●身柄引き渡しの現場02
◆今回の主役は虎助の母・イズナとなります。
ハイエストメンバーの引き渡しもほぼ終えて、後は撤収だけかという段となり。
護送車に乗せ換えられるハイエストの面々を微笑みで見送っていいたイズナが、ふと格納庫の壁をじっと見る。
「加藤さん」
「やはり来おったか」
「来たというのは?」
加藤とイズナ二人の様子に何気なく訊ねるのはジョン・マクレーン。
いかにもな偽名を名乗るアメリカから来た交渉官だ。
「おそらく粗奴らの仲間じゃろ」
「な、まさか、ここに?」
彼がここまで驚くのは、いま取り引きを行っているこの場所が彼の国が日本で間借りする基地の中だからだ。
こんな場所に襲撃をかけるくらいなら、ここに至るまでの間に襲撃をかけた方が確実かつ安全だったのではないかと、ジョンとしてはそう訴えたいのだろうが、何事にも絶対というものはあり得ない。
というよりも、正確にはイズナの妨害にハイエスト側の人員不足、一部勢力の暴走と、様々な事情が重なって、この時点の襲撃になったということなのだが、そのすべてを、加藤が、イズナが、そしてジョンが知る訳もなく。
「攻めてくる時は攻めてくるものじゃぞ」
今回、敵があえて警備が厳しい場所を狙ってきたのにも、何かしらの意味があるのかもしれないと、加藤はジョンの言い分をそう一蹴。
「なにか対応を取るべきじゃと思うが――」
続けて呟くと、
この場の警備を取り仕切る陸軍士官が、格納庫内の部下達に周りを固めるように指示を出しながらも、司令部へ連絡をと胸元にある無線機のスイッチに手を伸ばし。
「しかし、単身で乗り込んでくるなど剛毅なことじゃな」
「外に数名配置されているようですが、そちらは動く気配はないですね」
「余程自分の実力に自身があるのか、単に煩わしさを嫌ったか、もしくは別になにか目論見があるのか。ともかく、こちらも動くべきじゃろうな」
「お主等もそのつもりで準備を整えておけ」
「「「「「はっ」」」」」
加藤達もまた戦闘態勢に入るのだが、
ここでジョンがそんな加藤達の動きに懸念を示す。
「ミスター加藤、勝手をされては困るのですが」
「お主達がそう言いたくなるのは当然じゃろうが、この相手、お主達に収めきれるのかの」
しかし、加藤が向ける視線の先では、無線機に向かって焦った声を出す陸軍士官の姿があり。
格納庫の外からは銃撃と悲鳴が聞こえてきているとなれば話は別だ。
そう、イズナの指摘から数分と待たずして、
正確には彼女の指摘により、ようやく事態が認識されたというのが正しいか。
基地内は混乱に陥っていたのだ。
しかし、ジョン――いや、どちらかといえばこの場合、基地の関係者――からしてみると、治外法権が及ばないこの場所で民間人に勝手されるのは困ることであり。
とにかく、現場を仕切る陸軍士官の意見が聞かなければと、各所へと連絡を飛ばす陸軍士官の手が空くのを待っていると。
ガンッ!!
格納庫の正面シャッターから何かがぶつかるような音が聞こえ、続く銃声と怒号。
どうやら敵は思っていた以上のスピードで――、
いや、まるで最初からここが目的地であるかのように、この格納庫まで迫ってきたようだ。
程なく格納庫外から聞こえる怒号が悲鳴に変わり。
格納庫内の兵士が戸惑いがちに装備するライフルの銃口を上げる中、
ガン、ガン、ガガン――、
シャッターを打ち付けるような音が連続し、轟音と共に格納庫の入り口が紙袋が破られるように破壊される。
「ほれ、お主等がマゴマゴしておるから、向こうから来おったわ」
そして、加藤に促されて視線を向ける先、
破壊された大型シャッターの隙間から堂々と格納庫内に入ってくるのは、タンクトップに軍パンとラフな格好の大男。
さて、このセキュリティが厳重な軍基地に襲撃をかけるとは思えない軽装の男が何者というと――、
「獣王ドゥーベ……」
「と、止めろ――」
ジョンの震えるような呟きに、
陸軍士官のどもりながらの号令。
それに一斉に銃撃の構えに入る兵士達。
しかし、彼等の半数は実際に銃撃を放つこと無く、トラックに跳ね飛ばされたかのように空を舞う。
一体なにが起きたのか。
その真実は単純明快、ドゥーベと呼ばれた男が走り、近付き、殴っただけだ。
この攻撃により、格納庫内にいる兵の半数が再起不能に陥る。
そして、ここからの反応はそれぞれの性格か。
直前まで無事だった仲間が一瞬でやられたという事実に動きを止める兵士がいる一方で、仲間がやられたことに怒りや焦燥を感じたか、少なくない数の兵が銃を構え――発砲。
しかし、放たれた銃弾の雨がドゥーベを捉えることはなかった。
いや、乱れ撃った中の数発はドゥーベの体を捕らえていたのかもしれないが、それでもドゥーベを止められなかったのだ。
ドゥーベは自分で殴り飛ばした兵達をあえて兵達の射線に入れることで、銃弾の雨を掻い潜り、時に自分の拳で、時に殴り倒した相手のライフルを武器に、あえて攻撃を仕掛けてきた兵士達を戦闘不能に追い込んでいく。
そして、ライフルを持つ兵士の数が八割を切ったところで、ドゥーベは反転、仲間が乗せられている護送車に向けてまっすぐ走り出すも、そんなドゥーベの目の前に立ち塞がるものがいた。
加藤だ。
加藤は最近手に入れたばかりの黒い木刀をゆったりと正眼に構え。
「まるで野獣じゃの」
「あん、テメェ、何者だ?
俺の進路を塞ぐんじゃねぇよ」
突然の割り込みに睨みを効かせ、そのまま殴りかからんと足を早めるドゥーベ。
対する加藤はドゥーベの厳しい視線を平然と受け止め。
いや、むしろ楽しそうに自らがまとう圧力を高め。
「って、なんだこりゃ?」
それはドゥーベにとって予想外の事態だったのかもしれない。
加藤の威圧を受けたドゥーベの動きに淀みが生まれる。
しかし、ドゥーベも伊達に獣王などと呼ばれているわけではないようだ。
「ウラァ――」
気合の咆哮で自分に伸し掛かる重圧を排除、そのまま加藤に特攻をかける。
ただ、その攻撃は剣道の小手のような加藤の一撃によって打ち据えられてしまう。
しかし、ドゥーベの攻撃はそこで終わりではなかった。
見た目以上に重い加藤の小手に、前によろけた体を右足一本で立て直すと体を半回転。
変則的な裏拳で加藤を横薙ぎにしようとするのだが、
加藤は唸りを上げて迫るその腕を掻い潜るように腰を低め、抜刀術のような一撃をドゥーベの脇腹に叩き込み、逆にドゥーベを護送車から遠ざけるように弾き飛ばす。
と、弾き飛ばされたドゥーベは空中で体勢を立て直しなんとか踏ん張ると、
「ほぅ耐えるか、なかなかやるの」
加藤はドゥーベに賞賛の言葉を送り。
「となれば、工や件ではまだ荷が重いか」
一部、喧嘩っ早い弟子達が追いかけてくる姿に視線をやると、
「イズナ、家主の同意が得られるまで間、ちと彼奴の相手をしていてくれんか」
「わかりました」
イズナにその場を任せ、ジョン達がいる位置まで飛び退く。
「あ、なに言ってんだてめぇ等?」
すると、すかされた形になったドゥーベは打たれた脇腹を押さえながら不機嫌そうな声を出すも、そこに加藤とスイッチしたイズナの膝蹴りが入ったとなれば話は別だ。
攻撃を受けるまでまるで気付かなかったと、こめかみの辺りにガツンと入れられたイズナの膝に、ドゥーベは「ギッ――」とその巨体を揺らし。
「こんのっ」
攻撃されたのならすかさず反撃と、素早く視界にとらえたイズナに向けてアッパーカット。
しかし、その攻撃は空かされ。
かたや、手が空いた加藤はというと――、
「でじゃ、儂らが仕留めても良いのかの?」
ジョンを始めとしたこの場にいる関係者に、ドゥーベとの交戦許可を取るべく声をかけるのだが、残念ならがらそれに対する返事は誰からもなく。
「のう、聞いておるのかの」
若干面倒そうにしながらも語気を強めて訊ねると、ジョン以下数名が思考のスタックから開放されたのか、ジョンを始めとした数名の目の焦点の定まり。
「じゃから、儂らが仕留めてもよいかと聞いておるのじゃが」
改めて訊ねると、
「はい。しかし、それは……」
ジョンは思わず「はい」と答えてしまうが、
ことの始末を部外者に任せるのはと思い直したのかも知れない。
曖昧な言葉を繋げるも、
格納庫内に漂う強い血の臭い、倒れ伏して動かない兵士達、そして繰り広げられる影と猛獣がじゃれ合うような高速戦闘に改めて目をやって、迷っている場合ではないと判断したのだろう。
最後には、うなだれるようにしながらも後の始末を託すことに同意。
と、これを受けた加藤は「イズナ。交代じゃ」と振り返り。
「このまま仕留められますが」
「いや、小奴らにちと戦い方を見せてやろうと思ってな」
ドゥーベの猛攻を避けながらのイズナの問いかけに、
目を眇め、加藤が視線を送る先には、悔しそうにイズナとドゥーベの戦う様をただ見守るしかない彼の弟子達の姿があって、
イズナはそんな青年達の姿に薄っすらと微笑みを浮かべ。
「外は私がやっても?」
「構わん。
むしろ儂の気取りじゃと相手がどこにおるかわからんでの。
そちらはお主が適任じゃろうて、頼めるかの」
「承りました」
そんなやり取りの直後、ドゥーベと戦っていたイズナの姿がこつ然と消える。
「どこ行きやがった」
突然目の前から消えた獲物にいきり立ち、周囲に当たり散らそうとするドゥーベ。
「イズナなら、お主の仲間を捕らえに行ったわ」
すると、ここで加藤が声を差し込み。
「ハァン? なに――」
その声にドゥーベが振り向いた瞬間だった。
まさにコマ落ちしたかのような動きで加藤がドゥーベの目の前に現れ、黒い木刀の先端でドゥーベの額を小突く。
「坊主よ、その無駄に散漫な態度は改めた方がよいのではないのかの。
戦場では一瞬の隙が命取りになるのじゃぞ」
ただそれはあくまで小手調べ。
ドゥーベにダメージはほぼ無くて、
ドゥーベは「うるせぇよ」と木刀の先を掴み取ると、それを一気に引き寄せて、
「倒せりゃそれでいいだろ」
加藤を殴り倒すのだが、
直後、殴り倒したハズの加藤の姿が、彼が着ていた黒い羽織だけを残して消え去り。
「たしかに、倒すことができればいいかもしれんが、それが出来なかった時はどうするのじゃ?」
背後からの声に振り返った先でドゥーベが見たのは、まったく無事な加藤の姿で――、
「は? なんだよこれ」
「空蝉じゃ。これくらい日本人でないお前さんでも知っておるじゃろ」
もちろんドゥーベもNINJAの有名な術くらい、薄っすらとではあるものの知っている。
しかし、それもあくまでフィクションの中の話であって、普通の人間はそんなことがそんなことが出来るわけがないと、ドゥーベの考えがそこまで及んだところで、一つの可能性に辿り着く。
「要するに、テメェ等は俺等と一緒ってわけかよ」
「お主の言う『同じ』というのが何を指すのかはわからんが、存外これらは誰にでも出来ることじゃぞ」
加藤はさも当然のことのようにこう言うのだが、もし彼の弟子達がまだ余裕を持ってこの戦いを見ていられたら、おそらく激しく首を横に振っていただろう。
しかし、ことこの場において、それが出来るくらい、精神的な余裕を持っている人物はいなかったようだ。
どこからも加藤に対する訂正の言葉は入れられず。
「ケッ、どっちにしても出し惜しみをする相手じゃねぇってことだな。
んじゃあ――」
ドゥーベはニタリ嬉しそうにそう言うと、気合一発、タダでさえ大柄な体をパンプアップ。
全身を金色の毛皮で覆い、むき出しの牙、鉤爪のように変化した爪を伸ばす。
それはまさに変身だった。
唐突にあらわれた異形な存在に声を失う格納庫にいる一同。
しかし、相対する加藤にとっては、この程度の怪異など、すでに体験済みのことであり。
「獣憑きの類かの。小僧どもに気合を入れるついでじゃ、いくぞ」
唸り声を上げ、まっすぐ向かってくるドゥーベの姿を冷静に見極めつつ、鋭い爪撃をその黒い木刀でもって受け止める。
ただしドゥーベが放った爪撃の勢いは凄まじく、プロレスラーのような体躯を持つ加藤ですら押し込まれかねないものだった。
しかし、それはあくまで力だけでの勝負ならばである。
「喝っ!!!!」
加藤が放った裂帛の気合が格納庫を揺らし、ドゥーベの勢いを押し止める。
「ふむ、完全に入っておるな」
そして、それは誰に向けて呟かれた言葉だったのだろうか。
ただ、次の言葉は明確に目の前の手合に向けられたもので、
「仕方ない。少し揉んでやるかの」
その言葉に反応したのか、ドゥーベが『グラァ――』と獣の唸りを上げて加藤に迫るも、その攻撃はあまりに直線的だった。
加藤は圧倒的な圧力を持って迫るドゥーベの爪撃をいなし、弾き、語りかける。
「いまのお主に言っても無駄かもしれぬが、力を上げただけではどうにもならんぞ。
相手を撹乱し、自分の必中の形を作ってこその戦いじゃ」
しかし、ドゥーベにその言葉を冷静に受け止める精神は残っていなかったようだ。
ただ加藤を引き裂かんと愚直に爪を牙を振るい。
「ならば体に教え込むまでよ」
ならばと加藤はドゥーベの攻撃を冷静に受け流し、転がし、時に注意のように攻撃を入れていく。
と、そんな加藤の様はまさに猛獣ショーのそれだった。
ただ、同じ檻に入れられた者からすると、それは冷や汗ものの光景でしかなかった。
故に、出来ることといえば、せめて自分に被害がこないようにと息を潜めるくらいであり。
そして、緊張の時間を強いられることどれくらいだろうか。
体感時間にしてみると数時間にも感じられた恐怖の時間にも、やがて終わりの時は訪れる。
それは、ドゥーベが自分の爪が加藤に届かないことを本能的に理解したからなのかもしれない。
見た目だけなら一方的な猛攻の中、ドゥーベがチラリと仲間が捕まっている護送車に視線を向けたその直後――、
一瞬前まではただの獣でしかなかったドゥーベが一転、無防備な背中を見せてハイエストの戦闘員が乗せられる護送車に向けて走り出す。
しかし、加藤は慌てない。
「ふむ、敵わぬとみたら目的だけでもというその判断は悪くはないのじゃが、逃さんよ」
動く必要はなにもない。
一呼吸の精神集中の後、その場で木刀を横に振るだけ。
ただそれだけで、護送車の前に陣取る数人を殴り飛ばそうとしていたドゥーベの強靭なふくらはぎが切り裂かれ、遅れて轟く獣の悲鳴。
と、そんな悲鳴が木霊す格納庫内に、加藤の飄々とした声が響く。
「ほれ、捕まえんか。早うせい」
しかし、またしてもというべきか、この声に反応する者はいなかった。
何気なく加藤が放った絶技に、格納庫内の全員が魂を抜かれたように立ち竦んでいたのだ。
ただ、それは加藤からしてみるとそれは大したことない技だった。
加藤は周囲の大袈裟な反応に、その黒い木刀で肩をポンポンと叩きながらも呆れたように。
「お主ら、いつまで呆けておるつもりじゃ」
氣を乗せた声でそう言うと、ようやく周囲が正気を取り戻す。
とはいっても、ドゥーベに一番近い兵士は、護送車に向かったドゥーベの迫力に腰を抜かしてしまったらしく、動くことのできない様子だったので、『ここは自分達が――』と、せめて少しでも役に立とうと、ここまでほぼ仕事らしい仕事をしていなかった加藤の弟子たちがドゥーベの確保に動くのだが、その動きは先ほどまでの放心が影響しているのか、どうしても浮足立ったものになってしまい。
彼等がドゥーベに手をかけようとしたその時、それは起こった。
ふくらはぎを斬り裂かれながらも、なんとか兵を躱し、護送車にすがりついていたドゥーベが反転、先頭で近づいてきた青年に掴みかかろうとするのだが、
「まったく、お主等は本当に足りんの」
ドゥーベが振り返った先にいたのは加藤であり。
それは最初の一撃の焼き直しか。
加藤がその木刀でドゥーベの額に軽い打突。
「と、少し強すぎたかの」
ドゥーベの後頭部が思いっきり護送車のドアに叩きつけられ、そのまま崩れ落ちてしまう。
と、加藤は念の為、ドゥーベの脈を測りながらも、その側で呆気にとられる青年に一言。
「まったく帰ったらまた修行のやり直しじゃな」
それを受けた青年達の顔が絶望に染まるのは仕方のないことなのかもしれない。




