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カレーを求めて

 今週の2話目。

 ちょっと短めです。

 ビッグマウスというデカ可愛い襲来者の撃退の翌日、僕は1人、昨日の内にエレイン君達に頼んで(なめ)してもらっておいた頬袋をカウンターに広げて、その皮からマジックバックがいくつ作れるのか、デザインはどんなものがいいんだろうなどと、あれやこれやを考えていた。

 そうして暫くの間、手元に浮かべた魔法窓(ウィンドウ)にアイデアを書きまとめ、取り敢えずマリィさんと元春の2人に僕と同じような実用性重視のウエストポーチでも作ってあげようと決めたところで1人のお客さんが万屋に入ってくる。


「いらっしゃいませ――と、マリオさん。今日もいつものヤツですか?」


「ええ、カレー粉でお願いします」


 来店の挨拶ににこやかに注文を返すこの青髪の青年は、以前シャドートーカーという魔物に襲われていた青年である。

 なんでも、ベヒーモと戦った探索者の皆さんが拠点とする迷宮都市アムクラブにあるギルドに所属する探索者だそうで、あのシャドートーカーに襲われた夜も、今日と同じくカレー粉を求めてこのアヴァロン=エラをやってきたというのは怪我が治った直後に聞いたことだ。

 しかし、ダンジョンにカレー粉を求めるのは間違ってないだろうか。

 僕個人としてはそう思わないでもないが、店側としてはわざわざ商品を求めて危険な道のりを乗り越えてまでお店にやってきてくれるお客様というものはありがたいものである。


「それで、今回はどのくらいのカレー粉をお求めですか?」


「これで買えるだけお願いします」


 そう言って財布代わりの皮袋をカウンターの上に乗せるマリオさん。

 しかし、その中に入っていた金額がまた驚きのもので、


「金貨25枚!! これを全部カレー粉にですか。それだとかなりの量になってしまいますけど――」


 万屋で売っているカレー粉は、ベヒーモ討伐に関わったマリィさんやら他の探索者さんやらの意見を参考に、銀貨1枚で10グラムというボッタクリ価格となっている。

 それが金貨25枚分の量となると、相当な量になってしまうのだ。

 そんな大量のカレー粉を買って帰るのかと訊ねる僕に、「ええ」と頷いたマリオさんは、袖をめくってその下にある銀色の腕輪を見せ、こう言ってくる。


「重量軽減の魔法式を刻み込んだ魔具を持ってきましたから大丈夫ですよ」


 荷重軽減というと重力魔法の一種になるのだろうか。

 そんな希少そうな魔具をたかがカレー粉の為に用意するなんて、

 たしかにこれまでにマリオさん以外にも、複数のパーティがカレーを求めてこのアヴァロン=エラにやってきたことはあるのだが、ここまで本気の装備を持ってきた人は初めてだ。

 しかし、どんな事情があるのか、ソロで探索をしているらしいマリオさんからしてみたら、ダンジョンの最深部からようやく訪れることの出来るこのアヴァロン=エラの立地条件を考えて、装備にこだわるのは当然かもしれないが。

 まあ、どんな事情があるにせよ。店側としては、お客様が買うと言っているものを用意しない訳にはいかないだろう。

 僕は大仰なマリオさんの装備にそんな事を思いながらも魔法窓(ウィンドウ)を展開して、工房にいるエレイン君達にカレー粉の準備を頼む。

 だが、ここで一つ問題が発生する。

 いつもなら、カレー粉はポーションなどを入れる特別製のガラス瓶に移して売ったりしているのだが、25キロもの量ともなるとそれを入れる便の数もかなりの本数になってしまうらしいのだ。

 これでは重量軽減の魔具があるとはいえ、瓶が嵩張り、持ち帰るのにも苦労をかけてしまう。

 ならば、仕入れたままのビニール袋さら持って帰ってもらうのは?とも考えるのだが、

 ダンジョンという危険な帰り道を考えるとビニール袋での持ち運びは強度的に不安が残る。

 途中で魔獣なんかに襲われて袋が破れてしまったなんて事になったら気の毒過ぎる。

 ということで、なにか代わりになりそうな入れ物は無いだろうかと魔法窓(ウィンドウ)から、最近バックヤードに運び込まれた素材や資材、その他諸々に検索をかけてみると――、

 あった。

 それは、つい先日のぺ~コン作りに使った一斗缶。

 燻製釜を作る練習として大量購入してきた一斗缶が結構な数、バックヤードに保管されていたのだ。

 しかも、保管場所がないからと銀貨を詰め込んで魔法金属化を促す処理を施した棚にしまってあったおかげで、その一斗缶も魔法金属化してしまったみたいなのだ。

 しかし、これは嬉しい誤算である。

 モノが魔法金属ならば、ポーションの瓶と同じく、劣化防止などの各種魔法式を書き込むことが簡単に出来るのだ。

 容量としては25キロに足りないものの、2つの一斗缶を分散してカレー粉を収めて、簡単な背負子でも付ければ持ち運びも簡単だろう。

 何よりも、魔法金属ならば、帰路に出会うだろう魔獣などの攻撃を受けても簡単には壊れないと思われるからだ。

 後はこれをマリオさんが受け入れてくれればいいのだが――、

 ということで、さっそく交渉だ。


「えと、量が量ということで容器はいつものガラス瓶ではなく魔法金属製の箱になってしまいますがよろしいでしょうか。もちろんお題は無料(タダ)ということで、よろしければ持ち運びがし易いように簡易的な背負子もつけますから」


「へぇ、特別な魔法合金ですか。ええと、その容器は返さなくても――」


「はい。そのままお持ち帰りいただいて構いません(もともとそんなに高いものでもないですから)」


「だったら僕は構いませんよ。いえ、正直に言うと是非そうして下さいですか。ただの容器に使われる物とはいえ魔法金属なんてそうそう手に入りませんから。むしろ願ったり叶ったりですよ」


 魔法金属と聞いて大喜びのマリオさん。

 しかし、魔法金属といっても元はブリキということで、こちらとしては逆に悪いとさえ感じてしまうのだが、まあ、お客様本人がこう言ってくれているのだから甘えさせてもらおう。

 と、結局、一斗缶などの詳しい説明はせずに、僕は魔法窓(ウィンドウ)経由で裏の工房にいるエレイン君達に最終的な指示を送る。

 そして、カレー粉やその容器の準備ができるまでの間、マリオさんを退屈させないようにと、最近のアムクラブの情勢やダンジョンでの出来事、他にも変わった素材や珍しい魔導器なんかの情報を交換している内にも準備が整ったみたいだ。思いの外しっかりとした背負子を背負ったエレイン君が裏口から入ってくる。

 すると、そんなエレイン君を見てマリオさんが羨ましげに口にするのは、


「相変わらず素晴らしいゴーレムですね。できれば譲っていただきたいのですがそれはできないんですよね」


 彼に限らず、ベル君を初めとしたゴーレムを購入できないかと申し出るお客様は多い。

 雑用から戦闘、錬金に日常会話まで熟すエレイン君達を見て、自分達も欲しい。そう思うのは当然ともいえるのだが、


「残念ですけどエレイン君達は売るほど量産できないんですよ」


 これはある意味で嘘でもあり本当のことだったりする。

 実はエレイン君達と外見が同じゴーレムを作るのは意外と簡単だったりする。

 だが、そこにエレイン君達と同レベルの学習能力を備えた頭脳を搭載するのが難しいのだ。

 最近実装したパソコンによる魔法式のコピー機能を使えば、ある程度の魔法式(プログラム)の構築も比較的スピーディーに行えるのだが、その魔法式に乗せる人工知能の素たる精霊の喚起は、術者自らがしなければならず、そこに手間がかかるのだという。

 だから、現在、マリオさんのようなお客様の為に、ソニア(オーナー)が、彼女以外にも個人個人で精霊喚起を行ってもらうことによって起動するゴーレムを作れないかと画策しているみたいなのだが、その開発にはもう少し時間がかかりそうで――、

 詳しい事情を伏せながらではあるが、そんな話をしている内にも精算は終了し。


「なるほど、個人用の喚起ゴーレムですか。それは楽しみですね。今度、来る時には、個人的にもお金を持って来た方がよさそうですね」


 ソロで探索を続けるマリオさんにとって、手に入るかもしれない個人用のゴーレムの情報はかなりの朗報なのだろう。

 だとしたら、個人でも手に入れやすいようにゴーレムの仕様や価格設定も考えないといけないかもしれないな。そんな事を脳裏で思いながらも、


「気をつけて下さいね。またのご来店をお待ちしております」


 僕は25キロのカレー粉が詰まった一斗缶を背負って店を出るマリオさんを見送って、さてと、マジックバッグの作成に意識を戻す。


「ある程度の形は決めたし、後はどんなデザインにするかだな」




◆????


「あっ、マリオ、おかえり~。カレー買ってくれた?」


「約束だからね。買ってきたとも、けどさ、こんなに沢山なにに使うんだい?」


「そりゃ、もちろん料理に使うに決まってるじゃん。お肉にかけて食べるんだよ」


「そうなんだ。でも、さすがにこの量はないと思うけど……、というか、これ、けっこう重たいんだよ(・・・・・・)


「いいじゃんいいじゃん。監視任務のついでだよついで~、それにそういう取っ掛かりがあった方が任務が捗るでしょ」


「まあね」


「で、何か面白いこと聞けた?」


「うん。どうも彼等はゴーレムの量産を目論んでいるみたいだね」


「へぇ、ゴーレムの量産か~。面白そうじゃん」


「でも、残念ながら君が好きそうな戦闘用のゴーレムじゃなくて、人間のサポートするような補助的ゴーレムみたいな口ぶりだったね」


「ふ~ん。残念、でも、そのゴーレムも使いようだよね」


「たしかにね。だけど店主である虎助君の性格を考えると何か対応をしてくるんじゃないのかな。何しろそのゴーレムを作るのは『眠り魔女スリーピングウィッチィ』が1人ソニア=モルガナだからね」


「けどさ、それはあくまで有象無象に売るためのゴーレムでしょ。ボクが興味があるのはソニア?その魔女が特別に作るゴーレムなんだよね。絶対強いよ」


「本当に君はそれしか頭にないよね。でも、僕等に課せられたお役目も忘れないでね」


「わかってる。わかってるって~」


「そんなニコニコした顔で言われても不安なんだけど。レオナもどこかへ行ったっきり戻ってこないし、マスターに怒られるのは僕なんだからさ頼むよ」

 ◆今更ながらのお金の価値(アヴァロン=エラ編)


 銅貨=日本円にして十円

 銀貨=日本円にして千円

 金貨=日本円にして十万円


 それぞれの世界に貨幣が存在している為に万屋ではこのように決めています。

 貨幣の違いによる価値を決める際に、虎助は日本で取引される金属の時価を参考にしたようです。

 因みに世界によっては混ぜものがされていたり、硬化の大きさが違っていたりとしていますが、一律でこの値段としています。

 多少の損はしても、魔法金属化させることにより元以上の利益を得られるというソニアの判断によるものです。

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