文化祭02
悲鳴を聞いて辿り着いた現場は散々な状態だった。
集まる野次馬に泣き崩れる女子、転がる大鍋に散乱する食べ物。
「なにがあったんです?」
そんな状況の中、泣き崩れる女子の傍らで困った顔をする女子に声をかけたのは町村君。
元春の見張りについていた風紀委員だ。
急に走り出した僕達に慌てたようについてきて、トラブルを見つけるなり、真っ先に駆け出したのだ。
さすがは風紀委員である。
そんな町村君の聴取によると、彼女達は調理部の先輩後輩で、調理室で作った豚汁を部の屋台に持っていくところだったそうだ。
ただその途中、いま目の前で泣き崩れている後輩女子が、いつの間にか足元にいた犬を踏んづけてしまったらしく、吠えられたことにビックリ、思わず鍋を落としてしまったのがこの状況なのだという。
ちなみに、本人達の不注意もあったのかもしれないが、まさか学校の中に犬がいるとは思わないだろうから、一方的に彼女が悪いともいえないだろう。
なにより今日は文化祭で人が多いのだ。
そんな中を女子二人で大鍋を抱えて移動しているとあらば、ついつい足元がおろそかになってしまうのも仕方のないことだろう。
「しっかし、犬の乱入とか、こういう時じゃなけりゃテンプレなんだけどよ。タイミングが悪すぎだろ」
と、僕はそんな元春の文句に「まあね」と応えつつ。
「とりあえず、片付けを手伝おうか、犬の方は町村君達が捕まえにいったみたいだし」
「だな。さすがに無視は出来ねーし」
そう、風紀委員の町村君は既に犬を追いかけに走って、もうここにはいない。
薄情と言ってしまえばそれまでだが、町村君としては文化祭の安全確保も考えて、そちらを優先したということなのだろう。
ただ、僕と元春は、さすがにこの状況で落ち込む彼女たちを放っておけないと、通信越しに文化祭を見学しているマリィさん達三人に断りを入れて、近くの事務室で箒と掃除道具を取りに走り。
「手伝います。大丈夫ですか」
「あ、ありがとうございます」
呆然とする二人のうち、比較的冷静そうな三年生の先輩女子に声をかけ、地面に零れてしまった豚汁を片付けの手伝いに加わる。
すると、そんな僕達を見てか、他にも何人かが手伝いを申し出てくれる。
と、そんな彼らと一緒に道路に散らばった豚汁をしっかり処理したところで、これからどうするかであるが、
聞くところによると、この豚汁はお昼に向けて増えるお客さんの為、大量に作ったものだったらしく、それをぶちまけてしまったのだから、もう一度、同じものを作り直すのは材料的に難しいとのこと。
できればそっちもなんとかしてあげたいところだけど、
必要なものが食べ物となるといまの僕達だと助けてあげることは難しい。
「具が少なくなっちゃうけど。お味噌汁にするしかないかな」
「すびばせん先輩。わ、私の所為で――」
「いいよ。急に吠えられたんじゃ仕方ないって」
「でも――」
「ちょっと待って」
と、ここで声をかけてくれたのは、かつて風紀委員として元春を追いかけ回していた宮本先輩。
実は町村君と別口で彼女も僕達についてきていて、さりげなく豚汁の片付けにも加わっていたのも知っていたのだが、そんな彼女がこのタイミングで会話に入ってきた理由はなんなのか。
親切な野次馬さんも含めた僕達の視線が集まる中、彼女が口にしたのは意外な提案だった。
「ねぇ、あなた達、ラーメン作ってみない?」
「ラーメンですか?」
思わぬ提案に素っ頓狂な声を上げるのは涙声の後輩女子。
「実は別のクラスで袋ラーメンが余りそうでね。
食材が足りないなら、それが使えないかって思って」
「いいの宮本?」
「構わないわよ。こっちも困っているみたいだから」
と、この二人は知り合いなのだろうか、気安い感じの先輩女子と宮本先輩のやり取りを聞いたところ。
どうも宮本先輩が言うそのクラスでは、各地の袋麺を集めて、試食が出来るラーメン博物館のような展示をしているそうなのだが、
クラスの数名――、特に男子が面白半分でキワモノ袋麺を集めた結果、試食の方があまり捗らない商品がいくつか出てしまったようで、
このままだと余った袋麺はクラスメイトで持ち帰ることになってしまうと、そんなどこかで聞いたような状況になっているらしく。
それだったら、これからの食材に困る料理部に有効活用してくれた方がありがたいと名乗り出たのだそうだ。
「でも、それって本当に持っていっていいの?」
「構わないわよ。放っておいても余るだけだから」
うん、そこまでのものなのか。
宮本先輩のどこか疲れたような顔に、どれだけ微妙な袋麺が集まっているのか、逆に気になるんだけど、お昼の追加分をダメにしてしまった料理部の二人からすると、食材が手に入るだけありがたいようだ。
とはいえ、まずは物を見ないことには決められないと、
そして、他の部員にも話を聞いてみないとということで、
二人はまずは料理室に寄って他の部員と相談し、宮本先輩が言うそのクラスに行くことに決めたようだ。
しかし、ものが大量に余った袋麺となると、少し人手があった方がいいんじゃないかと、これは僕だけじゃなくて元春もそう思ったようだ。
「じゃ、俺達も手伝うっす」
「えっと?」
「そうですね。ここで『頑張って』とさよならするのもアレなので、僕達にも手伝わせてください」
元春が先に――、
僕がそれを肯定すると、
普段ならここで元春が変な目を向けられるところだろうが、片付けを真面目に手伝ったことが影響しているのかもしれない。
料理部の二人は僕と元春の申し出をありがたく思ってくれているようで、
宮本先輩も、珍しく善良な元春の行動を訝しみながらも、ここで元陽を疑うのは人としてどうなのかと、善良にもそう思ってくれたのか、同行の許可が降り。
『すみません。そういうことでお手伝い続行となりました』
『別に構わないわよ』
『むしろここで引き下がる選択肢はありませんの』
『……珍しいラーメン。面白そう』
さっきのドリンクからの熱が続いているのだろうか。
玲さんとマリィさんから続く、魔王様のコメントに、僕はひっそりと感謝を伝えつつも、掃除に使った道具の片付けを親切な野次馬さんにお願いし、先を歩く宮本先輩についていく。
ちなみに、道すがら宮本先輩から問題の袋麺がどんなものなのか聞いてみると、なんでも青汁ラーメンやらレモンラーメン、利尻昆布がふんだんに使われたラーメンに、海外製の汁なし麺などと、多種多彩なバリエーションがあるらしく。
あと、インスタントのざるラーメンなんてものもあるようで、
ただ、それは教室で出すのは難しく、本当に処分に困っていたとのことである。
正直、そんなあからさまに不良在庫になりそうなものをどうしてチョイスしたんだと、選んだ当人達はに聞いてみたいところだが、料理部の二人からしてみれば、今回ばかりはそのいかにもな悪ふざけがありがたかったと、道中、調理室に立ち寄った彼女は事の顛末をしっかり説明、部長さんの許可を取り。
到着した教室でそのクラスの出し物にも迷惑をかけないようにと、あまり人気の無い袋麺を多めに引き取ると、それを用意したダンボールいっぱいに詰め込んだその袋麺を持って教室を後にする。
「つか、先輩のクラスだったんすね」
「なに? 文句でもあるの」
「いやいや、ただの確認っす」
ラーメンを運びながら宮本先輩と話す元春。
そんな二人の姿を後ろから見て、
『随分と親しそうですわね』
『ずっと追いかけられていましたから』
『なに、そういう趣味なの』
『いえ、そういうことではなく、みなさんと同じ関係といいますか、元春はどこでも元春ということです』
『『ああ――』』
ここでマリィさんと玲さんの声が重なり、大凡の事情は把握してくれたみたいだ。
『それにしては仲良さげにみえるけど』
『まかりなりにも一年半もの間、追われ追いかけの関係が続いていましたから――』
【G】への耐性も少しはついているのかもしれないし、奇妙な信頼関係のようなものもあるのかもしれない。
念話を使ってそんなやり取りをしながらも、料理部のみなさんのもとへ余り物のインスタントラーメンを配達して、
僕達は――というか元春は残る気満々だったみたいなんだけど――『この辺で――』とその場を辞そうとするのだが、
「お礼になにか食べていって」
「マジっすか」
ここでも元春の好感度が【G】の呪縛を上回ったようだ。
豚汁を零してからの流れを聞いた料理部の部長さんに、宮本先輩ともども引き留められ。
「なにかリクエストとかある?」
「私はなんでもいいけど」
「そっすね。これとかいいんじゃないすか」
元春が何気なく手にとったのは納豆そばだった。
成程、これならアレンジしやすいだろうし、元春にしてはいい選択じゃないかな。
と、元春が珍しくまともなチョイスしたところで部長さん達の調理がスタート。
「納豆まぜそばあがりです」
五分と掛からず、手元に届けられたのは汁なしの油そば風の料理だった。
納豆のネバネバを生かしてみたそうで、『しっかり混ぜてお召し上がりください』とのことである。
しかし、この納豆そば、インスタントの割に思ったよりもしっかりした納豆になっているな。
思いの他、粘り気のあるインスタントの納豆に感心しつつも食べてみると。
「うまっ」
「ホント。美味しいわね」
うん。これは素直に美味しいそばだ。
ちなみに、これは袋麺に詳しい料理部員さんに聞いた話なのだが、
実はこの納豆そば、字面のインパクトと所詮はインスタントという偏見から、ついキワモノ扱いをしてしまったが、味は普通に美味しい袋麺だったそうだ。
まあ、それ以外にも、ちょい足しした調味料なんかがうまく効いているんだろうけど。
そして、見ていた万屋側のメンバーも汁なし油そばには興味津々のご様子で、後でレシピを聞いて普通の麺で再現してしてみようということになったようだ。
と、僕が料理部の面々とそんなやり取りをしている横では、宮本先輩による元春への聴取が行われていたりして、
「そう言えば松平、
アンタ、最近、女の人にまとわりついてたって話を聞いたんだけど。
また変なことしてないでしょうね」
「まとわりついてたって何の話っすか? 心当たりなんてないっすよ」
いや、心当たりが無いっていうのは嘘でしょ。
そもそもこの文化祭の準備期間中だけでも、風紀委員のみなさんに何度お世話になったことか。
というか、もしかして町村君に後を付けられていたのはそういう理由なんじゃ……。
と、僕が考える一方で、
「なんかモールで女性に絡んでいたって聞いたわよ」
「モールで絡んでたって、もしかしてそれ、環さんじゃないっすかね」
「環さん?」
「知り合いのお姉さんっすよ。こっちで新生活を始めるってんで、荷物運び要員としてついて行ったんすよ」
流れるようにまた嘘をつく元春に、全然信じてないと疑いの目線を向ける宮本先輩。
「いや、本当っすよ。虎助も一緒だったっすから」
「本当なの。間宮君?」
と、ここで元春が僕を引き合いに出し、宮本先輩が僕をジロリと鋭い視線を向けてくるのだが、
ただ、こっちの嘘は大筋では真実を語っているということで、僕はやや曖昧にも「はい」と回答。
「こっちでどこにどんなお店があるのかわからなかったらしく、その案内をしていたんですよ」
下手なことを言わずに事実だけでとフォローしてみると。
「間宮君が言うのなら、そうなのね」
「ちょ、なんでっすか!?俺ん時は疑ったのに――」
「自分の胸に手を当てて考えなさい」
僕との扱いの差に講義する元春。
しかし、宮本先輩のこの切り返しには反論できるハズもなく。
「とにかくアンタはもう少し落ち着きなさい。来年私はいないんだから」
「えっと――、そっすね」
続く宮本先輩の言葉に少し寂しそうな表情を見せる元春。
その反応は宮本先輩にとっては意外なものだったのか、少し慌てたように。
「と、とにかく、アンタはもう少し落ち着くべきなのよ。いいわね」
「了解っす」
「返事だけはいいんだから」
その後、期限良さそうに納豆そばを食べた宮本先輩は、念には念をともう一度元春に忠告を入れて、さっそうと去っていった。
まあ、尾行は続けるみたいなんだけど。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




