●身柄引き渡しの現場03
◆現在、体調不良中の執筆の遅れを取り戻すべく、感想などの返信が滞っております。
ご容赦の程、よろしくお願い致します。
そこは加藤達が取り引きに訪れた基地の程近くにある林道の中、
ひっそりと駐車されたモスグリーンの幌付きトラックに一組の男女が乗っていた。
運転手に座るのはマックス、寝癖のついた頭に無精髭と性格のだらしなさが全身から滲み出る男だ。
助手席に座る眠たそうな目をした少女はビスタ。
彼女は獣王ドゥーベをトップとする、ハイエストにおけるバトルセクションの副官を務める才女である。
現在、彼等は米軍基地へと乗り込んだドゥーベのバックアップと、もしもの時の足として、ここで待機をしていた。
しかし、ドゥーベの突入から数分、助手席で眠るように目を瞑り、じっとしていたビスタが目を開き、予想外の言葉を口にする。
「ドゥーベがやられた」
「どした急に?
ボスがやられたなんて、なに言っちゃってんの。冗談にしても笑えないんだけど」
ビスタの言葉から十数秒――、
たっぷりと空白を開け、マックスがちゃらけた態度で聞き返す。
「冗談じゃない。いまドゥーベが倒されたのを確認した」
しかし、ビスタの意見は変わらない。
「おいおいおいおい、マジで!?
どうやったらあの大将が倒されんだよ」
「木の棒で」
「木の棒でって――って、ホントなに言ってんだよ。
戦車十台と戦って無傷のあの人がそんなんでやられっかよ」
「でも事実」
そして、ここまでビスタが断言するのなら、さすがに信じざるを得ないとマックスは、寝癖だらけの頭を掻きながらも。
「もしかして基地の中に俺等の元お仲間がいたとか?」
「不明。
ただ、最後にESPらしき現象が見受けられた」
「マジか――」
ダメ押しともいえるビスタの証言に、マックスはハンドルにもたれかかるように体を倒し。
「で、こっからどうするんだよ?」
「撤退しかない」
「おいおい、ボスを置いていくのかよ」
迷いなくドゥーベを置いていく決断をするビスタに、マックスは表面上は軽く、ただし、その裏には隠しきれない剣呑さを滲ませて言うのだが、それでもビスタの意見は変わらない。
「相手はドゥーベを倒すほどの実力者。
そんな相手がいるところを狙うのは下策」
「そりゃそうだけどよ。そんなのどこにいったっておんなじだろ」
「違う。
ドゥーベを倒したのはウルフラクを捕まえた人の関係者。
それに向こうなら多くの仲間を動員できる」
そして、具体的な理由を教えられたら納得するしかない。
マックスは口元に不満の欠片を残しながらも「仕方ねぇ」と気合を入れ直し。
「となりゃ、さっさと本部に戻って作戦を練らなきゃな」
車のエンジンをかけようと、トラックのスタートボタンに手を伸ばすのだが、
「ごめんね。残念だけどそれはできないのよ」
ここで不意によく通る女の声が二人の耳に届き。
「「誰っ!?」」
マックスとビスタの鋭い誰何が飛ぶ。
と、それに応えるようにトラックの前方、闇の中から黒装束の女性が現れる。
彼女の名前は間宮イズナ。つい先程までビスタが視ていた内の一人である。
イズナは驚き目を瞠る二人――特にビスタの驚きよう――に薄っすらと口元に弧を描き。
「こんばんわ。そっちのアナタは私が誰だかわかるわよね」
「最初にドゥーベと戦ってた人」
ビスタの答えにイズナは満足そうに「正解」と一言。
「コイツがボスを――」
それが引き金となったか、ここでマックスが犬歯をむき出しにし、敵愾心を顕にするのだが、
「違う。
でも、強い」
「マジかよ」
ビスタからの否定に軽く天を仰ぎ。
「んなの知るかよ」
しかし次の瞬間、フロントガラスを突き破り、イズナに襲いかかる。
ただ、気付いた時にはマックスは、イズナの遠心力の乗った後ろ回し蹴りをその頬に受けており。
「ブバァ――っ!?」
そのままトラックの横に弾き出されてしまう。
しかし、彼もハイエストの戦闘員だ。
「成程、たしかにこりゃ強敵だわ」
マックスはイズナの一撃にもすぐに体制を立て直し、
転がるように立ち上がりながらも、その全身に明るい茶色の体毛を生やし、その体を獣のそれに変化させる。
と、このマックスの急激な変化にイズナは興味深げな視線を送りながらも。
「これは狼男?
いえ、どちらかというと狐とかそういう種に近いのかしら。
でも、変身の仕方は群狼って人とは違うのね」
「――っ、アンタがウルフをやったのか?」
「実際に捕らえたのは私の息子ね」
完全に変態が終了したマックスの質問に、あえて都合のいい真実を告げるイズナ。
すると、すっかり獣の姿になったマックスは、その金の双眸を吊り上げて、
「だったらアンタにも責任があるよなぁ――」
がなり声を叩きつけると、イズナに向かって飛びかかる。
しかし、イズナはそんな威嚇などまったくなかったように。
「ほら、そんな工夫のない攻撃だと簡単にカウンターを合わせられちゃうわよ」
それはパンチというよりも、ただそこに拳を置いただけというべきか。
回避行動を取りながらも軽く腕を振っただけの拳がマックスの尖った鼻先を捉え。
「そんな気の抜けたパンチが効くかってn――」
連撃。
軽いパンチからの流れで抉るように肘を突き出し、マックスの顎をかち上げたところで、
「群狼って人もそうだけど、こういう超能力者は変身後、本能的になるのかしら」
脳震盪でも起こしたか、ふらつきながらも「舐めるな」とアッパー気味のひっかき攻撃をしてくるマックスに、イズナはバックハンドで応じながらも、その視界の片隅に捉えた、戦闘中あえて片目を瞑るビスタにばら撒くような殺気を投射。
「ああ、そっちの子は余計なことしないでね。
そこまで強制力があるような力じゃないみたいだけど、使い方によっては面倒になるかもしれないから」
と、その殺気にあてられて、森に住む鳥が一気に飛び立つ音に紛れるように、懲りずに向かってくるマックスの腹部に膝を入れ――、
「あら、ごめんなさい。話してたら加減を間違えちゃったみたい」
思いの他、綺麗に決まったカウンターに、今日の昼食だか夕食をぶちまけるマックス。
イズナはそんなマックスに謝罪をしつつも浄化の魔法を発動。
吐瀉物と泥でどろどろになっていたマックスの体を綺麗にしたところで、
「とりあえず君は確保ね」
どこに隠し持っていたのか、ビスタが気付いた時には手にしていた宝石付きの赤い杖を、土下座をするようなポーズで地面に倒れるマックスに押し付け、この場から一瞬で消し去ると、その事実に思わず固まってしまったビスタに優しげな笑みを浮かべ。
「向こうに行ったら逃げ回ることをオススメするわ。
けど、死んでも死なないから心配しないでね」
忠告ともとれる言葉を最後にビスタにもその杖を押し付けるのだった。
◆
「お待たせしました」
ドゥーベを取り押さえ、その被害者の運び出しが行われる格納庫に、謝罪の声を先に現れたのはイズナだった。
どこからどうやって入ってきたのすら分からなかったイズナに周囲が――特にこの基地の警備体制を知る軍関係者が――驚き動きを止める中、
ドゥーベを仕留めた老剣士の加藤だけは、いつもと変わらぬ飄々とした態度で戻ってきたイズナに声をかける。
「ご苦労じゃったな。
お主にしては少し時間がかかったようじゃが、なにかあったかの」
「例の件を確かめていたら少し遅くなってしまいました」
「虎助が言っておった例の目じゃの」
「はい」
イズナは周囲の反応を特に気にすることなく加藤の下へと歩いていき、どこからかファンタジックな杖を取り出し、まるでよくできたマジックかのごとく二人の人間をその場に呼び出してみせる。
「ただタイミングとしてはちょうどよかったのかもしれませんね」
そして、これまたどこから取り出したのか、次にイズナが取り出したのは玩具のような見た目の銃で、
彼女は何故かぼーっと動かないその二人の後頭部を銃撃。
放った睡眠の魔弾で眠らせると――、
いましがた拘束されたばかりのドゥーベにも同じく魔弾を浴びせて眠らせて、
加藤を除いた周囲がそんなイズナの所業に恐怖をおぼえる中、
「男の方の処分はお弟子さんにお任せしても」
「うむ、お主ら聞いたな。イズナの指示に従うのじゃ」
加藤の号令で彼の弟子たちが慌てたように動き出した一方、
ここでようやく今回の取り引きの中心となる人物、アメリカ交渉官ジョン・マクレーンが正気を取り戻したか。
あからさまに警戒するような足取りで二人に近づくと、
「あの、ミスター加藤、処理というのは?」
「先に運び出した者達に施したような対策じゃな」
「対策ということは、まさか彼女があれを――」
ジョンが恐怖とともに思い出すのは既に護送車へと運び込まれたアタッシュケース。
しかし、加藤はそんなジョンの問いかけにゆるく首を振り。
「あれはまた別の人間がやったことじゃ。
これからする処理は道具を使ったものじゃな」
加藤が曖昧な説明をする横、弟子の一人がイズナから受け取ったのは、金属が組み合わさったアクセサリのようなものだった。
「これは貞操器具?」
「見ての通りのものじゃな。
でじゃ、これを使えば、先程の輩にしたことと同じようなことができると言えばわかるじゃろ」
加藤に言われ、例のデモンストレーションの被験者となった群狼が藻掻き苦しむ様を思い出したのか、ジョンを含めた男性陣が軽く腰を引く。
と、そんな男性陣の一方で、イズナが謎の杖を使い、どこからか運んできた男女の片割れ、この場にはやや場違いな小学生くらいの少女の首に、特殊な布で作ったチョーカーをつけていく。
ちなみに、このチョーカーには、逃げ出したら首が締まるとか、爆発するとか、映画などでおなじみの仕掛けはされておらず、ただ単純に、いまこのチョーカーがある場所などの情報を指定された連絡先に送るだけというものとなっている。
「さて、処理を終えたところで此奴等の処遇じゃが」
「可能なら、我々に引き渡していただきたいのですが」
このジョンの要求には加藤としても否はない。
否はないのだが――、
「問題は対価をなにとするかじゃな」
なんの対価も受け取らず、捕らえた彼等の身柄を渡すのは、加藤やイズナの仕事上、無理な話で、
ただ、加藤達は群狼などの引き渡しで、すでに一流メジャーリーガーの生涯年俸くらいの金額を受け取ることになっている。
そこに追加で捕まえた三人の――、
特にドゥーベという大物を引き渡す価値を考えると、それこそ七面倒臭い契約が必要になりそうなのは請け合いで、
「となると――、
イズナ、なにかあるかの」
「個人的には思うところはありますが、あちらの政府とはソニアちゃんのことで一度ことを構えているので、聞き入れてくれるかどうか」
訊ねる加藤に目の前に倒れる少女を見下ろし諦めたように首を振るイズナ。
その内容にジョンおよび基地関係者の顔が思わず引きつる。
「そうなのかの?」
「以前、虎助がそにあちゃんを見つけた時、その所有権だのなんだのと騒いだ方がおられるようで、向こうで二人が拘束されて大変でした」
「そんなことがのう」
あくまでその話が個人名によって展開されている為、ジョン達には話の半分もわからなかったが、この短時間の間に、自分達が察知することすらできなかったハイエストメンバーを捕らえてきた彼女が、自分達の国にあまりよくない印象を持っていることに関して危機感を抱かざるを得ない。
できれば彼等には友好的にいてもらうべく、その要望には応えたいところであるが、イズナがいま口にしたなにかが、どういった内容なのかわからなければどうにもならない。
ジョン達が思考の迷路に嵌る中、加藤が出した結論はごく単純なものだった。
「ならば適当に前の倍額でも要求しておこうかの」
「前の取り引きもありますし、あまりお金をいただいても意味はないのですが――」
「しかし、ここでグダグダやっておっても面倒に巻き込まれかねないじゃろ」
「そうですね」
二人の間でおおよその要求が決まったところで、加藤がジョンを始めとした基地関係者の方へと向き直り。
「別に結果がどうなっても文句もから安心せい。
あくまで儂らからの一方的な要求じゃし、破るも破らぬもお主等次第というじゃ」
不安そうにするジョンを始めとした基地関係者に投げかけたこの内容は、いわゆる脅し文句か。
「なにより、ここに置いていかれても困るしの、これからまた新たに契約を交わすのも面倒じゃ。それらを一切押し付けることになるからの、値切りたいなら値切るがよい。どうせ交渉相手は此奴らじゃしの」
今回の取り引きにドゥーベの襲来。それによる騒ぎはおそらく隠せない。
そうなると、この後、この基地になんらかの捜査なりなんなりが入るのは目に見えている。
なので、ここで足止めをくらってしまうと、自分達の面倒に巻き込まれるのは確実であると――、
加藤はそんな事実を告げながらも、弟子達に意味ありげな視線を送り。
ついでに「ほれ、帰り支度をせんか」と一言付け加えたところで視線を戻し。
「ただ、その嬢ちゃんは丁寧に扱ってくれるとありがたい。
他の者共がどうなのかは勝手なのじゃが、どのような理由があるにせよ、それに子供が巻き込まれるのは面白くないのでな」
ちなみに、これにはジョン並びに軍関係者も思うところがあったのかもしれない。
そして、あくまで口約束ではあるものの、加藤は、ジョン以下、関係者の目を覗き込み、悪いようにはならないだろうと、そう判断。
一つ、頷いたところで、
「ああ因みに、そのチョーカーを無理やり外そうとしたり、死んだりしたらわかるようになっていますから、扱いにはお気をつけを」
イズナが爆弾を落とす。
「確約は出来ませんが可能な限り便宜を図らせてもらいたいと思います」
「うむ、取り引き成立じゃな。では、儂らはそろそろここを出るとするかの」
そして、言いたいことが言い終われば後は帰るだけと、先にトレーラーに乗り込んでエンジンを温める青年達に続いて、二人もトレーラー後部に飛び乗って、
最後に入り口をすんなり通してもらえるよう、現場警備の責任者に無線機で取り計らってもらったところで格納庫を後にした。
◆ドゥーベやマックスなど、ライカンスロープが変身などと同時に吠えるのは、モ●ハンで飛竜などが怒り状態になると同時に吠えるのと同じようなイメージです。




