●各地、世界樹の植え付け状況
◆エイプリルフールになにかしたいと考えていたのですが、執筆が追いつかず、前倒し更新をフェイクとして入れてみました。
ちなみに、今回は世界樹にまつわる各地の様子、三本立てです。
◆地球side
オレンジ色に染まる山の中――、
週末を前に虎助は、母親であるイズナと、この山の持ち主である加藤と一緒に、山の中腹にある工事現場を訪れていた。
「結構出来上がっていますね」
「資金は十分、人も集められたからの」
三人が見下ろす先にあるのは自然を生かしたアスレチックの建造現場。
現在この山の中でなにが行われているのかというと、ハイエストの受け渡しで得たお金でもって作られる修行場――、
その建設が公共事業のような扱いで、主に林業に携わる人達の手により、急ピッチで進められていた。
ちなみに、この現場がどうして公共事業扱いになっているのかというと、この修行場を建設する資金を得るに至った方法が方法だけに、表沙汰に出来るお金ではないと、関係各所にパイプを持つ加藤が然るべきお偉方と話し合い、主に税金関連の辻褄を合わせる為にこうなったとのことである。
ゆえに、この施設に限っては警察関係者などにも開放することになっているようで、
「しかし、本当にここに植えてもいいのかの」
「隠すようなものでもありませんし、玲さんのこともありますので、
それに、いろいろとサンプルがあった方がソニアも助かりますから」
工事現場から今いる高台の広場に視線を戻した加藤の声に、虎助が密かにマジックバッグから取り出すのは一本の苗木。
「これがその世界樹とやらか、
一見すると桜の木のようじゃが」
「実はこの苗、向こうで育ててる桜を接ぎ木したものでして」
「ディーネちゃんの庭に生えてる樹ね」
それは以前、虎助のご近所で強風によって倒れてしまった桜を、世界樹の枝に錬金合成、復活させたもので、
この苗木はそれを株分けしたものだった。
ゆえに、名目上はこの苗木も世界樹と呼べなくもなく、実際ベルによる詳細スキャンの結果、農園の世界樹との繋がりが確認されたということで、今回、地球との親和性などを鑑みて、こちらが移植に選ばれたというわけだ。
「けど、この苗木、完全に桜のソレよね。
万屋の農園にある樹とはまったく別物だけど、いいの?」
「それなんだけど、世界樹っていうのはどんな種類の樹とか、あんまり関係ないみたいなんだよね」
これは以前、虎助がドライアドのマールから聞いた話になるのだが、
世界樹というのは、そもそも樹の種類を刺すのではなく、存在そのものを示す名であり、いうなれば『植物に備わる実績や称号のようなもの――』とのことだった。
「だから、この苗木を科学的に調べると、桜としか認識されないんだけど、
しっかりした鑑定魔法か魔導器で調べれば、ちゃんと世界樹って出るようになってるんだよ」
虎助はそんな話をしながらも苗木を植える準備を進めていく。
イズナはそんな息子の説明に「ふむ」と頷くようにしながらも。
「それで、それはなにを書いているの」
「これは苗を仮死状態から目覚めさせる為の魔法式だね」
「仮死状態?」
「この苗木はこっちに持ってくる為に仮死状態になっているから」
数日前に魔女の面々の協力で行った植物の転移実験の結果を考えると、この桜の苗ならば、特別な処理をしないでも、地球側に持ち込むことが可能であると思われるのだが、虎助とソニアは後の玲の転移を考えて、万全を期すために、このような処理をする決定を下したのだ。
とはいえ、普通に持ち込むのもまた検証の一つだと、先に盆栽サイズの桜の子株もこちらに持ち込んでおり。
そちらは今後、修行場に併設する事務所で保管してもらうことになっている。
と、虎助は地面に展開した魔法窓をお手本に、スコップを使って地面に魔法陣を書いていき。
その中央に桜ベースの世界樹の苗をしっかりと立てて、魔法陣に魔力を流して発動させる。
すると、いままでまるで存在感が希薄だった苗木から生命力のようなものが溢れ出し。
後は土をしっかりと被せて、アクアを召喚。
活性化した桜の世界樹に水をかければ植え付けの完了である。
「これで終わりかの」
「とりあえず植え付けはこれでお終いですね。
後はこの世界樹がどれくらいまで育つかなんですけど。
今までのデータからして、初期の成長はかなり早いようなので、結果はすぐに出ると思います」
世界樹は大木くらいの大きさまではすぐに育つということが、先に育成を始めたマオとロベルトからのデータでハッキリしている。
しかし、それも地球の魔素濃度を考えるとどうなるかはわからないと、これも要経過観察だと、虎助は苗木の周りに観察用の機材を設置して。
「ちなみに、まだまだ先の話になると思いますが、この木から採れた枝や葉っぱ、実などは加藤さんの好きにしてもらって構わないとのことです」
それは世界樹を育てる報酬代わりのようなものか。
虎助の言葉に加藤は目を眇め。
「それは儂らに使えるものなのかの」
「後で加工用の道具を渡します。
それを使えば、ガワだけなら加藤さんが持つ岩月よりもいいものが作れるかと」
「それはいいの」
そんな二人のやり取りに、イズナが頬に手を当てて、
「……この世界樹、ウチでも育てられないかしら」
「どうなんだろうね」
虎助はこのリクエストに、後でソニアに確認しておくことを約束。
「葉や実に関しては、そのまま食べるという手もありますが、魔女のみなさんに譲り渡してもいいかと思います」
「ふむ、一度ババアと話を付ける必要があるようじゃな」
加藤が口にした『ババア』というのが誰を指すのかわからなかったが、独自のつてがあるのなら自分が仲介に入らなくてもといいと、とりあえず一安心の虎助であった。
◆ガルダシアside
ガルダシア城中庭――、
本格的な銭湯にガゼボと様々な建物が建つその一角で、ガルダシア領の領主マリィの母にして、領地経営の相談役を務めるユリスは、スノーリズを伴いティータイムを楽しんでいた。
「いかがでしょうか、ユリス様」
「ええ美味しいわ。
しかし、まさかお庭に世界樹がやってくるなど、人生なにが起きるかわかりませんわね」
「そうでございますね。
しかも、その理由が実験と念の為の対策というお話ですから驚きです」
「けど――、それがマリィちゃんの為にもそうなってくれれば嬉しいわね」
ユリスの声には驚くと言うよりも呆れの感情が強いか、そんな主従が見上げるのは中庭の中央にそびえる大樹だった。
「そういえば他の世界でも植樹をはじめたのですよね。
そちらはどうなっているのです?」
ユリスが言う他の世界とは、ガルダシア城の隠し部屋に設置されている魔境から転移の出来る異世界のことである。
「現在、虎助様の願いを受け、各地で植え付けを行っている最中ですが、殆どの世界が過酷な場所なので、正直これからどうなっていくのかはわかりかねるというのが本音でございます」
「砂漠に雪山、空飛ぶお城ですものね」
「空を飛んでいるあの建物は、お城というよりも砦のようですが――」
「けれど、あの砦に世界樹を植えて、落ちちゃわないのかしら」
「虎助様が仰られるには、植物というのは環境に合わせて成長するとのことで問題ないようです。
盆栽などがいい例だと仰っていましたね」
「盆栽?」
聞き慣れない言葉にカップを置いて小首を傾げるユリス。
それに、スノーリズは思考操作で小さな鉢植えを映した魔法窓を浮かべると。
「虎助殿が暮らす国の文化だとのことです。
小さな鉢の中に自然の情景を取り込む芸術になるでしょうか。
そうして育てた植物は鉢の大きさに合わせた成長を辿るそうです」
「興味深いわね」
「気になるのでしたら、虎助様にお頼みしてお取り寄せしますが、
聞くに、安価なものならば銀貨数枚程度で手に入るものですので」
「お願いできる?」
「かしこまりました」
◆砂漠の地下迷宮side
そこは砂に埋れた地下迷宮――、
そんな迷宮の低層階に床を砕くガルダシア城のメイド達の姿があった。
「これくらいでいいかな」
「そうだね」
床に叩きつけていたハンマーを肩に訊ねるのは、ガルダシア城一小柄なメイドであるルクス。
その声に応えるのは赤髪の貴公子――もとい、メイドのウルである。
「じゃあ、フォルカスちゃんお願い」
「うん。頑張る」
ルクスの声にテキパキと地面に魔法陣を書いていくのは、頭の上に犬耳を生やした明るい茶髪の少女、フォルカスだ。
と、ここでその作業を見ていたルクスが「けど」と可愛らしく眉根を寄せ。
「これって向こうで出来なかったの?」
「転移の法則かなにかで、生木のままだとガルダシアにも持ち込めなかったみたいだよ」
「そうなんだ」
ルクスの何気ない疑問に魔法陣を描く手を止めることなく答えるフォルカス。
一方のルクスは、その説明がイマイチ頭に入ってこなかったのか、どこか気のない様子で、
それにフォルカスが苦笑いを浮かべながらも。
「とにかく、実験の為にはこっちで目覚めさせないといけなかったみたいなの」
書き上げた魔法陣が間違っていないかをチェック。
「でも、ここから上に木を伸ばしていくなんて凄いこと考えるよね」
「それは迷宮の外のことを考えると仕方ないんじゃ」
「そうだね。ここなら迷宮の仕組みを利用して世話できるから」
三人はお喋りをしながらも魔法陣の中央に苗を植え付け。
ここでウルが魔法窓を展開。
「ハイディ、水をこっちに頼むよ。指定通りにね」
遺跡の中層、転移装置付近に作った制御室で、メタルカーバンクルと共に迷宮の管理を行うメイドの一人に連絡。
迷宮の壁から湧き水を出してもらったところで、そこの樋を通して湧き水をいま植えた世界樹の根本まで誘導すると、
「こんなちょこっとでいいの?」
「上の環境を想定して調整してあるらしいから、これでいいんじゃない?
水のやりすぎも良くないみたいだし」
ウルの話にわかっているのかいないのか、ルクスが気の抜けた声で「なるほど――」と頷き。
「さて、これでこっちの仕事は終わりだね。
じゃあ、城に帰ろうか」
「もうすぐお昼だしね。今日のオカズはなんだっけ?」
「ええと、たしかハンバーグって」
「だったら、急がないと」
元気な声と共にルクスは二人の手を引き、そこから駆け出すのだった。
◆ショベルとスコップは地方によって呼び名が変わりますが、言葉そのものでいうのなら、ショベルが英語でスコップがオランダ語になるそうです。
JIS規格では、掘る部分が平で足をかける場所があるものをショベル、掘る部分がなだらかなものをスコップと定めているみたいですね。
どちらにしても大きさは関係ないんですね。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




