文化祭03
「おーおー、やってるやってる」
グラウンドを望む校舎前の大階段の中程、手の平をひさし代わりに校庭を見つめるのは元春だ。
宮本先輩と別れた後、元春のお願いでいったん写真部に顔を出し、セルフ写真館の機材チェックなどの手伝いをしたり、偶然を装ってやって来た宮本先輩の相手をしたりして、
マリィさん、玲さん、魔王様のリクエストで体育館でやっていた各種演劇やらバンドやらと見学。
その後、またお腹が減ったという元春の我儘で昇降口前に戻ってきた僕達だったが、そこではお昼前から続く大捕物がいまだ続いていたようで、風紀委員の町村君はあのワンちゃんを追いかけて文化祭の半日を潰してしまったみたいだ。
僕は遠くに見える追いかけっこに同情的な視線を向けながらも、茶化すように騒ぐ元春に一言。
「そんなこと言ってないで元春も手伝ったら」
「けどよ。楽しそうにしてんじゃん」
たしかに、あれも青春の一ページといえばそうなのかもしれないが、さすがにそろそろ決着をつけてあげないと町村君たちが可哀想だと、ここは元春にやる気を出してもらうべく。
「さっきの料理部のみなさんみたいに感謝されるかもだよ。
ほら、ギャラリーもこんなにいるんだしさ」
僕達以外の見物客にも目を向ければ、その中には女子の姿もあるわけで、
元春は少しにやけながらもガシガシと頭を掻いて、
「しゃーねーな。
じゃ、アイツ等を囮に捕まえっか」
その言い方はどうかと思うけど、作戦自体は悪くないかな。
相手は人間よりも身体能力が高いお犬様。
僕と元春が全力を出せばそう苦労せずに捕まられるだろうけど、普通に追いかけて追いつくのはほぼ不可能だと考えると、追いかけるよりも罠なりなんなりを張って待ち構える方が得策だと、僕達はひっそりと待ち伏せに最適な、運動部の部室や体育用具倉庫が固まっているグラウンドの一角に移動。
僕が屋根に登り、元春が建物の影に隠れてと、ターゲットとなる犬と町村君達の動きを確認。
ちょうどいいタイミングで合図を送ると、物陰に隠れていた元春が飛び出して、
そこに走り込んでくる犬が慌てたようにUターンしようとするのだが、時既に遅し。
元春が得意のルパンダイブを華麗に決めたところで捕獲完了。
見事捕まえられた犬に見物客から歓声が上がる。
ただ、残念ながら当の元春はその歓声に応える余裕はないようだ。
というよりも、これは捕まえた犬にもの凄く嫌がられてる?
このまま放っておいたら逃げられてしまうかもしれないので、僕は素早く元春の下に駆け寄って、
「痛い痛いって、なんでこんなに暴れんだよ」
「なにかやったんじゃない?」
「んなわけねーだろ」
とか言いつつも無自覚でやらかすのが元春である。
僕は捕まえた犬がこんなに暴れているのにも、なにか理由があるんじゃないかと、訝しげな視線を送るのだが、
ただ、元春には本当に心当たりはないようで、
「やってねーって、それよりもさっさと変わってくれよ」
そんな悲鳴じみた声に「はいはい」と、僕は元春からお犬様を引き取ると、
うん。ふつうに大人しいワンちゃんだね。
だとしたら、やっぱり元春がなにかしたんじゃあ。
と、その犬を抱き上げて、変わったところがないかと確認していったところ、とある可能性に気付いてしまった。
その可能性とは――、
「ああ、この子、女の子だ」
「あん? それがどうしたってんだよ」
「だから【G】の影響なんじゃないかなって」
「い――やいやいやいや、今までそんなことなんてなかったんじゃね。なかったよな?」
言われてみれば元春が人間以外の異性に嫌われるなんてことはなかったかな。
僕はこれまでのことを思い出し、不安そうに言ってくる元春に「たしかに――」と納得するも。
ただ、それなら本当の原因はなんなのか?
ここで僕は少し考えて、一つ思い当たった可能性に、捕まえた犬に隠密裏に鑑定魔法を発動。
プライベートモードで展開した魔法窓でその結果を万屋に転送――、
「済まない。助かった」
すると、ここで町村君達がようやく追いついてきたみたいだ。
肩で息を切らしながらお礼を言ってくれるのはいいのだが、
「捕まえたのは元春だから、お礼なら元春に言ってくれるかな」
今回、一番の功労者は元春だ。
だから、お礼をまず受け取るのは元春だとハッキリ言うと、町村君は元春のことを忌々しげに見ながらも、さすがにここでごねるつもりはないようだ。
「ありがとう」と一言、微妙な空気が二人の間に流れるのだが、いつまでもそうしていられると周囲だって困ってしまう。
なので、ここで場の空気を変えるべく。
「それで、この犬はどうしたらいいのかな」
「あ、それなら、こういう時の為にリードがあるから、少し待っててくれるかな」
と、どうしたことかすっかり大人しくなった犬を突き出す僕に対応してくれるのは、顔なじみの風紀委員の花園君。
彼によると、助けに入る前に元春が言っていたように、犬が校庭に入ってくるのはたまにあることで、学校にはそういう時の為にリードが用意してあるのだそうだ。
と、ここで花園君が職員室に走り、僕達は犬と遊んで花園君の待つことになるのだが、
どうやら先生への報告やらなにやらで随分と時間がかかってしまったみたいだ。
花園君が戻って来る頃には、文化祭もそろそろ終了という時間になっていて、
僕はマリィさん達に『余計なことに突き合わせてしまってすみません』と謝りつつも、急いで校舎に戻ると、残った時間で気になっていた出し物を――特に魔王様が気にしていたレトロゲームの展示など――早足で回り、少しせわしなくも文化祭は終了。
その後、マリィさん達はそのままティータイムにするようなので、僕達は通信の接続をそのままに、文化祭の後片付けをする為に自分のクラスに舞い戻る。
そして、他所から借りてきた机や椅子を返却。
教室の間仕切りに使ったダンボールの衝立を処分するべく校庭へ向かう。
実は文化祭で出た廃材の処分にと、毎年、文化祭が終わった後、校庭で焚き火をするのが、ウチの高校では恒例になっているのだ。
ちなみに、今年は二学期始めの防災訓練で小火騒ぎがあったせいか、校庭の片隅には消防車が止まっていて、ちょっと物々しくなっていたりするが、
僕達がそれを気にしたところで仕方がないと、むしろマリィさんや魔王様としては消防車そのものに興味があると、しっかりがっつり消防車の見学をしながらグラウンドの中央へ。
そして、持ってきたダンボールを巻に見立てクルクル丸め、まるでキャンプファイヤーのようなやぐらに差し込み焼却処分。
と、ここで万屋でまったりお茶をしていた玲さんが、そんな魔法窓越しの光景にポツリと零すのは――、
『これって一応、後夜祭ってヤツになるのかしら』
『フォークダンスとかを踊るとかでもないから違うと思いますよ』
そう、先にも触れた通り、この焚火はあくまで文化祭で出た廃材の処分が目的で、特にこれといったイベントではない。
ただ、ゴミと同じように文化祭で余った食材なども、この時間に処分を行う為、学校前の各部活動の出し物ブースでは、いろいろな食べ物が無料で振る舞われていたりするから、そこのところは後夜祭っぽくもあったりするのだが、そこはやっぱりというか本当に残り物で、
例えば、陸上部のイロモノジュースだとか、宮本先輩のクラスの変わり種袋ラーメンだとか、文化祭の中では処分しきれなかったものが、ラインナップに並ぶ為、場合によっては阿鼻叫喚のシーンが目撃されたりするのだが、今年は料理部のみなさんなどが頑張ってくれているのか、意外にもそうした屋台も盛況のようだ。
と、いつの間にやらサンドイッチマンの呪いを解除した元春は、正則君と一緒にそんな屋台の中からフランクフルトなどの掘り出し物を目ざとく見繕ってきたみたいだ。
僕達が焚火に見とれている間に大階段の一角に陣取り「飯だ。飯だ」と腹ごしらえをしたようで、
「よし、飯も食ったし女子に突撃だ」
「おぉ――」
「マー君はダメですよ」
確保してきた料理を二人でたいらげたところで、元春が飛び出し、正則君がひよりちゃんのチョップタックルを綺麗に決められ。
「元春はとりあえず火刑にされないようにね」
「ちょ、おま、怖いこと言うなよ」
僕の忠告に慌てる元春。
しかし、去年元春はいろいろとやらかした結果、グラウンド中央の焚火で火刑に処される勢いだったのだ。
とはいえ、今年は文化祭の最中は特にこれといって――、
いや、いくつかやらかしてた部分はあるけれど。
料理部の件とか、お犬様捕獲の件とか、プラスのこともしているわけだし、
どうも今年は最後のお役目だと宮本先輩の目も光っているみたいだし。
「とにかく、羽目を外し過ぎないようにね」
総じて調子に乗らなければ放置しても大丈夫かな?
と、僕は元春にそんな忠告を残しつつも一人教室に戻り、副委員長などと軽くお喋りなんかをしながらもボードゲームを回収。
最後にこれを忘れてはいけないと、お昼にひよりちゃんから受け取っていた変わり種ジュースをボードゲームと一緒にバッグの中に詰め込んで、『じゃあ、お先に――』と学校を後にした。
しかし、元春もしっかり玲さん用のイロモノジュースを選んでいたけど、飲んだ時のリアクションを見なくていいのだろうか。
◆ちなみに誰にどんなジュースがチョイスされたのかは以下の通りです。
虎助……柿ジュース(マリィチョイス)
元春……カレーサイダー(玲チョイス)
マリィ……苺大福ミルク(マオチョイス)
マオ……子供ビール(虎助チョイス)
玲……うなぎコーラ(元春チョイス)




