冬支度
それはある日の夕方、
いつものように、その日討伐した獲物を売りに来店したフレアさんがこんなオーダーを出してくる。
「虎助、魔力で動くオモチャを一つ、作ってくれないか」
「構いませんが、オモチャというとニナちゃんへのプレゼントですか?」
「ええ、ニナ様に魔力の扱い方をおぼえさせるのに使うらしいわ」
聞けば、それはルベリオン王国の王族特有の風習のようで、
特にロゼッタ様やニナちゃんのような特殊な目を持って生まれた王族は、早くから特殊な万華鏡が与えられ、魔力の使い方をおぼえるのが通例なのだという。
だから、ロゼッタ様もニナちゃんの為に、できればそうした魔導器を手に入れられないかと、この唐突なお願いに繋がったようであるのだが、
とりあえず、魔眼に関するアレコレには、おそらく万華鏡という形がそれを担っているとして、詳しい設計はソニアに相談するしかないと思うんだけど。
「属性とかはどうしましょうか」
単純に発動させるだけのマジックアイテムなら属性のこだわりは必要ないと思うんだけど、その万華鏡の特殊性を考えると、しっかり方向性を決めておいた方がいいんじゃないかと訊ねてみると、フレアさんは軽く腕を組んでこう聞き返してくる。
「ニナの属性を調べた方がいいのか?」
「どうなんでしょう。
小さいお子さんだと魔力特性が変わったりするなんて話も聞いたことがありますし」
「そうなのか?」
「そういったこともあると聞きますね」
と、呟いたのはポーリさんだ。
彼女はもともと教会で暮らしていたということで、実地でそういったことが起きることを知っているのかもしれない。
ただ、赤ん坊にマジックアイテムを与えるというケースが稀である為、そのことが赤ちゃんの成長にどんな影響を与えるかなどの情報は、万屋のデータベースにもあまりなく。
「ロゼッタ姫のご実家の方ではどうされていたんでしょう?」
「聞いてみるわ」
実際にそれを使っていたというロゼッタ姫に通信を使って聞いてもらうと、どうやらその万華鏡の中には、様々な属性を持つ魔石や魔獣の鱗などが詰め込まれていたようで、そこに魔力が流れることによって、光るような仕組みになっていたみたいである。
成程、それで万華鏡という形にね。
と、おおよそのイメージを掴めたところで、その情報をソニアに転送。
すると、試作品が出来上がるには少し時間がかかると、ソニアからの返事があって、
せっかくだからこの時間を使って精魔接続を試してもらうのは――ソニアの都合もあるから後回しがいいか。
だったら、先に気になっていたことを聞いてみることにしようかと、
「そういえばフレアさん達は冬の準備をしなくてもいいんですか?」
「冬の準備?」
「そろそろ雪の季節ですから、なにか対策とかしてるのかなと思いまして」
これまで、そういうグッズを買っていっていないことが心配になって聞いてみたのだが、
「言われてみれば、なんにもしてないわね」
「そうなんですか」
しかし、そこは同じログハウスに暮らす、レニさんなんかがしっかりしているので、
フレアさん達が知らないだけで、実は既になんらかの対策をしているんじゃないかと確認をとってもらったのだが、どうやらレニさんも冬の準備はすっかり忘れていたらしく。
というよりも、以前暮らしていた遺跡が、土の精霊の影響力が強い空白地帯にあった上に、住んでいたのが遺跡の中心地だったということで、雪はもちろん、風雨に対する備えも必要なかったそうで、冬の準備のことがすっぱり頭の中から抜け落ちていたらしいのだ。
『なにをすれば良いのでしょう』
その結果、逆に僕が聞かれることになってしまったのだが、
「とりあえずログハウス周辺の環境がどうなっているかですよね」
前述の通り、魔素が濃い土地では、その土地土地で影響力の強く持つ精霊の種類によって、その環境はまったく違ってくる。
だから、まずはその辺りの確認が必要になるのだが、手っ取り早くそれを確認するには精霊の存在を感知する能力が必要で、
しかし、いま森に暮らすメンバーの中にはそういった力を持つ人がいないということで、今回は最低限の準備として、雪かき用のスコップを人数ぶん用意することになり。
「食料や薬の備蓄はありますか?」
『ある程度の蓄えはございますが――』
「なくなったらなくなったで、こちらに買いに来ればいいのではないか?」
「それはそうなんですけど、その時の積雪量によってはログハウスから動けないってこともありますから」
メートル級の大雪が降るなんてことあった場合、外に出ることもままならないなんてことにもなりかねない。
だから、そういった場合に備えて、特にニナちゃんの粉ミルクやオムツなどは、多めに備蓄しておいた方がいいんじゃないかとアドバイス。
「後は魔獣」
「そうですね」
「しかし、それほどの雪になれば魔獣の方も迂闊に動けないのではないか」
「確かに、結界があるんだから、そこまで心配する必要はないんじゃない」
フレアさんとティマさんの楽観的な意見もわからないでもないのだが、なにごとも備えあれば憂いなし。
最悪、深い雪の中、結界を突破してくるような魔獣が現れることも想定して、
「空歩を使えるのはフレアとメルさんでしたか」
「そうだな。
ただ、俺も空中を二・三歩、歩ける程度だぞ」
「私もそれくらい。
ずっと使うのは難しい」
空歩が使えれば雪の中の移動も難しくないと思ったんだけど、空歩機能がついている靴を持っているフレアさんとメルさんも、現在活動の拠点となっているのが森の中ということで、その使用機会が少なく、まだ思うように使えていないというのが現状のようだ。
「でしたら、かんじきのようなものを用意しますか」
「かんじき?」
メルさんは知らなかったのかな?
その言葉すらもわからないと首を傾げ。
「雪の上を歩く為の道具ですね。
籐で作った簡素な鍋敷きのようなものを靴の裏につけるんです」
「ああ、あれ。動きにくいのよね」
ポーリさんから説明にティマさんが思い出したとばかりに手を合わせ。
一応、こんなのなんですけどと、地球で使われている最新式のスマートなかんじきの画像を見せたところ、レニさんも含めて、特に武器をメインに使って戦う面々に興味を持ってもらったのだが、
「でも、そういう魔法がなかったっけ?」
ティマさんが言うには、かんじきの代わりとなる魔法が存在するようだ。
そんなティマさんからの情報に、僕が万屋のデータベースを検索してみたところ、確かにいくつかの魔法がヒット。
その内容を大雑把にピックアップしてみると、だいたい以下の三種類となるようだ。
まず、オーソドックスに、足元に魔法障壁を展開、かんじき代わりにするというもの。
次に雪を溶かして氷を張るというもの。
最後に体重を軽くして雪の上を歩くというものだ。
「最後のが良さそうじゃない」
「そうですね」
そして、そんな魔法の数々に、有無を言わさぬようなティマさんとポーリさんのご意見には、なにか別の思惑があるような気もしないではないのだが、そこは乙女のアンタッチャブル。
これに関してはあまり深く考えないようにと、無我の境地でお二人から指定された魔法式をダウンロード。
ただ、下位とはいえさすがは重力系に属する魔法というべきか、その扱いは少々難しいらしく。
「確かに軽くなりましたが気持ち程度ですね」
「本当に軽くなってるのかしら」
現時点で誰の魔法が一番効力があるのかというのは、実際にそれぞれの体重を調べてみれば簡単にわかるのだが、女性陣にそれを切り出すのは即ち死を意味することになるだろう。
ということで、ここは実際に試してみるのが一番だと、雪を用意することになるのだが、
「私達が乗れるくらいの量の雪ってなると準備が大変じゃない?」
「それなら大丈夫ですよ。ディロックがありますから」
これは以前、足止めに使えないかと僕がソニアに提案して作ってもらったディロックだ。
しかし、周りへの被害が大きいということでお蔵入りになってしまっていたものである。
僕達はそんなディロックを使うべく訓練場に移動。
その内部に結界を展開したところで、魔力を流した雪のディロックを投げ込み。
三秒――、
結界の内部にブリザードが吹き荒れ。
あっという間に、ちょっとした体育館くらいある訓練場が一面の銀世界に様変わり。
「すごいわね」
「では、実験をしてみましょうか」
「ああ」
ここで例の重力魔法を発動。
まずは僕がと用意した階段状の台の上から積もった雪の上に慎重に足を踏み出すと、
「やっぱり少しは沈むようですが、歩けるくらいにはなっていますね」
「けど、ギリギリ」
続いて、メルさんが雪の上に立ち。
「これは練習が必要ね」
ティマさんがふらつきながらもメルさんにしがみついたかとところで、フレアさんとポーリさんがズボッと雪に嵌ってしまい。
「これはどういうです?」
にごり――、
体の半分を雪に埋没させながら、迫力ある満面の笑みで聞いてくるポーリさん。
「冷静に聞いてくださいね。おそらく本人の体重以外の部分で重量を撮っているのだと」
彼女もここまで言えばわかってくれたと思う。
わかってくれたよね。
そして、お隣で頬を掻くフレアさんを意識しながらも大きな声でこう言うのだ。
「成程、メイスが、メイスが重かったのですね。それならば仕方がありませんな」
ちなみに、腰にぶら下げたメイスを外してやってみたところ、とりあえず雪の上に立てたことはポーリさんの名誉の為に触れておこう。
◆そう、すべては金属製のメイスが重いのが悪いのです。
いくら軽量化がはかられているとはいえ、たとえメルが胸当てやら小手やらグリーブを装備していたとしても、ティマが金属部品のついた杖を装備していたとしても、すべてはメイスの所為なのです。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




