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●トンネル開通

 カイロス辺境領南部にあるネスネグ渓谷――、

 付近には小さな農村くらいしかないその高地に、場違いなほど立派な建物が建っていた。


 ここは、つい最近、開通したばかりのウルダトンネルの入口だ。

 先日、辺境での仕入れの際にここの噂を聞いて、半信半疑ながらやって来てみたのだが、


「まさか本当にこんな大きなトンネルが完成しているだなんて」


「でやすね。普通ならトンネルを作るのに集められる坑夫なんかから噂が出そうなものなんでやすが」


 独り言のようになってしまった私の呟きに応えるのはゴサック。

 父が行商をしている頃から御者を務めてくれている男である。


「しかし、随分と厳重な警備でやすね」


「仕方がないさ。ここはつい最近まで、他の貴族からのいやがらせを受けていたそうだからな」


 ただ、それもすでに過去のこと、ここのことを教えてくれた地元の商人が言うには、開通当初に大きな捕物があって、

 真偽こそ定かではないのだが、大陸東部の貴族や豪族が三分の一ほどが処分を受けることになったという。


「ただ、いやがらせですかい?

 その相手っていうのも、よくもまあ、あの(・・)カイロス伯爵にしでかしたものですねぃ」


「どうせバレないとでも思ったのだろう。聞こえてくる話によると、有名な闇ギルドを動かしていたらしいからな」


 なによりここ最近、王の代替わりの方法が方法だっただけに、この機に乗じていろいろやらかす領主が多かった。

 特に山脈の影響がない東側の領地では、関所の通行料がこれまでの二倍から五倍になったなんてところも少なからずあったのだ。

 ただ、それもここができてしまえば水の泡。

 このトンネルに対するいやがらせは、そんな連中の危機感の現れだったともいえるだろう。

 要するに、カイロス伯爵への恐怖心よりも金への執着が勝ったというわけだ。


 さて、そんなこんなで、いまもまだ厳重な警備を受けて立ち入ったトンネルだったが、その内部は圧巻の一言だった。

 通常トンネルというのは硬い岩盤を貫く為、どうしてもいびつな形になってしまうのだが、このトンネルどうだ。継ぎ目の一つもない、まるで王都の城門のように滑らかな仕上がりになっていた。

 一体どのような技術をもってすれば、こんなトンネルが作れるというのか。

 そういえば、王宮にはマリィ様と同じくガルダシアの五指に数えられる錬金術師がいると聞くが、

 もしかすると、このトンネル工事には彼も携わっているのかもしれない。


 そんなことを考えている間にも検閲の列は進み。

 ようやくトンネルに入れるといったところで、トンネルの守衛から一枚のカードを渡される。


「これは?」


「通行書と案内ガイドになります」


「案内ガイド?」


 通行書というのはわかるが、案内ガイドとはいったいなんなのか?

 カードに書かれた魔法的な文様に目を向けながら私が訊ねると。


「マジックアイテムになっていて、わからないことに答えてくれるようになっているんです」


 人の話を聞いて応えられるアイテムだって!?

 それは魔導書の中でも特に高位にものに備わる機能になるのではないのか。

 しかし、そんな風に驚く私に守衛は苦笑気味に、


「案内ができるだけの代物ですよ」


 それでもかなり凄いと思うのだが、ただ、ここではこれが普通なようなので、彼等が言うのならそう納得するしかないだろうと、私は遠慮なくそのカードを受け取り、ゴサックに言って馬車を出してもらう。


 そうして立ち入ったトンネルの内部は明るかった。

 普通トンネルというのは、馬車の両端にランタンでも灯さなければ、馬の頭を見ることすらおぼつかないほど暗いものだが、このトンネルにはランタンを灯す必要すらない明るさがあったのだ。


「どういう仕組みになっているんだ」


『通気口より外部の光を取り入れております』


 思わず口をついて出てしまった疑問にどこからか聞こえる謎の声。

 その声に私とゴサックは驚くが、

 しかし、よくよく調べてみると、その声は先ほどもらったカードから出ていた。

 どうやらこれが守衛の言っていたガイドというもののようだ。


 そして、せっかく教えてくれるのだからと解説を頼んでみると、

 どうもこのトンネルのあちこちには、空気を取り込む穴が空いているようで、

 その穴に反射率の高い金属の管を通すことよって、外のあかりを取り込んでいるとのことである。


 正直、なにをどうしてそうなるのか、私にはガイドの言っていることが半分も理解できなかったのだが、

 ただ、こういう知識は商売の種になるかもしれない。

 私が他にもトンネルを進む中、気になったことを子供のようにカードに質問していると、ここで馬車を動かしていたゴサックから素っ頓狂な声があがる。


「おっと、ありゃあなんだ?」


 ゴサックの声に目を向けると、そこにあったのは黒い円筒形の物体だった。

 馬車の車輪の半分くらいの大きさのそれがトンネル内をゆっくり移動していた。


「魔獣の類ではないようだが、なんだろう?」


 そんな疑問符にもすかさずガイドの解説が入る。

 それによると、あの黒い物体はトンネルの清掃をするゴーレムで、主に馬の糞などの回収任務にあたっているとのことである。


 私達がそんな黒いゴーレムに気を取られているとガタガタと馬車が細かく揺れ。


「と、今度はなんだ?」


「どうも地面がデコボコになっているようでやすね」


「なぜそんなことに?」


 このトンネルでこんな不良があるのか疑問に思っていると、


『この地面の凹凸は直線が続くことで御者の眠気に襲われるのを防ぐ効果があります』


 成程、たしかに、このトンネルのように同じ景色が続くとどうしても退屈になって眠くなってしまう。

 そこで一定間隔でこのような場所を設け、それを防いでいるということか。


 と、そんなハプニングがありながらも馬車はトンネル内を走り、入り口からそれなりに進んだところで進行方向右側に大きな空間が現れる。

 ガイドが言うにはここは道の駅という場所だとのこと。

 ここでは休憩や食事ができるようになっているようで、他にも便所などもあり、トンネル内で用を足すなら、基本的にここでないとしてはいけないのだそうだ。


 ちなみに、他の場所で粗相をしているのを例の黒い球体に見つかった場合、罰金を課せられてしまうとのことである。


 結構厳しいな。


 ただし、こういった道の駅は定期的に設けられているそうで、そこまで問題にはならないらしい。

 と、私達はここでガイドの勧めに従い、道の駅に馬車を止め、備え付けの魔具を使って馬に水をやり、きっちり便所を済ませ、軽く休憩を挟み、さっさと出発しようと思っていたのだが、

 便所から戻る途中、道の駅の一角に人が集まっているのを見かけ足を止める。

 そして、興味のままにその集団に近づくと、そこには多きな箱型のなにかが置いてあってだ。


「これはさっきのゴーレムとはまた別のもののようだが、なんだ?」


「ああ、これは自動販売機だよ」


 私の疑問に自慢気に答えてくれたのは、この自動販売機なるものの前に集まっていた一人だった。

 彼がしてくれた話によると、これは銀貨や銅貨を入れることで蓋が開き、中に入っている品物が手に入れられるというもののようだ。


 ふむ、面白い仕組みだな。

 これを上手く使えば、本店で働く父や母の助けになるのではないのか。

 問題はこのゴーレムが手に入れられるかだが、

 こればっかりは彼にもわからないらしい。


 私は取り敢えずこういうものがあるということを心にとめた上で、実際にこの自動販売機とやらを使ってみることにする。


 ちなみに、ここで売られる商品は飲み物や堅パン、瓶詰めの食料が中心らしい。

 中には乾燥した海産物もあるようだが――、


「銀貨一枚とは剛気な値段でやすね」


「いや、この乾物、領都で買ったらこの数倍はするぞ」


 ゴサックは一般的な乾物の相場を考えていっているのであろうが、ここにある乾物の殆どが海のもの。

 それは海に面する土地を保たないルデロックの者からすると、すべて貴重品であり、これから私達が戻ろうとしている(・・・・・・・・)王国南部で売れば数倍――物によっては数十倍で売れるようなものだった。


「本当やすか、ならこの値段はどうして?」


「そうだな……、

 これは餌のようなものではないか」


「餌でやすか」


「ああ、このトンネルを上手く使えば、これらの品が安く手に入るからな」


「……流れをこちらに、ということでやすか」


 さすがはゴサックだ。理解が早くて助かる。

 そう、いま私が先ほど口にした南部なら数倍の値段がするというのは、あくまで今の流通状況ならばというものだ。

 しかし、このトンネルが多くの人間に使われるようになれば、海に面する隣国につながるカイロス領と南部の距離がぐっと近くなる。

 そうなれば、このような海の乾物の値段もおのずと下がっていくだろう。


 そんな話をしながらも、私は自動販売機のことを教えてくれた彼と集まっていた同業者に軽く挨拶。

 馬車に戻り、いま買ったばかり乾物が入った瓶の蓋を開け。


「食べちまうんですかい」


「この量では売り物にならんからな」


 売り物にしたいのならば自分で運べと暗に告げているのだろう。

 私がそう言って貝柱を一つ口に放り込むと。


「若、あっしにも一つくんなせぇ」


 まったく調子がいいことだ。

 仕方ないと一つやると、ゴサックはもごもごと口を動かし。


「思ったよりも硬いでやすね」


「それは乾物だからな。

 だが、噛んでいると柔らかくなって味がしみてくる」


「ああ、たしかに――、

 けど、こりゃ、酒が欲しくなっちまいますや」


「本当にな」


 笑い合いながらも道の駅を出発。

 それから半日ほど馬車を走らせて、幾度か道の駅に寄りながらも私達はまだトンネルの中にいた。


「出来れば今日中に抜けたいところだが――」


「朝一の組でトンネルに入って、すんなりいけば、夕方にはなんとか抜けられるって話でやしたが」


「残り距離は十キロか……」


 トンネルの壁に書かれた数字を見て、私はつぶやく。

 ちなみに、このキロというのは長さの単位で、このトンネルを作る時に使った魔導器の測量によるもののようだ。


「山脈の端、狭くなっている箇所にトンネルを通しているとはいえ、山脈は山脈だからな。それなりの距離はあるということだな」


「そうやりやすと、そろそろどっか、道の駅に止まりやすかい?」


「いや、明日にはコッペ村に到着したいのでな。行けるところまで行っておきたい」


 場所によって面白い品のある道の駅で一晩明かすというのも悪くはないのだが、

 トンネルを抜けた後、ほとんどの商人が――、

 いや、商人だけではないか。

 この先のコッペ村に立ち寄るとなると、早く辿り着いておいて損はない。


「ミスリルの魔具でやすからね」


「それもあるが、辺境で聞いた風邪薬も買っておきたい」


「風邪薬でやすかい、あんまり旨味がなさそうでやすが」


「いや、これは商売の――為とも言えるのか……、

 俺達が風邪を引いた時の備えとして手に入れておきたいのだ」


「ああ、親方様も去年やらかしてやしたからね」


 まあ、上流階級相手に特別を歌って売りに出すという手もあるがな。

 なにより父母が倒れたら大事だ。

 弟妹が育っているとはいえ、まだまだ店を任せるには早いからな。

 これから寒くなるこの時期のことを考えると、備えはいくらあっても困らない。


 というわけで、早く村に到着し、必要な量を確保しておきたいのだ。

 南の領都まで戻る私達には不要なものでも、それよりも手前で売りさばくくらいなら、良い商売になるだろうから。


「しかし、お天道様がないと感覚が狂っちまいやすね」


「ああ、時間は道の駅で確認できるとはいえ、これからもここを使うなら時計を買うべきなのかもしれないな」


「時計ですかい。ですが、ありゃあ、かなり高価なものだと聞きやすが」


 たしか前に王都で見た懐中時計が金貨二十枚。

 高い買い物ではあるのだが、


「それがこの先にあるコッペ村でなら銀貨数十枚で買えるらしいんだ」


「そりゃあ、商売上手と言うかなんというか」


 先の乾物といい時計といい、そこで買うことのできる商品もなんらかの目的があってのことだろう。


「でやすが、そんなに安いとすぐに壊れちまうんじゃ」


「それはものを見てからだな」


 ゴサックの言う通り、いくら安くてもモノが悪ければあえて購入する必要はないだろう。


「ただ、道の駅に置いてあった時計もそのコッペ村で作られた魔導器らしいぞ」


「そうなんですかい。たしかにあの時計を作っている村なら下手なものは出さなそうでやすね」


 個人用とはまた違うものの、道の駅にあったものはあまり時計に触れることのない我々から見ても、なかなかに立派なものだった。

 そんな時計を作る村の売り物が粗悪品であることはあまり考えられない。


「なんにしても、まずはトンネルを抜けないとな」


「でやすね」

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