出遅れた者達
朝、ピンポーンとチャイムが鳴って、自宅玄関を開けると、そこには二十代から五十代くらいまでの屈強なスーツ姿の男達がズラリと並んでいた。
そんな朝の風景とは場違いな集団に、僕が「どちら様でしょうか?」と訊ねると、
これは打ち合わせ通りになるのかな?
集団の先頭に陣取っていた方の一人、若い男性がある意味で見慣れた手帳をさっと開き。
「警察だ。この男はここにいるな。引き渡してもらおうか」
続けて、群狼と呼ばれたハイエストの戦闘員であるウルフラクの顔写真を見せ、そう要求してくるのだが、
「その人なら、もうここにはいませんよ」
「嘘をつくな。
防犯カメラの映像の分析などから、ここにいることはわかっているんだぞ」
成程、それで家にやってきたというわけか。
しかし、僕達からすると、この件は既に終わったことであり、相手が誰であれ隠し立てする意味もないと、正直に「本当にいないんですけど」と答えるのだが、彼等からしてみると、それは犯人を庇っているようにも聞こえたのかもしれない。
何度か同じようなやり取りを繰り返したところで、先頭の若い刑事が怒ったように「ふざけるな」と掴みかかろうとしてくるのだが、その手が僕のかかるよりも早く、背後に控えていた年重の男性が、僕とその刑事さんとの間にすっと体を割り込ませ。
「落ち着け伊波」
「しかし、浦部さん」
はてさて、僕は朝っぱらからどんな小芝居を見せられているのか。
目の前で繰り広げられるテレビの刑事ドラマにありがちなやり取りに、埒もなくそんなことを考えていると、ここで浦部と呼ばれた年重の刑事が、若い伊波刑事を宥めるようにしながらも、僕の目を見てこう訊ねてくる。
「で、正直なところどうなんだい?」
「本当にここにはもういないんですけど」
表面上、おだやかに聞こえるその言葉――、
しかし、これは完全に疑ってかかってないか。
そんな浦部刑事の追求にも僕が愛想笑いを浮かべると、
「君、こちらも遊びじゃないんだよ。この男がここに居るのはわかっているんだ。
さっさと出しなさい。
さもないと僕達は、君を逮捕することだって出来るんだよ」
遅々として進まない状況に痺れを切らしたのか、次に出てきたのはいかにも神経質そうな見た目の刑事さんで、
僕はそんな刑事の言葉に『本当に困った人達だ』と心の中で苦笑しながらも。
「それならそれで構いませんが、どうなっても知りませんよ」
ウルフラクを始めとしたハイエストについては、すでにアメリカに引き渡した後だ。
そして、この件には、母さんは勿論、加藤さんや川西さんも関わっている。
だから、こちらの事情はすでに警察内部にも伝わっている筈なのだが、本当にこの刑事さん達はなにがしたいのか。
僕はどうしても彼等の行動の意図がわからずに、つい警告のようなことを口にしてみるのだが、
それが逆に気に入らなかったようだ。神経質そうな刑事がキッと目を吊り上げ。
「君ね。僕らを誰だと思ってんだ」
「と、土足で上がらないでください」
「ひっ」
「すみません。
いきなり上がろうとしてきたもので、つい――」
土足のまま、玄関に上がり込もうとしてきたその刑事に、僕は反射的にその足を掴み、つい威圧的にそう返してしまう。
というか、ここは海外じゃないんだから、常識的に考えて靴のまま家に上がり込もうとするかな。
僕は微かに漏れてしまった威圧感を『まだまだ修行が足りないな』と素早く抑え。
膝を掴んでいたせいか、その場にひっくり返るように倒れてしまった神経質そうな刑事を助けあげようと手を差し伸べるのだが、
反応がない。
ふむ、僕が考えているより威圧が強かったのか。
だが、こうなってしまっては仕方がないと、僕は開き直って、
「とりあえず警察関係者ならどこの所属とか教えてもらえますか?
母さんに確認してみますので」
「母さん?」
神経質そうな彼が駄目なら他の人と、刑事さん達には見えない魔法窓をポップアップさせながら掛けた言葉にこの反応。
「はい」
「待ってくれ、ここは警察関係者の家なのか?」
これはやっぱり警察内部で話が通じてなかったってことだよね。
まあ、群狼を始めとしたハイエストの面々が、家から密かに運び出されたのに気付いていない時点でお察しなんだけど。
ただ、こういう捜査っていうのは、綿密な調べ上げを行って、背後関係なんかをしっかり確認してから突入っていうのが本来の流れなんじゃないかな。
いや、母さんの職業はあくまで指導員の扱いになってるって話だし、川西さんのところは警察でもかなり特殊な部隊だから、一般(?)の警察官が知らなくてもおかしくないのか。
と、ここまでの彼等の発言から、僕はそんな推察をしながらも、母さんの名前とその所属(?)を明かすのだが、
それを聞いて、へたり込んでいた神経質そうな刑事が弾けるように顔を上げ。
「間宮、イズナだと?」
「知ってるんですか安心院さん?」
「知っているもなにも、マジかよ。そんなのまったく聞いてないぞ」
なんか、さっきまでエリート風を吹かせていたのに、急に口調がかなり砕けた感じになってしまっているんだけど大丈夫なんだろうか。
と、そんな神経質そうな刑事――安心院の変わりっぷりに、最初に絡んできた伊波という若い刑事が緊張した面持ちで訊ねる。
「誰なんです?」
「誰なんですかって、お前――、
いや、所轄ごときが知るわけないか、
間宮イズナってのは、最近ウワサされてる外事二課のトップだ」
『所轄ごとき』という言葉に伊波刑事が眉をひそめる中、安心院刑事の口から示唆された『外事二課』という名前――、
これは川西さんのところの部隊の名前だろうけど、なんでそんな名前になってしまったのか。
たしか、外事課っていうのはスパイやテロリストとか、外国人犯罪の捜査をするところだったと思うんだけど――って、あれはアニメの設定だったかな?
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
つまり俺達は新設された外事課に横槍を入れちまったってことになるのか」
「そうなりますかね」
浦部刑事の質問に僕が頷くと、彼等の殆どが青ざめた顔をして、
「クソッ、なんでこんなことに」
うん、警察内部のゴタゴタはそれとして、図らずもいわくありげな新部署に敵対するような行動を取ってしまったのだ。その反応は尤もである。
ちなみに、おそらくは今回の件の首謀者なのだろう、詰め寄られた安心院刑事はというと、もはや取り繕うこともやめたようだ。
一部の刑事から避難の声が上がる中、頭を抱えるようにして、
「俺だってそんなの聞いてないんだよ。
クソッ、これが上手く行けば本庁に戻れるハズだったのに――」
「あの、大丈夫ですか」
「大丈夫だと思うか」
と、安心院刑事のあまりの狼狽っぷりに心配の声をかけたところ、逆に怒られてしまったので、
「すみません」
僕が反射的に謝ると、彼は彼でことのマズさを感じたのかもしれない。
母さんのことも知っていたみたいだしね。
「あ――、いや、こちらこそ悪かった。
それでなんだが、今回の件は、その――、なかったことに出来ないか」
ああ、今回のことが大きくなってしまうと、彼も困った立場に陥ってしまうのかな。
安心院刑事としては、このことはなあなあな決着にしたいようであるが、
「残念ながら、手遅れです」
「手遅れ、というのは?」
「その、拳銃を持ってウチの周りを取り囲んでいるのって刑事さん達ですよね。
実はみなさんが来る前に、こっちでその存在に気付いてまして、
いま母さんがその制圧に出ていてですね。僕はその時間稼ぎなんですよ」
本来ならこの時間、すでに母さんは出勤している時間帯である。
しかし今日はちょうど、いま話題になったハイエストの引き渡しで得たお金の残りをどうするのかと、加藤さんと話し合うべく、休みを取って家に居たのだ。
そして、本当に間が悪いというかなんというか、そんな日に限って、この刑事さん達はウチに押しかけてきてしまったわけで、
まあ、大部分が母さんの存在を知らなかったようだし、もしかすると彼等もあえて高校生一人ならと、この時間を狙ったのかもしれないんだけど、それは自己責任というものだ。
ちなみに、どうして彼等が銃を所持しているのかがわかっているのかというと、僕と母さんが先ごろ自宅周りの不穏な気配を察知。
ソニアが家の周りに張り巡らせた警戒システムをチェックしたところ、どうも自宅周辺を何者かが取り囲んでいるようだと、その集団をこっそりスキャン。
すると、相手はいつでも使える拳銃を所持しているじゃないかと、ハイエストの襲撃を疑い、こちらが先に動いたというのがここまでの流れである。
「なので、後は母さんから話を聞いてくれるとありがたいです」
そう言って僕が手を彼等の後方に差し向けると、刑事のみなさんはブリキのおもちゃのような動きで振り返り。
そこにはラフなトレーニングウェア姿の母さんが、積み重ねられた男達の山を横にニッコリと笑って立っていて、
果たして、彼等の命運やいかに――、
それは母さんの機嫌次第といったところかな。
とりあえず、ここからは大人の時間だと、僕は刑事さん達に心の中で合唱を送りつつも、学校へ行く準備をする為、家の中に戻るのだった。




