しゃぶしゃぶを食べよう
それは除雪機の走行実験をしたすぐ後のこと、
実験中の会話にあったかまくらを作ってみたものの、季節外れのかまくらに元春が寒いと言い出して、
冷えた体を温めようと鍋を提案。
いまはその準備中で――、
「綺麗な身ですの。これをお湯にくぐらせるのですね」
「新鮮な内に急速冷凍にしてありますから、半生でも大丈夫だとは思いますよ。
ただ念の為、中心部分が白くなるまでしゃぶしゃぶするのがいいかと思います」
「そんで、こっちが俺がリクエストした肉だよな。
てか、デカくね」
そう言って元春が目を見開くのは、その肉が以前倒したミノタウロスの上位種アステリオスの塊肉。
別にお肉なら近所のスーパーで肉を調達してきてもよかったのだが、折角の機会なのでこっちを出してみたのだ。
そして、残る具材はキャベツの千切りだ。
いつもならお手軽にもやしを使うところであるが、万屋にも自宅にも買い置きがなかったということでこちらにしてみた。
まあ、もやしの種は工房に保管してあるので、このアヴァロン=エラでなら、作ろうと思えばすぐに作れはするのだが、
もやしの場合、その収穫のタイミングがシビアということで、今回は簡単にこっちにしようということになったのだ。
と、そんなこんなで、かまくら前の東屋の下、愛用の包丁に浄化の魔法を掛け、キャベツを手頃な大きさにカットして、千切りにしていくのだが、
「相変わらず上手いものですわね」
「こういうのは慣れですから」
キャベツの千切りというものは完璧にやろうとしないことがコツだろうか。
しっかり切ろうとすると、どうしても遅くなってしまうので、多少の失敗を織り込んで、とにかく一定のリズムで包丁を動かしていけば、意外となんとかなるものである。
と、マリィさんや魔王様の関心を集めながらも、僕が山盛りキャベツを用意する一方で、お手伝いに来てくれた工房のエレイン君にはアステリオスの塊肉を薄くスライスしてもらう。
ちなみに、スライスに使うのは丸のこのような専用スライサー。
これは、工房でしぐれ煮などの缶詰を作っていることから、工房で自前で作ったものを利用している。
そうしてエレイン君に薄く切ってもらった牛肉を花のように盛り付けたところで、携帯コンロにかけたスープをかまくらの中に用意して、鍋パーティの始まりとなるのだが、ここで席についたマリィさんが用意されたスープに視線を落とし。
「昆布だしはわかりますが、こちらの赤いスープはどのようなものですの」
「ちょっとピリ辛になるように作ってあります」
これはいわゆる火鍋と呼ばれる鍋に使われるようなスープもどきである。
専門店とかだと凝った作り方をしていると思うのだが、家庭レベルだとシンプルに買い置きの豆板醤と鶏ガラスープ、後は食べるラー油なんかを使うのがお手軽だろうか。
「肉のしゃぶしゃぶにはこちらのトングを使ってください」
マリィさんと魔王様はすっかり箸使いにも慣れてしまったが、お肉が大きいのでしっかりと掴めるトングの方がやりやすいだろう。
「お肉に火が通ったらキャベツを巻くように絡め取って、タレにつけて食べてください」
ちなみに、タレはポン酢とゴマダレの二種類だ。
ただ、トッピングとして大根おろしや小口切りにしたネギなんかが用意してある。
なので、組み合わせ次第ではいろいろな味が楽しめるだろうと、一通りの説明をしたところで、それぞれに好きなように食べてもらうことに。
「美味しいですわね」
「……鍋好き」
「そういやマオっちの拠点は年中涼しいんだっけか」
「……ん」
「ひっかし、それってミストっちとか大丈夫なん?」
世間話というかなんというか、鍋をしながらの会話の中、肉を三枚、一気にしゃぶしゃぶする元春が心配するのはアラクネのみなさんのことである。
確かに蜘蛛などは寒さに弱いと聞くけれど。
「……ミストは上位種。それにエアコンがあるから」
「それってつけっぱってことなん。贅沢だな」
「……魔素がいっぱいだから」
大精霊に龍種、アヴァロン=エラまでとは言わないまでも、魔王様の拠点の魔素はかなり濃い。
だから、次元の歪みやら危険な魔獣が生まれないようにと、魔王様の拠点では多くの魔素を使用されていて、
それでなくとも、精霊には自然界の魔素を循環させる役目があるというが、
ただ最近は、龍種の墓を作ったりして限度があるからと、今はその消費が密かに問題になっていたりしていてと、そんな話の流れから、いま僕達が鍋を楽しんでいるかまくらを作る前、少し出た、魔素の濃い地域における精霊と環境の関係性に関する話題を思い出したのか。
元春が魔王様に聞くのは、
「じゃ、マオっちのとこは雪とか降らないん?」
「……たまに降る」
魔王様が言うには、精霊の中でもかなり上位に位置するニュクスさんに合う為にやってくることがあるらしく、その時に雪が降るとのことである。
ちなみに以前、エクスカリバーさんのご同輩である聖剣クレラントさんを見付けた際に、話に出てきた風の大精霊であるアウストリさんが、森に立ち寄りつつも世界中を巡っているのは、うかつに棲家から離れられないような大精霊の橋渡し役をしているという意味もあるという。
そして、精霊以外にも上位の魔獣ならば、種類によっては環境に影響を与えるものがいると僕が補足したところ。
「精霊はともかく、季節ものの魔獣ってどんなんだ?」
「基本的には龍種だね」
「アイスドラゴンとかそういうの?」
「あと植物系が多いみたいだね。ここにも何度か来たことがあるし」
「例えばどんなんなん?」
「……タンポポ」
「春先にやってきた綿毛のような魔獣ですわね。
あれは大変そうでしたの」
魔王様とマリィさんが言うその魔獣は、まさにタンポポの綿毛がそのまま魔獣に転身したような魔獣で、魔素の許容量の低い植物が異常成長する、アヴァロン=エラの環境も相まって、転移から数分でゲート周辺を埋め尽くす勢いで増殖してしまったのだ。
「無限増殖かよ……、
それってどうやって倒したん?」
「アヴァロン=エラで植物が以上に成長するのは、地面から過剰に魔素を吸い上げるせいだから、その種が地面につかないように足元に薄く結界を張ったんだよ」
要するに地面から吸い上げられる魔素をカットしてやればいいのだ。
ただ、これはレアなケースであって、
そもそも植物の魔獣の魔素に対する許容量はかなりのものである。
例えば元春が戦ったワンダリングカースツリーなんかは、アヴァロン=エラの大地に根を這わせたところで、ほぼ成長はしなかったし、短命で繁殖力が強い品種(?)しか、その恩恵にあずかれないのではないかというのが僕の考えである。
「弱いヤツの方が逆にヤベーってのがなんかそれっぽいな」
「……お約束?」
と、魔王様も随分とコッチ側のネタが使えるようになってきたかな。
「んで、話は戻るけどよ。そういうのんの中に雪とか降らせる奴もいんのか?」
「聞くところによると、いるみたいだね」
「……狼とか猿?」
「なんだ。そっちの系かよ」
これはもしかしなくても雪女とかそういうのを想像していたのかな?
「じゃあ、精霊は?
精霊はどんなのがいるん」
「……綺麗」
「女?」
元春の必死過ぎる問いかけにコクコクとうなずいて答える魔王様。
すると、元春が「いいな」と本音を呟き、マリィさんが眉根を寄せる横、魔王様がアステリオスの薄切り肉をお湯にくぐらせながら。
「……写真、いる?」
「さすがマオっち、わかってるぜ」
僕としてはいいのかなと思わないでもないのだが、魔王様がこう言うからいいのだろう。
ただ、その彼女がやってくるのかは、いつになるのかはわからないとのことである。
しかし、どんな精霊なんだろう。
僕も少々楽しみであることは否めないだろう。




