?」
「ううん、あの建物はあくまで隠れ蓑みたいなのよ」
「一部はそれを利用しているようじゃが、この時間までそこにおる者はあまりおらんじゃろうて」
現在時刻は午後十時過ぎ。
彼らの勤務体系になっているのかは知らないが、そこが一般的な会社だとしたら、人が少なくなっている時間帯である。
「それで、あそこに行くんじゃないんだったら、どこに行くの?」
「あっちよ」
そう言って、母さんが視線を向ける先にあるのは神宮外苑。
「あの森の地下にでも、その皇宮警察の本部はあるっていうの?」
どこの漫画の秘密組織なんだと、呆れ気味に聞く僕に母さんは、
「正確には国立競技場ね。その施設内が本拠地の入り口になっているみたいなの」
「しかし、これって勝手に入っていいものなの」
「わざわざ上を開けてくれてるんだから構わないでしょ。
それに先に押しかけてきたのはあっちなのよ」
たしかに、ぱっと聞いただけだと、母さんの主張はあまり間違っていないような気もするけど、母さんも警察関係者なんだし、そんな適当でいいんだろうか。
と、僕がいかにも母さんらしい考えに心配している間にも、魔導船が国立競技場の真上に差し掛かり。
案内役の安心院刑事の頭を小脇に抱えた母さんが何の躊躇いもなく、夜空に身を躍らせたとあらば、僕いていかないわけにはいかない。
僕も飛空艇から飛び降り。
「けど、こんなところにそんな施設があるなんて」
「私達みたいに入ることを想定してるんじゃない」
えと、相手が陰陽師なら、魔法の箒みたいになんらかの空を飛ぶ方法があるのかな。
だとするなら、広いスタジアムを出入り口にするのは意味があることともいえるだろうと、空歩を使って落下の勢いを抑えながら着地。
「ええと、こっちね」
母さんの先導で素早く向かったのは、関係者などが使う通路だろうか、グランドの脇に設けられた小さな通用口で、
その細い通路を進むこと数十メートル、進んだところで、足を止めた母さんが壁に手を当て、
「そこが入り口?」
「みたいね」
「どうやって開けるの?」
「それが見て、気付いたら気絶してたの」
と、母さんが見せてくるのは小脇に抱えていた安心院刑事の生首。
そう、本来ならここを開けるのは彼の仕事だったのだが、彼はここに侵入する際にしたバンジーで――、
いや、もしかすると、それよりも前に彼の精神は限界に達していたのかもしれない。
白目を剥いて気絶してしまったようで、母さんが頬を叩いて起こそうとするも反応がなく。
「こうなったら壊すしか無いわね」
母さんが懐から取り出すのは、以前精霊食いと戦った時に使った爆破テープ。
ただ、それを使ってしまうと、僕達が侵入したことがバレバレだから。l
「その前にマスターキーを試してみようか?」
ここで僕が取り出したのは対魔法特化のショットガン型魔法銃・マスターキー。
「ただ、これでも仕掛けられた魔法式によってはバレちゃうかもなんだけど」
たとえば、隠れた入り口を誤魔化している魔法と連動して警報装置のようなものが組み込まれていたりなんかすると、魔法式を破壊した瞬間、術者にその動向が発覚してしまう恐れがある。
しかし、そんな可能性も母さんに言わせるのなら――、
「そんなの朝の襲撃の時点で今更でしょ」
「それもそうか――」
そもそも今朝方、彼等が家に押しかけてきた時点で、こっちの動きは相手側に伝わっているのか。
うん、これはやる気満々だね。
と、話し合いと言っていたのはなんだったのか。
相手の本拠地を前に迫力が増す母さんの笑顔に促されるがまま、僕はマスターキーを指定された通路の壁につき当てて、その引き金を引く。
すると、発射された魔法の散弾がその壁を粉砕。
ガラスを砕くような硬質な音が寒々しい通路に響き、何もなかったその壁に通路の入口がポッカリと顔を覗かせる。
「実弾ではないのじゃな」
「魔力の塊を放って魔法式を吹き飛ばすだけの銃なので」
「ふむ、これは便利そうじゃな。
儂にも一丁、用立ててくれんか」
「構いませんよ」
マスターキーは実弾皆無の非殺傷武器である。
なのでお譲りするのに問題ないと、加藤さんからの注文を承りながらも、開いた入り口から隠し通路の中に侵入。
「ここは客席の下になるんですかね。
しかし、この通路、魔法で作ったんでしょうか、壁が大理石みたいにつるつるになってますね」
「彼奴等が使うのは符術だろうがの。
おそらくはなにか特殊な力を持った式神にやらせたのではなかろうか」
「式神ですか」
「うむ、陰陽師の多くは使役した式神を便利に使うのでの」
「成程――」
「まあ、それ以外にも妙な術を使うものもいるのじゃがの」
そして、ややピントのズレた会話をしながらもトンネルを進んでいくと、しばらくして視界が開け、ドーム状の大空間に出る。
すると、そこにはどこぞの城門かと言わんばかりの大きな木造門があって、
「来たな侵入者め」
これは予想してた通り、抜け道の入り口が開けられたことが伝わっていたのかな。
誰何を飛ばしてくる門番らしき二人の横には式神だろうか、それぞれに棍棒を持った身の丈二倍程の鬼が立っており。
一方、こちらは完全にわざとだろうね。
「我が家に不躾な訪問者が来たご挨拶に参りました」
大仰に挨拶しつつも母さんが放り投げるのは、仕事をしないままお役御免となった安心院刑事の生首だ。
と、彼等もそんなものを投げ渡されるのには慣れていないらしい。
というよりも、慣れていたら怖いのだが――、
なんしても、さるぐつわを噛まされた生首を受け取った男二人は「ひっ」と小さな悲鳴を上げ。
そこに加藤さんが木刀の峰で放った飛剣が炸裂。
門番二人と鬼二体――、それに加えて、彼等の背後の立派な門が根本から轟音を響かせ倒れたところで、加藤さんが「むぅ」と唸り声を出し。
「鬼だけをやるつもりじゃったが、やりすぎたわい」
「いやいや、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ。
あの人達、完全に押し潰されちゃったじゃないですか」
鬼は術者とおぼしき彼等を守ろうと飛剣(峰打ち)を食らった時点で煙となって消失。
門番らしき二人は、勢いそのままに直撃した飛剣により門に叩きつけられて昏倒。
安心院刑事の頭部も含めて、根本が折れて倒れてきた巨大な門扉に押し潰されてしまったのだ。
僕はこの惨状に慌てて倒れた門扉に駆け寄ると、身体強化の魔法でそれを持ち上げ、押し潰されていた三人を助け出す。
そして、脈を測り、彼等が生きていることを確認すると、手持ちの高級回復薬を飲ませ、簡単な治療を済ませる。
すると、ここで門扉が倒れた音を聞きつけてか、バタバタという足音と騒がしい声が彼等が守っていた扉の先の通路から聞こえてくる。
と、そんな音に僕は治療を終えた二人を近くの壁にもたれかからせ、安心院刑事の頭を片方の膝の上に、
せっかく助けた彼等が戦いに巻き込まれないようにとドーム中央まで戻ると、ここで母さんが、
「団体さんのお出ましね」
「いや、なんでワクワクしてるのさ」
これはもう、母さんの望んだ展開だな。
そして、
「加藤さんは手加減をしてくださいね」
「手加減なら今したのじゃが」
実際、僕から見ても加藤さんの攻撃はかなり手を抜いたものだった。
ただ、相手がロクな防具すらもつけていない素人(?)で、一方の加藤さんは先日一気に実績が増えたばかりで、力の加減が上手く出来なかったのだろう。
本来ならば、実績を獲得しただけでは、そのスペックの一割も引き出せない筈なのだが、そこは加藤さんということだろう。
母さんと同じく、これまでに培った経験などから、いきなり実績の効果を引き出せていても不思議は無いわけで、
結果的にこんな大惨事となってしまったみたいだ。
ただ、こうなってしまうと、母さんにもともとそういうつもりがなかっただろうことを加味しても、穏便な話し合いという当初の予定は消えてしまったかな。
僕は初手から狂ってしまった展開に諦めの境地に陥りながらも、
「なんにしても気をつけてください」
「そうじゃな」
僕の言葉に加藤さんは少し申し訳無さそうな顔で広いおでこをペシンと叩き。
「しかし、この子達が持ってたこれ、こんなのでも魔法が発動するのかしら?」
そう言って母さんが渡してくるのは、無駄に達筆な文字と、いくつか家紋のような幾何学模様の朱印が押されたお札だった。
僕が門番と安心院刑事の治療をしている間に、瓦礫の中から見つけ回収してくれたらしい。
「ウチで使ってる魔法式は突き詰めた結果作られたものだから」
魔法の中にも古めかしい呪文やら文様が書き込まれた魔法陣があるように、符術にもそれがあるのだろう。
そこから余計なものを削ぎ落としたものが、ソニアや一部の魔法使いが扱う、三次元バーコードのような魔法式で、
「見たところ、召喚魔法やゴーレムのそれに近いかな。
かなりいい線いってると思うよ」
「わかるの?」
「仕事柄、魔法式の改造とかもしてるからね」
「門前の小僧、習わぬ経を読むじゃな」
万屋のデータベースの補助を受けてだけど、魔法の改変なんかはそれなりの数をこなしているから、僕も多少なりとも魔法式を読めるようになってきていたりするのだ。
「しかし、札を見ただけで、相手の術がわかるとあらば、儂等もそういう知識を入れておいた方がいいのかの」
「万屋にそういう学習アプリもありますから、ダンロードして持って帰ってはどうでしょう」
マリィさんの領地に卸しているものと同じだ。
と僕が商魂たくましく、訓練用のメモリーカードの売り込みを加藤さんにしていると、ここで増援のご到着のようだ。
破壊された木製大門を乗り越え、門前の広場に躍り出た男女数名が、僕達に対するように扇状に広がり。
「貴様ら、何者だ?」
「この場面なら、誰何を訊ねる前にまず攻撃でしょ」
いかにも定番なセリフを口に武器やお札を構える男の声に、母さんが呆れるようにそう返すと、
「これは手厳しい。さすがは絶影と呼ばれる御方だ」
カツンカツンと甲高い靴音を立て、大物感を振りまき通路の奥から現れたのは、いかにも仕事ができそうなスーツ姿の青年だった。
正直『なんでわざわざ隙だらけにも手を広げながら現れるの?』とか、いろいろと言いたい部分はあるのだけれど、とりあえず聞くべきなのは、
「アブソリュートシャドウって、
母さん、そんな風に呼ばれてるの」
「初耳よ」「じゃな」
どうやらそれは彼等の中だけのあだ名のようなものらしい。
母さんが「もう少しいい呼び名はなかったのかしら」と不満げにする一方で、加藤さんが「この分じゃと儂にも妙ちくりんなあだ名が付けられていそうじゃな」と面倒臭そうに顎に手を添え。
「それでどうするつもり。
ここで一番偉い人のところに連れてってくれるなら、別にこっちからはなにもしないけど」
この母さんの声に、この集団のリーダー格らしいその青年は自信たっぷりな態度で「まさか」と肩をすくめ。
「まあ、理由はどうあれ、貴方達のしたことは明らかなる敵対行為です。ここで見逃すわけがないでしょう」
うん、あれがあえてそうしたのか、そうでないのかはわからないけど、相手が初手から警戒心むき出しだったってことはあるけど、加藤さんのあれはやりすぎだよね。
と、それは演出なのかなんなのか、まるでマジシャンの手品のように、袖口に仕込んでいた一枚の札を取り出した青年は、それを眉間の前にビシッと立てるようにポーズを決め、その札を天高らかに掲げ声を張り上げる。
「招来、天狗鬼」
すると、青年の持つお札から、謎の煙と共に天狗のような長い鼻をを持った赤鬼が現れて、
青年が左に流した前髪に手櫛を入れながら。
「しかし、ターゲット自らが飛び込んできてくれるとは僕は運がいい」
「ターゲット?
それはどういうことかしら」
「一つの国に似たような組織は必要ないのですよ」
つまり、今朝の訪問には弁解の余地もなかったってことかな。
そして、ここでの対応も、おそらく加藤さんがなにもしなければ、向こうからつっかかってきた可能性があると――、
僕がいちいち芝居がかった青年の言動に、そんなことを考えていると、加藤さんが少し残念そうな顔をして、
「尻の穴が小さいのう」
「そもそも、そういう問題は一組織だけだと手に負えないから、全国各地に分派が出来たんでしょうに」
これは母さんの言う通りかな。
というよりも、もともとそういう組織っていうのはかなり古くからあるもので、地方の豪族なんかがそれぞれに抱えていたっていうのが本当のところじゃないのかな。
と、そうした歴史的な探求はそれとして、
彼にしてみると、そんな母さんや加藤さんの物言いは癪に障るものだったようだ。
さっきまでの余裕はなんだったのかというような鋭い目つきで、
「行け天狗鬼。その五月蝿い老害共を黙らせるのです」
不躾にもこちらを指差す青年の命を受け、ゆっくり動き出す天狗鬼。
しかし、その鈍重な歩みが一歩・ニ歩と進んだところで、天狗鬼の大きな頭がズシンと地面に転げ落ち。
そして――、
「へっ?」
首からどす黒い血を吹き出し倒れる巨体を呆然と見ながら、気の抜けたようなその声を出したのは一体誰だっただろうか。
青年も含めた一同が惚ける中、ここでその元凶たる母さんが僕の方を見て、
「ねぇ虎助、この場合、実績はどうなるの。
いま倒したのって、たぶんどこかで捕まえてきた鬼でしょう。
なにか討伐実績が得られるのかしら」
たしかに、それは気になるね。
僕はステイタスカードを取り出し、母さんにそれを確認してもらうと、
「入ってるわね」
あれも実績としてカウントされるみたいだ。
僕達がそんな確認をしている間にも、逸早くリーダー格の青年が正気を取り戻したようだ。
「お前達、なにをした!?」
「なにをって普通にこれで首を刈り取っただけだけど」
目の前に横たわる現実が受け入れられないのか、ヒステリックに叫ぶ青年の疑問に、
母さんが改めてヒップホルスターから抜いてみせたのは大振りな鉈剣だった。
「バカな。天狗鬼は鞍馬山の鬼なんだぞ」
ああ、鞍馬山の鬼だから天狗鬼――、
人のことは言えないが、安直というかなんというか。
「けど、鞍馬山にあるのってお寺じゃありませんでしたっけ?」
鞍馬山にあるのは鞍馬寺。
近くには貴船神社もあったと思うが、陰陽師とは関係なさそうであるが、どうして陰陽師の彼がそんな場所にいた鬼を持っていたのだろうと、疑問に思っていると加藤さんが、
「日本の寺に破魔の力を持つものは殆どおらんよ。
おそらくは依頼を出されて相手をした時に捕らえたのじゃろう」
「成程――」
言われてみれば、お坊さんが妖怪退治とかあまり聞かないような。
いや、マンガなんかだと錫杖を持って戦うってイメージもあるか。
僕の思考が少し脇道に逸れたところで、母さんが小さく手を上げ「いいかしら?」と一言。
それにビクリと怯む青年以下一同。
しかし、ここで引き下がる気はないようだ。
「天狗鬼を倒したところでいい気になるなよ。
お前達も僕に続け、白蛇招来!!」
青年がまた無駄にかっこいいポーズを取りながらもお札に魔力を流すと、どこか荘厳な雰囲気を持つ白い大蛇が現れて、
それに他の面々も続々と式神を召喚。
「次は儂がやろう」
「倒した後でなにを言っておられるのです」
母さんと加藤さんがそんなやり取りをしたその直後、こちらを見下ろすようにしていた蛇の頭が爆散。
血の散弾となって背後の壁に毒々しいアートが生み出され。
「残りは虎助に任せるかの」
僕としては別に全部加藤さんに倒してもらってもよかったんですけど。
とはいえ、加藤さんのご指名とあらば仕方がない。
僕が残る式神を倒すべく、武器を構えると、何故か相手のみなさんは俄然やる気をみなぎらせてしまったみたいだ。
口々に「舐めやがって」「狡噛さん、ここは私達におまかせを」「ガキが、本物の術士の力をみせてやる」といかにもなセリフをのたまいながらも、大きな亀に三本の尻尾を持つ狐、後は釣瓶火でいいのかな、岩洞の天井から吊られるような火だるまになった生首等々と、それぞれに召喚した異形の者達を『行け』と一斉にけしかけてくる。
「母さん、加藤さん。巻き込まれないでください」
それに僕は、母さんと加藤さんに注意を促しつつも、無秩序に殺到する式神達の中心に青白い魔法石を放り込み。
三秒――、
地下空間を埋めつくす氷の花が咲き。
この時点で半数の式神が氷に飲み込まれて戦闘不能になったようだ。
そして、残った式神もディロックが発動するまでに抜いた魔法銃による早打ちで壊滅だ。
「派手にやったのう」
「効率を重視しただけですけど」
「いい判断ね」
ここで母さんからのお褒めの言葉があった上で、
「さて、偉い人を出してもらいましょうか」
◆次回投稿は日曜日になる予定です。




