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除雪機

 それはある日の放課後こと、

 週に数度のバイト(人間椅子)を熟し、工房を抜けて万屋に戻ろうとしていた元春が、僕達の目の前にでんと置かれた巨大マシンが気になったのだろう。


「よーっす。皆さんお集まりでなに見てるん」


「除雪機だよ」


「なんでそんなもんがここのあんだよ」


「マリィさんの地元で使うんだよ。

 トワさんのご実家に通じるトンネルを作ったよね。

 そのトンネル、冬の間も使う人はいるから、そこに通じる道も整備しないといけないんだって」


「そういやマリィちゃんのとこってすっげー雪が降るんだっけか」


 そう、ガルダシアは豪雪地帯。

 冬になると一メートル以上の雪が積もり、場合によっては移動するのも困難となる地方だということで、特にこの冬、使う人が多いと思われるウルダトンネルから続く道を常に使えるようにしておきたいと、スノーリズさんからの相談を受け、この除雪機を作ったというわけである。


「けどよ。雪ってんならトワさんの地元はどうなん?

 マリィちゃんの領地より北にあんだろ」


「カイロス領は雪が殆ど降らないみたいだから、除雪機は必要無いみたい」


「そりゃどういうこった?」


 北国といえば雪、ガルダシアよりも北にあるカイロス辺境伯の領地も豪雪地帯なのでは?

 という元春の考えは至極もっともなものであるのだが、

 上空の風の流れに、国を分断するように横たわる山脈の位置など、その立地条件から、どうもカイロス領は雪が振りにくい環境になっているそうなのだ。

 東北地方など、高い緯度でも太平洋側ではそこまで雪が振らない地域もあるといえばわかりやすいだろうか。


「なによりカイロス領には魔の森がありますの。

 そのおかげで雪があまり降らないとトワが言っていましたわ」


「えっと、それってどゆことっすか?」


「魔法なんかの力が日常としてあるような世界だと、周辺の環境がそこに暮らす精霊の属性に引っ張られるなんてこともあったりするから」


 例えば、魔王様が暮らす森は、夜の大精霊であるニュクスさんの力が、加護のように森を包んでいるおかげで、常に薄暗い状態ではあるものの、気候は比較的安定していたりすることとか。


「このアヴァロン=エラでもディーネ様の影響で雨が降りますわよね。それと同じことですの」


 ちなみに、周辺が温かい地域でも、雪や氷の精霊などが多く住まう魔素だまりがあった場合、そこは万年雪と氷に閉ざされた土地となるそうだ。


 と、僕とマリィさんの説明に、元春は「な~る」といつものように分かったような分からないような顔をして、


「つか、マリィちゃんにはすっげー魔法があんだから、わざわざこんなデッケー機械なんて作んなくてもいいんじゃね」


 たしかに、ルデロック王との戦いの事前準備の時のように、マリィさんの魔法を使えば雪が積もったところで溶かすことは難しくない。

 難しくはないのだが、毎日のように強力な火の魔法を何発も打ち込んでいたら、道の方がダメになってしまうかもしれないし。


「結界とか、付与魔法って手もあるけど、道の長さを考えるとコストがかかるから――、

 なにより、領主であるマリィさんに雪かき(?)をさせるのはね」


(わたくし)といたしましては大した手間ではないのですけれど」


 ただ、マリィさんがよくても、領主様が直々に毎日のように肉体労働に勤しむというのは、権威的に問題があるとのことなので、


「とりあえず実験してみないとね」


 僕は除雪機が置いてある工房の広場に、障害物として適当なポールを刺して半球状の結界を展開すると、腰のポーチ(マジックバッグ)の中から三つほど白い魔法石を取り出す。

 これは先日、フレアさん達との実験でも使った吹雪を閉じ込めたディロックだ。

 このディロックを結界の内部にうまいことバラけるように投げ込み、三秒――、

 結界の内部でブリザードが吹き荒れ、その内部が雪で埋め尽くされ。

 ディロックの反応が収まったところで結界を解除すると。


「おお、デッケーかまくら?」


「かまくらですの?」


「……こういうの」


 疑問符を浮かべるマリィさんに、さりげなく除雪機の見学に混じっていた魔王様が魔法窓(ウィンドウ)を使って実物を見せる。


「マオっちよく知ってたな」


「……マンガで見た」


 ちなみに、魔王様だけじゃなく、マリィさんもマンガは読むのだが、そのジャンルはバトル漫画が大きく偏っており、かまくらが出てくるようなシーンはなかったようである。


「とりあえず、適当に崩して除雪機の試運転ですね」


 と、半球状の盛り上がった雪山を崩そうとしたところ、背後から「ああ」と残念そうな声がちらほら聞こえてきたので、かまくらは後で改めて作ると約束して、


「これって素人が動かせるものなん」


「事前にちょっと触ってみたんだけど簡単だったよ」


 実際の除雪機がどうなっているのかは知らないけれど、ソニアに作ってもらった除雪機は、構造が似通ったトラクターの動かし方を参考にしたものなので、僕でも動かすことが出来たりする。

 そして、この除雪機は魔法窓(ウィンドウ)と連動させ、あらかじめ取得しておいた地図情報からルートを選択することで、自動運転も可能となっており。


「無駄にハイテクだな」


「これもゴーレムの一種だし、ガルダシア領は広いから」


 自動運転でもなければ操作する人が大変だろう。

 ちなみに、オート制御のフォローとして、除雪機に付けられている各種センサーに加え、アヴァロン=エラを上空から監視していてくれているカリアから送られてくる情報を参考にしているらしく。

 マリィさんのところだと、翼竜型ゴーレムのプテラがこれを担当することになるのかな。


「では、動かしますから下がってください」


 と、マリィさんと魔王様、ついでに元春を下がらせたところで除雪機の試運転。


「以外と静かなんな」


「さっきも言ったけど、ゴーレムだからね」


 本家除雪機はディーゼルエンジンで動くとのことなので、音はかなり煩いそうなのだが、こちらは魔法仕掛けのゴーレムである。

 その駆動音は実際に動く部分が発する音だけ、電気自動車のように無駄に静かなのだ。

 そして、前部に取り付けられたホイールを回転させ、ゆっくりと前に進んだ除雪機が、積み上がった雪の壁に触れてすぐに、車体中央から飛び出したノズルから雪が勢いよく吹き出し始める。


「なんか稲刈り機とかそんな感じだな」


「構造的には似てるんじゃない」


 仕組み自体はほとんど同じようなものだと思うと、除雪機が動く様子を暫く眺めていると、数メートル進んだところでその動きが止まり。


「止まったぞ」


「これは安全対策が働いたね」


 魔法窓(ウィンドウ)から除雪機を完全に停止させて、例の重力魔法を発動、みんなで雪の壁の上に上がってみると、除雪機の前には赤と白のポールが顔を覗かせており。


「なーる、こうなるかを見るために立ててたんな」


「ほぼ自動運転に任せるってなると、巻き込み事故とか怖いからね」


 除雪機による巻き込み事故はニュースなんかで年に一度は見るような気がする。

 人間が操作してすらそうなのだから、自動運転となるともっと慎重にしなければならないのだ。

 そして、これによってマリィさんが悪く言われては最悪だと、この除雪機の製作者であるソニアには安全にこだわってもらっていた。


ちな(ちなみに)、これって魔獣とかが出たらどうするん?」


「魔獣なら別に巻き込んじゃってもいいと思うんだけど、本体の破損が怖いってことで、削った雪を噴射するノズルに攻撃用の魔法式が用意されてるみたい」


 削り取った雪を攻撃に転用できるということでエコなのだそうだ。


「雪玉で攻撃とか、ちょっち弱そうだけど」


「それでも普通の魔弾程度には攻撃力があるから、

 ガルダシアに住む魔獣のレベルなら圧殺できるって話だよ」


 アヴァロン=エラ《ここ》を基準とするなら、たしかに不安な攻撃かも知れないが、主にこの除雪機が投入される事になるだろうガルダシア北の山地なら、物量押しで十分戦えるとのことである。


「そういやマリィちゃんとこってどんな魔獣が出るん?」


「狼や猪、強くても熊などですの。

 ただ、雪の時期になりますと狐がメインになりますの」


「ああ、なんかズボって頭をハメてイメージがあるわ」


「それって雪の下のネズミなんかを狙ってする行動じゃない?」


 たしか前に教育テレビなんかで見たことがあるような気がする。


「とりあえず撃ってみようか」


「だな」


 ということで雪の壁から降りた僕達は除雪機を再起動。

 搭載される雪玉の魔法を使ってみると、ドゴンとまるで大砲のような音が鳴り響き。


「凶悪過ぎんだろ」


「音が派手はしたけど、威力そのものは普通の魔弾とそこまで変わらないと思うよ」


 実際、雪玉で狙った雪壁は大きく崩れていないしね。

 とはいえ、ボーリング玉サイズの押し固められた雪玉が高速で飛んでゆくのだから、ちょっとした魔獣にくらいはダメージが通ると思われ。

 ただ、詳細なところは実際に使ってみないとわからないと、実戦投入した後でしっかりデータを取ることになり、試運転は終了。


 その後は約束通りかまくらをと、ゲート由来の結界を駆使して残った雪をドーム状に固め。

 エレイン君に手伝ってもらって、その内装に手を加えればかまくらの完成だ。


「かまくらの中ってこんな風なんだな」


「あら、元春はかまくらに入ったことがありませんの?」


「俺らの地元、あんま雪降んないっすから」


 一番積もった時で三十センチくらいかな。

 それも何十年に一度の異常気象の時だった。

 まあ、去年の元春達みたいにスキーに行くなんてこともあるけど、その時にかまくらを作るかといえばそうでもなく。


「しっかし、かまくらってあったかいってイメージだったけど、むしろ寒くね」


「時期が時期だからね」


 かまくらといえば、雪が振る季節に風雪をしのぎ暖を取るべく作るものである。

 しかし、いまは十一月――、

 朝や夕方は肌寒いが日中はまだまだ薄着でも十分な気温なのだ。

 そんな中でかまくらを作っても寒いと感じてしまうのは当然ともいえ。


「別の意味で鍋が食いたいな」


 かまくらといえば、七輪なんかを使って料理をするイメージがあるよね。

 僕は別に構わないけど、他のお二人はどうするんだろうと視線を送ったところ。


「ご相伴に預かりますの」


「……ん」


「じゃあ、なんの鍋にします?」


「蟹しゃぶというのをやったとお話を聞きましたの」


 そういえば、あの時、マリィさんはいなかったか。

 材料はしっかり余ってるし、別に構わないと魔王様にもそれでいいのか確かめてみると。


「……ごまダレ」


「俺の意見は聞かねーの」


「じゃあ元春、なにかリクエストとかある」


「肉が食いてー」


 いや、いまのいままで蟹しゃぶの話をしてたよね。

 まったく、協調性がないというか、なんというか。


「だったら、蟹しゃぶと一緒に普通のしゃぶしゃぶもする?」


 僕はそういいながらも魔法窓(ウィンドウ)を使い、鍋に必要なものをピックアップしていくだった。

◆次回投稿は水曜日の予定となっております。

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