魔女の工房防衛強化案
◆今回は少々時間が巻き戻ります。
時を戻して、それは魔女のみなさんがアヴァロン=エラでの訓練を始めてすぐの頃――、
魔女のみなさんがその日の訓練を終えて、食事とお風呂を済ませた午後八時過ぎ。
常連のみなさんの姿がなくなった万屋の和室に、小練さんに計良さん、そして静流さんと三人の魔女が顔を合わせていた。
ちなみに、その内の一人、魔女の工房・極東エリアを統括する望月静流さんは通信越しのご参加だ。
「さて、今日はこんな半端な時間にお集まりいただき、ありがとうございます」
『いえ、気にしないでください。ことは私達の為ですから』
「そうですよぉ。私達にとっては重要なことです」
「これからの工房の運営にも関わってきますからね」
そんな日本人らしい『イエイエ、イヤイヤ』な挨拶がありながらも、僕達が相談を始めるのは、群狼なるハイエストの超能力者によって襲撃された工房の改修案。
先日の後手に回ってしまった防衛戦から、このままではダメだと、魔女のみなさんから、特に前段階の防衛システムの強化を図りたいとのご相談があり、今回の集まりが持たれたというわけだ。
「それでその後、そちらの様子はどうですか」
『いまのところ特に動きはないようです』
二度の撃退からハイエスト側の追加派遣を考えて、前回の襲撃により空になった工房――と日本各地に点在する魔女の工房――に監視の目としてリスレムなどを設置したのだが、いまのところハイエストからの干渉は確認されていないようだ。
しかし、ハイエストはあれで大きな組織ようである。
本拠地がアメリカにあることを考えると、なにかアクションがあるにしても、もう少し先になるのではないかということで、今の内から準備をしておく必要があるからと、今回の話し合いに繋がったわけである。
ただ、その対策は既に進められているところもあったりして、
「まずは用意した迷いの結界がどうなったかなんですが――」
それは魔王様や賢者様の拠点で防衛実績を持つ迷いの結界だ。
魔素濃度の関係から地球でもしっかり動いてくれるかが心配であるが、各地の工房が基本的にパワースポットか地脈上にあるということで、魔素の供給はなんとかなるのではないかと、小練さん達を魔女の里に迎えに行った際に、居残り組の佐藤さんに結界装置を渡しておいたのだが、その効果はあまり芳しくなかったみたいだ。
魔法窓の向こう側の静流さんは、少し申し訳無さそうな顔をして、
『工房を中心に結界を発動させてみたところ、動くには動いたのですが、その一部が県道にかかってしまったようでして』
「それは――」
一般道の一部が迷いの結界内に入ってしまうとなると、たしかに問題か。
聞けば、その道は周辺地域で旧道と呼ばれるような道路の一つのようで、
ふだん関係者以外の車が通ることはあまり無いそうなのだが、たまに一般車両も通るそうで、さすがにそんなところに人を迷わせる結界を張るわけにはいかないと、仕方なく装置を止めたのだという。
「けど、それって結界の中心をずらしたり、結界の大きさを小さくするとか出来ないんですかぁ?」
「やろうと思えば出来なくはないと思いますが、
今回佐藤さんに渡した結界は、地球で使うように効果を弱くしたものですから」
効果範囲を狭くしたり、結界の中心位置を移動させてしまうと、想定通りの効果を得られずに、結果的にあまり役に立たないなんてことにもなりかねない。
「だったら、ふつうに結界を作るとかは駄目なんですぅ?」
「そうすると、燃費の問題で強度か効果時間、どちらかを削ることになってしまうかと」
物理的に進入禁止を張り続けるには、大量の魔素が必要だ。
それを通常運転するのは地球の――、
おそらくはパワースポット近辺での魔素濃度でも難しいだろう。
だからこそ、今回、迷いの結界を試してもらったのだが、
それがうまく使えないとなるとだ……。
「ありものに工夫するとかになるでしょうか」
『ありものというと、監視カメラや使い魔になりますか』
「そうですね。例えば使い魔なら魔法窓を使い魔に貼り付けて、巡回型の監視カメラに仕立ててしまうというのはどうでしょう。
ウチのシステムをインベントリに乗せたものを導入すれば、監視体制もかなり楽になるんじゃないでしょうか」
『成程、魔法窓にはそのような使い方があるのですね。
参考にさせていただきます』
この方法ならメモリーカードさえ持っていればすぐに出来るだろうし、映像の分析にしても、こういうシステム関連の整備なら、科学技術よりも魔法技術の方が意外と柔軟に対応できる。
だから、即席の警戒システムを作ることは、それ程むずかしくなく。
「それでなにかあれば我々の出番ですね」
「頑張りますよぉ」
うん、小練さんと計良さんが張り切ってくれるのはいいんだけど。
「みなさんもまだ修行を始めたばかりですから、過信は禁物ですよ」
「敵はすべて私が叩き潰す――と言ってしまいたいところですが、それは虎助殿の仰る通りですね」
このアヴァロン=エラで魔素を増やし、ディストピアで実績を積んだとしても、それがしっかり身になるのはまだ先のこと――、
と、そんな僕の指摘に妙に神妙な小練さんの態度にはいまだ慣れないが、
「しかし、そうなりますと、
静流さんも含めて、人形やゴーレムを使う魔女さん達の装備を拡充するのが簡単ですかね」
『それは個人的にもありがたいのですが、良いのですか』
「あくまで応急措置ですから」
とは言っても、適当なものを用意してもしょうがないので、ある程度しっかりしたものでないとならなくて、
「その代わりといってはなんですが、みなさんにも少しお願いしたいことがあるんです」
『お願いしたいこと、ですか?』
「はい」
頷く僕に静流さんはなにを想像しているのだろうか、口元に浮かべる笑みが若干引きつっているようだが、僕からのお願いは、たぶん静流さん達、魔女にとってもメリットがあるものだから安心して欲しい。
「世界樹の苗を育ててみませんか」
特に気負うこともなく切り出した僕からのお願いに、三人の動きがピタリと止まる。
僕がそんな三人のリアクションに若干戸惑いながらも「あの、みなさん?」と声をかけると、
『せ、世界樹の苗とは、世界樹の苗のことでしょうか』
静流さんがあからさまに上ずった声でそう訊ね。
「地球の環境に合わせて品種改良したものですから、そこまで大仰なものでもないですよ」
なんでもないことのように、僕がそう返すと、
『待つのよ。待つのよ。世界樹の苗って、ええ――っ』
本当に落ち着いてください静流さん。キャラクターがブレてますよ。
そして、残る二人もそれぞれ温度差があるものの、あまり変わらない反応のようだ。
これは少し落ち着くのを待った方がいいかな。
僕は新しくお茶を用意。
ゆっくりすすりながら待つことしばらく。
「落ち着きましたか」
『ごめんなさい。取り乱したわ』
本当に取り乱してましたね。
『とりあえず、どうしてそういう話になるのかを聞いてもよいのですか?』
まだ動揺がのこっているかな。
とりあえず、静流さんの変な言葉遣いへのツッコミは無しの方向で、
「理由はいろいろありますけど、喫緊の目的は玲さんを元の世界に戻す為ですかね」
『えっと?』
「ああ、静流さんは知りませんよね」
これは説明不足だったと僕は「ごめんなさい」と謝りの言葉を入れつつも、インベントリから資料を取り出し魔法窓に表示。
「実はつい二ヶ月ほど前に、別の世界に召喚された日本人の方がお店にやってきまして、
いまその帰還のお手伝いをしているんですよ」
玲さんのことを静流さんにも話すと、
『それと世界樹がどう関係してくるのです?』
「僕も詳しいことまでは理解していないんですけど、転移の仕組みの都合上、一度、別世界に移動した人物が元の世界に戻るには転移先の座標が必要なようでして」
『それに世界樹が必要だと?』
「あくまで可能性ではありますが――」
ソニア曰く、前回の転移実験が失敗に終わったのは、転移先のデータを複数用意したことによって競合が発生してしまった可能性と、それ以上に転移する先の魔素濃度が薄かったのが原因ではないかとのことで、それを一挙に解決できる可能性があるのが世界樹の移植であるらしく。
『……状況は理解しました』
ただ、理由を説明してみたところで、すぐに結論を出すのは難しいかな。
世界樹という存在はそれそのものが問題の種にもなりうるのだ。
となるとだ。静流さん達にもあまり迷惑はかけられないので、ここは一つ逃げ道を用意しよう。
「他の場所でも移植計画をしていますので無理にとは言いませんが――」
と、断っても特に問題がないことを暗に伝えるのだが、静流さんは、
『いえ、この話、受けさせてください』
「いいんですか?」
『無駄に目立ってしまうという可能性は多分にありますが、受けられる恩恵の方が大きいでしょうし』
たしかに、世界樹には魔素の循環能力があり、周囲の魔素が安定化、その結果として永続的なパワースポットとして使うことができるのだ。
なにより、上手くいけば、定期的に上質な木製素材まで手に入れられるとなればデメリットは許容範囲という判断か。
「まあ、確実に移植ができりつもかぎりませんし、実験も合わせてですけど」
『それこそ望むところです』
いろいろと心配なことはあるけれど、責任者である静流さんが乗り気とあらば断る手はない。
「では、その方向で準備を進めておきます」
◆次回投稿は水曜日の予定となっております。




