●修行者達、おじいちゃんの朝は早い
◆今回は少し時間が前に遡り、エルフの研究者サイネリアの祖父であるジガードが主役のSSになります。
我らエルフの朝は早い。
日も明けやらぬ床から上がり、テントの外へ出て寝ている間に縮こまった体をしっかりと伸ばし、体の調子を整える。
しかし最近はこの日課も随分と楽をさせてもらっている。
その要因となっているのは、現在世話になっている万屋で用立ててもらったエアーマット。
これによりテント生活でも体が固くならず、ありがたいことである。
そうして体を一通りほぐしたところで孫達の様子を見に行く。
ちなみにその孫は現在、同じく研究の道を志すアビゲイルという娘と共同生活をしながら、日夜おのが研究に邁進しているようだ。
そんな孫達の住居の前まで辿り着くと、窓のところ、カーテンの隙間からかすかに明かりが漏れていることに気付く。
どうやら孫達はまた徹夜で研究をしていたようだ。
まったく我が孫ながらどういう育ち方をすればあのようになるのか。
いや、老齢に差し掛かり、自由気ままな旅がしたいと家を出て、数十年と家に帰らなかった自分が言うことではないか。
我は自分の行動を顧みて頭を振りながら孫たちの住居の扉をノックする。
すると、入り口で待機してくれたのかという素早さで一人のメイドがその扉を開けてくれる。
「二人はまだ起きておるのか」
「お二人は現在、試作品の設計を行っております」
「そうか迷惑を掛けるな」
ちなみに、いま我が労りの声をかけた彼女は人間ではない。
詳細はあえて話さないが、カースドールという悲しき定めを負ったカオスという名の人形だ。
ただ、いまはその軛から解き放たれ、純粋に人に奉仕する立場を手に入れたという。
そんな彼女に孫達の世話を申し訳ない気がするのだが、
彼女自身、それが存在理由なのだと楽しんで奉仕してくれるとあらば、こちらからなにも言うことはないだろう。
と、我がまた一つ、ため息を吐いていると、
ここでそのカオスから声がかけられる。
「ジガード様、朝食はいかがなさいますか、もしよろしければこちらで用意いたしますが」
「いただこう」
この朝食はカオス自らが主の一人であるサイネリアを慮って、その身内たる我の世話もしなければと、気を利かせて用意してくれているものだ。
ならば、ここはなにも言わず用意された朝食をいただくのが礼儀だと、我は孫達への奉仕を至上とするカオスの好意にあまえ、トレーラーハウスのすぐ横、用意されたテーブルで朝食をいただくことにする。
さて、そんな今日の朝食だが、トーストなる焼いた四角いパンにほうれん草が入ったスクランブルエッグ、厚切りにしたベーコンを焼いたもの、それに各種野菜をジュースにしたもののようだ。
ちなみに、これは誤解されがちなことであるが、我らエルフは別に菜食主義などではない。
我らの中に弓の一族なる、狩り人の一族がいることから分かる通り、我々エルフも普通に肉を食らうのだ。
というよりも、森でまとまった量の食べ物を確保しようとなると、木の実を採ったり、獣を狩るという選択肢が一番にくるからだ。
故に菜食主義などということはまったくなく。
どちらかといえば、住まう土地柄、大規模な農業が不可能である点を考えると、他の種族よりも野菜を取る機会が少ないというのが本当のところであるが、外部の人間からすると、これが信じられないらしい。
ただ、それはおそらく、我らが多種族と取り引きをする際に、ふだん食べられない果実や野菜などを多く望むことで、
結果的に多種族からすると神秘的らしい我らが容姿も合わせて、そのような幻想が生まれたのではないのだろうかというのが我の考えである。
などと埒もないことを考えながらも朝食をいただき、我はカオスに『また後で様子を見に来る』と伝え、その場を後にする。
そうして足を向けたのは世界樹農園と呼ばれる精霊の楽園の程近くに広がる荒野だった。
すると、そこにはすでに数名の男女が集まっていた。
さて、この集まりはなにかというと、この世界の管理者である一人、間宮虎助殿を中心とした修練の集いである。
虎助殿はその若さには珍しく勤勉な少年で、毎朝こうして厳しい修行に励んでいるのだ。
そして我も、つい先日までここに滞在していた孫の友人にして、我が友の孫であるアイルに紹介され、こうして毎日のように通い詰めているのであるが、今日はそんな集まりの中に見慣れない人物の姿があった。
聞けば、その人物は、虎助殿やその御母堂であるイズナ殿に武術の基礎を教えた御仁だという。
最近になって魔法などの技術に触れるようになり、さらなる高みを目指してここにきたとのことである。
成程、佇まいから只者ではないと感じていたが、あのイズナ殿の師であったか。
ならば一勝負受けてもらいたいものである。
と、用意された木剣を片手に立ち会いを願い出てみたところ、これがすんなりと受けてもらうことになった。
なんでも、彼も異世界の剣術に興味があるようで、
とあらばと、我は虎助殿に審判を買って出てもらい、いざ立ち会いをと剣を構えたのだが、
勝負が始まった途端、穏やかでありながら重量感を持った気迫が我を包み込む。
この迫力はオーガの如く。
いや、我が盟友のそれに近いか。
ただ、彼はすぐに踏み込んでくる気はないらしい。
どっしりと剣を構えて、こちらの出方を待つ戦法を使うようだ。
一方、私の剣は『技の剣』。
速度のある刺突を軸にそこから変化していく剣である。
ゆえに、ここは我が先手を取らねば――と前に出るのだが、
最速の突きが躱された!?
いや、当たっていた筈であった。
だのに、その一突が空を切った。
一体どのような技でもって、この結果に至ったのか。
幻影の魔法?
それは無いか。
彼が魔法の存在を知ったのはつい最近のことだというからな。
だとするなら――、
続く二撃目となる横薙ぎを放って、その全貌が明らかとなる。
これは只の身のこなし?
速くはないが、おそろしく流麗な動きでこちらの認識をずらす。
彼が使う技法はそういうものだと思われる。
我は相対する彼の技術に舌を巻きながらも、ここで反撃とばかりに振り下ろされた一撃を受け止める。
がっ――重い。
振り下ろしとしては早くない。
むしろ遅い方であるが馬鹿みたいに重い一撃だ。
我はそれをどうにか受け流し、反撃をと素早いステップからの連続突きを放つ。
だがしかし――、
これも避けられるか。
最後の一撃は左腕に浅く入っているが、あの程度、ダメージにもならないだろう。
そして、またこの攻撃だ。
決して早くはないが躱すことが難しい重撃。
今度は剣を斜めに構えることでなんとかやり過ごしたが、これは何度も繰り返せるようなものではない。
我の腕もそうだが、これは仕合用に用意してもらった木剣が持たない。
彼の攻撃はそれほど重いものなのだ。
おそらく彼の剣は、全身から滲み出す圧倒的な迫力と、この重すぎる一撃を確実に当てていくことで相手を追い詰めていくというものだろう。
となれば、ここは攻守が変わろうとする瞬間を狙って逆にこちらから削っていくのが得策か。
我は強敵と相対することによって湧き立ってしまいそうになる心を必死で押さえながらも、的確に攻撃を返していく。
一瞬の気の緩みすら許されない攻防が展開される。
主に攻めるのは我であるが、隙があるとみるや入れられる思い一撃が我の削った分を一気に追い抜いていく。
だが、この緊張感は悪くない。
久しく味わっていなかったものだ。
しかし、こんな楽しくも目のさめるような戦いの時間も長くは続かない。
これだけの集中力はその消費も激しいというものである。
それでなくとも、年が年なのでな。
いや、人族でこの年令の彼を前にしてそれはただの言い訳か。
ともかく、このままの状態で戦いが続くのなら、いずれは我が押し切られるのはほぼ確実。
となると、ここは受け止めるでも受け流すでもなく、ある程度の被害を織り込んで急所への一撃を――、
と、そうして機会を伺い、鋭く差し込んだ一撃は、しっかりと彼の首元に添えられるのだが、
剣先から微かに伝わる感触は鈍いもので、
「儂の負けですかな」
「……おそらく今の攻撃がしっかり決まったとしても、貴殿の防御は貫けなかったのではないか」
「さて、どうですかな。儂にそちらの才能はあまりないと見るが」
「いやいや、その肉体強化の法も随分と立派なものですぞ」
そう、彼が今のやり取りで防御に使った肉体強化を見ると、決して魔法に適正が無いとは思えない。
だから、
「また、お相手願えますかな」
「ここにいる間なら毎日顔を出すつもりなので是非に」
◆虎助、加藤、ジガードの大まかな力量(作者覚書)
純粋な剣術の腕では加藤>ジガード>虎助となります。
ただ、魔力の運用、装備や消費アイテムの使用状況、戦いの状況に勝利条件、味方の有無などを加味するといろいろと順位が変動します。
ちなみに、ジガードはもともと剣の一族の出身で婿養子という設定になります。
基本的に力こそパワーなタイプばかりの剣の一族の中では珍しく、足で撹乱して一撃を狙うスピードタイプの戦士だったりします。
◆体調が悪く、感想の返信が滞っております。
ご理解の程、宜しくお願い致します。




